第4話 辿り着くその結論
来栖川の尋問を終えた翌日。
「おはよー史郎君」
「おはよー」
史郎は普通に学校に通っていた。
朝、多くの生徒がすれ違いざまに史郎に挨拶をする。
浅野の行きつけのバーに潜入するのは今日の深夜。
今回、語られるのは学園での一幕である。
『赤き光』の一員と知られた史郎が学園でどういった扱いを受けているか。
そしてテロを受け生徒達の意識がどう変化したか。
それらが語られる。
だが語られるのは、それだけではない。
この日、史郎はこの世界で『今何が起きているか』を知る重大な手掛かりを得ることになるのだ。
そしてまず史郎が今現在この学園でどういった扱いを受けているが、だが
「ねぇこれ食べてみて!史郎君!」
「あ、ありがとう」
「九ノ枝くん! 今度一緒に映画見に行かない!?」
「え、いや……、放課後は任務あるから難しいかな……。ごめんよ本当に……」
「九ノ枝くん、私たちと一緒にお昼食べない??」
「すまん。雛櫛達との昼食が至上の時間だからそれは無理だ」
「なぜそこはそんなはっきり……」
とまぁ、このような具合でめちゃくちゃ『ちやほや』されていた。
学園を救い、最強組織『赤き光』の一員であると知られた史郎は周囲から尊敬されまくっているのだ。
史郎が校舎を歩けば、お前どっかの王族かよというレベルで挨拶されまくるし
毎日のように放課後遊びに誘われるし
毎日のように朝貢のようにお菓子が史郎の下に運び込まれる。
そして――
「あ、私も食べたい!」
ナナがそれを摘み食いしようとして友人から止められるという光景が続いていた。
(あげればいいのに、チョコくらい)
だがこればっかりは史郎もナナに同情的であった。
史郎の机の上の菓子に手を伸ばし後ろから女子から羽交い絞めにされるナナに、史郎はもう何度目か分からないため息をついた。
なぜなら『東和会』の襲撃を受けた校舎は現在、修復のただ中にあり、
窓ガラスなどの修繕はまるで済んでおらず壁だって崩れたままなのだ。
この『六月』でだ。
本来ならば蒸し暑いことこの上ないはず。
だがしかし、生徒達はむしろ例年以上に快適な夏場を過ごせている。
それは――
史郎は窓の外を見やった。
白い山がそこにあった。
ナナの個別能力『氷点世界』で作った氷の山だ。
校舎の中庭にそれはあり、学園を適度に冷やしているのだ。
この学園を快適に過ごすためにナナは気前よく個別能力を使用してくれているのだ。
だからこそ「頂戴よ~」「だめよ~」ナナに菓子くらい上げてもいいのではと思うのだ。
このように学園にはいまだテロの爪跡が至る所に残っていた。
女生徒の中にも、定期的に心療内科に通う生徒が数名出ている。
そしてテロを経た生徒達は心にどういう変化があったのか。それは――
「なぁ史郎。能力ってどういう風に鍛えるんだ?」
昼休み。
普段より早めに教室に戻ると史郎は尋ねられていた。
「色々方法はある。基本的には能力を使用しまくることが前提だが」
史郎が答えるとわらわらと周囲に男女関係なく生徒が寄って来た。
「てかさ、そもそも能力って何をエネルギー源にして働いてるの?」
「精神エネルギーと肉体のエネルギーの混ざった結果できる『生命エネルギー』だと言われているな。まぁだから能力の強化を図るならしこたま走って体力付けた方がいい」
「テレキネシスってどうやって史郎君は使ってんの??」
「その『生命エネルギー』を直接物体に送り込む。もしくはテレキネシスに直接命令を下しておく。そうしておけば例え能力者本人が感知できなくても条件確定した瞬間、能力が勝手に感知し発動してくれたりする」
「ほー勉強になるなーー」
そう、このように彼らはテロリストに襲われるという事件を通し、より能力について深く知ろうとしていた。
彼らなりに真摯に能力世界に取り組もうとしているのだろう。
そして学園に史郎という最強格組織に属する先輩能力者というこの上のない人材がいるのだ。
彼らは史郎を質問攻めにしていた。
彼らの怒涛の質問に対し史郎は答えられる質問にだけ答えていく。
ちなみに今ほど史郎が言っていた
『能力自体に命令をしておき自身の意識の外で能力を自動発動させる』
という技術は『完全能力使役』と呼ばれる超高等技術である。
それが出来るだけで能力世界における最上位クラスの実力を有することが確定する程の超絶技巧である。
先の尋問の際、来栖川の言葉尻を真似た技術がまさにそれで、だからこそ
『それ超高等技術じゃん……』
と周防はドンびいていたのである。
「へ~そんな使用方法もあるんだすげーな~」
「や、でもそれはマジで出来る奴殆どいないけどな……」
「マジかよ! ならそれ俺に教えてくれよ!!みんなに自慢してぇ!」
「いやさすがにそれは無理じゃないッ!?」
自分の言っていることのすさまじさを理解していない提案に史郎が涙をちょちょぎらせる。
そんな折だ。
その質問は飛んできた。
「ところでさ九ノ枝くん! よく漫画に能力無効化能力! とかあるじゃん!? 飛んでくる炎を手をかざすだけで打ち消す! ってやつ! やっぱそういう能力ってあるの!?」
という質問。
そしてこの質問こそが、史郎が決定的な事象を悟るヒントになったのだ。
史郎は眉根一つ動かさず答えていた。
「いや、無いね」
「「「え!? どうして!?!?」」」
多くの生徒が『能力無効化能力』の存在をあっさり否定され目を丸くしていた。
だがそこまでおかしいことじゃないのだ。
史郎は瞠目する彼らに事情を説明する。
「簡単な話なんだよ。もう知っていると思うけど、通常、能力者は日常生活の中で『ジンクス』を有していて、その『ジンクス』を能力に昇華させる。『一般世界』で彼らはジンクスを有しているんだよ。で、能力のない一般世界で『なんか俺、能力消せるな』なんてジンクス感じてる奴がいると思うか」
「あ~、なるほど~。確かにそうなると無効化能力ってのは無理ね」
「そういうこと。ここの生徒のように無理やり能力覚醒しない限り、能力者は『ジンクス』を昇華させ能力者になるから能力にはある程度類型があるんだよ。それに」
畳みかけるように史郎は語る。
「火を消す火があったらおかしいだろ?」
「あ~まー確かに」
「能力を消す能力がもし存在するなら、その能力自体でその能力が消えるはず。だからもし俺達の能力を消す能力、それがもし実在するならその能力は、俺達の能力によく似た別系統の能力だろうな……」
(ん?)
そこで史郎はふと疑問を感じた。
(通常覚醒の能力によく似た別の能力? それって――)
「そっかー普通はジンクス昇華で能力覚醒すんだもんねー」
「私達みたいに眠っているだけで能力覚醒するのはレアケースだもんね」
「私達うなされて起きたら能力者になってたもんね」
「発動形態だけ見れば『全くの別能力』だよなホント」
そう、通常覚醒能力とよく似た別能力は今、『目の前にいる』。
この学園の生徒全員が有する能力は、通常覚醒して得る能力とは全く別系統の物だ。
それは『史郎自身が』誰よりも知っている。
ならば彼らの能力をもってすれば『通常覚醒能力の無効化』も――
史郎がその事実に気が付くのと時を同じくして生徒達は口々に話していた。
「てゆうか覚醒犯今頃何やってんでしょうね?」
「俺達でその後はパッタリだろ? 何が目的だったんだよなホント」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
笑い合う生徒達。
(あ――ッ)
史郎はその会話の中に重大な秘密が詰まっている気がした。
史郎の脳内で先ほどまでの会話とこれまでの情報が渦巻く。
――ジンクス昇華で能力者になるので能力には類型がある――
――だからこそ無効化能力はあり得ない――
――もし無効化能力があるとしたらそれは別種の能力で――
――彼らの能力発現方法は全くの別物で――
――彼らを生み出した覚醒犯は晴嵐高校を最後に活動を辞めた――
それはつまり――
――――目的を達成したから?――――
――無効化能力、という能力の発生に――
そしてこの無効化能力さえあればこの能力世界の住人を虐殺することなど造作もない。
どんな強者すら倒せる。
例え
『国境なき騎士団』が所有する最強組織。
『聖剣霊奧隊』の壊滅だって可能である。
そのたった一つの能力で能力社会を牛耳れるのだ。
(まさか、な――)
史郎がそんな最悪の可能性に気が付いた時だ。
「史郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「うおなんだ!?」
教室のドアがバッターンと開き、顔を真っ赤に紅潮させたナナが入ってきた。
そして史郎の机の前までやってくると史郎の手を取り言った。
「し、史郎!! わ、私と一緒にプール行きましょ!?」
「プール!? なぜ!?」
「だって私泳げないじゃない!! 泳げるために特訓したいの!! 明日! 明日土曜日で学校休みだから一緒にプール行きましょ!」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~」
何そのめんどくさい用事。
史郎の顔が曇った。
そしてもし泳ぎ方を真剣に学ぶならジムに行き専門のスタッフに教えてもらった方が効果的だし能率も良い。
最悪その様子を上から眺めていればいいだろう。
そして史郎がジムに行くようナナに提案しようとした時だ。
ナナは難色を示す史郎に目に涙を溜めて懇願した。
「明日、カンナちゃんとメイちゃんと一緒にプールに行くの!! だから史郎も着いて来てーー!!!」
「よしきた」
史郎は二つ返事で了承した。
「良かったなメイ」
一方で史郎が提案を受け入れたのを受けカンナが朗らか表情でメイを振り返っていた。
「う、うん……」
メイは顔を赤く染めていた。
教室からは一転『グッボーイ』とナナの頭を撫で褒めちぎる史郎と
『コ、コンボイ!? え!? あのコンボイ!? 史郎! 私コンボイじゃないよ!?』
と珍しく褒められて顔を赤くしつつも意味不明な台詞に戸惑うナナの声が響いてきていた。
『ま、まぁ褒められてるっぽいし良いかぁ! ヘヘヘ』
ナナは満面の笑みでした。
◆◆◆
そのような学園生活を過ごした後の
「じゃぁ今日も頑張って仕事しますか!!」
「九ノ枝、お前なんか良いことあったのか……?」
深夜零時。
史郎と周防は新宿のとある一角にいた。
これより浅野の行きつけであるバー『ラコティス』に潜入するのだ。
そして上機嫌の史郎に周防は顔を顰めてた。
「お前絶対なんか良いことあったろ!?」
「ねーよ! さ、下らない事を言ってねーで早く行くぞ。こちとらさっさと寝て明日のプいや何でもない」
「よくその流れで何でも無いって言えるな……」
周防は目の前の高校生を半眼で見やりながら溜息をついた。
だが史郎とて任務となれば本気で挑む。
「よしッ……」
史郎は一つ気合を入れ、バーに足を踏み入れた。
学園生活中に気が付いた推測は一ノ瀬に既に伝えていた。
おまけ(おもいつき)
来栖川の尋問を終えた後の廊下にて
「そ、それで上手く行ったのか九ノ枝!?」
「あ、あぁ……。う、上手くいったよ……? ただ……」
「ただ?」
「来栖川の奴、素で裏人物の名前を知らなくてですね……」
「まじか!? こっち向け九ノ枝! どういうことだ!?」
「や、大丈夫。落ち着いて周防。いったん落ち着こう? いったん置いておこう? ね?それに代わりに行きつけのバーは分かったから……。そこ行けば分かるはずだから!落ち着いて周防、ドードードー」
「いやいやお前も落ち着け!」




