第4話 交錯する想い
つい先日。
三月の始めのことだ。
「ねぇねぇ相沢さんからバイト入っているよ? 行く?行く?」
「やめときなよも~。どうせまた怒られるよ?」
「いいじゃんいいじゃん~そんなこと気にしなくて~」
放課後。
クラスの女子が携帯を眺め会話の花を咲かせていた。
「でもどうせ『能力』関連でしょ? また『隠蔽係』が」
「もう何度も厄介になっているじゃない!? 気にしない気にしない!」
ここ都立晴嵐高校は『覚醒犯』により全校生徒が能力覚醒を果たした。
総勢1000名近い能力者の卵という存在は能力社会でも珍しく、多くの能力組織がその生徒を利用しようとしている。
きっとその『バイト』とやらも裏できな臭い場所に繋がっているのだろう。
しかしそんなことは史郎にとってどうでも良いことだった。
女子だけではない。
『なぁ今日も発火能力の特訓しようぜ!』
クラスの奥で眼を輝かせ息まいている男子生徒も
『つーか田中うざくね? 今度絞める?』
『ギャハハハ! それ洒落んなんねーから!!』
廊下で哄笑をあげる金髪の不良も関係ない。
史郎にとって何もかもがどうでもいい些末事だった。
生徒が能力を得る前も得た後もそれは変わらない。
史郎にとってこの学園で唯一重要なのは……
さて今日も『赤き光』に向かうかと教科書を片付け腰を浮かした時だ。
それは廊下から聞こえてきた。
『重要』 が聞こえてきたのだ。
「メイ~、また告白されたの~??」
「ちょっとカンナ、声が大きい……」
「へっへっへ~! ごめんね~ついつい~♪」
思わず固まってしまった。
腰を浮かせて不動。耳に入ってきた情報を整理する。
どうやら雛櫛メイが告白されたらしい。
雛櫛メイは史郎が憧れて止まない女生徒だ。
そのメイが告白された。
会話内容からして最悪の事態は避けられたようだが、胸が激しくざわついた。
同時に本能的な欲求も働いた。
すなわち今日もメイのことを見たいという欲求だ。
ただちに欲求を実行に移す。
そもそも丁度帰ろうとしていたところだ。
そのままバックを持ち、ドアを開く。
「うお…!」
そしてなんという偶然だろう。
目の前に丁度メイがいた。
漆のように艶やかな黒色のショートカットの女子だ。
猫目で少し眠そうな印象を与える瞳を持ち、自然と保護欲を掻き立てられる少女だった。
「あ…!」
そんな少女の瞳が"史郎を見て"大きく開かれていた。
「……」
そして顔を赤らめうつむいてしまう。
(またこれだ……)
毎度のことだ。メイは史郎と目が合うとよく同じような動作をする。
毎回目を伏せ顔を赤らめフリーズしてしまうのだ。
史郎としてもなぜ相手がそのような動作をするのか分からない。
釈然としない面持ちで棒立ちになっていると、そんなメイをニヤニヤと横で眺めていた女生徒と目が合った。
「ふっふっふ」
名を白鳥カンナという。
メイほどではないが校内で人気を博す少女だ。
カンナはしたり顔で笑うと史郎に何も言わず通り過ぎていった。
「カンナ! 今さっきの話題わざとしたでしょぉ~」
「フフフ、おちょくってやろうと思ってね~」
廊下の奥からメイが涙声で抗議するのが聞こえてきた。
(釈然としない)
(なんなのだろう)
そして今日も今日とて史朗の中の大量のクエスチョンマークが浮かぶ。
史朗はメイのことを好いているが、
メイは史朗のことを好いている"はずがない"。
あの、まるで想いを寄せてる人と目があった時のような仕草の理由は一体なんなのだろう。
史朗の答えの出ない考察は続き、いつのまにか下駄箱を出て外を歩いていた。
史郎は入学当初からメイを綺麗だと思っていた。
だがそれだけだ。
物凄く綺麗な子がいるというだけで、やはり彼女もまた興味の範囲外だった。
しかしとある事件がきっかけでメイと交流してから、メイへの感情は憧れに変わった。
事件以降メイもまた、史郎に対しあのような調子で、事件以降欠片も会話する機会がない。
「全くどうしたらいいんだ」
メイと会話したいという欲求は日にちに高まっていた。
◆◆◆
一方そのころ、1年B組・通船場タケシは焦っていた。
どうやらまた雛櫛メイが告白されたらしい。
「しかも……」
タケシの横にいた小動物じみた少年が歌うように言う。
「今度は好きな人がいるからと来たもんだ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「体育館裏で人目が少ないとはいえ、よくもまあ大声をあげれるもんだ」
やれやれと小柄の少年は手をあげ身を竦めた。
「全く雛櫛のどこがいいんだか。僕の好みならよっぽどカンナちゃんの方が」
「黙れ黙れ黙れ! あの澄んだ瞳! ふっくらとした唇! 全てがベストマッチ俺なんだ!」
「はいはい」
頭を抱えうなるつんつん頭の少年を眺め小柄な少年は天を見上げた。
「で、どうするんだい『通船場』?」
「どうしたら良いと思う。『古道』」
つんつん頭の通船場に問い返され古道と呼ばれた少年は思わず息を吐いた。
「通船場……、他人任せか……」
「だってよぉ……。俺は一体どうしたらいいか。なあ古道! 雛櫛の好きな人は誰かなぁ!? 俺かなぁ!?」
「い、いやぁ……。そんなこと聞かれても分からないよ。そもそも通船場は雛櫛のこと好きらしいけど話したことはあるの?」
「ほ、ほんの少しなら」
「う~~ん」
そうなると可能性は低いと言わざると得ない。
しかし親友を気落ちさせたくない一心で言葉を濁す。
「僕も雛櫛が好きな相手が通船場であることを祈っているよ。で、通船場。どうするの?」
「いや、どうするって聞かれてもな……」
正真正銘、何も考えていなかったらしい。
古道はため息をついた。
実は古道は通船場に泣きつかれて体育館裏に来たのだ。
何かと思えば雛櫛の案件で、しかもすべて自分任せと来たもので古道は呆れて者も言えなかった。
しかし相手は親友の通船場。
突き放す気もない。
古道はしばらく空を見上げ、舌を出し思案した。
そしてふと思いついたことがあった。
そういえば、利用できる案件があったのだ。
「通船場。目安箱に何件か投稿があっただろう?」
「??」
「能力試験だよ」
「あー」
「おいおい通船場」
古道はいまいち反応の良くない友人に眉を下げた。
「いま通船場、確かに雛櫛の好きな相手が通船場だといいね。でも違う可能性もあるよね。なら通船場がしなくちゃいけないのはなにより雛櫛に『良い所』を見せることだよ! 通船場の格好良いところを見せつけて繰り上がるのさ! そして! 何よりも通船場の良い所は『能力が強い事』だろ!? それを見せつければいいんじゃないかい?」
妙案だという事が通船場も理解してきたようだ。
その瞳に輝きが灯り始める。
「そうか……。生徒から能力試験の実施の要望は来ている……!」
「要望書の殆どが男子の筆跡だったから、きっと通船場みたいに良い格好したい強能力発現者だと思うけど。まあ何にせよ利用しない手はない」
「その上、校内上層部も優秀な能力者を探している……!」
「ま、来年の校内運営に優良能力者の採用は必須だからね。で、生徒の要望もあり、また運営者側もやってやるメリットはある。となれば……」
「俺達なら実施できる。能力試験という名の能力大会を」
「女子に良い格好が出来る最高の舞台を整えてあげられる。そう僕たち……」
「「『権力会』ならば」」
暗がりで二人は笑みを零した。
そう、通船場と古道は晴嵐高校屈指の実力者。
7人で構成される『権力会』の一員である。
彼らにはこの校内において圧倒的権限が与えられている。
晴嵐高校の独自生態系の頂点に君臨する彼らは彼らの一存で様々な催しを実施できる。
能力大会など、造作もない。
「そうと決まれば善は急げだ。さっさとメンバーで話し合おう」
古道は即座に立ち上がり権力会室に向かおうとした。
そして
何でも決められる独自生態系の頂点。
彼らは当然恨みの対象でもあり
「あれ___」
「そこで止まれぇ」
「おーおー、うざい権力会の古道さんと通船場君じゃないかーー」
彼らの出口を塞ぐように複数人の学生が仁王立ちしていた。
古道と通船場がいたのは人気のない体育館の裏。その出口を5人の能力者が塞ぐ。
『権力会』という強大な能力で学園を仕切る彼らは往々にして生徒たちから恨みを買っており、『能力』という武器は、少年少女達をより攻撃的にした。
だからそここのようないざこざは校内でよく起きていた。
「まぁ……」
先ほどまで恋に悩む高校生。
しかしその通船場の瞳が一気にぎらつく。
「能力の強さでのしあがった権力会の俺らを襲撃するなんてのはレアケースだけどな……。誰だお前ら」
「名乗るほどでもねーだろう!! 権力会のお偉い様!! 一発殴られてくれよ!」
いきり立つ不良たち。
その脳内を古道は、「読む」。
「なるほど」
その犯行動機を。
「権力会は能力の優秀さこそ命。襲撃されてダメージを負ったなど誰にも言えない。--そう考えての犯行か」
「ッ!?」
古道に自身の考えを言い当てられ面食らう不良たち。
「だとしたら甘すぎるよ。僕らはやられても黙らないし普通に報告するし、なにより――やられない」
古道の瞳にも覇気が灯る。
「--ッ!!??」
気合に押され不良は目を剥いて叫んだ。
「やれやれやっちまえええええええええええええええ!!」
男は指を銃型に構える。
そこから火炎の弾丸が雨あられと吐き出された。
しかしそれを
「読めるよ。右に二発、左に三発。続けて中央六発。視界を遮り本命一発」
「な!?」
攻撃を読みきられ目を剥く敵。
いとも簡単に全弾を避け切り接近し古道はその拳を振るった。
「クフッ」
急所を突かれた不良が地面に崩れ落ちる。
あまりの流麗さに残りの不良は怖気づいた。
「やべえええええええええええええええええええ」
血相をかき不良は逃げ出していく。
「通船場」
「おうよ」
しかしそれを通船場が許さない。
しなやかな身のこなしで通船場は小石を投げた。
不良たちの頭上を越え、追い越し、そして地面を撥ねる小石。
「!?」
「そこまでだぜ?」
その小石が消え、そこに突如として通船場が現れる。
通船場と古道。
二人の優秀な能力者に挟まれ、不良たちは歯ぎしりし、
「~~~~!!」
そして周囲を見回し逃げ場がないことを知り、
「ちくしょう」
観念した。
「俺たちの負けだ」
本来ならここで然るべき処置をとらないとならない。
仮にも起きたのは暴力沙汰だ。
だが通船場達にもやるべきことがあり二人は顔を見合わせ、小さく頷きあった。
そして二人して微笑む。
「ま、僕らもさっさと決めたい案件あるからさ。今回は見逃してあげる。暴れたいなら次の機会にして」
「助かったな」
通船場と古道はそう言い残し去っていく。
「次の機会?」
去っていく二人の背中に呟きが届いた。
古道はくるりと振り返った。
「あぁ、次の機会だよ」
「?」
「僕らは今度『能力試験』っていう暴れる機会を作る予定だから暴れたいなら、是非そこで」
◆◇◆◇◆
「ん? なんだ?」
その日の夜のことだ。
史郎の携帯に連絡が入る。
見ると学校からの行事に関する連絡だった。
メールにはこう書いてあった。
『期末能力試験大会開催のお知らせ』
この度『権力会』は多くの生徒から要望が寄せられていた能力大会の実施を決定しました。詳しくはおって報告致します。
「なんだこりゃぁ……」
史郎はメール内容に思わずため息をついた。
そして腰を掛ける。
『人』の上に。だ。
今現在、史郎の周囲一帯には50名以上の人間が倒れている。
いるのは山間の斜面に設置された研究施設だ。
しかしそれももう跡形もない。
灰色のコンクリートは崩れ落ち、屋根にも大穴が空き天蓋から月がのぞいている。
「ん? なんだ?」
一匹の鹿が史郎に寄っていたのでその顔をなでる。
この研究所はテレキネシスで受精卵を操作することで人工生命体を生み出そうとしていた研究所だった。
『赤き光』の任務でそのせん滅を請け負ったのだ。
かくして史郎は数十名の能力者を一人で倒し切り、一人空を見上げて一息ついていた。
3月だがまだ寒い。
ひんやりした夜風を浴びながら、史郎はじゃれてきた鹿を撫でて、呟いた。
「またアホくさい催しを……」