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第3話 尋問

「ところで周防、準備はしてくれてんだよね?」

「おう、一応しておいたぜ。これが資料だ」


深夜、人気のなくなった新平和組織の本部。

そのエレベーターの中、史郎は手渡された資料に目を通していた。

そして数秒も絶たない間に


「覚えた」

「スゲーな……」


渡したのはA4用紙三枚分の資料だが文字がびっしり埋め尽くされている。

それをわずか数秒のうちに頭に叩き込んだ史郎に周防は口を半開きにせずにはいられなかった。


「そんな難しいことじゃないんだよ」


エレベーターの中で史郎は話し続けていた。


「テレキネシスを極めると普通『人の身体』は操れないが例外的に『自分の身体』は操れるようになる。そして『体内の神経伝達・ホルモン効果を理解すれば』だが、自分の体内に限ってはホルモンの調節すら可能になる。で、今俺の脳内ではノルアドが大量分泌されているわけ。正確に言うとノルアドの再取り込み阻害ね。で、まぁこんだけ分泌されればこんな紙ペラ3枚の瞬間記憶なんてお手の物なわけよ」

「いやそれ多分相当難しいことだからな? 当たり前のように言うなよ?」


周防が答えるとポーンと電子音が鳴り地下階に到着した。

ドアが開きこの世の深淵につながっていそうな闇に包まれた廊下が現れる。

その廊下を歩きながら周防は横に立つ異形の存在にもはや脅えていた。

テレキネシスによる自分自身の操作、しかも腕を動かすなどというレベルではなく体内のホルモンにすら手を出すこの『赤き光』という存在は常識の埒外であった。

しかも史郎の言っている行為は恐らく生半可な者が行えば一瞬で廃人になるようなほどの超危険技術である。

周防は思わず顔を顰めていた。


「で、そんな優秀な能力者様にとって俺が作ったこの資料は効果があるわけか?」


多少、皮肉の混じった台詞だった。

しかし


「うん、凄い有用だぞこれ」


史郎は暗闇の中で目を輝かせていた。

その無邪気な反応。

努力した介があるというものである。


「ふん」


まんざらでもなく周防は鼻を鳴らした。

史郎が手にしている資料には今から取り調べをしようとする男の個人情報が洗いざらい記載されていた。

その男自身、『知られている』とすら思っていなかったような情報すら記載されている。

史郎の指示のもと昨日の深夜から周防は隊員を使い資料を揃えたのである。

その結果用意したのが今史郎が手に持つ資料。

だが史郎が要求したこの資料、なかなか骨が折れる代物で


「本当に良かったのか? 工作員たちに起爆する情報伝えて?」


東和会の組織員の結束は固い。

ようやく自白しかけて爆殺された組織員も表の世界では非合法とされるような拷問を何日も繰り返した末自供に至ったのだ。

だからこそ史郎の要求した情報の収集は生半可な難易度ではなく、都合、裏に潜む人物を自供すると自動爆殺される事実を伝えざるを得なかった。

おかげで隊員たちの口がより堅くなってしまった。

これでもし再度彼らから情報を引き出す必要が出ようものなら周防の責任問題になりかねない。


「良いんだよ。どうせ今回ので欲しい情報は手に入るしどうせ自供できないんだから状況は一緒でしょ。それに、何も俺の独断じゃない。ちゃんと鷲崎に話は伝えている。隊長からもOKが出てるよ」

「フン、なら良いが」


史郎の返事に周防は密かに胸を撫で下ろした。

そして二人はそうこうしているうちに一つの部屋の前に着いていた。


「あ、周防さん……ッ!」


無機質な廊下に椅子だけ置かれておりそこに座っていた人物が周防を見とめて慌てて立ち上がる。


「そこの男は、まさか……」

「今回の件の協力者だ。で、中には既に『いる』んだな」

「あ、はい! 用意できております!」

「ならいい。俺達が出てくるまでお前はそこを動くな」


史郎の姿に目を白黒させる隊員を無視し周防と史郎は部屋の中に入っていった。

そして無機質な部屋の中にいたのは


「クッ、お前らかよ……」

「久しぶりだな来栖川(くるすがわ)……」


東和会ナンバー2。

箱庭の人物地図(ガーデンマップ)』を有する東和会の重要人物である。

その小太りの男は史郎という自分たちの作戦をぶち壊した男の登場にその小さい目を眇めていた。


◆◆◆


こうして取り調べは始まった。

史郎と周防は部屋に用意された椅子に身を収めるとさっさと話し始めた。


「これからお前にいくつか質問する。隠すことなく答えろ」


無言。

史郎の尋問に来栖川は無言を貫く気であるようだった。


(めんどくせーな)


史郎は心の中で溜息をつくと、仕方ない、とつらつらと来栖川の個人情報を語り始めた。


「名前『来栖川宏典(ひろのり)』。年齢27。能力覚醒は17。間違いないな?」


無言。


「能力覚醒後は中堅組織『鬼切(きせつ)隊』に所属。その後22歳の頃、一般人を殺害。捕獲され新平和組織へ。しかし処罰確定の前に持ち前の『箱庭の人物地図(ガーデンマップ)』を使用し逃走。以後、反社会組織『東和会』に所属」


無言。


「ハァ……」


終始無言で徹底抗戦の構えの来栖川に史郎は溜息を一つついた。


「もう分かっているとは思うが今回の取り調べは今回のテロの裏に潜む人物の詳細を知るために行われている」


史郎の突然の暴露に周防の緊張度が増した。

だが史郎は周防の反応を斟酌せず話を進めた。


「そのための尋問だ。洗いざらい吐いてもらう。まずはなぜお前は東和会に入ったか聞かせろ」


無言。しかし史郎は意に介さず


「そうか」


そう一つ呟き話を進める。


「じゃぁ次の質問だ。そうなると、そのきっかけが重要になるな。お前が一般人を憎むきっかけになったのはなんだ」

「……?」


来栖川が不思議そうに眉をひそめた。

自分は何も話していないのに史郎が納得づくで話を進めたからだ。


(こいつは一人で何を言っている……?)


来栖川は混乱のただ中にいた。

しかし史郎は来栖川の反応を無視し、薄く笑うと、決定的な言葉を口にした。


「ま、『お遊び』はこれくらいにしておこうか。じゃぁ今度は個人的に最も気になっていることを聞かせてくれ。これなら『裏に潜む人物』とも無関係だし答えられるだろ。でだ、この『裏に潜む人物』に良いように扱われた今の気分は一体どーなんだよ? さすがに悲しいのか?それとも……」


史郎の顔が厭らしく歪んだ。


「嬉しいのか? だとしたらとんでもない奴隷根性だな」

「クッ……!」


史郎は挑発に来栖川のこめかみが浮き立った。

そして


「俺はッ、軽薄で薄汚い一般社会を根絶やしにしその上に能力社会を築く、その支柱になるのならこの命欠片も惜しくはない!!」


そう叫んでいた。

そして


(――その言葉を待っていた――!)


待ちに待った言葉に史郎の瞳が輝いた。


「……だよなぁ、そうだよなぁ。何せお前は――」


そして史郎は


「いじめられっ子だったんだもんなぁ」


間髪入れず答えていた。



「――ッ!?」


自分の過去をはっきりと言及した史郎に来栖川は目を剥いた。

そして驚く来栖川に畳みかけるように史郎は語りだした。


「そう、高校時代お前はいじめられっ子だった。そしてそんなお前はある日未だかつてないほどの暴力を受け死の危機に瀕していた。そして以前からなんとなく周囲の人物の位置が分かるような気がしていたお前はその『ジンクス』に縋った。結果、お前は周囲の人間の位置感知の能力を有するようになった。だが同時にお前は絶望したんだよなぁ!? お前にたった一人だけいた友人! たった一人だけいた女の友達! そのかけがえのない女の友人が実はその不良たちと会っているのをたった今発現した能力で『知ってしまって』!」

「なッ!?」


史郎の口から自分が能力覚醒した際の事件が転がり出て来栖川は目を見張った。


「お前にとってその女こそが心の支えだったッ! いくら虐められている時も、その娘を思えばお前は前を向いて生きていけた! だが何てことはない。その女もそもそも不良の一員で、暴力に耐えその女にすがるお前を二段階で笑うための策略だったわけだ! それをお前は奇しくも発現した『箱庭の人物地図(ガーデンマップ)』で知ってしまったんだ! だからお前は22の時、その友人であるところの『一般人』を殺したッ! だがその後自分に手を差し伸べてくれた浅野は信じられない程優しい奴で、お前は思うようになったんだッ! 『能力者の方が一般人よりも性格も能力も優秀だと』!!」

「なんだと……ッ!?」


自分が能力覚醒した時だけではない。

自分が犯した『罪』も、『東和会』に入った時の出来事すら把握されている。

だがそのどれもが『殆ど誰にも』言ったことのない情報だった。


「お前その情報をどこでッ!?」


恥辱と怒りで顔を真っ赤にしながら来栖川は怒鳴っていた。

対する史郎は薄い笑みを浮かべていた。


「ハッ、お前、この俺が誰か知っているか?」

「クゥッ!」


小馬鹿にするような調子に頭の血管が切れそうになる。


「『赤き光』第九ナンバーだろ!! そんなのこの能力世界で知らない奴などッ」

「そう、俺は『赤き光』の第九ナンバーだ。この日本に限って言えばほぼほぼ最強組織だろ。そしてお前、中でも俺がなんて呼ばれているか知っているのか?」


史郎には数多の二つ名がある。

より単純な物から言えば『天才(ジーニアス)

例えばその圧倒的なテレキネシス才を称えた『神の見えざる御手』

他にも上げればきりがない。

それほど史郎の名はこの日本能力世界に轟いていて、中でも有名なのが


「『未知の最強手アンノウントップオプション』……ッ!」

「そう、未知の能力を有する俺はよくそんな風に言われるな。でだ来栖川……」


史郎は追い詰めるようにグイッと顔面を来栖川に近づけ、問うた。


「仮にも『赤き光』は日本能力社会の最強の一端だ。そしてそのメンバーであるこの俺は、未知の能力を有するこの俺は! 『心を読む』異能を持っていても『おかしく』ねーんじゃねーのか?」

「ナッ!?」


心理解析の異能は超激レアである。

だからこそ来栖川は冷静な判断を下す。


「そ、そんな能力ッ」

「「ありえない」」


しかし史郎が来栖川の言葉尻を完全に真似してきた。

まるで――


「心を読んでいるみたい、か?」

「ッ!?」


史郎に完全に思考を読み取られ来栖川の両目が大きく見開かれた。

そして来栖川の脳内では先ほどの史郎とのやり取りが再生されていた。


『なぜお前は東和会に入ったか聞かせろ』

『そうか』

『じゃぁ次の質問だ。そうなるとそのきっかけが重要になるな。お前が一般人を憎むきっかけになったのはなぜだ』


そう、今更気が付いたのだが、史郎は先ほど来栖川が『東和会』に入ったきっかけも、来栖川が一般人を憎むきっかけも尋ねているのだ。

そして自分はどちらの質問にも


(答えてねぇ……ッ!)


そしてそこに史郎の台詞が降りかかってくる。


『『心を読む』異能を持っていても『おかしく』ねーんじゃねーのか?』


(まさか――ッ!?)


確かに史郎が吐いたこれらの情報、他の隊員が教えたという線もある

だがしかしこの時来栖川は考えてしまっていた。


(コイツまさか、本当に『心を読む』能力を――ッ!?)


そしてその疑念を一瞬でも信じた瞬間――


『自身に敵意を向ける相手が『あると思ったもの』を本当に実在させる』


史郎の個別能力


悪霊(ゴースト)


が実態を持ち始める。


「ハハハハハハハ」


史郎は自身の脳内に混乱する『来栖川の心の声』が『流入』し始め自身の作戦の成功を確信し思わず笑みをこぼしていた。

そして、ここまで行けば簡単だ。

史郎は猟奇的な笑みを浮かべながら叫んだ。


「お前の心! 全て見させてもらおう!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」


取調室に来栖川の悲鳴が木霊した。


◆◆◆


「お前スゲーな。心理能力なんて持ってたのかよ。道理で鷲崎さんが依頼するわけだぜ」


それから数時間後、史郎たちは夜の新宿を歩いていた。

あれから作戦は成功し、史郎は来栖川から重要情報を聞き出すことに成功していた。

そして史郎は完全に史郎の能力を勘違いしている周防に溜息をついた。


「あれは違う。俺の有する能力は俺に敵意を向ける相手が存在認知したものを実在させる能力だ」

「おまっ!?」


史郎が真実を告げると周防は目を丸くして驚いていた。


「そ、そんな能力、お前俺に伝えて良いのかよ!?」

「お前は信用できるからな。お前になら能力を明かしても大丈夫そうだ」

「な、なんだよ素直な奴め。照れるじゃねーか」


顔を赤くする周防は気持ちが悪かった。


「何度かお前に対してもこの能力を試したことがある。だがただの一度も発動しなかった。お前が俺に敵意を持っていない証だ」

「おい!!」


感動のシーンをぶち壊す史郎に周防は突っ込みを入れていた。


史郎はこの能力で心理解析の能力があると思わせるために今回いくつかの策を弄していた。


今回の尋問のターゲットに来栖川が選ばれたのも『プライドが高く、最も口を割らない、かつカッとしやすい人物』という史郎の注文した人物像に最もマッチしたのが来栖川だったからだし、


来栖川の能力覚醒した際の事件や、東和会への入隊のきっかけを知るべく、自身の命と天秤にかけさせるために彼らに『裏に潜む人物を暴露すると死ぬ』という情報を伝えた。


『東和会』は結束が強い。だからこそトラウマを抱えていることが多い能力発現時の事件やその他もろもろの情報を彼らは知っていると踏み、裏人物の情報と自身の命の二点セットと来栖川の来歴を天秤にかけさせたのだ。

こうして史郎は来栖川の情報を手に入れ、


「にしてもじゃあ、あの時、来栖川の言葉尻を真似たのは気合か?スゲーな」

「違う。言ったろ。俺はテレキネシスで自分の肉体を操れる。予めテレキネシスに俺の目、耳から入った情報と同じ音を出すよう口、肺、声帯を操るよう指示をしておいただけだ。あとは勝手にテレキネシスがやってくれたよ」

「それ超高等技術じゃん……」


史郎が話す技術が遥か天の上の技術で周防は嘆息していた。

だがそれら技術で史郎はこの難題を乗り切ったのだ。


自白しようとするとその心の動きに感知し起爆するのなら、必死に抵抗する相手の心を無理やり読んでしまえばいい、という荒業で。


「ついたぞ」


しばらくして史郎の足が止まった。

そこは新宿のとある一角のバーであった。

実は史郎、来栖川の脳内を読み取ったが、裏に潜む人物の名前は読み取れなかった。

来栖川自身知らなかったのだ。

代わりに出てきたのは浅野と染谷がよくこのバーに行き、帰る度に新たな作戦を考えて来る、という事だけだった。

つまりこのバーで裏人物と落ち合っていた可能性が高い。


「どうする? 今から入るか?」

「だが早くも店じまいの支度をしているようだぞ」


目の前当該の店舗スタッフがガラガラとシャッターを下げていく。

能力社会は基本的に一般社会に不干渉を貫かねばならない。

一般世界への住人には危害を出せない。

今から割って入って行っても良いが、日を改めた方がいいだろう。


「明日にしよう。明日の深夜零時。ここで落ちあおう」

「了解だぜ」


こうして史郎と周防の今日の捜査はここで終了となった。





おまけ(思いつき)


プールの後の『赤き光』アジトでの史郎とナナの会話。


「ねぇ史郎。そろそろ誕生日だよね?」

「え?そうだっけ? まだ遠い気も……」

「もうすぐよ! で、史郎。聞きたいんだけど何か欲しいものある?」

「いきなり聞かれると困るな。考えるからちょっとまって。……………………………そうだ、鉄板が仕込まれたサポーターが欲しいな」

「鉄板!? なにそれ」

「欲しいんだよ! 鉄板が仕込まれたサポーターがなぁ!!」

「わ、分かったわ。考えておくね史郎……」

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