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第2話 プールサイドにて

史郎に告げられた真犯人の捜査。

一ノ瀬からの情報だと出来る限り早く任務を達成して欲しいらしい。

そして人目を避けるために史郎が新平和組織の本部に赴くのは翌日の深夜となった。

これは史郎としても幸運なことだった。

もし翌日、『学校を休んで』任務を達成するように言われたら史郎はナナと同様年甲斐もなくガチ泣きしてしまったかもしれない。

なぜなら――


「なぁ今日午後はプールだよな? ちゃんとお前ら水着持ってきたか??」


今日はプール開きの日だからである……ッ!!

昼休み。今日も史郎たちは屋上でお昼を食べていた。


「も、もちろん持ってきたわよカンナ。急にどうしたの?」


カンナの突然の問いにメイは若干顔を引きつらせながら同意していた。


「そりゃ楽しみだからよ~ウキウキしちまうぜ! 今日は丁度いい天気だしよ~。あちぃあちぃ」


カンナはパッと顔を輝かせ胸元を開き制服内に風を送り込んでいた。

カンナの言う通り今日は抜けるような青空でさんさんと太陽の光が降り注いでいた。

カンナの突然の問いかけにナナは元気よく頷いていた。

そしてナナもプールは楽しみらしく、カンナの問いかけに瞳を輝かせていた。


「あ! 私もちゃんと水着忘れずに持ってきたよ!! 褒めて褒めて~」

「おぉ……よしよし……」


普段以上の馬鹿さで史郎に頭を突き出すナナの頭を撫でながら史郎もまた胸を高鳴らせていた。


去年史郎はいくつか悔やんでも悔やみきれないことがあった。


例えばなぜメイともう少し喋ってみようと頑張らなかったのか、だとか

なぜメイという天使の存在を早く知らなかったのだろうか、とか

なぜメイとクラスが離れていたのか、などである。


そしてなぜメイとクラスが離れていたことを悔やんでいたのか、であるが。

なぜならこの体育、二クラス合同で行うからであり、例えばGとH組は合同で行うのである。

そしてこの体育におけるプール……!

なんと男女合同……!

サンキューゴッド。

史郎はこのご時世で男女合同プールをお残し遊ばれた神に感謝せずにはいられない。

そして、時は来たれり。

遂にこれまで頑張ってきた史郎にご褒美タイムが回ってきたのである。


そうこのプールで史郎はメイの水着姿を拝むことが出来るのだ。

この普段はガードが堅いことで有名なメイの肢体を、ボディラインの浮き出るメイの水着姿を見ることが出来るのだ。そしてその肢体を史郎は脳の奥底に、メモリに、深々と未来永劫刻み付けてやろうと、いや付けようと思っていたのだが


時は流れ、五限目。

水泳の授業に向けて史郎が男子に交じり更衣室で着替えをしていた時だ

問題が生じた。


「ハ!?」


史郎は今更ながらの事実に気が付き目を丸くした。

そう、学園指定の水着はぴちぴちだ。

ピッチピチである。

だからこそメイの水着姿を、プール上がった際の水が滴るボディラインの露になったメイを見ることが出来る。

だがしかし、それは当然、女子だけではない。

そう男子の水着だってぴちっぴちなのだ。


サポーターとかいう頼りのないブツを挟みはするが

こんなぴっちぴちなのだ

もしこの状態でメイの水着姿でも見ようものなら


(『事件』が起きても、不思議じゃない……!)


(ヤバい……!)


一転、自身が窮地に陥っていることを悟り史郎は驚愕していた。


「おいおい今日のプール楽しみだよなぁ」

「カンナちゃん意外と良い身体してるからな~」

などという下卑た周囲の男子たちの会話がまるで遠い宇宙で行われているようだった。


(やられた……!)


史郎はこの授業に潜むトラップの存在を今更ながら悟り驚愕した。

完全に狩る側だと思われた今回のプール。

史郎もまた狩られる側だったという訳だ。


女子(しんえん)を覗くとき、女子(しんえん)もまたこちらを覗き込んでいるのだ。股間を。



(これじゃぁ……ッ!!)


史郎は驚愕で目を見開き頭を抱えていた。


(雛櫛の水着姿を見られない……ッ!!)


そう、メイの水着姿を見たくて見たくて溜まらなかった史郎。

だが事実は全くの逆だったのだ。

メイの水着はむしろ『爆弾』。

見たらアウトの『超危険物体』だったのだ。


だからこそ史郎。


「お、花ちゃん胸でけーな……」

「おいおい九ノ枝も見ろよ……」

「あぁ、うん……」


頑なに顔を伏せていた。

さんさんと降り注ぐ太陽。仄かに熱い屋上。

高い雲に遠くから聞こえてくる女子たちの黄色い声。

そしてそちらに視線を運び鼻の下を伸ばす男達。

だが史郎はただ一人下を俯いていた。

自分だけ別世界にいるような惨めな気持ちだった。

だが史郎の頑なな抵抗は長くは続かなかったのだ。

なぜならナナがプールサイドに入ってきて


「「うおっ……!!」」


と男子達がどよめきだし


「ねぇ~見て史郎~~!! 私の水着ぃぃ~! 似合う~~~????」


と大声で尋ねてきたからである。

そして史郎は普段からナナ番をしているからこそ、ふと視線を上げてしまったのだ。

そうして史郎の視界に映りこんだのは大きく手を振り史郎に自分の姿をアピールするナナと、


「なッ!?」


その奥でバスタオルを脱ぎ水着を露にするメイの姿だったのだ。

瞬間、史郎の視線がナナを通り過ぎメイにズームする。

そして史郎の全視界に広がったのは、メイの華奢な肩に、ふっくらと存在を主張する胸部。驚くほどくびれたウエストに、キュッとしまったヒップ。

そして不健康すぎない、適度に脂肪ののった素足だった。

全てが史郎ズベストに整えられた妖精がそこにはいたのだ。


そしてそんな妖精(メイ)の姿を見た、史郎はというと


「入水ッ!」


勢いよくプールに飛び込んでいた。


「史郎!?」「九ノ枝!?」


周囲の男子が目を剥く中、ダッパーンと高い水しぶきが上がる。


「なになに!?」「どうしたの!?」


向こう岸の女子が俄かに騒々しくなる。

そして史郎が勝手に入水しているのを確認すると


「え、どうしたのアレ……」

「どういうこと……?」


意味の分からない史郎の行動に若干ドン引く女生徒の声が聞こえてくる。

おかしい。学園を救った英雄のはずなのにと、史郎は歯を食いしばるが、それよりも重要なことがあった。

それは何を隠そう今ほど目に飛び込んできた映像だ。

史郎は今まで何度も能力世界の任務に携わっていた関係で瞬間的な記憶力が高い。

それにより先ほどの映像がまざまざと脳裏に焼き付けられているのである。

メイの水着姿という全てが史郎ズベストに整えられたこの世の美の集大成の有り様を。

そしてだからこそ――


(出られねぇ……!)


「おい九ノ枝! いくらなんでも気が早いぞ!? どうした!?」


体育の教師が史郎の奇行を見咎めて遠くから大声で声を掛けてきた。


「いえ、なんでもありません……」

「誰かに落とされたか? おいお前ら危ないからやめろよーー。あと九ノ枝もさっさとあがれ~」


しかし史郎は上がらない。

そう、メイの水着姿は史郎にとって刺激が強すぎた。

だからこそ――、プールから『上がれない』。

まだ事件は起きていないが、いつ何時メイの水着姿がフラッシュバックし事件が起きるか分からなかったからだ。

一向にプールから上がらない史郎に教師は眉をひそめた。


「どうした九ノ枝」


史郎は授業態度こそまじめだった。

そして訝しむ教師の耳に信じられない言葉が届いた。


「こ、ここで、受けます……。ここで準備体操を……!!」


「はぁ?」


史郎の余りに馬鹿な発言に教師の口があんぐり開けた。

そして次第に史郎の言わんとすることを理解しだし、こめかみの血管が浮き立たせ一喝した。


「馬鹿野郎何言ってやがる! 授業は授業。校外活動は校外活動だ! お前がどんな能力者でも手加減せん! 準備運動はしっかりと陸上で行ってもらう! おい誰かこの馬鹿を引き上げろ!」


教師の一言で生徒は動き


「わりーな史郎! このままじゃいくらたっても授業始めらんねーんだわ」

「だから上がってもらうぜ!?」

「クッソやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


抵抗する史郎をプールサイドに引き上げた。

そして惨めにも水揚げされ息を上げる史郎を


「……??」


遠くからメイは不思議そうに眺めていた。



それからほどなくして準備体操が終わり皆プールに入り泳ぎ始めた。

だがここでもやはり事件が起きたのだ。

そしてその原因はナナであった。

なぜならナナ、大の金づちなのだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁ助けて史郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


そんな断末魔の叫びが遠くから聞こえてくるが史郎は無視して水泳を続けていた。

このころになると自身の視線の誘導にも慣れてきており幾分スムーズに活動ができるようになってきていた。

だが当然、史郎は女子サイドに視線を向けることは出来なかった。


だからこそ史郎は気が付いていなかった。

多くの女子が顔を赤くしながら史郎の姿を眺めていることを。

多くの女子が『赤き光』という最強組織の一員である史郎の肉体に興味があり、その期待に十分応えるレベルで史郎の肉体は完成していて、その適度な仕上がり具合に色めき立っていたのだ。

だからこそ


「まあもういいかな」


泳ぐことに満足した史郎がプールサイドで座っていると


「ねぇ史郎君? 凄い筋肉のつき方をしてるよね? やっぱ鍛えてるの?」

「ホントびっくりしたわよ。史郎君スゴいね!」

「ここの筋肉どうなってんの~」

「おいお前ら、私も混ぜろ抜け駆けは禁止だぜ!!」


などと周囲の女子がワラワラと寄ってきて


「え? えっ!?」


史郎を慌てふためかせていた。


そして実は――史郎が気が付けなかったのは本当に惜しいことなのだが――史郎の肉体の完成度に顔を赤くする女生徒にはメイもいて


「なぁメイ。九ノ枝に話しかけなくていいのか? なんか注目されまくってッけど?」


史郎がプールサイドで女子に群がられて動揺しているとの同時刻、反対側のプールサイドにはメイとカンナがいて、カンナは史郎の惨状を見てメイに問うていた。


「いいの」


対するメイは顔を赤くしながら首をフルフルと振るばかりだった。

そしてカンナはその熱っぽい視線で史郎を見つめるメイに合点した。


「あぁ、今この状態で九ノ枝に接近するとメイ自身のがヤバいってわけか」

「な、何言ってるのよカンナッ!!」


メイが顔を真っ赤にしながら叫んでいた。


「そんなわけないでしょう!!」


珍しくメイは涙目になりながら必死に否定していた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ死んじゃうぅぅぅぅぅ助けて史郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


プールサイドでは今もナナの悲鳴が轟いていた。



そんな体育の授業を経ての、下校時刻である。


「今日のプール大変だったね……」

「……あぁ、大変だったよな」

「うん……」

「そう」


より仲が親密になった史郎とメイ、ナナ、カンナは途中まで一緒に下校する仲になっていたのだが


「そういえば今日の数学の授業さ」

「うん……」


普段は和気あいあいと楽しく下校するのだが史郎とメイの間に妙なよそよそしさがあり、普段とは違った空気を纏っていた。

そう、まだプール上がりたてで髪が生乾きの史郎とメイ。

どちらも脳内にお互いの水着姿が焼き付いており、その余りのインパクトでお互い顔すらろくに見られなくなってしまっているのである。

どちらも思っていたのだ。


(これじゃ雛櫛(九ノ枝くん)と、顔を合わせられない……ッ!)


と。

それにより両者とも顔を真っ赤にさせお互いに絶対に顔を合わせないようにしており、


「ふふふふ」


二人の初々しい様子をカンナはニヤニヤしながら後ろから眺め


「はぁ~大変だったわよ~。早く泳げるようにならなくちゃ~~」


史郎とメイの間の微妙な空気など知る由もないナナはよろよろと歩いていた。




そのような学校生活を過ごした後に迎えた深夜。

23時過ぎ。


「よう、周防(すおう)


史郎は新平和組織の本部の近くいて、物陰にいる長身の人物に声を掛けていた。

そして現れたのは当然、


「よう九ノ枝。鷲崎さんから直接依頼が来て驚いたぞ」


史郎と同じく無差別能力覚醒犯の捕獲を試みたことのある新平和組織の実力者、周防である。

実は史郎はこの任務を受けるに当たって、一ノ瀬に一つだけ要求を付けたのである。

それは周防を自身の助手としてこの任務に就けることであり


「てかお前、マジで取り調べする気なのか!? 全員死ぬって話だぞ!?」


鷲崎経由で任務を受けた周防は瞠目していた。

だが史郎とて勝算が無くこの任務を受けたわけではなく、その勝算のために周防を選んだのだ。


「もちろん尋問するぞ? そして吐かせる」

「でもどうやって!? 自白しようとするとオートで心臓が起爆するんだぞ!?」

「いやそんなの簡単なんだよ」


問い詰める周防に請け合わず史郎はずんずんと平和ビルに向かい始めた。

そう、敵がいくら自白すると起爆する仕掛けを施されていたとしても、史郎なら突破できる。

より正確に言うのなら


「俺の『個別能力』なら多分楽勝で突破できる……」


そう、この任務。史郎の『個別能力』を見込んだうえでの依頼だったのだ。

隊長室を史郎が去る際に、一ノ瀬は言っていた。


『まぁ危険はあるが、お前なら可能だろう。お前の個別能力、『悪霊(ゴースト)』ならな』


と。


そしてだからこそ史郎は支援者として周防を付けたのだ。

自身の個別能力を知られても心配のない『信頼できる仲間』が必要だったのだ。


そして史郎の有する個別能力『悪霊(ゴースト)』とは


『自身に敵意を向ける相手が『あると思ったもの』を本当に実在させる』


という特殊なアビリティ系能力である。


恐らく能力世界で史郎しか発現していない能力で――


この能力で、敵を吐かせる。


「じゃぁ行くぞ周防」

「おい待てって」


こうして任務は始まったのだ。


史郎は夜の街路を歩く。

辺りはむっとした湿気に包まれていた。


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