第1話 新たな任務
『国境なき騎士団』
能力世界と一般世界の橋渡しを行う世界最強の能力組織だ。
世界中あらゆる国の官僚・首脳から要求が届き、各国基幹組織との調節を行う。
「はい、こちら総務課。ファイネル・クラスターです」
「欧州担当の者ですか? 承知しました。今繋ぎます」
『国境なき騎士団』の本部ではひっきりなしに電話が鳴っていた。
白い大理石で覆われるこの巨大なホールは『国境』の事務方が詰める仕事場である。
今もありとあらゆる人種の人間が電話口に大声で話し、PCに向かい唇を捻ったりしていた。
この他にも上級職員も大量にいる。
そしてそんな彼らを支配するのが
「なぁ、鈴木。新平和組織からの連絡はどうするのかね」
『国境なき騎士団』本部、最上階の豪奢な部屋で弛んだ腹をした赤ら顔の男が鋭い瞳で尋ねた。
『首脳会議』。
『国境なき騎士団』の最上位の意思決定機関である。
そしてその『首脳会議』では今まさに晴嵐高校はじめとする生徒の議案が上がっていた。
「貴様の報告と違い『能力が強化されている』というぞ?」
「いやそれが、全く予想外なんですよ。ローズウェルト」
赤ら顔の男に睨まれ、鈴木、と呼ばれたのは眼鏡をかけたくたびれたスーツを着た壮年の男は頭を掻くばかりであった。
「僕の得た情報では能力が減衰するはずだった。しかしまさかそんな事になるとは」
「貴様の部下がイギリスで発見した異常発現した能力者の能力が消えたとするからの方針だぞ? 消えないとなれば話が別だ」
ローゼウェルトの意見に周囲の老人たちが次々に頷く。
「彼らにも人権がある。こちらの世界について教えないのは不親切すぎるな」
「日本は混乱するだろうがそれも仕方なしじゃろう」
「最悪混乱分は私達で持てばいい。私も賛成だ」
首脳会議の結論が彼らへの完全情報開示で纏まり始める。
だがそこに鈴木の言葉が挟まった。
「えぇこうなっては僕も賛成ですよ」
鈴木は人のよさそうな顔で微笑んでいた。
「彼らに洗いざらい我々の事をお教えましょう。もしかするといつか能力を『ロストするかもしれない』彼らに」
「うむ……」
「そう言われると困るのう……」
世界中の能力社会を束ねる『国境なき騎士団』。
そこでは能力社会が彼らとどう距離感を保つかが今まさに話し合われていた。
そして出た結論というのが――
◆◆◆
「奴ら、まだ完全には明かすなと言いおるわい」
鷲崎が深いため息をつきながら呟くと同じ円卓にいた大男が机を殴った。
「ことがここまで煮詰まっているというのに彼らは何を考えているんだッ!?」
『評議会』
日本・能力世界の最高意思決定機関での一幕だった。
机を殴った郷野はそれでも怒りが収まらないらしく唾を飛ばしながら息巻いた。
「まして、彼らはテロリストに狙われたんだぞ!?」
「これでこちらの世界の情報を伝えないってのはいささか酷過ぎるというものだよ鷲崎。彼らには住む世界の自由選択の権利を与えておきながらこれというのは」
郷田に鷲鼻の老女が同調する。
「だが仕方がないだろう、日辻。それに完全開放が厳禁という話で規制事項もぐっと少なくなった。彼らも譲歩したのだろう。『国境』の連中がそう言ったら我々は従うしかない。それとも、謀反を起こすというのか」
「そりゃ無理だろうね。ま、従うしかないさね」
日辻の愚痴に円卓に向かう全員が押し黙る。
『国境なき騎士団』の命令は絶対だ。
国境なき騎士団は『聖剣霊奧隊』という史上最強戦闘部隊を有する。
彼らに睨まれてはこの世界で生きていくことが出来ない。
会議室に沈痛な空気に満ちた。
「ところで鷲崎さん。東和会の尋問の進捗はどうなっているんですか」
「思わしくないな」
空白が落ちた会議室で眼鏡をかけたインテリ風の男が口を開いた。
「『起爆』を恐れて尋問できませんか……」
「あぁ……」
枢木の問いに鷲崎は項垂れながら答えざるを得なかった。
つい先日の晴嵐高校テロリスト事件の首謀者・染谷は突然獄中で死亡した。
何の前兆もなく心臓が起爆し死亡したのだ。
だが染谷の死はそれから起きる事件の前触れでしかなかったのだ。
「染谷に続いて浅野、そして二人の能力者が立て続けに死亡。その後も尋問の中で自供しようとするとその心の動きを察知しオートで能力が起動。全員心臓が起爆し死亡」
会議室の誰もが業を煮やしていた。
それがここ数日続いている事情である。
染谷に続いて尋問の最中『遠距離通信』を有する浅野、そして全身装甲型の能力者と泥人形を発生させたと思しき二人の能力者が死亡。
その後動揺しつつも残った組織員を尋問するも、自白しようとした時だ、その男の心臓がやはり起爆した。
そのようなことが五人連続で発生し尋問は取りやめになっていた。
「こうなると『能力無効化能力者』が欲しくなるわね」
「姫城、夢物語はやめたまえ。欲しいのは心理解析の能力者だ。まぁ、そんな能力者もいないか。隠してるんだろうな」
「じゃ、尋問はここでストップ。諦めるというんですか?」
俯く鷲崎に枢木は眉を吊り上げた。
「口封じ。今回のテロ、明らかに裏に『何者かが』いるというのに??」
「そうわ言わんさ。一人依頼している人物がいる」
鷲崎はこの尋問しようのない状況を打開するべく一人の男を頼っていた。
そしてその男こそ――
◆◆◆
夜の帳が落ちた頃。
「おいおいどーしたぁぁぁぁぁ!? オラァオラァオラァ!!??」
「やめてやめてやめて! あーちょっとずるいわよ史郎!」
史郎とナナはTVゲームを興じていた。
様々な作品のキャラで戦う某有名ゲームである。
史郎はゴリラキャラを操りナナは桃の姫を使用していた。
そして画面ではまさに史郎が操るゴリラが女キャラをステージの端に追い詰めており
「ハ、ハワワワワワワワワ」
ナナは慌ててコントローラーをいじくりまわし
「ハッハッハ、どこに逃げると言うのかね??」
史郎はニヤリと猟奇的な笑みを浮かべる。
そして史郎が操るゴリラがナナのキャラに大手を振りかぶると史郎は哄笑を上げた。
「はははこれでとどめだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
瞬間史郎の操るゴリラの一撃が女を取られ凄まじい速度で女が吹っ飛んでいく。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ボーンと画面の外から水しぶきのようなエフェクトが迸り、ナナの断末魔の叫びがアジトに轟く。
そして
「ずるい~~~! 史郎ばっか勝ってずるい~~~! 私何連敗中なのよぉぉぉぉ!! 勝たせてよ勝ちを譲ってよ酷いわよぉぉぉ~~~!!」
数時間ゲームを興じるとただの一つも史郎に勝てなかったナナがガチ泣きをし始め
「お、おい。さすがにガチになりすぎだろ……。ってイタ!? いてーよ!! 殴んじゃねーよ!? イタタタタ」
負けた腹いせにナナが史郎を物理的に殴り始めた時だ。
「おい史郎。お前に任務がある」
それは突然告げられた。
ゲームをする史郎の背後にいつの間にか一ノ瀬が立っていて史郎が振り返ると告げたのだ。
「滞っているテロ組織の尋問。お前が担当しろ」
「え、話ついていけないんすけど?」
史郎は欠片も事態を飲み込めていなかった。
◆◆◆
そしてその内容を聞く。
場所は切り替わり赤き光のアジトの隊長室だった。
「鷲崎から直接の依頼でな。テロリストからの情報を引き出す任務を頼まれた。史郎も知っているだろう? 捕まった東和会の連中が次々死んでいると」
「まあそれは小耳にはさんでいたけど」
今回のテロを画策した裏人物を吐かせ様にも組織員が爆破してしまい尋問が出来ない。
史郎もまたその情報は掴んでおり、晴嵐高校を狙った人物だ、自分自身でも動き出そうと思っていた議案だ。
だから――
「まあ任務自体は受けるのは全く問題ないんだけどさ」
疑問があった。
「なぜ俺達に頼んできたの? 鷲崎が自分の組織から選べば良くね?」
「どうやら組織内に離反者がいると疑っているらしい。染谷が死ぬタイミングが良すぎたからな。新平和組織内にその真の犯人と通じている内通者がいる、と」
「ふーん。分かったよ」
史郎は納得するとコクリと頷いた。
「その任務、受けた」
「おう、任せたぞ」
こうして史郎は晴嵐高校テロ事件から数日後、新たな任務に就くことになった。
そしてこの時史郎の心臓は密かに早鐘を打っていた。
何せ遠隔で心臓を爆破する能力者が裏に潜んでおり、その男の正体を暴こうというのだ。
もし史郎が敵の素性を暴こうとしていることを敵方に知れでもすれば
――隊員は悉く『心臓を起爆』し『一人残らず』死亡したという
当然、史郎の命も危ないのだろう。
タラリ、と汗が落ちた。
六月下旬。
蒸し暑くなり始めた頃の話だった。