第10話 序章
史郎が思わぬ言葉に涙してから数分後。
「点呼完了しました。死者も行方不明者もいません」
「重傷者19名は全員病院に搬送済み。軽症者173名も順次送ります」
隊員たちはせっせと任務に当たっていた。
校外では何事かと見物に来る見物客を妨げ、校内ではテロリストを捕縛し護送車を手配する。
生徒達は全員メディカルチェックを受ける手筈になっていた。
これだけのことがあれば精神的なダメージを受けた生徒も少なくないはずとの判断からである。
「周防、終わったぞ。直せるところは直した。いや殆ど直らねーけど瓦礫はあらかたどかした」
そんな中に史郎もいて、史郎は荒らされ放題になった校内の整理していた。
校内に突っ込んだ乗用車をテレキネシスでひっぱりだし、広がった火の手を消して回る。
今回の件の多額の修繕費は新平和組織から捻出されるようで、少しでも費用削減させるために超能力で整理だけはしているというわけである。
「すげーーーーーーーーー」
「はーーーー皆このくらいできるのね……」
何百キロという瓦礫をやすやすと持ち上げる隊員に生徒達は目を輝かせていた。
どこか隊員たちも得意げである。
そんな中でも史郎はやはり注目の的で、史郎がテレキネシスを行うと生徒たちが「は~」「なるほど~」「ふ~」などと思い思い呟いていた。
とても恥ずかしい。
そんなわけで史郎は顔を赤らめながら隊長の周防につけどんに尋ねていた。
「なぁ俺帰って良いか??良いよなぁ??」
史郎が詰め寄ると長身の周防は眉を下げた。
「ま、まあいいけどよ……。お前……」
「なんだ?」
「なんつーかその、意外とガキっぽいとこあんのな?」
「なんだと??」
史郎が周防を睨む。
実は史郎とこの周防、気の置けない関係である。
周防は覚醒犯が晴嵐高校に襲撃した際、史郎と共に体育館に突入した隊の隊長を務めていたのだ。それ以来『色々あり』このようにフランクに話すような間柄になっていたのだ。
「普段会う時は典型的な『能力は無敵ですけど?なにか?』みたいな調子乗った小僧だったが、まさか年齢相応の感性を持ち合わせていたとはな。ハハハ、これは収穫だよ九ノ枝」
「クッ……言わせておけば……ッ!」
先ほどの一件の所為で今後の会合でいじられるネタが出来てしまった。
史郎は悔しさで奥歯を食いしばった。
後から思えば先ほどの一件は恥ずかしすぎた。
史郎は悔やんでも悔やみきれない後悔の念に駆られるが、そんな折生徒たちが話しかけてきた。
周防の人の良さそうな雰囲気に、好機と見たのだろう。
「あ、あの、九ノ枝くんと、す?周防さんはどういう関係なんですか??」
「「へ?」」
周防と史郎の間抜けな声が重なる。
――そしてこの質問の所為で、『史郎がオリジナル能力者である』こと以上のことがバレてしまうのであった。
「あぁ……」
史郎が「周防との関係か……」眉をひそめて考えていると周防が朗らかな声で答えたのだ。
「俺が『新平和組織』の隊員で史郎が『赤き光』の隊員なんだよ。それで一緒に覚醒犯を止めようとしたのが出会いかな。ま、ミスっちまったけどなぁ」
と。
ガハハハと大笑いしながら「やっちまったんだよすまんな~」などと事の重大さを理解していないかのような軽さで謝る周防。
だがその台詞の中には非常に重大な内容が潜んでおり
「ちょおまえっ」
史郎は止めにかかったが、遅かった。
「え……?」
周防の台詞に、生徒の中にさざ波のような衝撃が広がっていた。
「――え、史郎君って――」
そして生徒達の驚きが爆発しようとする寸前――、
史郎は後悔していた。
そう、『赤き光』の存在は、生徒達の中でも『知られている』のだ。
なにやら能力社会には『赤き光』という超凄腕組織があるらしい。という噂。
能力社会に関連した情報は生徒達には意図的に伏せられていた。
生徒達には与えられる情報は厳正に管理されているのだ。
だというのに、『赤き光』の情報はなぜか漏れ出していて、結果広がっている噂というのが――
『その者が、戦地に赴けば災害級の破壊がもたらされる』
『隊員全てが一騎当千』
『必ず最強組織を上げれば必ずその名が上がる最強の一角』
『最強の少数精鋭組織』
『しかもなぜか時々ボランティアもしちゃう』
それが――『赤き光』という能力社会最強の一角
そんな謎と魅力に満ちた最強組織がこの日本に存在するらしい。
などという話は学園のあちらこちらで咲き誇る噂であり、
「きっと隊員はイケメンなのよ?」
「さぁ~それはどうかしら? まあどうであろうと貴方は相手にされないわよ」
「そんなの会ってみないと分からないじゃない~!」
のような会話が繰り広げられるたびに史郎はいたたまれない気持ちになっていたのである。
が、それが今がバレてしまい――
「「「ええええええええええ!?!? 九ノ枝くん『赤き光』だったのぉぉぉぉぉおおおお!?!?!」
「うお!?」
生徒達がくれたのはビリビリと空気が震えるようなリアクションであった。
「え!?え!?え!? それホントなの!?!?」
「『赤き光』ってあの最強組織のことよね!?!?」
「それってマジで凄くない!?!?」
生徒たちが次々と史郎に詰め寄ってきて口々に何事か言い合う。
ハチの巣をつついたかのような騒々しさで、皆口々に
「「「「「ねぇそれって本当なの!?!?!?」」」」」
と真偽を確かめてくる。
対する史郎は、、、根負けした。
顔を赤らめ息を吐き出すと
「はい……、自分は『赤き光』の組織員でした……」
小さく頷いた。
すると
「「「「すげえええええええええええええええええ!!!!」」」」
生徒達は一斉に感嘆の声を上げ目を輝かせた。
そして彼らは史郎ににじり寄り興奮気味に息巻いた。
「お、おいそれマジなのかよ!?」
「あ、あぁ、マジだ」
「凄いなサインくれよ!?サイン!」
「サイン!?」
「わ、わたし触っておこ!!」
「さ、触らないで!?」
生徒たちが史郎に近づきペタペタと触り初め史郎は慌てふためいた。
まさかサインに続いてまさか体を触られ始めるとは思ってもみなかった。
そして史郎が対応できないでいると、史郎はあっという間にもみくちゃにされ、周囲からは見えなくなった。
「おいお前らいいかげんにしろよ!?!?」
このままではマズイと史郎が涙をちょちょぎらせながら叫ぶも周囲の生徒はもう遠慮をしなかった。
「今がチャンスよ!!」
「触る触るぅ~!!」
「こりゃ儲けもんだぜぇぇ~~!!」
といった具合で史郎をもみくちゃにする。
彼らはもう遠慮をしなかった。
なぜなら史郎はもはやどこか謎に包まれた実力者ではないのだ。
明確な『赤き光』という組織に属する最強の能力者の一人であり
素性の割れた史郎は彼らにとってより身近な存在となっていたのだ。
これが晴嵐高校をターゲットにしたテロの顛末である。
史郎はこの事件を通して、生徒達と打ち解けたのである。
だが当然、今回の事件。
何も打ち解けたのは生徒達だけではない。
何よりも変わったのはメイとの関係性で、テロから数日後。
「私に最初に教えて欲しかったな?」
史郎は屋上でメイにそんなことを言われていた。
その日、史郎とメイは屋上にいた。
以前と同じ、昼休みである。
ナナとカンナも屋上にいてそれぞれ昼食を食べている。
今回の事件で大きく崩壊した学園は一時は廃校にする案も上がったが他に都合の良い学園が無いという事でこのまま継続使用することになった。
そのため必要最低限の修理を施すために今も重機の音が階下から響いてくる。
今日から無事学園が再開したのだ。
そしていつも通りメイに誘われ史郎は屋上に向かったのだがメイはふといたずらっぽい笑み浮かべながら
「私に最初に教えて欲しかったな?」
そんなことを言ったのだ。
話の内容を即座に理解し史郎は目を伏せた。
表情からしてメイは今まで黙っていた史郎をからかっているのだろうが内容が内容のため史郎も笑い飛ばせなかった。
「ご、ごめん……。い、一応雛櫛にいち早く連絡入れたけど、あれじゃぁ自己満足も良い所だもんな」
タハハと史郎が頭を掻き情けない笑みを浮かべ謝った。
メールでは見ない可能性だって十分ある。あの極限下ではなおさらだ。
あの状態でメールをしたのだから誰よりもメイに先に伝えたというのは虫のいい話である。
史郎が素直に謝るとメイは首を振った。
そして優しい声色で言うのだった。
「いい。九ノ枝くんが頑張って教えてくれたこと分かったから、もう。私も、まさか九ノ枝くんがこんなことを隠しているだなんて想像もしていなかったから、ごめんね。確かに、あんなことをを伝えるのは怖いわよね」
「いやそんなことはないよ。今思えば大した事実じゃなかったんだ。でも自分にとっては大きいことで、でもそれを雛櫛があの時、マラソンの後、解消してくれたんだ」
今思えばあの時メイが史郎の心の壁を崩してくれていたのだ。
だからこそ
「ありがとう。雛櫛のおかげで皆に言えたよ」
この時史郎は初めてメイに心を開き切れた気がした。
オリジナルだという事もバレ、『赤き光』であるということをバレてしまえば、もはやメイに隠すことなど何もない。
だからこそ史郎は今までで一番自然な笑みをメイに向けられていると感じた。
そしてそれを見たメイはというと
「えッ……?」
その史郎の朗らかな表情に一瞬目をぱちくりとさせたあと、
「ッ!?」
しばらくして史郎が驚くほど綺麗な笑顔を見せてくれたのだ。
その笑顔は史郎から見ると後世まで語り継がれる西洋絵画の傑作のような美しさだった。
史郎がそのあまりの美しさに言葉を失っていると史郎の視線とメイの柔らかい視線が絡み合った。
「ようやく見せてくれたね。そういう笑顔」
「え?」
史郎が意表を突かれるがメイは構わず言葉を紡いだ。
「九ノ枝くんのそういう笑顔、ずっと見たいと思っていた」
最高の笑顔で。
「とっても幸せよ」
「………………ッ!?!?」
史郎は自分の気持ちをストレートに伝えるメイに何も言えなくなっていた。
顔が真っ赤になっているのが自覚出来るほどだった。
しかし黙ってもいられない。
伝えたいことがあったのだ。
だから
「お……」
なんとかひねり出した。
「俺も……、雛櫛にそういって貰えて、う、嬉しいよ……」
「……ッ!?」
メイもまた、史郎のストレートな感情表現に面喰い顔を赤らめた。
そしてしばらくして自分たちの会話がおかしいことに気が付いたメイは「フフフ」と笑い始めた。
「ハハハ」
史郎もまた自分の必死さがおかしくて思わず笑いだしてしまっていた。
「フフフ」
「ハハハ」
そんな控えめな笑い声が屋上に響く。
そしてそんな二人と周囲にいたカンナとナナも優しい瞳で眺めていた。
そうしながら史郎は思っていた。
このような日常が、
『いつまでも続けばいい』と。
しかしこのような平和な日常は、
長くは続かなかったのだ。
◆◆◆
同時刻。
新平和組織の本部。
通称『平和ビル』。
千代田区に居を構える日本最大の能力組織の本部である。
。
その巨大な建造物の中を一人の青年が息せき切って駆けていた。
多くの職員が顔を恐怖に引きつらせる彼を不思議そうな視線を寄越していた。
中には彼に声を掛ける者もいる。
しかし青年はそれらを振り切り全速力で最上階を目指していく。
最上階、新平和組織のトップ、鷲崎がいる部屋へと。
そして
「鷲崎さん!!」
青年は鷲崎の部屋に辿り着き声を荒らげた。
「なんだ急に。血相を変えて」
部下のただならぬ様子に新平和組織のトップである鷲崎は眉を吊り上げた。
「染谷が、独房で死亡しました……ッ!」
「なんだと!?」
その衝撃の事実に鷲崎は目を見開いた。
そう、平和ビルの地下には独房が用意されていて、この頃染谷の治療も終わり染谷に対する尋問が今まさに始められるところだった。
その染谷が
「死んだとは、何が原因だ!?自殺か!?」
「分かりません! ただ監視していたものによると突然心臓付近が起爆したと」
「起爆?? 一体どういうことだ!?」
青年の報告を受けて鷲崎が直ちに地下へ向かう。
そして鷲崎が目にしたのは
「なんだこれは……」
力なく横たわる染谷と、その胸元から立ち上る黒煙。
そして生気のない無感動な瞳だった。
「何がどうなっている」
鷲崎は問うが、誰も返事を返す者はいなかった。
そしてこの日から数週間後、世界を揺るがす大事件が起き
世界が変わった。
これにて第三章終了です。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします。