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第9話 言葉

「クソッ!!」


史郎が転移してきて、染谷は体育館から逃げ出していた。

完全に失策だった。

既に『恐怖こそ我が力テラーイズマイフォース』がピーク時の20%程まで落ち込んでいる。

史郎が突入してきた時、自身がたった一人で立ち向かえば戦局は大きく違ったに違いない。

しかしあの時染谷は

『く……ッ!?』

突然現れた史郎という格上の能力者に委縮してしまっていた。

そして一斉に史郎を攻撃しようという仲間の言葉に乗ってしまった。

一人で戦うのが怖かったのだ。

史郎という絶大な相手と戦うことが。

その結果が、あの有様だ。

自身の仲間は大勢やられて、生徒たちを覆う『恐怖』も遠のいてしまった。


「クソッ!」


これでは史郎を始め突入した部隊に勝つことは正直言って絶望的だ。

だからこそ染谷の目的は別の物に推移していた。


(なんとしても逃げきってやる……ッ!)


幸いにも自身の周囲には『遠距離通信(ハイテレパス)』の浅野と『箱庭の人物地図(ガーデンマップ)』の来栖川がいる。

『東和会』を支えるこの二人が生き残れば、最悪『あの人』には怒られない。


『あの人』。

つまりは染谷に『東和会』を紹介し、そのリーダーの座につかせてくれた『あの人』の逆鱗に触れずに済む。

もし逆鱗に触れれば自分は――

その先に想像が及ぶと背筋にひやりとした物が流れる。


――絶対に逃げ切らねばならない――


そう染谷が奥歯を噛みしめた時だ、『箱庭の人物地図(ガーデンマップ)』を有する来栖川が悲痛な叫びをあげた。


「む、向かい側からも敵影!! こちらに向かってきます!!」

「チィ! 挟み撃ちか!!」


道理で史郎があっさり逃がすわけである。

生徒がいるあの場で戦うのは史郎達も避けたかったのだ。

だからこそ史郎が圧倒的な力を見せつけることで戦闘の現場を移したのだ。


「クソ! はかられたッ! おい浅野ッ!! 仲間に『遠距離通信(ハイテレパス)』で指示出せ!! 自分の指示でッ」


しかしその時、浅野に光線が直撃する。


「何ッ――!?」


浅野が地面にゴロゴロと転がていく。


「~~~~~ッ!!」


早くも何としても残したい隊員のうち一人がやられた。

背後を振り返るとまだ距離こそあるが凄まじい速度で敵が迫ってくる。

そのうち一人が弓を発現させるウェポン型の能力者で、次々と光弾を放ってくる。

光弾は息つく暇もなく染谷の元まで到達し地面に大きなクレーターを作っていく。

しかも向かいからも敵が迫っているというではないか。

このような状態ではとてもではないが浅野を連れては逃げられない。


「くぅッ!」


自身に待ち受ける未来を一瞬想起し、染谷は歯を食いしばる。

このままでは……

悲観的になる染谷。

しかし今自分が自分のために出来ることは一つしかない。

それは――


(逃げるしかねぇ……!! こいつらからもッ! 『あの人』からも……!!)


「来栖川!! 敵の位置を自分に教えろ!! 徹底的に逃げ切る!!」


染谷は来栖川に指示を出し敵の位置を把握する。

そこからは染谷の決死の逃走劇だった。


◆◆◆◆◆◆


一方で、体育館。


「嘘でしょ……」

「どうなっているの……?」


そこでは今まで自分たちが見たことのないようなハイレベルな戦いを目の当たりにし、目を見開く生徒たちがいた。


「ちょっと、おかしすぎでしょ……」


誰もがその光景を、俄かには受け入れられなかった。


◆◆◆◆◆◆


他方。学園内部。

染谷から指示を失った隊員は学園内で何としても逃げ切ろうと必死に戦っていた。


「オラオラオラオラァァァァァァァァァァ!!!」


学園周囲に停めてあった車が流星群のように放物線を描き飛来する。

それらをある者は


「クッ!」


とっさに飛び回避。

そしてある者は


「オラァ!」


無理やり拳で叩き落とす。


そしてその乗用車の雨は史郎にも迫っていた――


『危ない――』


史郎に車が落ちて来るのを見て体育館で女子が口を覆う。

だが史郎はというと


「ふん」


何もしない。

もはや視線すら向けない。

しかしちゃんと墜落してくる乗用車の軌跡は把握しており、放物線を描き落下してきた車は史郎の手前で急激に減速し、直前でピタリと『動きを止めた』


『え――』


まるでそこだけ重力が存在しないかのような光景に生徒たちは目を見開いた。

そして


「返すぞ」


史郎の呟きを合図に時間を巻き戻すように乗用車が天に吸い上げられていき――


「なんだと……ッ!?」


眦を開く戦闘員にそれは襲い掛かった。

校庭に赤黒い爆炎が上がる。


戦いは続いている。

次の瞬間、史郎に向かって他の男が爆炎を放った。


「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


放たれたのは学園の廊下だったなら丸ごと空間を埋め尽くす程太く、巨大な炎柱だ。

生徒達の常識ではとても防ぎ切れるようなものではない。


『逃げて――――』


体育館で誰かが叫ぶ。

周囲に炎をまき散らしながら迫る破壊の嵐に生徒達は誰もが息を呑んだ。

しかし――


「ハッ、今更そんな攻撃かよ」


史郎の表情はやはり余裕その物で、


『え――』


表情一つ変えない史郎に体育館に驚きに包まれる。

そして当の史郎はというと「フン」と鼻で笑うと、爆炎に手をかざした。

それだけである。

それだけで、史郎の手前でまるで見えない壁があるかのように爆炎は、空に、周囲に吹き流れされた。


『嘘――――』


その何度見ても信じられない光景に生徒たちは息を呑む。

そして多くの生徒を驚かせた史郎はというと


「相手が『ジャック』可能ならぁ、ステゴロで挑むのが定石だろ!!」


炎を吹き散らすと一瞬で敵との距離を詰め、拳を振るい、男を数十メートル先まで吹っ飛ばした。

男は横一直線に吹っ飛ばされると強かに壁に身を打ち付け気絶した。


『凄い――』


体育館では衝撃の映像に生徒たちがうっそりと溜息をついていた。


このように生徒たちは画面で繰り広げられる戦いに驚嘆したり、時には流血のシーンで目を伏せたりしながらもその光景に圧倒されていた。


しかし隊員たちはそんなことも知らず校内で激しい戦いを繰り広げていた。

体育館から遠く離れた校舎などで行われる戦いは生徒達が今まで見たことのないものばかりだった。


見たこともないほど巨大な雷光が迸り、またある時はとある能力者が生み出した剣が数十メートルクラスの斬撃を放つ。

巨大な斧がふるわれ大地に数十メートル級のひびが入り、無数の光線が誘導ミサイルのように縦横無尽に駆け巡り敵に命中する。

隊員の腕が巨大化し辺り一帯を薙ぎ払い、またある時は緑色の光線が戦闘地帯を横一線に薙ぎ校舎の並木を腰の高さで切り揃える。

そんな自分たちとは格が違う戦闘を隊員たちは繰り返し、そのような危険な環境を彼らはものともせずやすやす潜り抜け拳を交えていく。

当然、史郎もだ。


「おらぁ!!」


史郎は攻撃の嵐の中を、まるでそこが自分の世界だと主張するかのようにやすやすと掻き分け、敵を倒していた。


しかもこの史郎。

明らかに周囲の能力者よりも『めちゃくちゃ強い』

明らかに周囲より頭一つ二つも三つも四つも抜けており自分達ではとても敵わないようなテロリストをまるで赤子の首をひねるようにあっさりと倒していく。

その驚愕の実力に生徒達は皆、より一層驚いていた。

そして生徒たちが驚き呆然とすること数分。

みるみるうちにテロリスト達は制圧されていき、あと少しで制圧完了かと思われた時だ、


画面に動きがあった。


◆◆◆◆◆◆


その頃、染谷は校舎の屋上にいた。

追い詰められているのだ。


「おい敵は屋上だぞ!!」


階下からバタバタと複数の足音が駆けあがってくるのが聞こえてくる。

自身の周囲にいるのは来栖川と、残す二人の戦闘員だけだった。

それ以外の者はやられてしまい、何としても逃げ切ろうとしたものの周囲の人員が濃く、逃げあぐねた末こんなところにまで追い詰められてしまったのだ。


「クッ……!」


逃げ場がない。染谷は絶体絶命のピンチに臍を咬んだ。

仕方がない。

染谷は決断する。

ここは残す隊員の力に頼るしかないだろう。

『あの人』から『極力使うな』と指示された、『あの人』が送り込んだこの二人の能力者の力に――

そう、来栖川以外に残す二人の隊員は『あの人』が送り込んだ有力な能力者なのだ。


「おい! 一本木! 堂島! もう能力隠している場合じゃねー! 使え!!」

「分かった……!」

「了解……!」


染谷の余りの剣幕に、そして追い詰められたこの状態に遂に一本木と呼ばれた男の能力が発現し始める。

そしてその能力とは――


◆◆◆◆◆◆


あと少しで終わるかと、戦闘の最中、史郎が一息間を置いた時だ


「うおわ!?」


突如、黒い人型の化け物が足元から沸き立って史郎は目を剥いた。


「これは……!?」


即座に周囲を見渡す。

すると辺り一帯には百体を超える泥人形が発生していた。

生成と崩壊を繰り返す――このような表現が適切か定かではないが――チョコレートファウンテン的な流動を繰り返す泥人形だ。

そしてそれら新たな兵隊がテロリストに加勢していた。

しかも――


「おぶ!」


泥人形の攻撃を受けて仲間の能力者が吹っ飛んでいく。


「そこそこつえーーなっ!」


史郎は自身の『力』を固めて作りだしたオーラ刀で泥人形を切り刻みながら息を呑んでいた。

熟達した能力者になるとこのように能力発動に必要な『力』そのものを利用し刀や弾丸を作り出すことができるのだ。

そしてこの泥人形、史郎やナナを始め隊員の中でも優秀な人材には大きな影響はないが、そうではない隊員ではかなり影響の出る戦闘能力だった。

そして――

史郎は今回の主犯格の能力を思い起こす。


(染谷の能力は恐らく、周囲の『恐怖』を糧に能力出力を強化する『感情変動型能力』……!)


つまりこのテロリスト達が学園外で破壊をまき散らすと話が変わってくる

そしてこの泥人形たちは彼らを逃がすだけのポテンシャルを秘めている。

彼らは今まで隠していた能力を晒してでも逃げ切ろうとしているというわけだ。


「面倒だな……ッ!」


史郎は周囲を見渡しこの泥人形が校舎に行けば行くほどその密度を高くしていくのを発見する。

見ると今も校舎の屋上から泥人形がバタバタと降ってきている。


「屋上か……ッ!」


史郎は即座に能力の出どころを確認し、ナナに指示を出そうとする。

その時だ。隊員共通回線に悲痛な連絡が入った。


『こちらB隊……! 屋上に染谷たちを追い詰めましたが道をふさぐように泥人形が現れ難航中……! しかも何とか屋上に辿り着いた者達の報告によると敵の中に『全身装甲型』がいるようです……! 『全身装甲型』の能力者の攻撃を受けた者達は重症です……! 応援願います……!!』


『全身装甲型』


ウエポン型の中でも特殊な、鎧型の武具を具現化する能力者である。

攻守バランスが良く厄介な能力者であることが多いと言われている能力タイプだ。


どうやら屋上に染谷達主犯格がいてそこでの戦いが佳境を迎えた結果この泥人形は発生したものらしい。

そして――


ここで逃すと――ヤバイ――

今は追い詰められているがここで逃がせば戦況が変わりかねない。

即座に史郎はナナに声を掛けた。


「ナナ、『頼んでいいか』?」


それが合図だった。


史郎の頼みに、ナナの表情が豹変する。

温和なナナの表情が切り替わり、瞳孔が一気に開いたのだ。

そしてぽつりと呟いた。


「了解……」


言うや否やナナはその場に座り込むと、両手をぺたりと地面につけた。

そして一気に『力』を練り始める。


「うおッ……!!」


一気に放たれ始めた圧に周囲の仲間が思わず戦闘の最中にも関わらずナナを見た。

普段は温和なナナだがスイッチが入ると別人だ。

放たれるオーラは殺戮者のそれに近い。

そして、ーーもう時間がない。


「おい全員、『飛べ』!!!」


史郎はナナの次撃を知っている。

史郎の無線に指示に送り、隊員全員が直上に飛んだ。

次の瞬間――



「『白氷冷原(ホワイトレーゲン)』!!」



史郎達の前面に広がる世界。


そこが一瞬で凍り付いた。


◆◆◆◆◆◆


「え……」


体育館でその光景を見ていた生徒たちは一様に息を呑んでいた。

画面に映し出される校舎、校庭、花壇、そのたもろもろが。

何百メートルという範囲が一瞬で真っ白に凍り付いていたからだ。


「「「「えええええええええええええええええええええええええええええ」」」」


生徒たちは一瞬で広がった凍土の世界に驚きが隠せなかった。


◆◆◆◆◆◆


一方で戦闘地帯。


「ナッ……」


周囲数百メートル近くが氷に包まれている。

当然史郎たちの前に立ちはだかっていた無数の泥人形も、そして校舎すら凍り付いている。

それらは氷の彫像のように太陽の光を照り返し輝いていた。


「何つー出力だよ……!」


周囲の仲間もその桁外れの能力性能にあきれ果てていた。

ナナの能力で周囲の敵も軒並み凍りついている。

そう、ナナが有する個別能力は『氷点世界(アイスワールド)

氷や冷気の発生・操作を主とするアビリティ系能力だ。

ナナは幼少期に能力に覚醒し能力世界に足を踏み入れていた。

だからナナは小学校レベルの知識すら有さず、代わりに全ての時間を能力に注いできた。

それによって到達したのが、一瞬で数ヘクタールくらいなら凍り付かせる並外れた氷雪系能力だ。


それこそが時に『狂った雪女(ピュアスノウデビル)』などと呼ばれ怖れられる『赤き光』が有する万能型の戦闘員の戦闘性能である。


「でかしたナナッ!!」


前に立ちはだかる無数の群体を始め敵の動きが止まり、史郎は即座に駆けだした。


「俺が現場に向かう! 俺なら確実に倒せる!!」


無線に連絡を入れ、校舎の壁を駆け上がる。

そして史郎は――


「九ノ枝か!!?」


屋上で敵の親玉と遭遇する。

屋上にはナナの攻撃を辛くも逃れた4人の能力者がいた。

情報通りだ。黒髪セミロングの中性的な顔立ちをしたのが染谷で、小太りなのが来栖川。

そして残す二人のうち一人が『全身装甲型』、黒い甲冑を纏っており、残す一人が泥人形を大量発生させた能力者であろう。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


すぐに攻撃は来た。

史郎が現れたとみるや西洋の甲冑を現出させた能力者が駆け上がった勢いで宙を舞う史郎に突撃する。

鋭いランスが史郎の喉元に迫った。

そしてこの男。

先ほどまで幾人もの追手を跳ねのけてきており、『戦闘万華鏡』で生徒たちはその血なまぐさい光景を何度も目の当たりにしてきた。

つまりこの能力者の実力は折り紙付きで


『逃げて――――――――――――――――』


体育館で少女が叫ぶ。

しかし史郎はというと――


「ふん」


やはりまだ余裕そうだった。


『なぜ―――――』


生徒の誰かがそう呟くのと同時、衝撃の映像が飛び込んできた。


――そう、ここで問題なのは、『なぜ全身装甲型が厄介だと言われているか』である。

そしてその答えは『全身装甲型』は能力者の全身を鎧が覆っており、鎧そのものの防御力と能力者自身の肉体強化を超した上でないと能力者にダメージが入らないから、というものである。

つまり、その合計防御力を超える破壊力の一撃を加えられるのなら『全く問題ない』

そして史郎の攻撃力はというと――


「俺の攻撃はなぁ!! そんくらい楽勝で貫通すんだよおおおおおおおお!!!!」


完全にそのレベルである。


史郎が叫んだ次の瞬間、史郎を倒すべく空へ飛んだ男にヘルムに史郎の鉄拳が突き刺さる。

それによりヘルムが陥没・破壊され


「ゴハッ……!!」


想像だにしない攻撃力に瞠目する内部能力者の顔が現れる。

そして男は何メートルも何メートルも吹っ飛んでいき屋上の外に落下。

数十メートルの空中遊泳の末、地面に轟音と共に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


『『『『えええええええええええええええええええええええ!?!?!?』』』』


遠くから生徒たちがどよめくのが聞こえてきた。


一方で染谷。


「なにぃ!?」


染谷は自身の保有する最強の武闘派の退場に目を剥いていた。

だが本来なら彼に悠長に驚いている暇などなかった

しかし彼は驚いてしまっていて、遥か眼下に落下した堂島の姿を追ってしまっていた。

それが致命的な隙だった。

その僅かな隙に史郎のテレキネシスで操った瓦礫が来栖川ともう一人の男に直撃し両者が一瞬で気絶する。


「クッ、しまった……ッ!!」


当然、この状況で来栖川を運んで逃げる事など不可能である。

こうしてついに染谷は、何としても残したかった来栖川まで失ったのだ。

まして自分は『あの人』に極力使うなと、極力『個別能力』を明かさないようにと言い含め貸与された一本木と堂島に個別能力を使用させた上に、失ってしまった。

自分は彼らの使いどころまで誤ってしまったのだ。

このような失態、『あの人』が許すわけがない。

染谷が自身の暗澹たる未来を嘆いていると、視界の端に一人の男の足が映りこむ。

そう、今染谷は


「ようやく会えたな……」


怒りにかられた史郎と対峙しているのだ。


「覚悟は出来てんだろうなぁ……! 糞野郎ッ!!」


こうして自暴自棄になった染谷と怒りに暮れる史郎は対峙したのだった。


◆◆◆◆◆◆


そして怒りに駆られた史郎が行ったことはシンプルなものだった。


「お前を、今から成敗する……!」


そう言って史郎は自身の手元に『力』を集中させた。

それにより史郎の右手に半透明のオーラ刀が現出する。

そしてそれを見た染谷はというと


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


高らかに笑い始めた。

そう、染谷は思ったのだ。

自分はもう助からない。

ならばこの九ノ枝史郎とかいうこの男を、『道連れにしてやろう』と。

この目の前にいる『自分の全てをダメにした』この男を道連れにしてやろう。

そう思ったのだ。


そしてしばらくすると全てを失った男は


「いいいぃぃぃくぞぉぉおおおおああああああああッ!!!!!!」


目を血走らせ一気に加速した。

人生の最後。それを予期した男は、この疾走に自身の全てを吐き出した。

音を置き去りにするかのような超加速で轟音を上げながら破壊の塊となり史郎に突撃する。

そうしながら染谷もまたオーラ刀を現出させ――

史郎のオーラ刀と、染谷のオーラ刀が真正面から直撃した。


その瞬間、史郎と染谷の間で空気が爆発し衝撃波が発生。

辺り一帯の窓という窓をけたたましく鳴らす。

『ィ――――――――――――!?!?!?』

ビリビリと体育館の窓が鳴り響き生徒たちは皆を思わず耳を覆っていた。

今にも窓ガラスが割れるような衝撃だった。

そして驚きで目を丸くする生徒たちがハッとしながら目を上げる。

そこにはーー


染谷の一撃を受け止め鍔迫り合いを演じる史郎がいた。

史郎はあの一撃を耐えきり、あまつさえ切り返そうとしているのだ。


二人の合間でせめぎ合う力は余りに大きい。

そのいつ爆発するか分からない爆弾のような光景に生徒たちは言葉を失っていた。



史郎と染谷はバチバチと火花を散らしながら鍔迫り合いで拮抗していた。

そしてこめかみの血管を怒りで浮かばせる染谷は唾を飛ばしながら問うた。


「威勢は良いようだな九ノ枝……! だがお前、大丈夫か? 俺の能力は『恐怖こそ我が力テラーイズマイフォース』。周囲の恐怖により能力出力を強化する能力……ッ! 先の一件で俺の『恐怖』は相当膨れ上がったが? 確かにッ、お前のおかげで先ほどのピークの20%付近にまで落ち込んでやいるが……!それでも母数が多い分しっかりと強化できているッ。そんな自分をお前は倒し切れるのか……?」


染谷は史郎を何としてでも道連れにしようとしていて、己が全ての力を出し切っていた。

普段の自分では出せないような超出力が出せている自覚があった。

だからこそ、この時染谷は確信を持っていた。

今なら九ノ枝史郎を道連れに出来る、と。

だがそこに


「倒せるだろうよ……ッ!」


史郎の言葉が差し込まれる。

史郎は力づくで押してくる染谷のオーラ刀を押し返しながら震える声で返したのだ。


「なぜなら、ここまで俺達はお前達を倒したッ。今更そんな『20%』も、『あるわけねーだろ』?」


だがその言葉に染谷は唾を飛ばしながら笑った。

なんて馬鹿なことを言うのだろうと、染谷はおかしくて仕方なかった。

余りにも馬鹿らしい。染谷は嘲笑もかねて面白おかしいその論拠を説明した。


「ハハハハハッ、だがそれはお前の考えだろう。この能力の保有者は自分だ! 自分ならその出力割合など手に取るように」

「……分かるって?」


しかし言い切る前に史郎の言葉が遮る。


「なに!?」


そして染谷の顔が恐怖に染まる。

なぜならそこで史郎がニヤリと笑ったのだ。


(圧倒的に自分が有利のはず……ッ!? だというのになぜ……!?)


史郎の意図が読めず驚愕に染まる染谷。

そこに決定的な言葉が差し込まれる。



「ハッ、自分の能力だから誰よりも分かる、ね。……だが言ってるそばから」


染谷は息を呑む。


「減っているようだけどなぁ」



◆◆◆◆◆◆


「何だとっ!?」


史郎の言葉に染谷は目を見開く。

そして驚愕する。

確かにみるみるうちに自身に溜まっていた力が抜けていくのだ。

20%で何とか推移していた恐怖が19、18、17、16、15とみるみるうちに数を落としていく。オーラ刀もみるみるうちに薄くなっていく。

しかし


(なぜだ……ッ!?)


染谷は信じられない事態に動揺していた。

なぜなら染谷が言っていた言葉に嘘はないからだ。

染谷の能力出力は先ほどまで確実にピークの20%で推移していた。

というのに今やもう8%を切ろうとしている。


(何がどうなって……ッ!?)


染谷が混乱する。

だがそれも当然である。

なぜならこの出力低下。


(上手く行ったな……)


史郎の『個別能力』が介入しているのだから――

そう、染谷は気づかぬ合間に史郎の『個別能力』にかかってしまっているのだ。

そして史郎の『個別能力』の餌食になり染谷の『恐怖こそ我が力テラーイズマイフォース』の出力が0になった瞬間、


「なにぃ!?」


史郎のオーラ刀が染谷のオーラ刀を粉々に砕いた。

そして自身の特殊な強化が無くなり恐怖で顔を凍り付かせる染谷に


「オメーは二度とッ!」


拳を握りこみ叫んだ。


「この学園に手を出すなッ!!!!」


染谷はその瞬間『恐怖こそ我が力テラーイズマイフォース』を有していなかった。

だからこそ史郎の強化した拳は染谷の顔面に深く突き刺さるとその顔面を陥没させ、染谷を何十メートルとふっ飛ばされた。

そしてピンボールのように勢いよく吹っ飛ばされた染谷は、パタンと安っぽい音を鳴らし地面に落下すると、そのまま動かなくなった。


『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』』』』


史郎が染谷を倒した瞬間、体育館が喝采に包まれた。


そしてその喝采はしばらくの間、鳴りやまなかった。



こうして晴嵐高校テロリスト襲撃事件は幕を閉じたのだ。





――だが今回の案件、『ただテロリストを退治できた』だけでは済まなかったのだ。


作戦では掃討作戦が終了し次第、学園周囲を張る隊員以外は校庭にて再度集合する手筈となっていた。

そんなわけで史郎は染谷を倒してから数分後、校庭に向かっていた。

だがその史郎の胸中にはすでに気になっていることがあった。

即ちメイが怪我をしていないかどうかである。

体育館を急襲した際、史郎は戦闘に集中しすぎていてメイの安否を確認する暇はなかった。

メイに怪我はないのだろうか。

加えて史郎の胸中にはもう一つの不安の種がある。

史郎は今回の突入前にメイに自身の正体を明かしてしまっている。

メイは拒絶するだろうか。

それもまた史郎を不安にさせていた。


◆◆◆◆◆◆


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


「え……!?」


だが史郎の予想に反して、というより予想とは全く違う反応が校庭に降り立つと史郎を出迎えた。

史郎が校庭に降り立つと体育館からわらわらと生徒が出てきて大きな歓声を上げたのだった。

史郎は予想外の反応で戸惑い言葉を失った。

しかし生徒達は史郎の反応など意に介さず


「やったな九ノ枝!」

「お前凄いんだな……!」

「びっくりだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


などとそんな賞賛の言葉を次々史郎にかけていく。

さすがに怪訝に思い彼らに尋ねてみると彼らはまたも『戦闘万華鏡』で戦闘を覗き見ていたらしい。

おかげで史郎は先ほど染谷に言ったセリフを思い出し思わず赤面してしまうが、彼らにはあのセリフが思いのほか高評価らしく一様に


「九ノ枝があそこまで熱い奴だとは思わなかったぜ!!」

だとか

「やるなぁ九ノ枝!!」

などと彼らが満足げなので、今回は良しとしておく。

そして史郎が恥ずかしさで顔を赤らめている中、その質問は投げられたのだ。


「ねぇところで一体、九ノ枝くんって何者なの!?」


という質問は。


「……ッ!?」


即座に目を見開く。そして史郎が黙っている合間にも


「そうよ! なんか隊員さんとも親しげだったし!」

「それに体育館に急に現れるし!」

「しかもあんな強いテロリスト倒しちゃうし!」



「「「一体史郎君は何者なの!?」」」



史郎が恐怖していた質問が一斉に史郎に襲い掛かったのだ。




――そして史郎は、晴嵐高校の生徒を救い出すと、メイを救い出すと決めた際、既に意を決していた。

生徒達に自身がオリジナル能力者だとバレても構わないと。

だから史郎はあらかじめメイに自身の正体を明かしていたのだ。

勇気を振り絞って一歩踏み出してくれたメイに自身の正体を明かすのが他の生徒と同じタイミングでは申し訳ないと思ったからだ。

だから史郎はすでにメイには文章ではあるが自身の正体を明かしている。

『俺、実はオリジナル能力者だったんだ』

という連絡を入れている。

メイにすでに知られているのだ。

誰よりも大事なメイに自分の正体をすでに知られているのだ。

ならば、メイに比べてみれば、言っては悪いが、重要性が一山いくらのレベルの生徒たちに正体を明かすことに何を躊躇うことがあろうか。

しかし――


『根暗転移』


その他様々な木嶋に向けられていた冷たい言葉が脳裏を掠める。

――もしかすると自分もあぁなってしまうのではないか。

その恐怖が史郎の喉に蓋をしていた。


それだけではない。

オリジナル能力者と覚醒能力者は種類が違う。

史郎からすれば彼らはどこまで行っても一般人と能力者の間に生まれた新人種であり明らかな別人種だ。

そんな彼らに自分を受け入れくれるのだろうか。

そんな様々な恐怖が史郎が史郎の脳内を駆け巡っていた。


そして一転張り詰めた表情で黙りこくった史郎を怪訝に思い周囲が密かにざわつき出した時だ


「あ――――――」


視界の端に黒髪でぱっちりとした瞳の少女。

メイの姿が飛び込んできた。

史郎の周囲の観衆で一向に史郎に近づけていないが、観衆のすぐ外にメイがいたのだ。

怪我一つない。

無事でよかった……。

そんな喜びが史郎の中に一気に広がる。

だが今回の喜びはそれだけではない。

『オリジナル能力者であることを明かしたメイが』、史郎の下に『駆け寄ってきて』くれたのだ。

その意味は――


そして史郎がその意味に辿り着くのと同時に


両者の視線がはっきりと交錯する。


そしてメイは、慈愛を込めた瞳で史郎を見ていて、史郎と目が合うとこくりと


『頷いたのだ』


「――――――――――――ッ!」


史郎はその意味を理解し言葉が出ない程、驚いていた。


そう、メイにはオリジナル能力者であることを明かしていて、駆け寄ってきてくれたということは


その事実を『受け入れてくれた』という事である……!


そして今、頷いたその意味は、正体を聞かれ狼狽える史郎に優しい視線を送り頷いてくれた、その意味は


『言って大丈夫だよ』


という意味である。


その言葉はメイの優しい声色ではっきりと史郎の脳内で再生された。

そして史郎の脳裏に先のパートナーシップマラソンの後の出来事が思い出される。

あの時メイは自分の正体を明かせない史郎に言ったではないか。


『九ノ枝くん……! これだけは覚えておいて……!』


目に涙を溜めて。


『きっと九ノ枝くんは何か抱えていると思う……!何か罪を感じていると思う……! でもね、そのことを知っても誰も悪くは言わないから……!』


そう言ってくれたではないか。

そしてそのようなことを言ってくれたメイが

もはや史郎の正体を知ったメイが、

今もこうして目にうっすら涙を溜めながら『頷いてくれて』いるのだ。

なら


――そんなメイを、信じるしかないじゃないか……!



「……お」


捻りだそうとした言葉はこれまでの人生で紡いだ言葉の中でも最も声に出ない言葉だった。

何万年かかっても辿り着けないような高見だった。

しかし――


『メイを信じる』


その一心で史郎は




「お、俺、実はオリジナル能力者だったんだ……!」




ついにその一言をひねり出した。

そして相手の反応はというと。




史郎の思わぬ告白に目を丸くするミイコ・フウカを始めとする周囲の生徒達はしばらくして


「へ~」




「「「すごいね!!!」」」



そんな賞賛の言葉を送ったのだ。


「ッ!?」


思ってもみなかったその言葉に史郎の瞳が一気に開かれる。

始めは何を言っているのか全く分からなかった。

だが彼らは、こんな自分を『受け入れてくれた』のだ。


「てゆーかなんで隠していたの!? 水臭くない!?」


肉体強化を『テレキネシスバースト』だなんて下らない嘘で煙に巻いていたこの自分を。


「凄い! なら今度能力社会の事いろいろ教えてよ!今度一緒にご飯行こう!」


人為覚醒の彼らをオリジナル能力者の視点から見下してきた自分を。


「へぇぇぇ! だからあんなに強かったのぉぉぉ!!?? 良いなぁ良いなぁ!!」


自らの不手際で彼らを能力者にしてしまった自分を。


彼らは自分を『受け入れて』くれているのだ。

目に熱いものがジンワリと溜まってくるのを感じた。

そしてそこに止めとばかりにこんな言葉が差し込まれる。


「あぁ、だから『あの時』、史郎君は体育館に入ってきてくれたのね!?」


と。


「ッ!?」


史郎はその言葉の意味をすぐに理解した。

『あの時』とは『無差別能力覚醒犯』により彼らが能力覚醒したXデーのことである。

史郎はあの日、彼らを守るべく学園周囲を張っていたが、自身の落ち度で取り逃し彼らを能力者にしてしまった。

あの日、史郎は『無差別能力覚醒犯』がいる体育館に駆けつけるも間に合わなかったのだ。

そうあの日、史郎は遅れて体育館に駆け込み複数の生徒にその姿を『見られていた』。

その光景を覚えている生徒がいて、その生徒の中で点と点が線でつながったのだ。


「九ノ枝くんはあの日私たちを守ろうとしてたんだね!」


「ありがとう!!」



そこが限界だった。

史郎の涙の堰がけ開始目の淵からボロボロと涙があふれ出る。

そして突如泣き始めた史郎に周囲の人間は大いに驚いた。


「えぇぇ!? どうしたの大丈夫九ノ枝くん!?」

「えぇ、酷いこと言っちゃった私!?」

「大丈夫? どうしたの??」


一様に突如涙を流し始めた史郎を心配してくれる。

それがまた史郎の涙を誘い



「くぅぅ……ッ!」



史郎は鼻水や涙を流し顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き続け

そんな史郎を、メイもまた目に涙を溜めながら眺めていた。

欲しかった言葉がついに史郎に届いたのだ。



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