第7話 経路こそ同じでも
晴嵐高校が占拠された。
その情報を聞いて初めに思ったことは、
『なら助けに行かないといけない』
だった。
なぜならあそこにはメイがいるから。
期末能力試験大会では史郎本人すら気が付いていなかった心情に気付き
谷戸組の件では正確に史郎の内面を把握した、
史郎が驚くほど史郎の内面を深く知る、史郎が好いている少女がいるからだ。
しかも彼女は自分の素性を尋ねられ言葉に詰まる史郎に
『無理しなくて良いのよ九ノ枝くん。私、待っているから』
優しい表情でそんな温かい言葉をくれた。
そのようなメイがいる晴嵐高校が襲撃されたというのだ。
助けに行かない訳がない。
そしてメイは史郎に素性の回答の先延ばしに対し
『うん、待ってるよ九ノ枝くん……!』
目を潤ませながら、そう言ってくれていた。
まずは、その勇気に報いなければならない。
それには――――
◆◆◆
体育館には1000名近い生徒が押し込められていた。
数名の血だらけの生徒がその中に混じる。
生徒の殆どが恐怖で身を縮こまらせていた。
女子生徒は余りの恐ろしさで目を瞑り、涙を流し、男子生徒もまた恐怖で自分の肩を抱いていた。
だからこそ――
「え――――――」
木嶋が立ち上がり、赤い靄を出現させ男を強制転移。
自分の手元まで呼び寄せぶん殴ったことに全員、意表を突かれていた。
「うぐふ!」
「おい大丈夫か!?」
「坊主調子乗ってんじゃねーぞ?」
「ハハハ、前園の奴何やってんだよ」
仲間の一人がやられ一気に周囲の男達が騒がしくなる。
そして多くは敵性を示した木嶋に襲い掛かろうとしていた。
だがそんな血気盛んな仲間を
「お前らやめろ……!」
殴り飛ばされ鼻血を流す男、前園と呼ばれた男は静止した。
怒りで目を血走らせながら怒気を孕んだ瞳で木嶋を睨む。
「コイツは、俺がやる……!!」
言うや否や体育館上方の窓ガラス全てが大きく鳴り響いた。
そして次の瞬間、次々と窓ガラスが割れガラスの奔流が遥か下にいる木嶋に襲い掛かる。
「チィッ」
自身に降りかかるガラスの刃を見て木嶋も即壇上の暗幕にテレキネシスをかけた。
暗幕が千切れ木嶋の頭上に引き寄せられ降り注ぐガラス片を全て包み込む。
そして敵の攻撃を全て防ぎ切り暗幕の口を丸め横に吹き飛ばすと
「ほう、テメーオリジナルか? だが」
遮られていた視界の先に、前園がいた。
「視界を遮るのは悪手だろう!!」
瞳孔の開き切った前園が強化された拳を振るう。
前園は木嶋の直前にまで迫っていた。その拳が木嶋を捉える。
が、瞬間、木嶋の姿が『消える』。
木嶋はテレポーターだ。
「なにぃ!?」
消えた木嶋に前園が目を剥く。そして消えた木嶋を捜索する前園の後頭部に
「ッ!」
「グフゥ!!」
木嶋の回し蹴りが叩き込まれる。
木嶋は前園の背後に転移していたのだ。
そして木嶋はすかさず追撃を加えようと拳を握りこみ腕を振るう。
だが
「調子に乗ってんじゃねぇよ!!」
前園は身を反転させ木嶋の拳を掴み取ると無理やりその身体をぶん投げた。
投げ飛ばされた木嶋は体育館の壁に叩きつけられる。
「おい周りの生徒に怪我させんじゃねーぞ前園」
戦闘の合間に生まれたわずかな空白に仲間からのヤジが飛ぶ。
「分かってる!! だがなぁ!」
木嶋が叩きつけられもうもうと煙を上げる壁から木片が凄まじい速度で飛来する。
「あっちの出方次第じゃなかなか難しいぜぇ!?」
前園は仰け反りながら攻撃を躱し嗜虐的な笑みを浮かべた。
煙が晴れると頭から血を流す木嶋が現れた。
その瞳は今も敵意に満ちており、前園をキッと睨んでいる。
「ハハハ、敵意はありって感じだな」
木嶋の表情を見て、前園は満足そうに笑った。そして
「なぁ『木嶋義人』?」
「……なに?」
名前が知られていた木嶋の顔が怪訝そうに歪む。
「ハッ、名前が知られていて驚きか? だが当り前だろう? 俺達は前々からこの学園を襲撃しようと思っていたんだからよぉ。お前がいることも今日九ノ枝がいないことも把握済みさ。さっきの反応は意表を突こうと頑張ったお前への手向けのようなもんだな。まぁテレポートで背後に逃げられるのは予想外だったわけだが。いってぇよマジで」
突如ペラペラと饒舌に語りだす前園に、わずかに毒気が抜かれる木嶋。
しかしその僅かに緊張感が緩んだ瞬間に、思わず背筋が凍るような言葉が差し込まれる。
「つまり、まぁ。お前という存在は俺達の計画を脅かすとは思われてなかったわけだ」
「ッ!?」
「悔しいか? だがまぁテメーはここで落ちてもらうぜ木嶋義人。それが当初からの予定だからよ」
一気に前園から放たれる覇気が増し、壁際に追い詰められた木嶋はすぐさま戦闘姿勢に入る。だが
「まだまだだな」
そんな木嶋に前園はダメだしする。
「お前はまだまだ戦い方のイロハが出来ちゃいねぇ。テレポートなんていう当たり能力を有している癖にそれじゃぁ宝の持ち腐れだぜ? まあ、同じ能力者と言ってもテレキネシス・肉体強化でもその出力には雲泥の差がある訳だが、まぁそこら辺も今から叩き込んでやるよ。……その身体になぁ!!!」
瞬間、前園の身体が消える。
だが違う。超高速で加速したのだ。
もはや一筋の線のようにしか見えない前園が自身に向かってくる。
(迅いッ!)
即座に木嶋は転移した。
だが――
「なに!?」
体育館の反対側に移動した木嶋を、予測。
すでに前園は睨んでおり
「『空断』!!」
前園の叫びと共に三日月状の真空波が飛来した。
その幅、二十メートル。
「う、おぉおおおおおおおおおおおお!!」
木嶋は空中で前転しなんとかその真空波を躱す。
そして能力で作られた真空波は壁に突っ込むと、凄まじい音を放つと同時に壁に横一線の亀裂が走らせた。
「嘘でしょ!?」
「何アレ!?」
自分たちの能力とは規格の違うそれに思わず生徒から悲鳴が上がった。
亀裂の深さは優に三十センチを超し、直撃すれば死は免れない。
「おいおい木嶋ぁ! テメーが上手く避けねーとマジであっさり人死ぬぞォ!!」
だがそんな攻撃を前園は躊躇しない。
腕を振るい木嶋に『空断』を放ちまくる。
無数の真空波がすでに体育館のキャットウォーク付近に転移していた木嶋に襲い掛かる。
カーテンが引き裂かれ、キャットウォークのパイプが切れ、果てはキャットウォーク自体が落ちて来る。
「クッ!」
だが木嶋も負けてはいない。
『空断』によって生まれたパイプや瓦礫などにテレキネシスをかけて前園を急襲する。
しかしそれら攻撃を
「甘ぇぇよ!!! 『空断』!!」
前園は『空断』で打ち落とす。そして攻撃を打ち落とすと『飛んだ』。
「嘘だろ!?」
空中にいる自分に一息で距離を詰める敵に木嶋は目を剥く。
「言ったろ同じ能力者でも肉体強化でも差があるってよぉ!! テメーが出来なくても俺は出来んだよぉ!!」
驚愕に目を丸くする木嶋に前園の拳が突き刺さった。
だが前園の攻撃はそこで終わらない。
中空を横一線に飛ぶ木嶋に向かい叫んだ。
「『空断』!!!」
真空波は木嶋に直撃し、空中に赤い花を咲かせた。
「グッ!!」
空中できりもみに回転しながら木嶋は歯を食いしばっていた。
『空断』の直撃を受け、体からは大量の血が流れ出ていた。
しかし、負けるわけにはいかない。
木嶋は空中で決意を新たにし、前園への反撃を再開しようとしていた。
しかし
「ハッ、まだ敵意はあるって目だな?」
高速で移動した前園が空中で追走していて、木嶋の顔面を掴むと叫んだ。
「『空断』!!!」
木嶋の身体は床に凄まじい速度で叩きつけられた。
そこからの戦いは凄惨なものだった。
体育館の床に叩きつけられ大量の血を流しながらも木嶋はそれでも戦い続けたのだ。
だが、それでも敵わない。
「うおおおおああああああ!!」
雄たけびを上げながら拳を振るうも
「フン」
蠅を叩くようにその拳は払い落され
「このッ!」
前園の背部中空に転移し回し蹴りを見舞おうにも
「だから分かるんだよ、勘でな」
上体をわずかに下げることでその攻撃を避けられ
「ならこれならどうだぁ!!」
自身の目の前に赤い靄を出現させ、その場に前園を強制転移。
同時に拳を振るいガード不能の拳を放つも
「言ったろ……、同じ能力者でも強化レベルには雲泥の差があるってよ」
僅かな防御もせずに木嶋の拳を平気な顔で受け切られる。
そして決まって木嶋の攻撃の後振るわれるのは、絶大な攻撃の嵐だ。
「オラァ!オラァオラァオラァ!」
無数の拳が木嶋に吸い込まれていき
「『空断』『空断』『空断』『空断』ぁぁぁぁぁああああ!!!」
数え切れないほどの真空波が繰り出され、木嶋を切りつけ続けた。
「グハ……ッ!!」
真空波の嵐を受け木嶋の体が宙を舞う。
そして地面に叩きつけられる。
「くッ……」
木嶋は苦しそうに顔をゆがめるが、それでもまだ戦おうと必死に立ち上がろうとする。
だがそんな木嶋に
「もう無理だっての」
前園の蹴りが突き刺さった。
◆◆◆
「「「「――――――――――――――――――――ッ」」」」
木嶋が見るも無残にやられていき、生徒全員は顔面蒼白になっていた。
誰もが木嶋を救いに行きたいと思いつつ、誰も恐怖で行動できるものはいなかった。
信じられない気持だった。
テロに巻き込まれたという事実自体、今でも信じられないが、そこそこ強いはずの木嶋がまるで手も足も出せずやられていくのが信じられなかった。
もし史郎とあれほどの戦いをした木嶋が勝てないのだとしたら、今ここにいる生徒では誰も勝てない。
木嶋がやられていくのを多くの生徒は絶望と共に眺め、生徒全員がこの先を憂いていた。
今だってテロに巻き込まれたという事実自体が信じられない。
だがテロリスト、というのは本当らしい。
そしてテロリストに捕らわれた者の末路が凄惨なものだということを生徒の誰もが知っていた。
だからこそ絶望する。
そして運の悪いことにこの場に史郎はいないらしい。
今回の事件が発生した時点で生徒のほぼ全員が史郎の姿を探していた。
だがこの場に史郎はいないとのことだ。
なぜテロリストが史郎が不在であることに拘るかは分からないが、それだけ史郎という存在は大きいもののようだ。
だからこそ、史郎程ならばもしかすると、というような希望があり、そんな史郎がいないことに嘆きつつ、彼らは一刻も早い救済を求めていた。
誰でもいい。早く助けてくれ、と。
それこそが今体育館にいる生徒の痛切な祈りだった。
◆◆◆
(九ノ枝くんがいれば……)
一方で絶望に暮れる生徒の中にいるメイもまた、史郎の不在を悔やんでいた。
多くの生徒が涙するのを見て、木嶋がやられるのを見て、どれだけここに史郎がいれば良かったと思ったことか。
オリジナル能力者にどこまで敵うかは不明だが、この場に史郎がいるといないとでは安心感などを含めて大きな違いだった。
(九ノ枝くん……ッ 今どこにいるの!?)
メイは目を瞑り、今この場にいない想い人を思い浮かべ助けを祈った。
その助けを強く願えば叶う気がしたのだ。
そうして視線を下に向けた時ふと自身の携帯に一通のメッセージが届いていることに気が付いた。
しかも
(九ノ枝くんから……!?)
それは史郎からのメッセージだった。
メイは驚く。まさか願いが通じたのではないかと呆然とする。
なぜこのタイミングで史郎から連絡が来るのだろう。
そしてそれが今あるこの状況と無関係とは思えず、メイは携帯に手を伸ばした。
戦闘員は木嶋に集中していて注意は払われていない。
丁度敵が木嶋に真空波を浴びせた後、木嶋に蹴りを加えていた。
『もう無理だっての』
遠くから前園のそんな言葉が聞こえてくる。
木嶋が蹴られその顔が苦悶で歪む。
そんな顔は見ていられない。メイは即座に目を背ける。
そして多くの戦闘員が前園と木嶋に集中しており、このタイミングなら見れそうだと心の中で木嶋に謝罪しつつメイはひっそりと携帯を開く。
そこには――
『俺、実はオリジナル能力者だったんだ』
そんな文字列が表示されていた。
「ウソ――」
メイは目を見開いた。
そしてそんな折、木嶋たちがいる場所でも動きがあった。
◆◆◆
「もう無理だっての」
一方で木嶋。
木嶋は前園の蹴りを受ける直前、木嶋は自身の無力さを嘆いていた。
圧倒的に相手方の方が実力が上である。
肉体強化・テレキネシス・自分転移・相手転移。
自身が出来る事全てを注ぎ込んだがまるで敵いはしなかった。
ただただ自分が不甲斐なかった。
自分の欲望でこの学園の生徒全てをこんな凄惨な事件に巻き込んでしまった。
体育館にまばらにいる血だらけの生徒も、めそめそとなく女学生も全て木嶋が招いたことなのだ。
だからこそ自分でなんとかしたかった。
だから木嶋は血みどろになりながらも戦い続けたのだが、自分の力では戦闘員の一人も倒すことが出来ない。
そのことがとても悔しかった。
そして前園の蹴りは木嶋の腹部に突き刺さった。
「クフ……ッ!」
口の中に血の味が広がる。
視界が明滅する。
まさに木嶋の命は風前の灯だった。
そんな折思い出されたのは史郎の言葉だった。
『……この能力世界にこの学園の生徒を連れ込んだ罪は重いぞ?』
木嶋に責任を促した史郎の台詞。
『それはこれから態度で示すしかない』
自分はそんなことを言いながら結局自分は責任を果たせなかった。
もしかすると史郎ならば史郎ならばこの状態を何とかできるのだろうか――
そんなことを思った時だ、
その言葉は『脳に直接降ってきた』。
「な――ッ!」
その言葉の意味を一瞬で理解し木嶋は目を剥いた。
そして――
「あぁ、なんだ?」
木嶋に止めの蹴りを見舞い、これでもう動けないだろうと前園が木嶋に背を向けた時だ、
床にうつぶせる木嶋の上方に『赤い靄』が沸き立っていた。
それは木嶋の個別能力。
だがそのような攻撃、今更意味のないものである。
「なんだぁそりゃぁ!!」
もう反抗できない程痛めつけたはず。
だと言うのにまだ立ち上がる木嶋に逆上し前園が特大の『空断』を振るった。
木嶋に全長二十メートルを超える真空刃が襲い掛かる。
一方で木嶋は薄い笑みを浮かべていた。
木嶋の脳内に直接届いたその言葉は
『あの日あの時あの場所と、同じように』
という単語だった。
そしてその意味は――
あの日、つまり
『ようこそ、子羊たち』
この学園が能力覚醒をしたあの日と全く同じようにという意味で――
――あの日、木嶋は周囲の警戒態勢を『跳び越すように』『無差別能力覚醒犯』を校内に招いた。
それはつまり――木嶋は知る由もないが――学園周囲を探査していた感知系能力『箱庭の人物地図』を『素通り』出来るという意味を持つのだ。
前園が『空断』を放った数瞬後、
『空断』が何者かにより蒸発させられた。
そして煙が消えると――
中肉中背。取り立てて特徴のない少年がそこにいた。
その姿を見てメイは目に涙を溜め、呟いた。
「……………………九ノ枝くんッ」
そうそれはこの事件が起きた時から探し求めていた人間の姿にしてメイの想い人。
そしてこの学園の生徒全てが一瞬は救いを求めたヒーローの姿だった。
「到着」
九ノ枝史郎がそこにいたのだ。
怒りで瞳孔が開き切った史郎は問う。
「……お前ら覚悟は出来てんだろうなぁ?」




