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第4話 パートナーシップマラソン

パートナーシップマラソン。

それは晴嵐高校が導入しているパートナーシップ制度、そのパートナー間の仲をより深めるために毎年行われる校内を舞台にした障害物走である。

学年別で行われ1レースあたり大体100名。それを9回繰り返す。

各レースの優勝者はそれが異性パートナーだとカップルになる可能性が高まると専らの噂である。

そして今年の能力覚醒後初めて行われるものであり、多くの遠距離攻撃異能を有する生徒が有志で『障害』として参加しており、


(その程度は、敵じゃねぇ……!)


史郎はメイとの仲を深めるために虎視眈々とその王座を狙っていた。


◆◆◆


だが気合が入っているのは史郎だけではない。


「よし……ッ!」


メイもまた拳をぎゅっと握って自分に喝を入れていた。

メイにとってもこれは史郎と親交を深めるチャンスだからだ。

史郎が自分を好いている可能性は、確かにあるわけだが、それもまた可能性の話。

メイとしても史郎との関係を深める機会があるのならばみすみす逃す気は全くない。


「じゃ、行ってくるね」


メイは玄関で一人呟き、自宅を後にした。


◆◆◆


気合十分で学園に到着した史郎。すでに制服から学園指定の体操着に着替えていた。

集合場所の校庭で周囲のライバル達を眺めていると、そんな史郎に水を差すような一報が届く。

情報の担い手はナナだった。

学園指定の体操着に身を包んだ青髪美少女ナナが史郎に会うなり言ったのだ。


「おはよう史郎! 史郎に伝達! 私達任務入ったから明日は学校休みだって!」

「相変わらず急だな……。それで依頼先はどこなん?」

「『青い日』の青木さんから来たんだよ!」


ナナは『赤き光』のアジトに住んでいる。

このようにナナを伝言役にすることは往々にしてよくあった。

そしてこのような急な任務もまたよくあることだった。

『青い日』とは仲が良く、よく協力の要請が来るのだ。


「OK。了解した」


きっと明日の今頃はパートナーシップマラソンで優勝しメイといい感じになっているはず。

その輝かしい日々の第一日目が任務で潰されてしまうのは悲しいことだが、こればっかりは仕方のないことだ。

史郎は嘆息しつつも了承した。


そして8時30分。

パートナーシップマラソンは開催した。


「――はこれよりパートナーシップマラソンを開催します! 皆さん! ルールを守って楽しいイベントにしましょう!!」


生徒会長の京極メグミが開会の言葉を述べると会場の男達が野太い歓声を上げた。

そして続々と校舎に引き上げていく。

パートナーシップマラソンは屋外で行われ観客は校舎からそれを眺めるのが一般的なのだ。


「そろそろ始まるね?」

「そ、そうだね……」


史郎も当然校舎に引き上げており『メイ』と観戦していた。

今日はメイとレースに出るのだ。メイとの観戦は当然の流れである。

メイと会話できる! そのことに史郎は興奮していた。

そうしながら史郎は緊張でメイの顔を直視できず困っていた。

普段だって可愛すぎてなかなか直視できない。

直視するとその美貌で目がやられそうになるのだ。

だが今日は別格だ。

なぜなら今日のメイは、なにやらいつも以上に『綺麗』だったからだ。


「うん? どうかした、九ノ枝くん?」

「い、いやなんでも……!」


史郎の視線を感じメイが尋ねるとサッと史郎は顔を背けた。

失明の危機であった。

そんな史郎の反応に、一方でメイは確かな手ごたえを感じていた。

なぜならメイ。昨日学校から帰った後に


「ちょっと美容室行ってくる」


と、身だしなみを整える気合の入れようなのだから。

メイは想い人の反応に密かに悦に浸っていた。


眼下では多くの生徒が束となり学園内を駆け回っていた。


そして!


『では第5レースの出番です! 参加者は校庭入り口に集まってくださいー!!』


史郎の出番が回ってきた。

解説はいつぞやのミイコとフウカだった。


『このレースの注目株は何といっても九ノ枝くんです! さぁ彼は今日はどんな活躍を見せてくれるのでしょうか!?』

『ま、まあだからこそこのレースは消化試合の感もあるけどね……』

『や、でも分からないよフウカ! だって九ノ枝くんは毎回『テレキネシスバースト』使えるわけじゃないって言ってたから! 体調に寄るって言ってたし!』


確かに史郎はこの前の戦いの後、生徒に迫られ、そのような説明をしていた。

史郎の嘘をここまで信じられると逆に居座りが悪い。

だが、今はそんなことよりもレースに集中だ。


史郎は周囲の敵を観察し、息を落ち着けていた。

すでに史郎の勝利のための下準備は済んでいるのだ。

まずはナナ。

実はこのレース、一位になると『ペルデュシカ』という名の超人気パンケーキ店の予約チケットを手に入れられるのだが、

このナナ。

食に関して史郎がちょっと理解できないくらいの欲を示す。

つまりカンナとパートナーを組むこのナナが暴走すると史郎の確実な一位の座が危なくなる。仮にもオリジナル能力者だ。

だからこそ


「ねぇ! 史郎本当なのよね! ここで本気出さなければ私を『ディスタンス』のカフェに連れてってくれるのよね!?」

「あぁ、本当だ」


ナナは別の食い物で釣っておいた。

だがメイの前でそういった話は出さないで欲しい。

史郎はメイの怪訝な視線を感じ頭を抱えていた。


「ヒャッホーー! 今日は頑張らないわよぉぉぉぉぉぉ!!」


ナナは万歳をして喜んでいた。

そう、ナナは既に篭絡済み。

そして史郎は京極メグミから再三この大会の相談を受けていたのでその内容を知っている。

(どう考えても俺の勝……)

と史郎が厭らしく微笑みかけた、その時だ。


「よぉ。そうか九ノ枝も同じレースなのか?」


背後から声を掛けられた。振り返るとそこには三人の人影があり、うち一人は


「木嶋?」


木嶋義人だったのだ。

しかも残りの二人は女の子だったのだ。

木嶋義人が二人の女の子を連れていた。

そういえば木嶋はパートナーシップを組めたと聞いていた。

だがそれがまさか……


「お、お前、そこの二人……ッ!」

「あぁ、俺のパートナーだ」


史郎が驚愕で顔を引きつらせながら尋ねると、木嶋は自慢げに頷いた。

しかも……


「ねー、私達、パートナーになったんだもんねー!」

「あ、もうチカやめなさいよ! 義人も困ってるでしょ?」

「フフフ、アズサ。悔しいのぉ? 私がこんなに義人とくっついてて?」

「ば、ばっか! そんなんじゃねーよ!」


短髪の少女が木嶋に抱き着き、それを見て気の強そうな少女が眉を吊り上げている。


(完全に出来てんじゃねーかッ!!)


加えてそれら少女に対する

「おいおい。()さないか君たち……!」

とか言っている木嶋にも腹が立つ。

しかも彼女は木嶋ではなく、『義人』と呼んでいた。

仮にも史郎が未だ


「どうしたの九ノ枝くん……?」


苗字呼びで碌なスキンシップもなく、ましてここ最近史郎はただのメイの重い荷物を持つ係のようになっているというのに、だ。

この男は既に女と出来ているようである。

史郎の心の奥底に憎悪の炎が立ち上った。

そして史郎は心の中で叫ぶ。


(つッ)


(潰すッ……!!)


極めて利己的な事情で史郎は木嶋義人という男に対抗心を燃やし始めていた。


それから数分もしないうちにレースは始まった。


発走のピストルの音と共に一斉に生徒が駆けだす。

今回のレースは校庭の周囲をぐるっと一周し、そのまま校舎棟へ向かい、校舎棟の周囲を一周するコースである。

そしてこのパートナーシップマラソン。

障害物として設置される障害は極めて一般的なものだ。

麻袋だったり、網くぐりだったり、バットを中心にグルグル回って平衡感覚を狂わせたりと。おおよそありがちな奴だ。

その周囲から有志の遠距離能力者が妨害となる攻撃を加えるわけだ。

イメージとしてはボンバーマンでやられた奴が外野から爆弾を投げ込む感じだ。

当然、威力は低めにするよう指示はある。

しかし多くのレース参加者が


「うお!?」「やべぇ!?」「伏せろぉぉぉぉ!!」


などとそれなりに苦戦している。

普段から攻撃の的にされる経験がないからだ。

いくら見かけ倒しの、火傷もしない火球だとしても向かって来ればそれなりに必死に避ける。

だが史郎は、このような攻撃の雨をかいくぐる事など慣れており、


「行こう雛櫛!」

「う、うん!」


メイの手を引き攻撃の嵐の中を一気に駆けだしていた。

そして史郎は


(…………ッ!)


メイが自身の手を握られ顔を赤く染めていることにも気が付かないし、どころか自分が流れでメイの手を握っている事実にすら気が付いていなかった。


こうして始まったパートナーシップマラソン第5レース。

外野の有志には能力の威力を弱めるよう指示があるが、史郎に対しては何の遠慮もなかった。

というよりこのマラソンの性格上、メイや史郎?に思いを寄せる生徒から容赦のない攻撃に晒されていた。

優勝でもされればメイと史郎が恋仲になる可能性がより高まってしまうからだ。


「行けええええええええええええええ!!!」

「狙え狙えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「メイちゃんには当てるなよ!! 九ノ枝だけを狙えええええええ!!」

「何言ってんのよ! メイを狙うんでしょうが!」


コースの周囲にいた有志が仲違いをしつつも史郎たちに向けて割と本気の能力を打ち込んでくる。

しかしそれらを史郎は


「無駄無駄無駄無駄ぁ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


コース脇にあったベンチをテレキネシスで地面からぶち抜き操作。

全ての攻撃をベンチを回転させて防ぎ切っていた。


そうすることで――


「独走状態だ! 急ごう雛櫛!」

「うん!」


史郎とメイのペアが先頭に躍り出ていた。

麻袋に入り進むときや、網の下をくぐる際に飛んでくる攻撃を丸ごと史郎が打ち落としているからである。


二位集団はカンナとナナのペア。

そして木嶋ペアだった。

だがナナは篭絡済みで木嶋は三人組だ。

二人組のメイと史郎に機動力では分があった。


完全に独走態勢。

だからこそ史郎は待ち受ける様々な障害を悠々と攻略していった。

ハードル・跳び箱・網くぐり・平均台・タイヤ運びなどを次々とクリアしていく。

もう楽勝にも程があるレベルである。

史郎はそばで頑張るメイを愛でてまでいた。


例えばパン喰いだ。


「……と、届かない……ッ」


絶妙に跳ねないと届かないところにあるパンを必死に食べようとぴょんぴょん跳ねるメイ。

その顔は必死そのもので、本当に困っていた。

それを見た史郎はというと


かわいい。パンになりたい……。


その愛くるしい姿に意識が飛びそうになっていた。

結局、史郎がテレキネシスでパンを押し下げて事なきを得た。


またコース後半にあった足つぼ。

足つぼマッサージのようになっている道を通る障害なのだが、当然障害を障害とするためにそこを通るためには靴と靴下を脱ぐ必要があり


史郎はメイが靴下を脱ぎ素足を晒した瞬間、目を剥いた。


(エロイ……ッ!)


みずみずしい肌にほのかに赤みがさすその光景はもはや芸術品だと言えた。

というより普段隠されている足元が晒されるだけでここまでエロイものだと史郎は知らなかった。

ゴクリと生唾を呑む。

史郎も靴を脱ぐ関係でしゃがんでいたため、至近距離で現れた魅惑の物体にくぎ付けになってしまった。

そして史郎の熱い視線を浴びてメイが顔を赤く染める。


「九ノ枝くん、見過ぎ……ッ」

「ハッ! 俺としたことが! ご、ごめん……ッ!」

「う、うん。い、嫌じゃないけど……ッ ちょっと……」


史郎は顔を赤黒く染めて慌てて謝る。

そんな史郎にメイは目を潤ませながら頷いた。

外野の生徒は初々しい二人の様子に嫉妬し攻撃を雨霰のように放っていた。


そしてレース最終盤。

最後の障害が見えてきた。

史郎はゴールテープの数十メートル手前にあるテーブルを目指していた。


『借り物』である。

テーブルの上には百枚以上の折られた紙が用意されており、それぞれに別のお題が記載されている。お題の品はちゃんとコース周辺に置かれており、それを一目散に取りに行くという寸法である。

そしてこれら紙の中には一つだけ『爆弾』が存在する。

つまりは『好きな人』というお題だ。

加えて史郎は京極メグミから再三に渡ってこの大会の相談を受けていて、何度かその会議にも参加している。

そう、自分から何一つ意見は言わずただ頷くだけの木偶と化していたのだが、史郎は確かに会議室に同席し、まさに目の前でこれら『お題表』が作られるのを見ていたのだ。

そして史郎。本っ当に申し訳ないのだが、『欲に負けた』

目の前で折られている『好きな人』と書かれている紙にテレキネシスで細工を加えた。

よく見ないと分からない程度にその表面をざらつかせたのだ。

変化はごく一部だ。

だがしかし、史郎程の実力者となれば集中すれば一瞬でその紙をこの大量の紙の中から見つけ出すことが出来る。

そして史郎程のテレキネシスの腕前があれば、該当の紙をそれとなく移動させてメイに取らせることなど造作もない。


『良かった。私の好きな人、すぐ横にいる……ッ!』


妄想の中のメイが史郎に告白し思わず身悶えしてしまうが、そんな可能性もある未来はすぐそこまで来ている。


「今回は雛櫛がお題を選ぶようだぞ?」

「わ、分かった」


すぐにテーブルに辿り着く。テーブルの端には『異性ペアは女性に引かせること』の一文があった。

そうしながら史郎は秒で卓上をサーチ。該当の紙を見つけ出す。

結果、該当紙がテーブルの左端にあることを発見。

(よし!)

史郎は風で流されたかのようにそれとなくテレキネシスでそれを移動させ、メイの手元まで持って来よう、


とした時だ。


「あ、これにしよ!」


二位集団として史郎たちを追ってきたナナがその紙を手に取っていた。

動くものを思わずキャッチする犬のようなその習性で史郎のお宝がナナに拿捕されていた。


「くっ!」


さすがにそこまでは予想できていなかった。

今回はアホが原因でないにせよ、さすが史郎の予想を軽く上回る行動を起こす女である。


「あ、なんかこの紙ザラザラしてるー!」


じゃない。お前ふざけるなよと史郎は血の涙を流しながら、無邪気にその紙の質感に感動しているナナを睨む。

そしてナナはその紙を広げ難しそうに顔を顰めた。


「え、なになに。うん? じょ、『じょしきなひと』? え、なにこれ」


読み方合ってる? とナナはカンナに真剣な顔で確認していた。


合ってねーよ。

史郎は心の中で嘆息する。どうやら『好』の字が読めなかったらしい。


「ハハハ……」


カンナもナナの途方もない馬鹿さに顔を引きつらせていた。


「ナナちゃん。それは『()きな(ひと)』って読むんだぜ?」

「あ、そうなの? 好きな人か? そうかー」


と、そこでナナは史郎をじぃーっと眺め始めた。


(なぜ俺を見るんですかね……)


ナナの不可解な行動に史郎も混乱する。

だがナナとしても自分の気持ちの整理が出来ていないようで「でもな~史郎はな~、ちょっと違う気がするのよね……。うーん、このお題難しいわね……」と真剣に悩みこんでいた。

結果出てきた答えは


「ごめんカンナちゃん! 私好きな人いないからこのお題無理だ!」

「な、なにもそこまで真剣に考えなくても良いんじゃないか!?」


カンナとナナペアはそこで脱落した。

自分の作戦が夢と消えるも、有力な対抗馬が消え胸を撫で下ろす史郎。

それにナナに気を配っている暇はない。

今史郎はメイをペアを組んで優勝を狙っているのだ。

史郎は作戦をダメにしたナナからすぐ横の天使・メイに意識を移す。


「で、雛櫛は何を引いたんだ?」

「これ……」


史郎が尋ねるとメイはピラリとその紙を見せてきた。

そこに書いてあったのは――




『くさや』




くさや……?


史郎は頭を抱えた。



「行くぞ雛櫛! ゴールはすぐそこだ!」

「う、うん!」


数分後史郎はメイと手をつなぎゴールを目指していた。

無事お題のくさやはゲットしている。

だが発見に手間取り多少時間をロスしていた。

すぐ後ろから木嶋ペアが駆けて来るのだ。

そしてますます苛烈になる周囲の攻撃。

しかしそのどれもが史郎にとって豆鉄砲のようなもの。

ベンチを操作しメイを完全に守り切りながらコース最終盤を疾走する。


(行ける……!)


ゴールテープまであと数メートル。

史郎たちの勝利でこのレースは終了だ。

周囲の観客が史郎とメイがゴールしてしまうことに悲鳴を上げていた。

男子から漏れる悲痛な叫びを聞きながら史郎は思う。


(悪い。メイは俺のものだぜ……!)


と。

しかしゴールテープを切る直前だ。


「え?」

「うおおおおお!?」


視界が転移した。

目の前にあったゴールテープが何十メートルも先にあった。

史郎たちはゴールの数十メートル手前まで押し下げられていたのだ。

急に起きたことにメイは目を白黒させる。

だが一方で史郎は起きたことを正確に察知していた。


木嶋だ。木嶋の転移能力(テレポート)が史郎たちを襲ったのだ。

木嶋は赤い靄を作り出し、そこへ自分を転移させたり、対象を転移させることも可能なのだ。

史郎はすぐさま背後を見る。まさに赤い靄が消え去るところだった。


(やられた……ッ!)


史郎はすぐさま自身の失敗を悟る。

まさか木嶋がテレポートを使用する程この大会に入れ込んでいるとは思わなかった。

史郎は史郎に向かってどや顔をする木嶋を遠くに見て臍を噛む。

実のところ、ここまで木嶋には史郎の割と容赦のないテレキネシスが襲い掛かっていた。

木嶋の服が泥だらけなのは史郎の操った小石などで足元を掬われたからだ。

一方で史郎に対しても木嶋の密かなテレキネシスは襲い掛かっており、それら攻撃も史郎は避け切っていた。

二人のオリジナル能力者はレースの陰で壮絶な足の引っ張り合いをしていたのだ。

だが、


(『個別能力』を使ってくるとは……!)


史郎は相手の余りの本気さに犬歯を剥き出しにしていた。

『個別能力』を使ってまで勝利をもぎ取りに来るとは思わなかったのだ。

観客は突如順位の入れ替わったレース展開に大興奮だ。

確かにこのままでは誰がどう見ても優勝するのは木嶋ペアである。


「ど、どうしよう……!」


メイも目の前から勝利を掻っ攫われて焦りを隠せないでいた。

そして史郎はというと、誰もが木嶋の勝利を疑わないこの状況に


火が付いた。


心の奥底で熱い感情が漲ってくるのを感じた。

そして史郎は突如メイを抱きかかえ


「え!?」


と史郎に抱き着かれ目を白黒させるメイの反応にも気が付かず、言った。


「任せろ……」


熱くくぐもった声色で。


「一気に追い抜く……!」




その時観客が見聞きしたのは、落雷を思わせる轟音。

それと同時に砂埃を上げまるで一つの影のようにか見えない超加速で一気にゴールへ向かう史郎の姿だった。

通称『テレキネシスバースト』

テレキネシスの自己負荷による一時的な超肉体強化、ということになっている史郎の圧倒的な肉体強化が発動したのだ。

史郎の肉体強化による最速の疾走は凄まじいものだった。

放たれる攻撃、それら全てをただの『風圧』で薙ぎ払い


「ぐああああああああああああああああああ!!」


木嶋を追い抜く際、その風圧で木嶋本人すら吹っ飛ばす。

木嶋だけではない。周囲で史郎に攻撃を放っていた生徒のほぼ全てが犠牲になり


「「「「「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」


数十名の生徒が暴風に巻き上げられ宙をもがく。

そして史郎は光のような速度でゴールテープを切り


ゴガガガガガガガガガガッ! ととても人から放たれているとは思えない轟音を鳴らしながら急停止。

火花を散らし、レンガに黒い焦げ跡を残しながら停止した。



「……ッ!!」


目の前に広がった光景に校舎で見守っていた生徒は皆息を呑んでいた。

何せ史郎が駆けだした起点は爆撃でもあったかのようにめくりあがり黒い大地を剥き出しにし、ゴールまでの直線状にいた生徒は悉くひっくり返され、ゴールテープ後の大地には、必死に止まろうとしたのだろう。

踏ん張るために多くのレンガは捲りあがり、その後の捲りあがらなかったレンガにはまるで車が急ブレーキしたようなブレーキ痕を残す。

そしてそれらとんでもないことをやり切った史郎はというと今も足元から土煙を立たせながらメイを抱きかかえており、手を突き上げたのだ。


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」


その光景を眺めていた生徒は史郎たちへの嫉妬も忘れ大歓声を上げていた。


『これはこれは! 大逆転~~~!!!! 九ノ枝くんが一位の座をもぎ取りましたぁぁぁぁぁぁ!!!!』


ミイコの興奮気味の解説が校内に響き渡った。



一方で史郎はというと


「やったな!」


勝利した喜びで普段の緊張すら忘れメイに笑みを向けていた。

そして未だ抱きかかえられたままのメイは、その透明度の高い笑みに完全に心臓を撃ち抜かれていた。


「う、うん……」


顔を赤く染めながらそう返すのが精いっぱいだった。


◆◆◆


本日行われた9回のパートナーシップマラソン。

うち一本のレースで史郎は無事王座に輝くことに成功していた。


「フフフフ……」


赤い夕陽の落ちる校舎で史郎は一人ほくそ笑んでいた。

大会も終わり周囲には人影はない。

史郎もまた最後にメイに別れの挨拶をして帰る予定だった。


だが、メイは喜びに浸る史郎とは別の事を考えていた。

そう、あれだけ純粋な笑みを今日、史郎は自分に向けてくれた。

だからこそ、史郎を信じて、ついに史郎に尋ねてみようと思ったのである。

あの、今まで気になっていても聞けなかった内容を。

メイはただ喜びに浸るだけではない。

史郎を信じ、新たな一歩を進み始めたのだ。

相互理解。そのために。


「あ、雛櫛。帰りの支度は済ん」


そして教室にメイが現れ、史郎が不用意に声を掛けた時だ。


「九ノ枝くん。聞きたいことがあるの?」


それは告げられた。


「ナナちゃんとはどういう関係なの?」


「え――――」


赤い夕陽の差し込む教室。

メイと史郎は対峙していた。


◆◆◆


「え――――」


史郎は今聞いたことがすぐには理解できなかった。

だが次第に頭が現実に追いついてくる。

『ナナちゃんとはどういう関係なの?』

メイはそのことを史郎に尋ねたのだ。

喉が急激に乾いていくのを感じた。


「なぜ、どうして……、急にそれを……?」

「ごめんね……。でも私、ずっと前から気になってたの。それで、今日、九ノ枝くんの笑顔を見て、聞いてみようと思ったの……!」


メイの返事を聞き、メイの感情同線を辿り納得する。

史郎としてもメイが史郎とナナの仲に疑問を持たないのか懸念を持っていたのだ。

過去、何度も史郎の深層を正確に悟ってきたメイだ。

やはりそのような少女が史郎とナナの仲に疑問を持たない訳がないのだ。

そしてメイの話しぶりを聞くに、聞くことに大きな勇気が必要だったに違いない。

だがメイは今日のパートナーシップマラソンで二人の仲が深まったことを信じて新たな一歩を踏み込んで来てくれたという訳だ。


「……う」


……だが一方で史郎は、まだまだそんな心の準備は出来ていなかった。

別にオリジナルな能力者だと知らせることは禁じられていない。

しかしそれは、史郎が別の人間だと教えることを意味しているのだ。

もしかすると木嶋のように嫌われてしまうかもしれない。

まして自動的に『無差別能力覚醒犯』を取り逃したのが自分であることを伝えることになる。

それはとても恐ろしいことだった。

例え、メイが確実に許すであろうともだ。

例え、メイが史郎の事を嫌う訳が万に一つもないとしてもだ。


だが一方で、メイの真っすぐな視線が史郎を捉える。

そう、メイはこうして勇気を振り絞って聞いてきてくれた。

その勇気には報いねばならないと史郎も思う。


メイの勇気に報いる。

そのためには真実を告げなければならない。

だが一向にその言葉は声にならなかった。

音になっていない空気が史郎の喉から出入りするだけだった。


そしてそんな苦しそうな史郎を見て、メイは言ってくれたのだ。


「無理しなくて良いのよ九ノ枝くん。私、待っているから」


と。

思わぬ助け舟にハッとメイを見上げた。

するとそこには慈母の様に優しい笑みを浮かべたメイがいた。


「知らないかもしれないけど私、結構九ノ枝くんのこと見ているのよ? 


だから九ノ枝くんが喜んでいるか、悲しんでいるか、苦しんでいるか、知るなんて簡単なの……。


だから分かるのよ。九ノ枝くん、今とても苦しんでいる」


「……ッ!?」



「だからね、今はいいの。いつか九ノ枝くんが良いタイミングで教えてくれれば……」


それはメイが出した最大限の譲歩だった。

そして史郎としても、メイの勇気に報いる、そのために自分が出来る今の限界点もまた


「うん、いつか必ず伝えるよ……! でも今回は余りにも急で心の準備が……」


それが今の史郎が出来る最も真摯な返事だった。

『教えない』のではない。『先送り』の依頼である。

メイの一歩からすれば小さな、小さすぎる一歩かもしれないが、それが今、史郎の踏み出せる最大の一歩だった。

メイも史郎の意図を正確に悟っており、瞳を潤ませていた。


加えてメイは史郎にこのような表情をさせてしまったのは自分の所為だと思っており


「九ノ枝くん……! これだけは覚えておいて……!」


最後にこう言った。


「きっと九ノ枝くんは何か抱えていると思う……!何か罪を感じていると思う……! でもね、そのことを知っても誰も悪くは言わないから……!」


勇気を振り絞った史郎を励まそうとしたのだ。

そしてメイの純粋な優しさは史郎の心の奥底に深く染み渡った。

おかげで涙が出て来る。


「あぁ、ありがとう。いつか必ず、絶対に伝えるから……!」

「うん、待ってるよ九ノ枝くん……!」

「ありがとう、雛櫛……!」


気付けばメイも一筋の涙を流していて、二人は目元をぬぐいボロボロの笑顔で向き合っていた。


こうしてパートナーシップマラソンは二人の心に残る思い出になったのだ。


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