第8話 誤算
「行くぜえええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
廊下の奥から男たちが駆けだしてきた時
正直史郎は
ホッとしていた。
完全に史郎をあらかじめターゲットにしていたとしか思えない展開。
つまり史郎が懸念したような少年はいなかったということであり、それは一ノ瀬たちが言うように、史郎はただ存在するだけで彼らのターゲットに成れたということである。
史郎は安堵で胸を撫で下ろす。
そして同時に、苛立つ。
『ふざけた嘘をつきやがって』
と。
ここまでくればこれが聖野の策だという事は史郎も読めていた。
そして史郎は聖野に自身からアプローチを仕掛けようとしていたが、ある意味で上出来。
相手は史郎の予想よりも早く動き出し、ちゃんと史郎をターゲットにした。
これは素晴らしい。
だが、このような嘘をついたのは流石に許せなかった。
だからこそ史郎のこめかみの血管は怒張しており、
「はい、ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」
男の顔面に拳を叩き込んだ。
◆◆◆
史郎の拳を受けて男が三メートル近く空を泳ぎ、地面に墜落する。
男はゴロゴロ転がると
『う、うぶぁ……』
その場で動かなくなった。
男を数メートル殴り飛ばした。
『戦闘万華鏡』を見上げていた生徒は、それだけでも驚きだった。
が、それ以上に……
その『映像』に驚いていた。
より正確に言うのなら
表示される九ノ枝史郎の『脅威度』に。
九ノ枝史郎:脅威度
『10812』
水を打ったように静かだった体育館。
その静まり返った空間が
「「「「……い」」」」
その数字を見て一転、驚愕と共に沸き立った。
「「「「「いちまんはっぴゃくじゅうにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!????」」」」」
会場にいた誰も彼もが史郎が叩き出した規格外な脅威度に度肝を抜かれていた。
ある者は口元を手で覆い、またある者は見間違えではと目を何度も擦っていた。
しかしそれら行為をしても表示された数値は変わらない。
正真正銘史郎の『脅威度』は10812だった。
史郎の脅威度は通常の者の百倍近いのだ。
その事実を受け止め切れず生徒たちは口々に言っていた。
「ハァ!? おかしいだろ!?」
「どーなってんだよ!!?」
「バグってんじゃねーのかこれ!?」
周囲の人間に次々と自分の感想を告げ合う。凄まじい騒々しさだった。
もはや誰も正確な推論など求めていない。
誰もがただただ自分の思いの伝え手を欲しがっていただけだった。
そして生徒たちが口々に何事か言い合う合間に、史郎と残り二人の戦闘は決着がついていた。
史郎があっさりと残りの二人も片付けたからだ。
そのあまりに完成された戦闘にも会場は見入る。
全ての生徒に注目される史郎は地面に転がる小太りの男のそばにしゃがみ込むと尋ねた。
『吐け、全部』
その粗雑な物言いが史郎の怒りの全てを現していた。
聞いている体育館にいる生徒でさえ、若干の寒気を感じさせる声色だったのだから。
そして史郎が放つ余りの圧に、男は縮み上がり、ヤバイと思ったのだろう
『こ、これは、俺達の革命の一環で……』
ノロノロと話し始めた。
『俺達は、谷戸、に、力を集中させるため、に……』
◆◆◆
谷戸は聖野が関わりだした頃を境目に性格を急変させ、中学時代『谷戸組』という権力集団を作るに至った。
だからこそ中学時代の問題児がこぞって入学すると聞き、史郎は聖野が何か仕掛けてくるだろうと以前から思っていた。
そして今ほど告げられた。
『こ、これは、俺達の革命の一環で……』
『俺達は、谷戸、に、力を集中させるため、に……』
それだけで十分だった。
やはり先ほどから聞こえる衝撃音も、
史郎に向かってきたこの男たちも、
そして史郎に当てられた手紙も、
全て聖野による企みだったのだ。
加えてこの計画、
多くの人を傷つけたに違いない。
「お前ら、面白いことやってんなぁ」
史郎の言葉に怒気が籠った。
そして――
◆◆◆
一方で体育館は先ほどとは打って変わって静まり返っていた。
「……嘘でしょ」
誰かがそう呟いた。
それも無理はない。
史郎の脅威度を示す数値。
それがみるみる『上昇』しているのだから。
先ほどまで10812だったその数値。
今はもうすでに17992だ。
それからも数字が上昇し続け
遂には脅威度が20000の大台を超える。
(まだ上がるのか……ッ!)
生徒たちは目の前に映し出される化物の存在に言葉を失っていた。
そしていつしか数値は、21117という所で落ち着いた。
体育館にいる者は、誰も言葉を発さなかった。
◆◆◆
「ふぅん……」
そして体育館がそのようなことになっているとは露ほども知らない史郎が思案していると
「行くのか、体育館へと……」
先程の小太りの男はそう尋ね、ふむ、と史郎は考え込んだ。
史郎は脳裏に策を巡らす。
今回史郎に与えられた任務は彼らの鼻っ柱を完全に叩き潰すことだ。
そのために彼らに『徹底的に史郎対策をさせた上で』勝つ必要がある。
そして恐らくこのまま向かって行っても彼らの心は折りきれないだろう。
なぜなら、彼らが史郎対策を十分に出来ているとはとてもではないが思えないからだ。
そうなれば貰い事故のように自己弁護をする余地がまだ一応ある。
彼の実力を見誤っていた、と。
それではダメだ。
それではまだ、『繰り返す余地がある』
だからこそここで潰しきることは出来ないし、またここで止めれば今度は彼らは自身の権威の回復のために史郎を倒すために全力を出してくるだろう。
万全の策を出すに違いない。
そして『そこ』を倒せば完璧だ。
彼らの伸びきった鼻は完全にへし折れるに違いない。
そして今の作戦を聞いたところ谷戸組の目的は『権力会』。メイには危害はない。
だからこそ――残念ながら今の答えは一つだった。
「いや、行かないけど」
史郎は言う。
「俺はあまり学園に関わらない方がいいんだよ」と。
◆◆◆
『俺はあまり学園に関わらない方がいいんだよ』
そこで『戦闘万華鏡』の映像は途絶えた。
元より戦闘はすでに行われていなかった。
『戦闘万華鏡』が溶けるように消えうせ、会場はシンと静まった空気だけが残っていた。
そして、史郎が攻勢をかけてこない。
その事実に何より安堵したのは他でもない聖野だった。
同時に、史郎の活躍に最も業を煮やしているのも聖野だった。
聖野の計画では『権力会』を倒し『戦闘万華鏡』で実力者を見せしめにした上で、この壇上で、自分に文句があるか全体に問うことで、権威の移行を図る予定だった。
権力とは役職に宿るものではなく、大衆が権力があると思う場所に宿るからだ。
しかし作戦は不完全燃焼で終わった。
それどころか『谷戸組』という絶望を知った大衆に史郎という希望を与えてしまった。
これではこの学園を掌握することが出来ない。
史郎が尋常ではない『脅威度』を示し始めた時点から聖野の脳内ではあらゆる思考がなされていた。
だがそのどれもが明確な形を得る前に消え失せる。
それほどまでに聖野は焦っていた。
そして
『いや、行かないけど』
史郎がそう言い残し映像が途切れる。
『戦闘万華鏡』が消え去り、体育館内の視線が自分に集中するのを感じた。
何かしなくてはならない。
即座にそう判断した。
彼らが権力の所在を『谷戸組』だと認めざるを得ない何かを。
すぐに聖野は答えを得た。
最善ではないが、ここまで状況が悪化してしまったのだ。
方法に拘っている場合ではない。
今壇上で座りつくす過去の権力の象徴。
学園の全権限を保有していた『権力会』。その会長代理。
第二席・浜野クルミ。
彼女に権力を『谷戸組』に移譲すると全校生徒の前、つまりここで言わせてしまえばいい。
そうすれば多少はマシになるはずである。
幸いにして彼女を脅すに足る戦力が、今この場にはある。
聖野は自らが所属する『谷戸組』を背後に置き、憔悴しきったクルミの前にやってきた。
そしてよく通る声で確認した。
「権力会会長代理・浜野クルミ。お前に尋ねる。おかしな映像が写りこんだが、今後は僕達、『谷戸組』が校内を管理する。そのことに異論はないな?」
対するクルミは憔悴しつつも聖野の脳内を正確に読み取っていて
倒された仲間の恨みを晴らすために
相手が最も嫌がる返事をした。
そう、この男は九ノ枝史郎という希望が生まれたことに焦っているのだ。
ならば――
「……嫌よ」
しばらくしてクルミは言った。
「私たちは『九ノ枝史郎くんの下』、再度結集するわ……」
こう言えば、嫌がるに違いない。
案の定、聖野は激高した。
「この……ッ!」
そして怒りに駆られた聖野はパァン!とクルミの頬を叩くと、その後ガンッと机を叩き宣言した。
「これより『谷戸組』による支配を開始するッ……!」
一話前⇒今夜中に次話投稿予定です⇒結局こんな時間に……




