第7話 聖野の作戦と九ノ枝史郎
『権力総会』において『権力会』を倒し、『戦闘万華鏡』でその他上位十名の実力者を見せしめにする。
そうすることで生徒の中にある権力の所在を『権力会』から『谷戸組』に移行する。
それこそが聖野の描いた青写真だった。
「この者たちを、まずは粛正する」
聖野がそう宣言すると、早くも『戦闘万華鏡』に動きがあった。
体育館から程近い保健室脇と、渡り廊下にいた二人。
相坂と内田。
二人に対し複数の男が襲い掛かったのである。
俄かに戦闘が始まり10分割の『戦闘万華鏡』が再構成される。
10の映像がぐにゃりと混ざり合い渦を巻き、再構成が完了すると左右分断の2画面となる。
そして大見出しになった相坂と、内田の二人。
彼らはやはり手練れだった。
『ハッ、なんだお前達』
『呼び出されたと思ったら不意打ちか』
大して驚きもせず即座に臨戦態勢に移行する相坂に内田。
共に示される『脅威度』は181に188。
相坂は槍を生み出す『ウェポン型』能力者。
内田は音波を操るギターを生み出す同じく『ウェポン型』の能力者だ。
相坂は金色の装飾が施された豪奢な槍を現出させ、内田は赤いエレキギターを出現させ、それぞれ構える。
対し、それぞれ複数の能力者が散らばって襲い掛かる。
先ほど体育館から出ていった人物だ。
二人に襲い掛かる能力者の『脅威度』は161、175、155、177、138、144。
決して相坂や内田よりも高い脅威度ではない。
案の定、相坂が槍を突き出し発生する空気砲に一人が吹っ飛ばされ、内田がギターを掻きならし、生まれた音波が敵の一人を切り刻む。
しかしそれだけだった。
聖野の『脅威度測定』は、その者の覇気から正確に戦闘における『脅威度』を示す能力。
予めそれら数値を確認したうえで割り振られた人材は最適で――
『おぅらよぉおおお!!!』
空気砲を避け切った一人が相坂の顔面にその強化された拳を振るう。
『ブフッ!』
強烈な一撃を浴び、顔を顰める相坂。
殴られた頬をさすりながら戦意剥き出しに『くっそ野郎がッ』と敵を睨むが
『はい終わりー』
『カハッ……!』
脅威度138の相坂に比べればひ弱な敵の拳が鳩尾に入り、相坂がガックリと倒れた。
「相坂くん!!」
期末能力試験大会の決勝リーグに行けるほどの実力者。
相坂は女子に人気があり、相坂の彼女である女子は体育館で悲鳴を上げた。
内田も同じ目にあった。
内田が得意げに敵のうち一人を倒していると、残りの二人が二手に分かれ、
「くッ!」
どちらに注意を払うべきか内田が一瞬悩んだ隙に、その後頭部に竹刀による強烈な一撃を叩き込まれる。
竹刀型のウェポン能力の有していたのは『脅威度』144の能力者だった。
「「「「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」」」
内田の敗北に悲しみと落胆が入り混じった溜息が満ちた。
その後も、学園で知られた能力者が相次いでやられていく。
「しゃーねなぁ。相手してやるよ」
次の標的になったのは、脅威度207:土井。
コンクリートを操作する彼は、現れた敵に面倒そうに頭を掻くが、その口元には笑みがあった。やはり実力者である彼らは争い事を好むのだ。
「いいぜいつでも……」
彼の能力が発動し、彼の手が置かれた壁が波打つ。
そしてそこから一振りの刀が生み出される。
「かかってこい……」
臨戦態勢に入る土井。しかし敵は複数で
「くそ……ッ!」
敢え無く土井もまた地に伏すことになった。
「緊急の用事って聞いたから何かと思ったけど、襲撃なのね」
四人目は、脅威度197:郭。
期末能力試験大会で内田と戦っていた、蜘蛛型の獣人変化を有する少女だ。
彼女は現れた人物から敵意を感じ取り即座に獣人変化する。
郭の口が縦に割れ、背中からは制服を突き破り四本の黒い鉤爪のついた足が現れる。
「これブッサイクになるのが嫌なのよね」
そう不満を垂れつつも敵を倒すために獣人変化を厭わなかった郭。
だが彼女も
「嘘でしょ……ッ!?」
二人いた敵のうち一人が放った火球をまともに受けて倒れた。
「イヤッ!」
「ヤメテッ!」
相次いでやられる自校の生徒に女生徒からいくつも小さい悲鳴が上がった。
「おいお前らいい加減に!」
敵の余りの非道さに犬歯を剥き出しにして男子は聖野を始め『谷戸組』に食ってかかった。
しかしそれを
「不満か?」
移動能力により目の前まで移動した谷戸が覆いかぶさるように睨みつけ黙らせる。
そうしながらも壇上に示される『戦闘万華鏡』は次々と上位十名の生徒がやられる様を映し出していた。
「ほう、俺とやろうってのか。珍しい一年防のやんちゃさは噂通りだな」
ターゲット5人目。脅威度200:内藤
光で出来たカラスを生み出す彼は、即座に数羽のカラスを放った。
しかし現れた敵は『脅威度:296』をマークする実力者で、男は腕を縦に一振りし、そのカラスを上から下に叩き落とした。
「え――」
自身の必殺技の一撃粉砕に内藤の身体が固まる。
数秒後、内藤は顔面を思いっきり殴られ地面に崩れ落ちた。
「あなた誰? ま、関係なく倒すけど」
脅威度204:藤崎。
彼女にいたっては、目の前に現れた三人の高速連携に能力を披露する間もなく倒された。
その後も、同じ流れだった。
脅威度183:飯島
脅威度196:風間
脅威度191:山岡
残りの三人も、複数の能力者に囲まれ、瞬く間に敗れていく。
『権力会』に『10人の実力者』
自分たちの既存の権力構造が崩れていく様をこれでもかと見せつけられ、会場は沈み込んだ。
中には友人が傷つけられ涙を流す女子もいた。
男子の中には悔しさで唇をかむ生徒が何人もいた。
会場の全ての人間が突然現れた『谷戸組』の横暴に深い怒りを覚えていた。
一方で、聖野の策は最終段階に来ていた。
思わず口元が緩みそうになるが必死にこらえて宣言した。
脅威度207:土井
脅威度181:相坂
脅威度188:内田
脅威度197:郭
脅威度200:内藤
脅威度204:藤崎
脅威度183:飯島
脅威度196:風間
脅威度191:山岡
すでに九人の実力者を倒した。
「残す実力者は九ノ枝史郎、ただ一人」
壇上に示される『戦闘万華鏡』は史郎、ただ一人を大きく描き出していた。
◆◆◆
一方で史郎。
校内で立て続けに派手な音が響てきて、手紙が何者かの策だとさすがに気が付いていた。
やはり手紙を貰った際の違和感は確かだったのだ。
しかし、僅かながらの不安はあった。
もしこの手紙が本物だったらどうしよう、という懸念である。
だとしたらことである。
谷戸にいじめられて勇気を振り絞って相談に来た依頼人。
その彼が来ないということは、ここに来るまでに戦いに巻き込まれ来られないという線もあり得るからだ。
「やべーよ、まじで。どーなってんだよ。これ、罠ってことで良いのか……」
史郎がわたわたしながら独り言を呟いている時だ。
廊下の端から三人の生徒が走ってきた。
◆◆◆
場面は切り替わり体育館。
大見出しになった史郎の映像を見て、誰かが呟く。
「え、『脅威度』191……?」
史郎の映像の脇に表示される『脅威度』
その数値が異常な状態であることに気が付く生徒がいたのだ。
そしてそれこそが聖野が欲しかった反応だった。
聖野は体育館に落ちた呟きを拾う。聖野の拡声した声が体育館に響く。
「そうだ。この男、どうやら期末大会で大活躍をしたようだが、見てみろ……」
聖野の指示で『戦闘万華鏡』。その映像が拡大し
『脅威度:191』
その数字がこれでもかと強調される。
「この男の『脅威度』はなんと、191だ」
「嘘でしょ……」
「どういうこと……?」
怒りと悲しみに満ちていた会場。
そこに混乱が加わる。
先の戦闘映像で『脅威度』、その信ぴょう性は既に認められつつあった。
だからこそ史郎に示される『脅威度:191』の数字が信じられなかった。
「そうだ。不思議だろう。なぜ期末能力試験大会、あの最終盤で大立ち回りを演じた九ノ枝がこんなにも『小さな』脅威度かってのは」
その通りである。
怒りで聞きたくもない聖野の声に思わず聞き入ってしまう。
あの時、防球ネットすら『テレキネシス』でへし折って見せた史郎。
だというのに脅威度は『たったの』191
会場の誰もが史郎の低すぎる脅威度の謎を知りたがっていた。
そして聖野は告げた。
「お前たちは、騙されていたんだよぉ」
と。
「防球ネットを倒したのはもともと傷をつけておいたから。その他もろもろの現象も奴が何がしかの細工を仕掛けることで成したもの。そのなによりの証拠がこの『脅威度』だ」
史郎の先の戦いを彼の演出だったという聖野の持論。
もしかしたら体育館には、反論したい生徒がいたかもしれない。
しかし『谷戸組』の力を見せつけられ、誰も言い返せなかった。
聖野の言葉が否定されない。
それにより『史郎は自分をよく見せるためにあのような戦い方をした』という不合理な認識がジンワリと広がっていく。
「……ッ!」
体育館の中には史郎の戦いぶりに魅せられて惚れこんでいる人もいた。
その者は唇をかみ、悔しさで一筋の涙を流した。
一方で『九ノ枝史郎は皆を騙した』という空気が伝播したのを正確に感じ取った聖野は溜まらず口角を吊り上げた。
――聖野の目指す作戦のフィナーレである。
一気に声を張り上げる。
「つまり無知蒙昧なお前たちは偽りの強さに騙されていたという訳だ……! さして強くない『権力会』! 歯ごたえのないお前らの社会で人気の『十人の能力者』! そして奇跡のような戦い方をしたペテン師、九ノ枝……! お前たちの中で強いと思われていたものは全てが偽物……! 贋作だ……! だからこそ僕が与えてやる……!」
聖野の瞳孔が開いた。
「真の実力者に従う喜びを! 真の実力者が作る社会統治がどういったものかを! そして今一度宣言する……! 僕達『谷戸組』は、今日からお前たちを支配する!そして僕たちの時代の幕開けを、偽りの権力者、九ノ枝史郎の血で始める! 行け、『お前達』!!」
『了解!!!』
聖野の声はインカムで隊員に伝わっていた。
聖野の指示を受け、『戦闘万華鏡』に映っていた三人の敵が史郎に向かって走り出した。
今の所、聖野の魔の手にかかったものは全員やられている。
だからこそ史郎もそうなるに違いない。
女生徒は口を覆い、男子は――女子から急に人気が出だして憎んでいたとはいえ――その様子を呆然と眺めていた。
体育館の片隅では
「メイ、落ち着きなって!!」
史郎のピンチに聖野に立ち向かっていこうとするメイをカンナは必死に押さえつけていた。
そして彼らの希望をぶち壊すように
『行くぜえええええええええええええええええええええええ!!!!』
画面からは野太い男の声が響いた。
男達は四階の廊下を駆けだすと揃って角を曲がる。
開けた視界の先には、史郎。
四階の廊下のすみに一人、史郎がポツンと突っ立っていた。
男は一気に加速し目にも止まらぬ速さで史郎の眼前に迫り、その太い腕を振り上げた。
「……ッ!」
生徒の幾人かは溜まらず目を背けた。
誰もがこの加速では避けられない、そう思った。
その時だ。
男の拳が史郎の顔面に突き刺さる直前、
史郎がもともとその攻撃を読んでいたかのように上体を仰け反らせその拳を紙一重で
『避けた』
そして攻撃を躱すと、自身に身を投げ出してくる男に向かって――
突然だが、あまりに流麗な動きを見ると、人は目を奪われたり動きを止めてしまったりする。
史郎の今の動きはまさにそれだった。
「え――」
画面を見上げていた生徒全員が、今自分達が置かれた状況すら忘れ、無音の世界でその流麗な動きに見入っていた。
そして次の瞬間――
『はい、ドォォォォォォォォォォォン!!!!』
こめかみの血管を浮かばせた史郎の拳が、男の顔面にめり込んだ。