第6話 谷戸組
「これは凄いな……」
『権力総会』開催日より数日前のことだ。
聖野は『期末能力試験大会』の凄まじい映像を鑑賞し、感嘆していた。
目の前では画面が、割れた鏡のように複数に分かれ、それぞれで戦闘が展開されている。
どれも見ていて興味深く、そして『詳細』だった。
聖野は顎を撫でながら呟いた。
「……これは使えるな」
そして――
「お前、浅岡だな?」
「誰だお前……」
「一年の聖野だ。浅岡、お前は『戦闘万華鏡』発動の責任者だったよな」
暗がりで突如話しかけられた浅岡。
質問内容を聞き、コクリと頷いた。
複数の能力を複合し発動する『戦闘万華鏡』
浅岡はその運営責任を務め、『戦闘万華鏡』が映し出す様々な映像を誰よりも間近で見ていた人物だった。
浅岡の返事に聖野は満足した。
「浅岡、お前に訊きたいことがある……」
聖野の獰猛な瞳が浅岡に迫っていた。
◆◆◆
権力総会、当日。
「ついにこの時が来てしまったのか……」
朝。
史郎は下駄箱で天を仰いでいた。
多くの生徒が有名人である史郎に軽く視線を送る。
中には挨拶をする女子もいたがどれもが右から左だ。
それほどまでに史郎は『感動』に打ちひしがれていたのだ。
ここ最近、どういうわけか多くの女性からパートナーシップの依頼を受けていた。
だからこそ史郎は『え、俺、もしかして??』などと期待はしていた。
ついに俺に、
モテ期が来たのか、と。
でも本当に申し訳ない。
自分にはメイという心に決めた女性がいるから無理だな~申し訳ないな~、などとどや顔で頭を掻き思っていたわけだ。
そして今日、その史郎の疑念が、確信に変わった。
史郎は自身の下駄箱の中を見やる。
そこには自分の上履きの上に、
白い手紙が鎮座していた。
誰がどう見てもラブレターである。
噂ではその存在を聞いたことがある。
しかし電子メールが発達した昨今、絶滅した文化だと思っていたが、存外、今もなお社会の隅で、ひっそりと、慎ましく、その文化は生き残っているようだ。
史郎は高鳴る胸の鼓動を押さえつけ、その白い手紙をカバンにしまい込んだ。
そして即座に駆け、トイレを目指す。
トイレに到着するとドアをしっかりと施錠し、洋式便所にどっかり座りこむと、史郎は手紙の封を切った。
そして出てきたのは
九ノ枝史郎様
ここ最近一年生の谷戸の横暴が酷いです。
どうか力を貸してください。
期末大会での九ノ枝先輩の活躍ぶりを聞いてお願いしました。
一年生男子より
『一年生男子より』
しばらくして史郎は脳内で叫んだ。
(ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)
だが、手紙をよく見ると、自身の思い込みなどどうでも良いような差し迫った内容が記載されているのが分かった。
手紙には続きがあったのだ。
続きにはこう書いてあった。
ここ最近いじめられて、辛いです。
権力総会実施中なら人目がないので、少しの間時間を貰えないでしょうか。
4階廊下で待っています
「……」
史郎は複雑な面持ちで手紙を眺めた。
そしてしばらくしてトイレで一人呟いた。
「仕方ねーな」
若干の違和感は有った。
しかし、これがもし本当の手紙だったらどうにかしてあげたいし見過ごせない。
そう思ったのだ。
◆◆◆
「ではこれより権力総会を開催します!」
そして時は同日午後、晴嵐高校・体育館では権力総会が開催されていた。
『権力総会』
多くの学校が行っている生徒総会の権力会バージョンである。
生徒会が無きものとなったため名称が変わっただけだ。
晴嵐高校では例年より4月と10月に生徒総会を行っていた。
「まずは会長代理、副会長。浜野クルミから開会のあいさつです」
司会進行の古道に促され黒縁眼鏡の美少女、浜野クルミは壇上に向かった。
(面倒ね……)
権力会・第二席、浜野クルミは感情が顔に出ないように注意を払った。
こみ上げるのは『こんなはずじゃなかった』との思いだ。
会長の射手が『失踪』しなければ自分がこんな役を追わずに済んだ。
そう、権力会第一席にして会長・射手瞬太は『期末能力試験大会』からこれまで学園に姿を現していない。
親に修行に行くと言い残しどこかへ消えてしまったらしい。
それほどまでに九ノ枝史郎に試合をすっぽかされ、その上、圧倒的なバトルを見せつけられたのは堪えたらしい。
そんなことがあったせいで自分は今壇上に向かっているわけだ。
ただでさえ今年入ってきた一年はやんちゃ坊主ばかりで困り果てているのだ。
会長がいたらどんなに楽だったことか。
そんな不満を思いながらクルミが壇上に上がった時だ、
「え――」
複数の生徒が席を立ち、出口に向かい始めた。
◆◆◆
「ではこれより権力総会を開催します!」
古道が権力総会の始まりをマイクで告げた時だ。
「はじまりだ……」
聖野は熱い息を吐きながら呟いた。
ハリボテの『谷戸組』という権威に、権力という名の血を通わせる計画の始まりである。
聖野はすぐに周囲の仲間に目配せをした。
周囲の仲間はすぐに聖野の指示に従った。
◆◆◆
「え――」
自身が話始めようとした瞬間、会場からガタガタッと椅子を引く音が響き、二十名以上の生徒が出口に向かい始め、クルミは目を丸くした。
クルミだけではない、総会開始直後退席し始めた彼らに皆、動揺していた。
そして権力総会への参加は絶対。
加えてこの集団行動。偶然全員トイレに行きたくなったという線は考えられない。
つまりこれは――
権力会への反逆に他ならない。
「待ちなさい!! どこに行くんですか!!?」
すぐさまクルミは怒鳴りつけていた。
拡声したクルミのヒステリックな怒声で一瞬ざわめいた会場が静まり返る。
しかし、席を立った生徒たちは、またすぐに出口に向かいだす。
「あ、あなたたち……!」
『権力会』という権威が通用しない彼らに戸惑いが隠せない。
どうしたらいい。
クルミが思考を巡らせようとした時だ、遅れて一人の生徒が立ち上がった。
そして立ち上がった生徒は大仰に言い放った。
「アレは僕・聖野や谷戸からの指示だ。とやかく言うんじゃない。なぜ僕らがお前達の言うことを聞かないといけない」
と。
信じられなかった。
眼下に佇むふてぶてしい男の横っ面を張ってやりたかった。
だが辛くも理性を保ち、言い返した。
「なぜもなにもありません。私たちが『権力会』だからです。ルールもなにももともと『権力会』の指示は絶対です」
しかし聖野は微塵も怯まない。
「誰がそう決めた?」
悠然と尋ねてきた。
そんなのいつのまにかそうなっていた。
力のあるものが集まった結果、力を得た。それだけだった。
まるで何にでも、なぜ?どうして?と聞く世の常識に分かっていない幼子だ。
だからこそクルミは駄々をこねる子供をあやすように皮肉を込めて青筋を立てながら優しい声色で返した。
「そうね、私たちがこの学園で最も強かったからじゃない?」
◆◆◆
――そして、
その言葉こそが、聖野の欲しかった言葉だった。
狙っていた言葉が現れ、聖野の瞳に凶暴な光が宿った。
すかさず噛みついた。
「ハッ、『脅威度』211そこそこで最も強い、か?」
◆◆◆
『脅威度』
その聞き覚えのない単語にクルミが一瞬怪訝そうな顔をすると悠然と相手は語り始めた。
「『脅威度』とは僕の有する能力『脅威度測定』で測定可能なその者の戦闘における脅威性を示した数値だ。そしてお前の『脅威度』は211。211なら僕のボス、谷戸の方が高い」
何を言い出すかと思えばこの男の中で完結した数値を引き合いに出され、思わずクルミは怒りを忘れ笑いそうになった。
「フフ、『脅威度』? あなた、一体何を言ってるの? その数字あなたの中でしか見られないんでしょ? それじゃ何の根拠にもならないじゃない。そもそもその『脅威度』が正しいとも」
しかしクルミの言葉は最後まで続かなかった。
「なら、試してみるか?」
聖野からの言葉が差し込まれたからだ。
――そしてその言葉こそ、聖野の言いたかった言葉だった。
(試す?)
脳内でその理解不能な単語が反芻する。
そしてその意味するところに行きついた瞬間、
ドンッという衝撃音が会場から鳴り響いた。
視線を向けると生徒がひしめく会場から一人の大男が山なりの放物線を描いてこちらへ向かってきていた。
しかも
「はやい――」
この男がきっと『谷戸』。
クルミは瞠目すると、即座に能力を起動しようとする。
クルミに息つく暇も与えず谷戸は壇上に到着。クルミにその太い腕を振るった。
「キャッ!」
谷戸に殴られクルミは床に叩きつけられた。
◆◆◆
それを見た体育館隅にいた通船場は、
即座にポケットに忍ばせていた小石を放り投げた。
そして通船場の能力は『自分の投げた小石と自分の位置を入れ替える』
『物々交換』
谷戸は投げられた小石が自分の上空に来るのをただ冷静に眺めていた。
そして
空中で弧を描く小石が消え、そこに通船場が現れた。
谷戸にかかと落としを見舞いながら通船場は叫ぶ。
「オメー何やってんだ!!」
「ハッ、お前確か脅威度215くらいだろ?」
対する谷戸は聖野から得た知識を思い出し鼻で笑っていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一方で、突如始まった通船場と谷戸の戦いに会場は盛り上がった。
◆◆◆
突如始まった通船場と谷戸の戦い。
壇上に仁王立ちする谷戸に、通船場はかかと落としを見舞おうとしていた。
しかしその攻撃は当たらなかった。
なぜなら通船場のかかとが直撃する寸前、谷戸の身体が滑るように動き、壁際まで一直線に移動したからだ。
「なに!?」
そのあまりの移動速度の速さに眦を広げる通船場。
しかし彼の動揺はこれで終わりではなかった。
「うお!」
一直線に去ったと思われた谷戸が再びギュンッと加速し、瞬きにも満たない合間に通船場の目の前に到着。
通船場に向かって拳を振り下ろしていたからだ。
――やばい。
即座にそう悟るととっさに通船場は腕を払い、無理やり小石を会場にぶん投げた。
そしてすぐに『物々交換』を発動する。
それにより通船場の視界が切り替わる。
見えるのは会場の天井。
そう、通船場は会場のど真ん中。
その中空に移動したのだ。
しかし
通船場が見上げる天井、それが『何かの影』で遮られた。
遮ったのは――
「逃げたつもりか?」
谷戸。
谷戸は壇上から例の能力でここまで移動してきたのだ。
もう逃げる手立てはなかった。
谷戸の蹴りが通船場に突き刺さった。
ダァン!と激しい音を立てて通船場は床に墜落する。
そしてこれが皮きりだった。
聖野の冷酷な指示が飛ぶ。
「皆の者、権力会を――」
「――狩れ」
「「「「おおおおおおおお!!!!!」
それにより残っていた『谷戸組』が蜂起する。
彼らは残す4人の権力会のメンバーに襲い掛かった。
権力会第三席・古道
権力会第四席・佐川
権力会第五席・西田
権力会第七席・牧石
それぞれに襲い掛かり、確実に無力化する。
『脅威度測定』で『脅威度』を計算した上での人員配備だ。
負けるわけがなかった。
そして周囲の生徒は、たった今目の前で起きた出来事があまりにショッキングで誰もが言葉を失っていた。
浜野クルミもたった今起きた現実が受け入れられないでいた。
だがそんな周囲の人間のことなど一顧だにせず聖野の策は続く。
そう、ここからがこの計画の醍醐味なのだ。
聖野は薄く笑うと、壇上に向かった。
そして呆然自失といった状態で座りつくす浜野クルミのそばを通り過ぎ、マイクを手にし、
「初めまして、僕らは『谷戸組』と言う」
言った。
「今からお前達を支配する」
聖野の言葉で会場がまた一段と静まり返った気がした。
だがそれもまた想定済みだ。
静まり返る会場は否定の意。
そんな彼らを屈服させるためにこれまで準備を重ねたのだ。
(大詰めだ……)
聖野がパチンと指を鳴らす。
すると壇上を覆いつくすように『巨大な映像』が現れた。
スタジアムに設置されているような巨大な画面だ。
『戦闘万華鏡』である。
「僕は対象の『脅威度』を測定できる。だからまずお前たちを支配するにあたって、あらかじめ反乱の危険因子になり得る高い『脅威度』を示す能力者は、事前に粛正することにした」
粛正、その物騒な言葉に会場がどよめく。
その反応に満足しながらさらに指をパチンと鳴らした。
その合図で『戦闘万華鏡』の映像が十分割される。
「そしてここに映るのが、この学園残す上位10人の能力者だ」
その映像の一角には当然、史郎も映っていた。
「この者たちを、まずは粛正する」
◆◆◆
一方で、史郎。
「やべぇよ、マジでいねーよ。どうなってんだよ」
依頼者の不在で途方に暮れていた。
◆◆◆
聖野は現れた『戦闘万華鏡』の出来栄えに満足していた。
再度現れた戦闘万華鏡だが以前とはわずかに変化があった。
映像に映し出される人間に赤い数値が表示されていたのである。
それが聖野の狙いだった。
『権力総会』開催日より数日前のことだ。
聖野は『期末能力試験大会』の凄まじい映像を鑑賞し、感嘆していた。
目の前では画面が、割れた鏡のように複数に分かれ、それぞれで戦闘が展開されている。
どれも見ていて興味深く、そして『詳細』だった。
聖野は顎を撫でながら呟いた。
「……これは使えるな」
そして今現在展開する『戦闘万華鏡』
そう、つまり聖野は『期末能力試験大会』の映像を鑑賞し、感嘆したが、それは何も『大会』に感動したからではない。
『戦闘万華鏡』という能力構造に感動したのだ。
聖野は『戦闘万華鏡』を見て思ったのだ。
見せしめに、これは使えると
だからこそ聖野は『戦闘万華鏡』の運営責任者、浅岡を探し出し、
ボコボコにすることで服従させていた。
そして聖野が浅岡に訊きたかったこと。
それは『戦闘万華鏡』に自身の『脅威度測定』を相乗りさせられるかだった。
答えは『出来る』
その赤い数字は対象の脅威度を示していた。
史郎にも数字が表示される。
九ノ枝史郎:『脅威度』191。




