第5話 一年生内戦
こうして『聖野優』という危険因子を見出した史郎。
そして史郎は今後どうやって聖野に狙われるか思索を巡らし始めたのだが
「行くぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「今度こそ!」
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな深慮たる史郎のことなど顧みず、今も多くの生徒が史郎を、憎しみから、嫉妬から、そして自身の名声のために狙っていた。
昼、学校での一幕である。
そんな彼らを史郎は
「くそッ……」
一蹴する。
時は史郎が体育の授業に参加すべく校庭の脇を通り過ぎようとした時だ。
背後から三人の生徒が襲い掛かっていた。
一人が犬型の獣人変化で、もう一人が雷操作。残り一人がいつぞやの手裏剣使いの忍川だ。
対する史郎がしたことは単純だった。
「フンッ!」
気合一発。
といっても気合という気合も不要なのだが掛け声一つで近くに置いてあった金属製のベンチに『力』を送る。
するとベンチが回転しながら竹とんぼのように飛び上がり、斜めに自由落下しながら三人に飛来した。
「「「ぐあああああああ!!!!」」」
飛来するベンチに巻き込まれ揃って地面に転がる三人。
三人は息を上げて倒れていた。
さてどうしたものだろうか。
一瞬で敵をのしてしまった史郎が思案していると、口を半開きにし史郎を眺める女生徒がいた。
緩いウェーブのかかった茶髪が特徴の目が大きなかわいい女の子だった。
そんな少女は史郎と目が合うと「……ッ!」と顔を赤くして背け、トタトタとどこかへ走っていった。
(なんだったんだ……?)
史郎が疑問を持つのもつかの間、そのすぐ後、意を決したように少女はやってきてパートナーシップ表を突き出し
「これパートナーシップの表です……。是非私と……」
と言った。
「あ、あぁ。ありがとう……」
脂汗をにじませながら紙を受け取る史郎。
偶然その場を通りがかった男子がそんな史郎に凶悪な視線を向けて呟いた。
「モテル男はつらいよな~」
と。
(どうしたら良いんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
史郎は脳内で叫んだ。
生徒達が史郎の気持ちを斟酌しない。
おかげで史郎は、今も贅沢すぎる悩みから逃れられないでいた。
◆◆◆
一方で、
史郎がベンチで敵を薙ぎ払った時。
聖野優の瞳が史郎を捉えていた。
オレンジ色の燐光を宿す聖野の瞳『脅威度測定』が史郎の戦闘脅威度を測定する。
「『脅威度』、193、か」
確かに高い。
だが噂よりも、高くはない。
情報ではこの男が原因で『期末能力試験大会』は途中で中止になったという話だったが。
断片的にだが映像も確認した。
確かに凄まじい戦闘性能を有していた。
しかしその映像と、今ほどの史郎の『脅威度』は矛盾している。
つまりそれは聖野の当初の予測通り、『何がしかの仕掛けをあらかじめ施していた』ということだ。
「フン、下らないな……」
余りに下らない正体に聖野はため息をついた。
聖野は史郎の戦闘脅威度を頭の中にメモすると、再び校内散策に戻った。
早く、この学園で優秀な能力者を探し出しておく必要があった。
すでに聖野の策は動き出していた。
「お、聖野。谷戸が呼んでいるぞ?」
薄暗い下駄箱をくぐると同級生の男子が声をかけてくる。
最近『谷戸組』のメンバーになった男だ。
新たに勢力を拡大し始めた自身の軍隊にほくそ笑んだ。
聖野がまずやらねばならないと思ったのは一年生達の結束だ。
『権力会』という既存の権力団体がある以上、自分たちが『谷戸組だ』と主張しても相手にされない。
だからまず『権力会』という呪縛にとらわれていない一年生を結束させ、『権力会』に立ち向かう組織を作り出さねばならない。
一年生を『谷戸組』の看板の元、『暴力』により屈服、結束させるのだ。
かくして聖野は谷戸に指示した。
「アイツを攻撃しろ」と。
それが皮きりだった。
谷戸が暴れ始めたのを見ていよいよかと同じ区立八木田中学校からやってきた同士が目を輝かせた。
聖野の指示のもと動き出す十数名の『谷戸組』同志たち。
聖野も『脅威度測定』を行使し、慎重に確実に、時に大胆に指示を出し勢力図の拡大を狙う。
仲間の能力者は次々時に勧誘し、時に暴力で優秀な人材を軍門に下らせていた。
おかげで音楽室の防音構造の壁は浅く焼け焦げ、教室のドアは外れぶっ飛んだ。
アリーナの窓ガラスは粉々になり、渡り廊下は大きく欠けた。天井には穴が開き、蛍光灯も割れ放題になっていた。
そうしながら聖野たちはその勢力を徐々に徐々に拡大していく。
いくつか苛烈な戦いはあった。
即ち、この学園には聖野達、八木田中学以外に私立四宮中学校、区立戸島中学校、区立輪達中学校の4校から生徒が入学しているのだが、それら学園を取り締まっていたボス格らしいのがそろい踏みしているようで、そいつらを手下に加える時は多少なりとも苦労したという訳だ。
市立四宮中学校のボス格を力づくで軍門に下らせたときは中庭が
戸島中学のボスを倒した時は東校舎の廊下一面が
血で染まった。
そして今ほど、聖野が呼ばれた理由、それは
「よぉ? 谷戸に聖野っていうんだよな?」
アリーナ。
複数の男女の奥にその男はいた。
『連城』
区立輪達中学のボス格にして、
(『脅威度』、307……ッ!)
聖野が入学当初見落としていた谷戸同様、戦闘脅威度300位台を叩き出す化け物。
ゴクリと聖野は生唾を呑む。
そして周囲にいるのも
(『脅威度』、187、159、203、172、166、180、201、177……)
誰も彼も間違いなく『強者』。
連城は敵が揃うと語りだした。
「『権力会』に反旗を翻すのは良い。あいつらはむかつくからな。だが、谷戸? お前ら『谷戸組』の傘下に俺が入るのは甚だ御免だな」
「ならどうなるか分かってるんだろうなぁ?」
「あぁ、どちらが『上』になるか、戦闘で決着をつけるしかあるまい」
連城の言葉で彼の周囲の人間が臨戦態勢に入った。
それを見て、聖野の周囲にいる四十名近い仲間も戦闘態勢に入る。
すぐに大規模な戦いは始まった。
「黒部! 山本と組んで敵の島田を押せ!」
「慎太郎! お前は一人で敵の原田を倒せ!」
『脅威度測定』を有する聖野の鋭い指示が戦闘を切り裂く。
◆◆◆
中学時代の問題児が纏めて来るとは聞いてはいた。
しかし想像以上にしっかりならず者で史郎は戸惑ってもいた。
血の気の多い彼らに比べると、元からいた生徒は平和的・牧歌的である。
史郎は『行け行け~』などと女生徒たちからの歓声を受けながらサッカーをしながら物思いにふけっていた。
仮にも一年次に多くの荒くれ者がいるわけだが、その矛先が現状上級生に向いていないので彼らはさして気にしていないらしい。
完全に対岸の火事状態。
まあだが史郎としてはこんな平和的な彼らに、どこか安心感を抱いているのだ。
そして平和ボケ状態の男たちの脳内にあるのは
――やはり史郎への『襲撃』だった。
そう史郎は体育の授業中すらも『襲撃』されるようになったのだ……!
加えて彼らは、なかなか面倒なことをやってきた。
「うおおおおお! ゴールまで一直線だぜーー!!」
それはクラスのムードメーカー清武がドリブルしながらゴールめがけて走って来た時だった。
対しディフェンスとしてその役を全うしようとする史郎。
当然ボールに少なからずの意識が向く。
そんな史郎を見て清武はニンマリと笑い
言ったのだ。
「隙あり」
と。
スキアリ?
理解不能のその単語が史郎の脳内で反芻する。
そして意味不明な呟きに史郎が目を点にしていると
清武の右手の指が二本、史郎を向いており
ピョォオォン!!!
とそこからレーザー光が迸ったのだ。
「えええええええええええあぶねぇェェェェェェェェ!!??」
正直、さすがにその発想はなかった。
史郎は血相をかきながら上体を逸らし光の閃光を避ける。
「これも避けるかさすがだな九ノ枝!」
そして攻撃が良い所まで行ったので気をよくしたのか、サッカーそっちのけで史郎に向かって何本ものビームを発射しだす清武。
攻撃を避けた直後で体制が立ち直り切れていない史郎にしてみれば、多少、溜まったものではない。
だが史郎はすべての攻撃を避けきる。
そして突如戦いを始めた清武と史郎。
それを見て史郎が普段に比べると『多少受けに回っていること』を敏感に察知した男達は
「「「今だ行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」
サッカーを放り出し一気呵成に史郎をに攻撃を開始した。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
一斉に男が史郎に向かって走り出し校庭が砂埃を上げる。
校庭は突如合戦の様相を呈したそうな。
「おいお前らいい加減にしろよーー」
体育教師の冷静な指導が入る。
だが彼らはそんな指示聞く耳を持たない。
史郎に向かって雷、光、刀、砂、風、あらゆるものが向かってきて
そしてあらゆるものを史郎は避け切っていた。
と、その時だ。
ドォン!!
とアリーナの方から巨大な音が響いてきた。
◆◆◆
そしてその時、不運なことが起きた。
突然の轟音にビビり、史郎に瓦礫を飛ばしていた男の能力が『それた』のだ。
史郎に放物線を描き向かっていた瓦礫は大きく外れ、
「え……?」
偶然脇を通りかかった女子の元へ落下した。
突如降ってきた瓦礫に茶髪の少女、琴吹は目を丸くした。
◆◆◆
丁度、周囲からの攻撃を逆立ちのような体制で避けた史郎。
その反転した視界に少女に瓦礫が降る様が飛び込んできた。
「ッ……!」
やばい……!
即座に史郎は動いた。
即ち逆立ちの状態からバク転に移行し、何回か回転した後、一気に跳躍。
矢のような速度で少女に迫り、寸でのところで――
「危ねぇ!」
瓦礫を叩き落とした。
寸でのところで攻撃を叩き落とし、琴吹を見下ろすような格好で史郎は尋ねた。
「怪我はないか?」
◆◆◆
一方で、パラパラと土煙が沸く史郎の手、そして自身を守るために本気を出したのであろう、わずかに滲む汗とわずかに辛そうな笑みから、
琴吹は目をそらすことが出来なかった。
その魔力が宿っているとしか思えない笑みから目が離せない。
そして琴吹は自身の中に今まで感じたことのない温かい感情が満ちていくのを感じた。
史郎を見ていると顔が火照ってしまいそうだ。
「大丈夫……」
消え入るような声で言うのが精いっぱいだった。
◆◆◆
(なら良いんだけど……)
史郎は琴吹の反応に若干の懸念を覚えながら衝撃音のしたアリーナを見やった。
(あの音はつまり――)
嫌な予感がした。
◆◆◆
「ハハハハッ、ハハハッハハ、ハハ」
アリーナでは聖野が込み上げる喜びを隠せないでいた。
今まさに聖野の計画が完成していた。
聖野の『谷戸組』という張りぼての権威に、権力という血を流すための謀略。
そして彼の計画の最終舞台となるのは4月最終日に行われる『権力総会』であった。
◆◆◆
やはり時はあっという間に過ぎる。
「えぇ~、ではこれより権力総会を開催します!」
時は流れ、権力総会の開催日になっていた。
◆◆◆
そして、史郎は
「どうなってんだ……」
権力総会、開催日。
史郎は権力総会の丁度時間中に廊下に呼び出されていた。
生徒は絶対に参加しなくてはならない『権力総会』。
だというのに今体育館に、十人ほど、いない人物がいる。
そのうちの一人が
「どうなってんだマジで……」
史郎である。
聖野の策が動き出しているのであった。
◆◆◆
一方で
「あれ、九ノ枝くんは……」
この学園で誰よりも史郎を大切に思うメイはその不在にいち早く気が付き
「暑いわねここ」
よく史郎と任務を組むナナは、その不在にも気づかずパタパタとてで自分を仰いでいた。