第14話 二人の思い
制裁するなどと言ったが、史郎は何をするか具体的には考えていなかった。
史郎が逡巡していると背後からトタトタ誰かが駆け寄ってきた。
史郎は現れた人物に目を丸くした。
「ひ、雛櫛……?」
ポールで体を支え肩で息をつく雛櫛メイが史郎の背後に立っていたのだ。
艶やかな黒髪が乱れ、胸に手を当てメイは息を上げていた。
なぜメイがここに。
史郎が展開についていけず何も言うことが出来なかった。
「こ、九ノ枝くん……!」
だがメイは用があるようで懇願するように眉を下げた。
「もうやめて……!」
「え……?」
史郎は今、メイの無念を晴らすべくこの男に最後の攻撃を加えようとしていた。
それを遮るように告げられた
『やめて』
どう考えても史郎の考えを知っている。
その事実にも驚きが隠せないが、知っていたとして――
『やめて』
その言葉が出てきたことが信じられなかった。
「な、や、やめてって雛櫛……? でもコイツのせいで皆、の、能力者に……」
信じられない。喉が一瞬のうちに干上がった。
別にメイのためにやろうと思った訳ではない。
メイが傷つくさまが見ていられなくて、その自分の怒りを木嶋にぶちまけただけだ。
だがもしメイが自身の思いを知っても、どういう形であれ自分に同意してくれると思っていた。
だが告げられた『やめて』という否定の言葉。
俄かには受け入れられないものだった。
「こいつがいなければ雛櫛が、そうやって……」
史郎は自然とメイの擦りむいた膝に目をやる。
「怪我をすることもなかったのに……?」
史郎に自分の存在が全否定されたような絶望が襲い掛かる。
視界が暗転しはじめる。
もう空も、大地も、目の前のメイすらも見えなくなる、
その寸でのところでだ。
「良いのよ、九ノ枝くん。私は良いの。能力が弱くても良いの。だって……」
メイが史郎を地獄から掬い上げる。
メイは涙を浮かべ、
「だって……」
叫んだ。
「九ノ枝くんが楽しそうだったから!!」
「……ッ!?」
『自分がこの状況を楽しんでいる』
思ってもみなかった指摘に史郎は瞠目した。
考えてもみなかったことだ。
だがしかし言われてみれば史郎自身おかしなことがあった。
そう、そもそもなぜ
(自分は『期末能力試験大会』に参加しているんだ――?)
史郎に託された任務はこの期末能力試験大会で残す能力不明能力者の能力を判明させること。
ならば試合なんて参加せず観察を続けるべきだったのだ。
だが史郎は試合に参加していた。
そしてなにより――
つまなかったかといえば嘘になる。
『……あなた、私の能力、『想像軌道のブーメラン』から逃れるとはなかなかの運動神経をしているわね』
一回戦で相対したブーメラン使い。
『お前の力をちょっと見てやるからな?』
二回戦で会いまみえた通船場の言葉。
向けられたのはどれも純粋な好意とはかけ離れたものだったが、嫌な気はしなかった。
確かに、むしろ。
――メイの指摘だからこそ素直になれる――
自分という人間にまっすぐ向かってきてくれて嬉しかった。
思えばたった今、木嶋も言っていた。
『……僕はまだまだ遊びたい。楽しかったんだ。みんなが同じ世界にいることが……!』
と。
結局は史郎も同じだったというわけだ。
嫌だウザい面倒だと不満を垂れつつも、心のどこかで自分と同じ空間にやってきた彼らの存在を好ましくも思っていたというわけだ。
そして自分自身すら、気が付かなかった感情変化を
目の前でメソメソと泣く少女は気が付いていたというわけだ。
(敵わないな……)
怖かったのだろう。
静かに涙を流すメイに自然と力が抜けた。
そしてメイに何か声をかけねばならないと思った。
なぜなら――
「分かったよ雛櫛。やめるよ。怖い思い、させてすまんかったな」
――メイを悲しませたことに腹を立てていたというのに、自分がメイを泣かせたら本末転倒じゃないか――
史郎が怒気を消し去り普段の脱力した風に戻る。
そしてふと空から降ってきたルーズリーフでパタパタとメイの頭を軽くはたいているとメイは次第に泣き止んだ。
――頭を撫でるのは憚られたのだ。
そして――
「じゃぁ帰るか」
「……うん」
お互い恥ずかしい話をした自覚があり、メイを体育館へ促そうとした時だ
「こここここここ九ノ枝くん!!!!!」
「話を聞かせてください!!!」
体育館からミイコとフウカが全力で走ってきて史郎にせっついてきた。
「な、なんだ……?」
史郎が困惑し眉を顰める。
だが史郎が状況を理解する前にミイコとフウカは立て続けに尋ねてきた。
「九ノ枝くん! どうやったらガラスをあんな大量に操れるんですか!?」
「というかどうして4階から落ちて平気なの!? あり得なくない!?」
「それにあのかかと落とし! よく止められたね!!?? むしろどうして止められるの!!??」
「ポールも折れるし、ボールは凄い威力だしどうなってるのよ九ノ枝くん!?」
「ア、ハハハハ、ハ」
史郎は継ぎ目なく繰り出される質問に固い笑顔を浮かべていた。
この段に至ってようやく理解する。
史郎と木嶋の戦いは『戦闘万華鏡』で見られていたのだ。
史郎は内通者を発見したという焦りとメイという怒りで周囲の事が何も目に入っていなかった。
熱くなると周りが見えなくなる。
史郎が良く指摘される欠点の一つである。
史郎の額にジンワリと脂汗が伝った。
(どう答えればいいのだろう)
史郎は途端に窮地に陥りアハハハと乾いた笑いを上げる事しかできなかった。
別に元から能力者でした、とバラしても良い。
別にバラしてならないなどとは言われていない。
だがバラせばバラしたで面倒くさそうだ。
そう思い史郎は誤魔化すことを選んだ。
そして史郎は既に誤魔化すときはどうすれば良いかを『すでに学んでいる』
「ちょ……」
「「ちょ????」」
史郎が言葉を紡ぎだすと、史郎を凝視する二人の少女がそれを繰り返す。
二人から放たれる余りの圧に気圧されかけるが、誤魔化したいのだ、言うしかあるまい。
史郎は意を決して言った。
蚊の鳴くような声だったが……。
「ちょ、調子が、良かったから……??」
「「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!?」」
史郎の返事に案の定ミイコとフウカは仰天し驚きとも怒りとも知れない絶叫を上げていた。
驚きが過ぎ去ると二人は蜂の巣をつついたような騒々しさで史郎に食ってかかってきた。
「え!? じゃぁガラスをあんなに沢山操れたのも調子が良かったからなの!?」
「あ、あぁ……」
「防球ネットも!? ベースも!? ボールも!?」
「そ、そうだ」
「4階から落ちたのも!?」
「あれは打ち所が良くて……」
「じゃぁ木嶋君のかかと落としを受け止められたのも当たり所が良かったからなの!?」
「ま、まあそんな所かな……。あ、あれはびっくりした……」
とりあえず何かと理由をつけ誤魔化す史郎に二人は矢継ぎ早に質問をし続ける。
「人を投げられたのも??」
「偶然力をうまく受け流せて……」
「じゃぁどうして木嶋君が手引きした人だって分かったの!?」
「な、なんとなく?」
ん?
そこで史郎は痛烈な違和感を感じた。
しかしその理由に気付く前にミイコは尋ねてしまっていた。
「それと九ノ枝くんと雛櫛さんってどういう関係なの!?!?」
と。
青天の霹靂である。
メイと自分の関係、だと??
史郎の脳内はだいたいそんな感じだ。
そして、またしても遅すぎる、ようやく気が付く。
木嶋の戦いだけではない。
木嶋に対する史郎の吐露も放映されていたのだ!
そういえば自分は一体何と言っていただろうか。
史郎の脳内に先ほどの自分の言葉が駆け巡る。
『お前、『最弱能力者』って言われる奴の気持ちを考えたことはあるか……?』
『……俺は毎日、ずっと考えている』
『……だから』
『……俺はあいつにそんな思いをさせることになった俺もお前も許さない。そしてお前を今から制裁する――』
『――俺の大切なアイツのために』
ボシュウウウウウウウウウウ
顔から湯気が出るかと思った。
自分の不用意で恥ずかしすぎる台詞に顔から火を噴きそうだった。
まさか自分がとんでもない発言をしていて、それをメイに聞かれるなど夢にも思いもしなかった。
しかし、自分は何か言わねばならない。
メイとの関係を否定するような『自分から言わないと』
メイに『ただの知り合いです』とか言われたら最悪ショック死する可能性すらある。
もし告白するとしても、それは『今』じゃない。
自身の恋を成就させるため、そして何より今ここで振られないために光速の思考回路で史郎が叩き出した結論は――
「と、友達……?」
そ、そう言えば怒らないよね?
史郎と恋人扱いされればメイは怒るに違いない。
そう判断した史郎はとっさに以上のように答えていた。
そして恐る恐るメイを覗き見ると
「フン」
メイはなぜか不機嫌そうに唇をとんがらせ佇んでいた。
なぜ不機嫌なのか。
史郎には皆目見当がつかなかった。
「まじかよ」
一方でこちらは体育館。
戦闘万華鏡で引き続き放映されていた映像を見て誰かが呟いた。
それは史郎の戦闘性能が偶発的に生じたものだということに対する驚き
史郎とメイの複雑な関係を目の当たりにしたことに対する驚き
その他様々な感情の入り乱れた結果吐き出された言葉だった。
かくして期末能力試験大会は生徒に様々な感情を抱かせながら途中で閉幕した。
そして飛ぶような速度で春休みは過ぎ――
晴嵐高校の校門に桜が咲き誇る。
4月。
史郎は高校二年生になっていた。
これにて第一章終了です。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
これから第二章が始まります。
今後とも宜しくお願いいたします。
またもし良かったらブクマ等宜しくお願い致します。