第12話 経験者同士の戦い
「ハッ」
史郎は確かに聞いていた。
自転車の流星が落ちる直前、
「なら僕も本気を出さなきゃな……」
木嶋は不敵な笑みを浮かべていたのだ。
◆◆◆
それから数分後、
史郎と木嶋の二人は戦っていた。
舞台は校舎裏から校舎『内』に移っている。
無人の校内を舞台に二人の能力者が競い合う。
といっても一方的なものだ。
一方的に、史郎が攻め立てているのである。
校舎南棟。
第四階。
無人の廊下。
そこを凄まじい速度で勉強椅子が突っ切った。
空を切った椅子は大音響を鳴らし壁で跳ね返る。
だがそれで終わらない。
一つの椅子が吹っ飛んだのを皮切りに、廊下を弾丸のような速度で椅子が空をかいていく。
「クソ……!」
そしてそれら椅子の雨から逃げるように、木嶋は息もからがらに廊下を駆けていた。
『テレキネシス』において圧倒的な差があるのである。
廊下を駆ける木嶋は憎々しげに廊下の向こう側にいる史郎を睨んだ。
そして視界の端に消火器が目に入る。
即行動に移した。
消火器にテネキネシスを送り、バルブを操作。
一気に白煙が立ち込め始め史郎と木嶋の両者を分かつ。
しかし――
史郎のテレキネシスが白煙にかかり、一瞬で白煙が晴れる。
そして晴れた白煙の奥から――どこから取り出したのだろうか――今度は無数のコンパスが空を切る。
「イ゛!?」
真正面から飛んでくる殺意の塊に木嶋の喉が干上がる。
木嶋が横っ飛びに飛んだ直後、それらは飛来し、木嶋の後方の壁にスタタタタタタンッ!と剣山のように突き刺さった。
しかしそれで終わらない。
木嶋が避け切ったとみると、
史郎たちのいる四階の窓ガラスが震えた。
(まさか――)
木嶋はビリビリと震える窓ガラスに息を呑む。
まさか、急に暴風が吹いて窓ガラスが震えているわけではあるまい。
今相手をしている史郎はテレキネシストなのだ。
ならばこの震えるガラス。
「まさか、お前このガラス全部を操って……ッ!」
言い切る間もなかった。
耳をつんざく大音響と共に4階南棟の全ての窓ガラスは割れおち、それら鋭利なガラス片は史郎の背後から瀑布のように木嶋に襲い掛かった。
「クッ……!」
操り切れなかった。
史郎が操るガラスの瀑布が真正面から襲い掛かる。
木嶋がしたことは手を前に突き出し、少しでも向かってくるガラス片を弾き飛ばすことだった。
しかしそれもまともに敵わず、一身にガラス片を浴びた。
結果、木嶋は体中から浅く血を流しボロボロになっていた。
そして木嶋は意を決した。
木嶋の瞳に闘志が宿る。
もはや隠すのに意味はない。
『個別能力』を使う時だ。
一転、強い闘志の籠った瞳になった木嶋に史郎の警戒が高まる。
だがそれが実を結ぶよりも早く、木嶋が行動を起こす。
木嶋の前に、赤い靄が生み出される。
瞬間、
「え――」
史郎の目の前に、木嶋がいた。
いや、正確には、史郎が木嶋の元に『移動』していた。
そう、『内通者』木嶋の個別能力は『空間転移』
それにより史郎を自分の手元まで引き寄せたのだ。
そして
「喰らえ――」
木嶋の強化した拳が史郎の顔面を捉えた。
『肉体強化』能力者の強化した拳が史郎の顔面をえぐる。
しかも相手は、『オリジナル』。
能力レベルは、晴嵐高校の生徒より遥か上。
史郎がいたのは校舎四階。
強化した拳を受けた史郎は、校舎の外までふっ飛ばされた。
地上数十メートルの宙を史郎は泳ぐ。
史郎の軌道は、そのまま校庭に突入する軌道になっていた。
◆◆◆
一方、ここは観客席。
『異常』が起こっていた。
『戦闘万華鏡』 大会を映し出す映像能力だが、それが反応しているのである。
『アハハ、これは一体どういうことなのでしょう……』
『映せ! 映せ!』そう能力が主張するかのように、画面下に赤いランプが点灯する。
しかし校庭で起きている戦闘以外に、校内において戦闘は行われていないはずである。
だからこそ、『戦闘万華鏡』を維持している能力者が必死に能力の暴走を押さえつけているわけだが、
ヴィーンヴィーンと万華鏡はブザーを鳴らし続ける。
試合自体は大詰めだ。
蜘蛛能力者・郭が校庭隅に内田を追い詰めている。
なら彼らの試合を盛り下げるわけにはいかない。
『あぁぁぁぁっと! 内田君、これは万事休すかぁ!?』
ミイコはマイクを持ち、解説の声を張り上げる。
その時だ。
校内のどこかでガラスが一斉に割れる音が、轟いた。
『なに……!?』『なんだ!?』
思わず試合を行っていた二人も音の出どころに目を向ける。
そこで二人は、そして二人を追って方向を変更した映像を見た生徒全員が、
目を見開いた。
自分たちが学習する学習棟の4階付近の窓ガラスが全て割れ折り、空中を砂くずのように落ちていくガラス片。
それが、再度上昇気流に乗るかのように持ち上がり、複数の支流に寄り集まり、一つの巨大なうねりとなり、大音響を上げて何者かに襲い掛かっていたからだ。
ドォン! という自分達能力では到底出すことの出来ない兵器の様な破壊音に誰もが息を呑んでいた。
『な……』
しばらくしてミイコが震える声で呟いた。
『なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』
思わず声がひっくり返る。
ミイコだけではない。
「おい今の何だよ!?」
「おかしいだろ能力なのかあれ!?」
「でなきゃなんだってんだよガラスが宙に浮いて一つにまとまって突っ込むのかよ!?」
「てゆうか誰かが戦っているの!?」
「なんなのその出力!? おかしくない!?」
まさかの映像をみた生徒の全てが口々に何事か言い合っていた。
そんな中、誰かが指をさす。
「おい人影があるぞ!?」
と。
その言葉通り、白煙が引いた4階の廊下には二つの黒い影があった。
『早く! 映像班!! 早くあそこにズームして!!!』
生徒の気持ちを代弁するようにミイコが万華鏡作成班に指示を飛ばす。
そして戦闘万華鏡が本来の性能通り、その戦闘現場を移すべくズームを開始した時だ、
ボフッと白い煙を突き破り、一人の男が空に吹っ飛んできた。
放物線を描きながら4階から落ちるその生徒の名は……
誰よりも早くその姿を認知した少女は呟く。
「……、こ、九ノ枝、くん?」
メイの呟きが、体育館に落ちた。
それに釣られるように、ようやく気づいたようにミイコの解説が続く。
『こここ、九ノ枝君です!! 爆音の現場から九ノ枝君が出てきました! てゆうか! ねぇ! この高さじゃ!!』
まさかの展開に一瞬色めきたつ観客席だが、すぐに一転して誰もが息を呑む。
なぜなら史郎はテレキネシスト。
肉体強化ではない。
そもそも肉体強化でもこの高さから落ちて無事でいられるかどうか。
つまり、まず史郎は
――助からない
「「「「「「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ」」」」」」」
一瞬で体育館は絶叫の坩堝と化した。
「……九ノ枝君!!」
そんな中、メイは史郎が助かるよう目をギュッと閉じ願うしかなかった。
◆◆◆
一方、その頃、史郎は空中で冷静に体制を整えていた。
バタバタ服を貫く風が心地いい。
なぜ史郎がここまで冷静でいられるか、それの理由は至極単純だ。
なぜなら自力で能力覚醒した能力者は――
個別能力に加え、『肉体強化能力』と『テレキネシス』が使えるからだ。
ズザザザッ
史郎は砂埃をまき散らし地面に着地していた。
「いってぇな」
史郎は悪態をついた。
◆◆◆
『いってぇな』
ズザザッと電車道を残し地面に楽々着地し、頬をぬぐい頬を歪ませる史郎。
どうやら4階からの落下のダメージよりも何者かに攻撃を受けた頬の痛みが気になるらしい。
そんな史郎に
『ええぇぇぇぇえええぇぇえええええええ!?!?!?!?』
会場はかつてない程どよめいていた。