第11話 木嶋義人
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『まさかまさか! 木嶋君も現れません!!』
史郎が木嶋を問いただした数分後。
会場は大混乱に陥っていた。
史郎に続いて木嶋まで決勝リーグに来て出場辞退したのだ。
一向に現れる気配のない試合場にフウコの解説がヒートアップする。
『決勝リーグ一回戦、最終試合!! まさかの結末になりました! まさか第一試合同様不戦勝で決着が付きました!! 一回戦突破は相坂選手ぅぅ!!』
『想像の斜め上の展開を見せている決勝リーグですが、コレで一回戦を突破した8人の選手が決まりました! これより決勝リーグ第二回戦を開始します! 射手くんと土井くんは至急会場に集まってください! 同じく二回戦第二試合出場の内田君と郭さん、待機場に集まってください!』
開催予定の8試合のうち、2試合が闘わずして決着が付くというまさかの事態に戸惑いつつも、ミイコ達は必死に声を張り上げていた。
その介あってか、会場は2つの不戦勝を物ともせずますますの盛り上がりを見せていた。
男子は残った選手で誰が一位に輝くかで、女子は残っている男子で誰が自分好みかで盛り上がる。
観客席の体育館では生徒たちの気持ちの高ぶりを示すかのように菓子や炭酸の空き容器が散らかっていた。
◆◆◆
「で、僕が何だって言うんだい?」
史郎と木嶋は校舎裏で相対していた。
「『オリジナル』だろって言ってんのさ」
史郎は同じ言葉を繰り返した。
「ハ、何の事だか分からないね。九ノ枝くん。『オリジナル』とは一体何を指すんだい?」
「しらを切るなよ。通常覚醒した能力者を指す最近能力社会で使われ始めた区別だろ」
史郎は語気を強めた。
「『無差別能力覚醒犯』が一般人を能力覚醒させたから区別化する必要に差し迫られて生まれた新語。まさか知らない訳じゃないだろ、お前はその片棒を担いだんだから。なぁ? 『内通者』!」
「ッ!?」
史郎の瞳の眦が開く。
史郎の剣幕にたじろぐ様に木嶋はごくりと生唾を飲み込んだ。
◆◆◆
史郎が木嶋を問い詰める一方、期末能力試験大会は準々決勝が行われていた。
残された八人の能力者がしのぎを削る。
準々決勝一回戦はあっさり勝敗が付いていた。
『あぁぁっと、やはり手も足も出ません~!』
ものの二秒もせずに終わってしまった試合にミイコの声に落胆の色がにじむ。
『勝者、射手くん~』
なぜなら対戦相手が知っての通り王者射手だったからだ。
「ハ、ハハ」
余りにもあっさりやられてしまった土井少年が呆然自失といった様子で力無さげに笑った。
起きたことをざっくり言う。
試合開始直後、土井の校章がキンッ!と空に舞い、落ちたのだ。
相手の攻撃を避けるという動作も、防ぐという動作も、することなく、終わった試合。
これまでの期待が大きかっただけに少年は敗戦の弁を述べることも出来なかった。
校内最強の射手瞬太が保有する能力それは
『視認した場所を直接攻撃する』――『光の処刑』――
次の試合は盛り上がった。
ギターを具現化するウェポン型の内田と、クモへの形態変化を成す郭の戦いは大いに盛り上がった。
クモに形態変化する少女・郭が手から糸を吐き出すのに対し、ギターを具現化した内田少年はギターをかきならし、そこから出る音波で糸を切り刻む。
音波はビリビリと空気を振動させ、校庭の砂に無数の波紋を描いていく。
◆◆◆
「お前は『あんな風』にしょぼくはないんだろ?」
史郎は騒音を上げながら敵に迫るおかしな少年を顎で指す。
『内通者』という単語で固まった木嶋。
空いた間を埋めるように差し込んだ言葉で相手の様子を見る。
史郎が静かに観察していると木嶋はじっとりと汗をかき口の端を歪ませた。
「なぜ、僕がもともとの能力者だと思ったんだ? 僕はただの『肉体強化』能力者だよ?」
確かに、木嶋の疑問は最もでもある。
オリジナルかレプリカか調べるのは素っ裸にして能力発現させるぐらいしか方法はない。
本来ならば史郎は気が付けていないはずなのだ。
しかし史郎は気が付いていた。
「ハッ、肉体強化能力者、ねぇ?」
史郎が嗜虐的な笑みを浮かべる。
「でもお前、『テレキネシス』を使っただろ?」
史郎の指摘に木嶋の瞳孔が開く。
「いや、正確には『テレキネシスを使おうとした』だな。タイミングは二回戦、広岡の攻撃を受ける際だ」
史郎が映像中に発見したのはそれである。
史郎は実はこの作戦のどこかでひょっこり『内通者』を発見できるのではないかとうっすら考えていた。
大きな理由が一つある。
先にも述べたように、『無差別能力覚醒犯』の力によって能力覚醒したこの学園。
やたらめったら『訳の分からない』能力を持つ奴が多いのである。
どいつもこいつも出力だけで見れば極小も極小。
しかし効果・内容がもともと能力世界に身を置いていたものからすると
『え、なにそれ!?』
と仰天するような謎能力の保有者の宝庫なのだ。
有用不要はさておいて、だ。
『お菓子契約キャルロッテちゃん』などその最たるものだろう。
そして二回戦、木嶋が相対した広岡の能力もそんな謎能力の一つだったのである。
有していたのは
『巻き戻し』
物体操作を巻き戻し操作する、不思議なテレキネシス能力だ。
説明すると、『巻き戻し』をかけてボールを本気で投げる。
すると数秒後同じ軌道を描いてボールが手元に戻ってくる能力だ。
その能力が木嶋に牙を剥いた。
あっさりと投擲されたボールを強化した拳で打ち落とす木嶋。
直後、『巻き戻し』が発動し、打ち落としたはずのボールが再度木嶋に向かってきたのだ。
それに対し木嶋は思わずテレキネシスを発動させてしまいそうになったのだ。
史郎はこのような不思議能力の宝庫だからこそ、もし敵が『肉体強化能力者』を装っているにしろ『テレキネシスト』を装っているにしろ、思わず他方の能力を使用する可能性があると思っていたのだ。
そして史郎の思惑通りことは進んだのだ。
「周囲に微小なテレキネシスの発動痕がすでに発生していた。なら、質問方法を変えよう」
史郎は決定的な言葉を口にする。
「なぜ『肉体強化能力者』が『テレキネシス』が使えるんだ?? それがお前が『テレポーター』である証だ。『内通者』!!」
史郎の指摘は能力者なら誰にでも分かる理論。
だからこそもう逃げ場はない。
観念したように木嶋は項垂れた。
木嶋はハハハと笑いだし、しばらくすると顔を上げた。
「そうだ、認めよう。僕は――オリジナルだ」
「そう、僕はオリジナルだ。それで? 君は僕をどうするっていうんだ!? 焼くのか、煮るのか、殺すのか?」
「そんな下らんことはしない。ただ俺についてきて、全てを吐いてもらうだけだ」
そしてどうやら相手は史郎の指示に従うようだ。
黙って下を向く木嶋を見て史郎はそう判断する。
史郎は作戦終了を告げるべくナナに連絡しようとする。
だがそうも簡単にはことは進まなかった。
史郎がナナに電話しようとしたその時、
校舎裏に止めてあった『車』
それが『吹っ飛んできた』のだ。
「ッ!?」
言葉を出す暇もない。
車は史郎に直撃すると、ドォン! と赤い爆炎を辺りにまき散らした。
史郎のいた場所から赤黒い爆炎が立ち上る。
敵を排除した木嶋は哄笑を上げた。
「ハハハッ! 油断するからこうなるんだよぉ!! 僕はまだ捕まらない!! まだまだ、まだまだ!!!」
木嶋は恍惚とした表情で空を見上げ
「したいことがあるんだぁ!!!!」
敵を倒した。その事実に木嶋は喉を涸れるほど笑い続けた。
しかし
「したいこと、ね」
「ハァ!?」
爆炎の中からの声がそれを遮った。
「それについても、あとで聞かせてもらおうかな……」
木嶋は一転目を見開き、自分の視線の先を見る。
そこには信じられない光景が広がっていた。
確かに史郎がいた場所は今なお、炎に包まれている。
しかしよく見ると、史郎にあたる直前で、車がペシャンコになり爆炎を上げているのだ。
つまり木嶋が操った『車』は史郎により『ジャック』され、直前で急停止。
木嶋の『力』と史郎の『力』で押しつぶされ爆発したのだ。
「お、お前は、一体……!?」
木嶋の喉が干上がる。
当然である。
なぜならこの『ジャック』
史郎が画面の中で生徒の砂操作をジャックしたのを思い出す。
相手の能力が『格下』でないと起こせない現象なのだから。
(――つまり、コイツは……!?)
目の前にいる怪物に開いた口がふさがらなかった。
対する史郎は、告げる。
「ハッ、俺が誰かって?」
ただただ、淡々と。隠してもいない事実を。
「能力組織『赤き光』の構成員。メンバーナンバー9、九ノ枝史郎だ」
「『赤き光』、だと――ッ!?」
『赤き光』
その組織名に木嶋は愕然とする。
驚きでそれ以上声が出ない。
『赤き光』。それは日本最強の一角とも名高い組織で、
特徴は、構成員個々の平均値は、間違いなく――
木嶋は脳内で再生する
(――世界最強クラスッ!!)
「繰り返すぞ」
相対する史郎は木嶋の脳内など頓着せず続ける。
「『赤き光』メンバーナンバー9、九ノ枝史郎。今から推して参る!!」
直後、周囲に停めてあった数百台の自転車が纏めて空中に吊り上げられ、
自転車の雨が降った
その攻撃を受ける直前、木嶋は檜佐木解説の言葉を思い出していた。
――『テレキネシスは最大でも3kgだと分かっているんです』――
それを遥かに超える大質量がいとも容易く史郎から繰り出されていた。
◆◆◆
『うん? 何の音でしょう?』
『何だろうねぇ?』
一方で、ズズズズンッ! という腹の底に響く轟音に早くもミイコとフウカが気が付いていた。