第13話 エピローグ
史郎とメイの宣言で終止符が打たれた戦い。
だが実際にはその後も残党との戦いが残っており、史郎とメイが象徴化した後も数時間、戦闘は続いた。
しかしその後も戦況が切り替わることなどなく、
数時間後、ケイエス大聖堂にいた敵能力者が全員死ぬか確保されたことで作戦は終了した。
戦いが終わった後、バラバラと空気を破裂させ上空をヘリが飛ぶ。
そのヘリが映し出したのはまるで戦争の後のような凄まじい荒れ方をした現場であった。
周囲一帯は瓦礫に満ち、破裂した水道管から水が溢れ、切れた電線の先で静電気が走る。
そしてこのような苛烈な戦闘を行ったというのに今回の作戦での生徒の死者数はゼロ。
史郎を始めとする既存能力者の死傷者数も作戦内容を考えれば少なすぎるほどであり、今回の作戦は成功裏に幕を閉じた。
そして作戦に参加した生徒達はというと
「じゃぁね! マーカさん! また東京で!」
「あぁまた、いつかな」
今度は空路で日本に向かい、同日
『これより国連事務総長のウォレット氏が先に行われたイギリアでの戦闘についての会見を行うようです』
国連事務総長・ウォレットが今回史郎達の行った作戦を全世界に、正式に、発表した。
これにより史郎達の行った戦闘は正式に、ネットだけではない。
リアルワールドでも全世界的に周知されることとなり
『なにこれ!?』
『え、ヤバくない!?』
ネットに流出した史郎達の戦闘映像は世界の多くの人の目に触れることになった。
そして中でも注目されたのが
『これ、マジで凄いな……』
『どんだけ強いんだよ……』
史郎の戦闘映像であり、翻訳付きで上げられた動画の中で、メイと愛を結んだ後、圧倒的な力を奮う史郎の姿に全世界が仰天していた。
そしてそれは、史郎が、メイが、そして手を取り合う二人が、『象徴』になった証であり、それにより鈴木が世界に向けて敷いた『悪意』は完全に浄化。
鈴木の『自身の思想を周知する』という策を完全に打ち砕いた。
こうして密かに迫っていた世界の危機は去ったのだ。
そして、その後の話を、少ししよう。
まず日本だが、作戦終了から数日後
『たった今総理が衆院解散を宣言しました! これより解散総選挙です!』
当初の予定通り、政府は衆院解散と言う形で国民に信を問うた。
仮にも子供達を戦地に送り込むという決断をしたからだ。
しかし後付けで信を問うという都合の良い策をした政府も考えあってのことであり、生徒の全員が生還し作戦自体が成功したことで多くの国民が政府を支持しており、今まさに総選挙前、町中を街宣車がしきりに回っているが、与野党の議席割合は殆ど変わらないという予想が大勢だ。
また晴嵐高校始め今回の事件を経て能力覚醒を果たしてしまった生徒達は
「ただいま~」
「あ、ようやく帰って来たわね、待ちくたびれたわ?」
「意外と楽しかったよ、母さん」
無事寮生活と言う名の監禁生活から解放され自宅に帰っており、
捕らわれ薬物付けにされていた姫川アイも意識を取り戻していた。
「アイ、良かった……ッ!!」
「……母さん……?」
病室で涙を溢す母親に抱かれるアイは目の前で起きていることの意味が分からず眉を潜めていたそうだ。
「良かったよアイ! 心配したよアイ! ごめんね母さん、あなたのことを忘れちゃって! ごめんねぇ……!」
「……母さん、私、今まで、何を……?」
話を聞いたところ、アイに監禁中の記憶はないらしい。
「今後の彼女のカウンセリングは最も難儀するかもしれんな」
アイの話を聞いたリツは眉を下げうっそりと呟いた。
また『第二世界侵攻』が倒されたことで『世界』はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
いや、正確に言うのなら、ようやく、能力世界の存在が知られた後の、能力者という人種がいるという認識が当たり前の、新たな世界の秩序作りが始まるのだ。
これまでにない新しい世界。
創世の時代の開幕である。
そしてその開幕の号令となった史郎とメイはというと
『スタジオには先の戦闘で活躍した九ノ枝史郎君とその彼女、雛櫛メイさんに来て貰いました~!』
などと各種メディアに引っ張りだこにされていた。
だが2月中旬にもなるとその祭りのような雰囲気も落ち着きつつあり
20XX+1年。2月某日。
『つまり、我々もあぁするしかなかったんだ』
夜、史郎は潮騒が耳に心地よい浜辺で、端末で動画を見ながら一人立っていた。
温い海風が肌に心地よい海岸線である。
そして厳冬の2月の海風がなぜ心地よいかと言えば、『ここ』が沖縄であるからだ。
『第二世界侵攻』を倒し解放された史郎達晴嵐高校の二年生は修学旅行を敢行したのだ。
作戦終了前は考えられない行事で
「え? 修学旅行? 中止に決まってんだろ」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」
「ほう、なんか文句でもあるのか……?」
「い、いえ、無いです。リツさん……」
と即刻中止になった行事だったので、緊急開催となり多くの生徒が笑みを溢した。
おかげで急きょ訪れた沖縄で、あと二年もすれば閉校が確定している高校の生徒達はこれでもかという程、久方ぶりに訪れた真なる自由と解放感を楽しんでいた。
それにより今も
『グハハハハーー!』
『エイエイ~!』
などと生徒達がホテルのベランダではしゃぐ声が聞こえてくる。
周囲の普通客の迷惑になるからやめろと言われたろうに。
史郎は溜息を吐きながら遠くから聞こえる生徒達の幸せそうな声を聴いていた。
そして手元で青く光る端末では
『しかしいくら『殺意』があったとはいえ傀儡に成り下がったのはどうお思いですか?』
とイギリアの政治家達が自己弁護と正当性の狭間にある論議を繰り返していた。
史郎は『殺意』に怯え鈴木の傀儡になった彼らに非は無いと思っている。
しかし公人である彼らは完全な誠実性を求められ、時にこうして批判の矢面に立たされるのだ。そして彼らはまた、立たされていた。
鈴木に支配されたイギリア。
死者こそ出なかったが、国民の混乱は相当なものではあった。
イギリアの混迷はしばらく続くだろう。
そして能力世界の存在が明かされたことで所謂『一般世界』で解散総選挙や国連事務総長の談話など、大きな動きがあったのと同様。
能力世界でも新たな動きがあったのだ。それが
『で、最近話題の『エリア0』とはなんなんですか?』
『実は以前は『国境なき騎士団』という能力社会を取りまとめる組織があったのですよ。『エリア0』はその後釜組織ですね』
これだ。
史郎は画面に目を落とした。
米国に『エリア0』という新たな能力社会の統治機関が誕生しつつあるのだ。
『国境』亡きあと堅固な統治体制を敷くべく様々な国から優秀な人材を引き抜き、『能力社会と一般社会の新たな秩序を』などと謳っているらしい。
そして実際に既に日本の基幹組織たる新平和組織にも口出しをしているらしく
「鷲崎がうるせぇって愚痴ってたよ」
鷲崎とパイプを持ち散々今後の日本の能力世界の在り様を話し合っている一ノ瀬はそう言うと笑った。
だがしかしこの組織も一筋縄ではいかないらしく
遠くを見つめると一ノ瀬は言うのだ。
「まぁ色々と黒い噂を聞く組織だ。警戒しておけ史郎」
と。
それはつまり、ようやく鈴木を倒し一段落したというのに、また遠くない未来、戦いが始まるという事であり
「大丈夫なんすか?」
思わず史郎は話を聞いて額に皺を寄せたのだが
「ま、何とかなるだろうよ」
と言いながら一ノ瀬は新聞片手に呑気にズズズッとコーヒーを啜り出し
「その通りだ。何せ我々には我々という仲間がいるからな」
とリツはカウンセリングの雑誌に目を落とし
「何、史郎は戦いがしたいの?」
「戦闘狂なの?」とマドカは目を眇め
「そんな話はどうでもいいんだろ史郎。メイちゃんとはどこまで行ったか教えろ史郎」
と話そっちのけで六透は茶化し
「え、実はね~」
とナナは菓子を摘みながら噂話に花を咲かせていた。
『赤き光』の本部での一幕である。
「…………」
なんとも緊張感のない連中である。
しかし『赤き光』の一隊員として史郎も彼らの気持ちが分からないのでもないのだ。
確かに鈴木たちは強敵だったし、『戦争涙』や『殺意』擁する鈴木の策は厄介だった。
しかし史郎達の限界はまだずっと『先にある』。
そう隊員の誰しもが『感じているのだ』。
だからこそ作戦終了後、史郎達『赤き光』は
「「「「おつかれーッ!!!!」」」」
と飲み屋で打ち上げをしたほどである。
それは学生の学祭後のような軽いノリであり
その座敷では
「あ~くっそ、今日は飲むぜぇぇぇぇぇぇ!!」
と一ノ瀬はビールを大ジョッキで何杯も開けだし
「私も飲むぞ、ウオオオオオオオオオオオオ!!!」
とこれまでの抑圧から解放されるかのようにリツも浴びるようにビールを飲みだし
「や、ヤバい流れよこれ……」
とマドカは顔面を引きつらせ
「あーあ……」
史郎もこれから起きることを想像し溜息を吐き
「ど、どうしよう……」
とナナは汗を垂らし
「お、俺絶対吐くわコレ……」
唯一酒を飲める六透が酒を注がれまくった末吐く未来の自分を想像して眉根を下げた。
そしてその後の飲み会がどうなったかは想像に任せたい。
だが、そのとんでもなく騒々しい、だが楽しい飲み会をしながら史郎は思ったのだ。
この仲間が、『赤き光』の仲間がいれば、『絶対に自分は負けはしない』と。
その上自分には――
そして記憶の中の思考を辿った後、その先に思考が飛ぶと、史郎は端末を切り夜の海を眺めた。
波が打ち寄せては引き、波間に月が浮いている。
そう、自分には『赤き光』、だけではない。
『雛櫛メイ』という心強い少女もいるのだ。
史郎が望むものを生み出すという能力すら有する彼女すらいるのだ。
そんな自分に乗り越えられない困難は無いはずである。
なのだが……
そこまで考えると突然、海を眺める史郎の顔が陰った。
「……」
そう、ここに一つの問題があるのだ。
史郎は険しい顔つきで夜の海を眺めた。
あの戦いの中、お互いの気持ちを確認した二人。
しかしあれ以降、恋人らしいことを何一つしていないのだ。
いや、理由はある。
史郎は誰にでもなく心の中で弁明した。
二人の思いを確認したイギリアからの帰りの飛行機は史郎とメイは共に爆睡。
その時撮られたお互いに肩を寄り添う仲睦まじい写真はいかにも恋人っぽい感じだったのだが……
その後は史郎とメイはメディアに引っ張りだこで心身ともに疲れ果て、デートに行く時間もそもそもない。
なんならデートの話題すら出ない。
それは奥手史郎を疑心暗鬼にするには十分で
加えてこの修学旅行で手も繋いで来ない、史郎もそれとなく手を繋ぐチャンスを窺うも『繋げない』となればいよいよ決定的だ。
悩めば悩むほど思考はネガティブの方へ向かい
「ハァ、何やってんだ俺は」
史郎は頭を冷やすために夜風に当たりに夜の浜辺にやってきたのだ。
そうして史郎が
「全く何やってんだよ俺は」
と夜の海岸で独り溜息を吐いていると
「どうしたの? そんな難しい顔して?」
「うおい!!」
ヒョイッと史郎の背後からメイが覗き込んでいて史郎は悲鳴を上げた。
雛櫛メイ。史郎の彼女だ。
だがなぜこんなところに。
突如現れた彼女に史郎の身が固くなる。
現れた月明りに照らされた彼女はと言うと息を飲むような美しさだ。
そしてメイの美貌に自然と心臓を高鳴らせていると、その疑問は自然と口からまろび出ていた。
「な、なぜ雛櫛がこんなところに……?」
「いや九ノ枝君が外行くの見えたから」
史郎が尋ねるとメイは事も無げにそう言った。
そうして史郎が合点する。
なるほど、史郎が頭を冷やすべくホテルから出ていくのを見つけて後を追ってきたという訳だ。
「座る?」
「う、うん……」
そうしてメイに促され史郎は砂浜にメイと腰を落としたのだが
「……」
「……」
二人の間に会話はない。
史郎もメイのことを考えていた時に突如実際にその本人がやって来て言葉が出てこない。
しかし彼氏彼女でこれはマズイ、気がする。
そう初心な史郎が考え、何か言わないと、とあたふたとし出した時だ
「そういえば言ってなかったけど……」と一言置いた後
「ありがとう九ノ枝君、ずっと力を裂いてくれてたのね? ごめんなさいね大変な思いをさせちゃって」
メイは海を眺めながらポツリと呟いた。
「い、いや、俺が必要だと思ってしたことだから気にしないでよ!?」
「馬鹿ね私も。九ノ枝君に守られているなら『致命加護』切っても何も意味なかったのにね」
「い、いやその心意気が俺も嬉しかったし……」
そうして頭を掻きながら先ほど黙っていたメイはそんなことを思っていたのかと史郎が感心していた時だ
「じゃ、これからどうしよっか??」
ふとメイはそんなことを尋ねてきた。
「え?? どうするって??」
思わずオウム返すと、メイは史郎に顔を真正面から捉えた。
その澄んだ瞳が史郎の瞳を真正面で捉えて離さない。
「言ってくれたじゃない九ノ枝君。私と色々な場所に行きたいって。今度どこ行く? どこ連れてってくれるの?? 何するの? 何しよっか? フフフ、ここ最近私そんなこと考えてばっかり。九ノ枝君と一緒に居られるのがとても嬉しいの。九ノ枝君をこれから色んな所に行けるのがとても嬉しいの」
メイは口元を抑え悪戯っぽく笑った。
その美しい笑みに心が奪われそうになるが、それ以上に今の言葉には重要な意味がある。
それはつまりメイもデートのことを考えていたという事であり、史郎がメイを信じられないほど好きなように、メイも好きと言うことであり
「え、雛櫛もデートのこと考えてたの??」
史郎は思わず仰天していた。
そんな目を白黒させる史郎にメイは柔和な笑みを作った。
「勿論よ。九ノ枝君は考えてくれてなかったの?」
「いや、そりゃ考えてたよ……でもデートのデの字も無かったし……」
「九ノ枝君が疲れてそうだから止しておいたのよ。だって九ノ枝君、出演の後とかもまだ後始末に追われてるんでしょ?」
それは確かにその通りであった。
先の戦いの後の後処理はまだ済み切ってはおらず史郎はここ数日深夜会議に出ずっぱりだった。
つまり、メイはそんな史郎を気遣っていたという訳だ。
そこまで考えていたメイを思うとネガティブに考えていた自分がバカバカしくなり史郎は自嘲的に笑った。
そんな突如笑い出した史郎に
「どうしたの?」
メイが尋ねると、史郎は
「いや、雛櫛にそこまで考えられているのに、俺は手を繋がないだなんだで悩んで情けなかったなって」
自身のありのままの心情を吐露したのだが、それを聞くとメイはポッと顔を赤らめた。
「?」
その表情変化に史郎が眉を寄せているとメイは言う。
「手は、繋ぎたかった……。でも皆がいる前だと恥ずかしかった」と。
そして自身もまた内心を吐露したメイは、こうなったら、と遂にここ最近ずっと気になっていたことを尋ねることにしたのだ。
グッと史郎に向き直るとメイは言う。
「九ノ枝君、一つ聞いていい?」
「うん、良いけど?」
「九ノ枝君は私のこと好きなのよね? 手を握ったり、デートに行きたいって思うくらい」
「う、うん。まぁ……その程度かって言うとその程度ではないけど……」
そうして史郎が顔を赤らめながら頷いていると、それを聞いたメイは若干すねたように横を向くとポツリと呟いた。
「なら、いつまで苗字……?」
と。
それを聞いて史郎は「ハハハ」と笑ってしまった。
実はそれも史郎もどこから切り替えるべきか悩んでいた事の一つでもあったからだ。
つまりそれは、結局二人は同じようなことに悩んでいたということであり
そんな頭の悪い事態に史郎もまた、クスリと笑うと、ごくりと生唾を飲み込みこんだ後
「これからよろしくな――『メイ』」
彼女の名を口にした。
そうして史郎の言葉を聞いたメイは「名前呼び、嬉しい」と満ち足りた表情をし
「ありがとう、こちらこそこれからもよろしくね、史郎君」
そう史郎の名を呼んだ。
その一言で
(ッ!?)
史郎の背筋にゾクンとしたものが流れるが一歩踏み出したメイは止まらない。
メイが顔を近づけ
「……大好きよ、史郎君」
そう言った。
そうしてメイの顔がメイの吐く息が史郎の口に入るほどグッと迫ってきて
その意味を悟りごくりと息を飲み史郎も言うのだった。
「……俺もだ、メイ」
こうして数秒後、夜の海岸線で、二人の唇は優しく重なり――
月明りの落ちる夜の海岸線に二人の影が落ちる。
時は二月。
『期末能力試験大会』より一年の時が過ぎようとしていた。
これにてこの物語は終了です。
ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。
書き始めたのが去年の12月6日。そして今日が8月18日。
8ヵ月に及ぶ旅路でした。
最初期から読んで頂いていた方も、途中から読み始めて頂けた方も、今までありがとうございました。
またどこかでお会い出来るのを作者は楽しみにしております。
また最後に出来ればランキングを上げれればと思いますので、もし良かったら評価等宜しくお願い致します。
これまで本当にありがとうございました。
活動報告にて後書きも掲載していますので、もし良かったらそちらの方もご覧ください。