第12話 『信用』
正直、遭遇はしないと思っていた。
会議で話された本作戦の至上命題は『無効化能力者』『姫川アイ』を救出すること。
姫川さえ手に入れればその後は世界中の能力者を集わせ数で押せば確実に勝てる。
だからこそ姫川アイを救出し次第、救出者は迅速にケイエス大聖堂を後にする。
それが作戦会議の際話された内容で、
史郎はこのような現状になっている以上、自身の鈴木康彦との遭遇は無いと思っていた。
だというのに……
「やぁ、こんなところで偶然だね、九ノ枝君。そして……」
「雛櫛よ、雛櫛メイ」
「雛櫛メイ君。二人とも初めましてだね?」
切れ長の目をした痩身の男。
今回の事件の首謀者たる鈴木康彦とそのお付、数名の能力者達が廊下の先の広間に立っていたのである。
写真で見た、映像で見た、『能力不明』の男の登場に史郎は腰を落とし警戒を強めた。
……どうやら人の意思に関する物であるだろうという情報は手に入っている。
だからこそ史郎は
「雛櫛、こいつと口を利くな……」
メイに警戒を飛ばし、
「下がってくださいヤスヒコ! 私が始末します!」
「私も行くわ! 行くわよケリー!!」
「喰らえや!!」
と鈴木の周囲にいた四名の能力者が襲い掛かって来ると即座に能力を起動。
『この世の王』で一瞬で叩き伏せる。
「「「ああああああああああああああ!!!!」」」
突如土砂が降ってくるとお付達は目を剥き避難しようとするが殆どがそのまま生き埋めになり、逃れた者は
「グフッ!!」
漏れなく史郎のテレキネシスの餌食となった。
そして史郎は
「フッ!!」
正体不明なら速攻に限る。
テレキネシスを行使し、その強烈な瓦礫で鈴木を屠りにかかるが
「果たしてそれで良いのかな?」
「!?」
その言葉が史郎を制止させた。
不思議と自信ありげな鈴木の言葉を聞いた途端、自身の行動に疑問符が出てきたのだ。
だがそれこそが鈴木の能力。
鈴木の保有する個別能力『信用』は、相手が信用出来るか見極める能力。
そしてその副次効果として、相手から信用を得られるアクションの起こし方が『視える』能力だ。
それにより極めて適切なタイミングで言葉を差し込むことで、余裕に溢れた態度を見せる事で、史郎に
『果たしてそれで良いのかな?』
という自身の言葉を『信用』させたのだ。
これこそが鈴木康彦の有する個別能力『信用』の神髄。
相手を信用出来るか見極め、信用を勝ち得る方法を見出す。
能力の詳細を知らない限り確実に相手を嵌められる鈴木の有する最強異能である。
その異能の毒牙が史郎とメイに迫ろうとしていた。
そしてその異能を用い史郎を制止させると鈴木は胸に手を置き
「ところで君たちはどう思うんだ? この世界を支配して見せた、この『僕』を」
突然そんなことを尋ねてきた。
そして意図の読めない鈴木の言葉に史郎達が警戒していると
「これを見ろ」
と鈴木は瞳の装飾の付いた金色の腕輪を取り出した。
「ッ!?」
それを見て史郎は目を見開いた。
能力固体『殺意』である。
それは能力者の超絶技巧、能力そのものに命令を送り自走させる『絶対能力使役』の最果て。
自身から個別能力を切り離し固形化させ、自身の死後も能力を使用出来るようにする『能力の固形化』
それにより作られた能力世界の秘宝である。
『戦争涙』同様、有する効果の凶悪さ故、『国境なき騎士団』本部、このケイエス大聖堂の地下に厳重に保管されていた能力社会の秘宝、そして今回の鈴木のイギリア支配の礎になっている力だ。
まさかこのタイミングでそれを持ち出してくるとは思わなかった。
意図の見えない鈴木の行動に史郎は警戒を高める。
そしてこの警戒こそ鈴木の欲していたもので、史郎の動きが僅かに硬くなった瞬間、
「ところで君達は能力固体『戦争涙』と『殺意』がどうして出来たのか知っているかい」
鈴木はそんな言葉を差し込んだ。
対し史郎は注意を払いながら間髪入れず答えていた。
「『戦争涙』は機械破壊の個別能力を持っていた女が子を第二次世界大戦で亡くして生まれたものだ。そして『殺意』は確か魔女狩りだろ」
「その通りだね」
一方で鈴木も間髪入れず答えていた。
「魔女狩りで火に焼かれる能力者が業火の先で自身を指差す人間を殺したい、そう切に願ったからこそ産み落とされたものだ。つまりここまで言えば分かるだろう、九ノ枝君、雛櫛君」
自身の考えを披露するために。
「能力社会では以前より一般社会に敵意が渦巻いていた。いつしか大きな事件が起きたんだ。だからこそある意味、こういう形で新たな秩序を見せた僕は、英雄的な役割も果たしたのだけどね? まぁ確かに、完全に彼らの願い通りには出来なかった。一般人に敵意を向けることなど無益だからね。だがまぁこういう形で能力を持たぬ人間を完全に! 管理して見せた僕は君達能力者にとっても希望の星だと思うのだが、どうだい? 君たちはどう思う?」
そして鈴木の持論を聞いた史郎はというと
「下らない」
速攻でそう断じた。
そして、攻撃を止めさせ何を言うかと思ったら史郎達を懐柔しようとしてきたわけだ。
そう判断した史郎は即座に攻撃しようとしたのだが
「だから、あなたはこんなことをしたの?」
ぽつりとメイが尋ねていた。
「能力を持っている人が持っていない人を管理するのが正しいと思うから、多くの人を殺して、姫川さんを攫って、多くの人の自由を奪ったって言うの!?」
言わずにはいられなかったようだ。
「そんなのあなたの勝手な妄想じゃないッ! そんなの勝手すぎるでしょ!!」
溜まっていた怒りをぶつけるようにメイは怒鳴った。
しかしそれも鈴木は織り込み済みで、鈴木は薄く笑うと
「甘いな雛櫛さん」
悠然と手を広げた。
「結局、世界とは見ている者により景色を変える。確かに僕のしたことは『勝手』さ。だがどうだ、能力を得た時点で日陰者と言うのも十分『勝手』だろう」
「でもそのやり方が間違っているって言っているのよ!」
「やり方ね。でもまぁこういう強硬手段に出るしか世界は変えられなかった。生半可な手段では潰されたろうからね。それに――」
そしてここからが『策』の本番だった。
鈴木は眼鏡を持ち上げ、狂気の光の灯る瞳を最大限に開いた。
「これに関しては僕特有の考え方がある。これは能力を得て分かったことだが、能力者はそれを持たぬ者より上等だ。僕の個別能力は『信用』、相対する者が自分にとって信用出来るか出来ないか、見極める能力を持つ。で、それを踏まえて二人に問おう。相手が信用できるかどうか、完全に把握できる人間と、そうでない人間、どちらが『優秀』だ??」
ここまでの問答はその言葉を二人に投げ掛けるためである。
そしてさらに言えば、その問いを投げ掛けたのは『時間を稼ぐ』ためであり、『時間を稼ぐ』のはとある『作戦』のためであった。
何も鈴木は真正面から議論をしたいわけではない。
ある目的のために時間を稼ぎたいのだ。
そしてこのような問いかけをすれば返答に窮することは想像に難くない。
だから問い掛けを放った鈴木はほくそ笑み
「そしてこの『力』を得て分かったことがある。一般人は能力者に比べて『信用』出来ない。こんなにも『信用』出来ないもの達ばかりなのだ。我々が管理した方が良いに決まっている」
と言い放ったのだが
「そんなの仕方ないじゃない! だってあなたは能力者なんだから!!」
メイは間髪入れず返したのだった。
「あなたは能力者! 同じ人間だけど、違う人間よ! そうなんだからあなたにとって、能力を持たない人の方が信用できないなんて、当たり前でしょ!! 同じような人の方が信用できるなんて当たり前でしょ!! こんな場所で何当たり前のこと言っているの!? 能力者の方が優秀だって話だって結局人に寄るでしょう!? それに能力持っている人と、そうでない人は、ちょっとだけ『違う』んだから、お話ししなきゃ分かりあえっこないでしょ!! 話さなきゃ分かり合えないなんて当たり前でしょう!!」
いつしかメイは言っていた。
谷戸組が猛威を奮った際、ほんの少しの行き違いでメイと史郎はすれ違った。
その後結局誤解は解け史郎とメイはパートナーシップとなったのだが、その際メイは言っていたのだ。
『もっとお喋りしようね……九ノ枝君……』と。
結局、鈴木の中で起きていたこともスケールの違いこそあれど、同じということを史郎と関わってきたメイは誰よりも分かっていたのである。
そしてメイの持論を横で聞いていた史郎は密かに感心していたのだが
当の鈴木はと言うと
(くッ……)
時間稼ぎのため放ったとはいえ多少なりとも自身の本音の混じる持論。
それを一瞬で論破され奥歯を噛み締めていた。
伴って自身の視界に展開する映像を見て焦っていた。
鈴木の『信用』は副次効果として対象から『信用』を得るための動作が視える、という効果を有している。
それがどのように展開するかと言うと
どういった『相手』からどのような『信用』を得たいのかという『題目』を脳内にセット。
それにより、目的を成すために必要な動作が『視えたり』言葉が『響く』ようになり、対象の『信用度』が視界全体の赤色具合で表現される。
視界全体が青い時は信用度が低く、高くなるにつれ赤く染まる。
そして真っ赤になったら『信用』の完成だ。
そしてたった今のメイの返し言葉で『信用度』が一気に落ち、橙色だった視界が青くなってしまったのだ。
これはいけない。
これではいくら時間を稼いでも『意味がない』。
だからこそ鈴木は自身の『信用』に負荷をかけ、一気に打開策を検索をかけ、数瞬後、(ッ!)打開策、いや正確には打開『セリフ』が響いてきてニヤリと唇を吊り上げ
同時、
ようやく、ようやくだ。
これまで『時間を稼ぎ』待ちに待っていたものがやって来た。
だからこそ鈴木は笑い
「『だがいくら話しても結局平行線だったよ!!』」
そう、『信用』が自身に語り掛けた言葉を口にし
「そして君たちに再度言おう。僕の個別は『信用』……! 相手が信用できるかどうかを見極める能力。攻撃力を持たぬ僕の有する最強異能だ! この力で僕は誰も僕を裏切らぬ最強組織を作り上げ、こうしてイギリアを支配し、こうして世界をぶっ壊して見せた! これこそがこの力の象徴だ! そして今から起きることも、だ!」
そうして鈴木は叫んだのだ。
「雛櫛を殺せ! ――――『グレイ』!!!」
と。
「ハ!?」
瞬間、史郎は目を剥いた。
見ると史郎達のすぐ背後から
(嘘だろ!?)
先程倒したはずの『グレイ・ハーヴェスト』が突如姿を現し、メイに、『力』を迸らせた刀を振るっていたのだ。
――さっき、倒したはずなのに。
そんな言葉が史郎の脳裏に響く。
そして『既存』能力者に『人工』能力者は敵わない。
その出力比は時に十数倍となり、グレイ程の能力者が『力』を籠めれば、その差は数十倍となるからだ。
つまりこの一撃をメイは『耐えられない』
だからこそ史郎は何としてもメイを守る必要があるのだが――
(いきなりすぎて)
喉が干からびる。
(間に合わな――)
そうして史郎が目を剥いているとその絶対の力関係を有する致命の刃が――
数瞬後、「え――」と目を丸くするメイに
突き刺さった。
数分前、ようやく両思いだと確認しあった、史郎の愛する少女にそれは突き刺さったのだ。
時間が止まった。
そしてメイに刃が突き刺さる光景を見て満面の笑みを溢したのがーー
「ハハハハハハハハハハハハハ!! これが僕の力だ!!」
鈴木だった。鈴木は条件完了を確認すると叫んだ。
「この力、『信用』の前では君たちのような子供がいくらつるんでも意味はないんだよ!!」
と。
そう、何も鈴木が史郎に遭遇したのは偶然ではないのだ。
鈴木が現状を逆転するために自らやって来たのだ。
ネットの映像を見て、無双する史郎の姿により、自身がパトリシア・ベアードを殺害し作った空気が打破されていくのを感じ、それを上書きするためにやって来たのだ。
「ハハハハハハハハハハハハ!」
鈴木は作戦の成功でアドレナリンの奔流が渦巻く脳内で作戦を振り返った。
作戦は単純なものだった。
史郎達の戦闘映像は全世界に配信されている。
それを逆手に取るのだ。
鈴木の有する異能『信用』は脳内で『対象』を指定し、対象から信用を得るためのアクションを視ることが出来る異能だ。
その異能を駆使し、その映像を逆手にとって、全世界に向けて、全世界にいる潜在的な自身の信者に向けて『信用』を送り込むのだ。
潜在的に存在する信者に自分への『信用』を根付かせ、いつしか第二第三の自分にするためにだ。
方法も、『信用』が示してくれた。
まず全世界の注目を集める場所で、秘匿にされていた能力社会を公開するという奇跡を為した自身の力『信用』で、全世界の希望の象徴となりつつあった雛櫛メイを『殺す』。
その姿は自身の在り様に幾何かの羨望を抱いていたものには鮮烈に輝くだろう。
そしてそのようなことをすれば自身はその後、史郎に殺されるだろうが、それでも『良い』のだ。というより、それで『良い』。
殺される間際
『全世界の同胞たちよ、僕を信じろ、僕に続け……!』
そう言えば、その散り様は未来の信者たちの胸に住み着き、いつしか狂信者に育て上げる。
そう、この能力『信用』が言っているのだから。
自身の命など自身のミームの拡散という大目標の前ではどうでも良かった。
鈴木は第二第三の鈴木を生み出すために、この場にやって来たのだ。
自身の有する最強異能『信用』で作り上げたグレイという名の忍び刀でメイを殺し、そして殺されることで、自分亡き後の未来の世界に自分を作りあげるために。
先の突入時の作戦で、鈴木の仲間の多くは息絶えた。
あの時点で戦力差は覆せないほどの差が付いた。
だがこの一点に巻き返すチャンスがあるからこそ、鈴木は出て来たのだ。
だから
「雛櫛を殺せ! ――――『グレイ』!!!」
と叫んだ瞬間、つくづく、このグレイを『信用』させ生かしておいて良かったと思った。
多少ミスをしたが、これで帳消しだ。
いやむしろこのような燦然と輝く死に方はプラスかもしれない。
グレイ・ハーヴェストは最上級の光操作の持ち主だ。
そして自身が致死的なダメージを負った後、『自動で』光を操作し、自身を死んだように偽装する『絶対能力使役』の保有者なのだ。
それによりグレイは生き延び、これまでの問答は全て、グレイが再起動しこちらに向かってくるのを待つまでの『時間稼ぎ』だったのだ。
その間に望む望まざるに関わらず全世界に向けて自身の考えを発信し、その中で多少なりともハプニングもあったが、こうして自身の『潜在信者』が『信者』になってしまえば問題ない。
後は時間が経てば『彼らが』動き出すだろう。
だからこそ鈴木は雛櫛メイに刃は突き刺さり、視界は赤く染まり哄笑を上げた。
それはまさに全世界の同胞が鈴木の在り様を、言葉を、思想を、心から『信用』した狂信者の誕生の瞬間であるからだ。
だから鈴木は
「ハハハハハハハハハハハハハ!!
と叫び哄笑を上げていたのだが
「ハハハハハハハハハハハハハ!」
全ての策が完了した、そう思っていた、その『視界』
『信用』により赤く染まったその視界の赤が『薄れ出し』、
「ハハハハハハハハハ! え、」
鈴木は目を剥いた。
それはつまり全世界の未来の同胞になり得る存在達の心の中の『信用度』が落ちている証左であり――
「な――」
鈴木は息を飲んだ。
そして事態を確認しようと目の前の視界を確認すると、『息を飲む』では収まらない。
メイを突き刺したと思った刃。
その刃が
「なっ、これは、どうなっているッ!?」
ギチギチとメイに触れる直前で『静止している』のだ。
それはつまり何がしかの介入で刃を止められたという事で
(どういうことだ)
鈴木は言葉を失う。
そして、この場で介入できるのは史郎以外に『いる訳がない』。
だが鈴木は分かる。
今ほどのグレイの一閃が世界中、どれほど優秀な能力者でも『間に合わない』間合いだったということくらい。
それほどグレイの『死んだ』と見せかけた後の不可視の一閃は強烈なのだ。
だからこそ今ほどのグレイの一閃を防げるものなどこの世に存在するわけがないのだが
「ク、クソ! なぜ刀が!?」
実際に刀は防がれていて、このタイミングで介入しよう者は史郎くらいしかいない。
だからこそ鈴木は
(そんな訳が――)
と思いながらさっと史郎に視線を向けたのだが、
その瞬間だ
「ッ!?」
鈴木からは顔の見えない史郎がこれまでにない程不穏な空気を放っていて本能的に鈴木は恐怖を感じ取り息を飲んだ。
蜷局を巻いていた毒蛇がヌラリと鎌首を持ち上げたような不気味なオーラだった。
そしてその史郎の放つ異様なオーラに鈴木やグレイ共々生唾を飲み込んだ時だ
「お前ら、ただじゃおかないわ……」
凄まじい怒気と共に史郎はポツリと呟き
次の瞬間、
「なッ!?」
「どーなってる!?」
ゴアッ!と大気が爆発したかのような圧が史郎から放たれた。
それは能力世界の殆ど頂きにいる鈴木やグレイですら目にしたことのない程の圧で、その尋常ではない圧に鈴木たちは泡を食った。
その圧倒的な圧は、圧そのもので実際に周囲の物体がガラガラと崩し、周囲の壁面にピシピシと亀裂を入れていく。
そんなビリビリと空気全体が振動するような圧倒的な覇気の至近に晒され鈴木とグレイが息すら出来ず喉を干からびかせていると、
「まぁなんか驚いているようだが……、起きたことは至極単純なことだ」
未だ俯き表情の見えない史郎が言う。
「分かるだろ、少し考えれば」
背筋がぞっと寒くなるようなひどく冷たい声音で史郎は話す。
「俺が愛する雛櫛を丸腰で戦地に行かせるわけがないってことくらい……」
ただただ今、起きたことを。
「世界で一番大事な人を、普段から守れる策を俺が講じない訳が無いことくらい、分かるだろう……!」
それはつまり
グレイが息を飲む。
「お前、『絶対能力使役』で女を守っていたのか!? 一体いつから!?」
そう、それが起きたことである。
史郎は予め自身のテレキネシスを分割し、『絶対能力使役』をかけメイに付加していたのだ。
自身の強力なテレキネシスを分割し、切り離したテレキネシスに『自身が間に合うまで雛櫛メイを守り続けるように』命令し自走させておいたのだ。
そしてそれは『遥か前』からのことで、ネタ晴らしが済んだ史郎は叫ぶ。
「さぁな! 少なくとも二学期以降はずっと張りっぱなしだったぜ!! お前らが糞みたいに煩かったから、雛櫛のことが心配で心配で仕方が無かったから、ずっと俺は『絶対能力使役』で雛櫛を守ってたんだ!! 何人も護衛つけても安全担保できねぇからな!!」
と。
そして
『自身が間に合うまでメイを守り続ける』
それ程の効果を成せるほどの力を分割していたのだ。
それ程の力を自身にこうして帰還させれば、絶大な力になり、それがこの『圧』の正体だ。
つまりこの周囲一帯を焼き尽くすような圧を放つ史郎こそが本来の史郎の『実力』であり、この自身を確実に超越しているように思える力の塊にグレイは(嘘だろ……?)と息を飲んでしまっていた。
そしてそこに絶大な圧を迸らせながら
「……で、お前は俺に勝てると思うのか?」
と、史郎が問いかけると、グレイは思ってしまった。
この彼我の実力差では、『勝てるわけがない』と。
そしてそう思ってしまった瞬間、『悪霊』が起動し、その関係性を『確定』し
「まずはグレイ。テメーからぶっ飛べ、『極光』!!!!」
怒りに任せて史郎から極大の光線が発される。
対し即座にグレイが対抗せんと『極光』を出し対抗するが
この時グレイは既に史郎の圧に圧倒され怖気づいていた。
それにより史郎が出した『極光』には既に『絶対にグレイでは勝てない』という性質が付加されており、
「うぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
一気にグレイの極光を飲み込み
史郎が
「これが俺のッ、『全力』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と叫ぶと同時、圧を全開に発揮し、それにグレイが『怯えてしまった』瞬間、完全に関係性が『確定』
一気に史郎の放った『極光』が何十倍にも膨れ上がり
フロア全体を覆いつくすほどの、太さ何十メートルにもなった、高層ビルそのもののようになった史郎の『極光』がグレイを飲み込み
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
グレイを一瞬で消し炭にした。
グレイは光の海の中で転がり黒い消し炭となりいつしか消えた。
先程までは光の操作においてはグレイに分があった。
しかしそれをグレイに『絶対に勝てない』と思い込ませることで、史郎は、『悪霊』でそれを捲ってしまったのである。
そしてその時放った史郎の放った『極光』は意図せずして相当な威力となっておりケイエス大聖堂の東側半分を丸ごと消失させてしまうほどであり、屋根含め丸ごと消し飛ばされ、一転陽光の差し始めた光景を見て
『すげー……』
『ぱねぇ……』
その映像を見ていた視聴者は口をあんぐり開けていた。
そしてそれは、
(クッ……)
史郎の規格外の力により鈴木が自身の命すら懸けた策すら今まさに潰えようとしていることを意味しており
『信用』によって広がる視界が急激に赤から橙、そして明るい青色に染まり出し、鈴木は奥歯をかみしめていた。
そう、この視界の青変は鈴木の策の失敗を意味するに他ならない。
鈴木の命すらかけた策が史郎の規格外すぎる力の前に雲散霧消しようとしているのだ。
だが諦めるわけにはいかない。
鈴木は青くなり始めた視界で次の一手を考えるのだが、そんな思考を巡らす鈴木にいつのまにか目の前に来ていた史郎は多少息を上げながら藪から棒に言うのだった。
「それと、お前、間違っていると思うぞ」
と。
その言葉に、何の話だと鈴木はキッと目を上げるのだがそんな鈴木に史郎は胸を張った。
「なぜなら俺と雛櫛は多分、能力覚醒以前から惹かれ合っていた。今だって既存能力者と新しい人工能力者って言う別の括りの人間だが、好き合っている。だからお前の言っていたいつまでも平行線ってのは、間違いだ。勝手にお前が近づいてくる相手に逸れて離れていただけだ」
つまりそれは先ほど鈴木の放ったセリフ
『だがいくら話しても結局平行線だったよ!!』に対する反論なのだろう。
だが、
鈴木のこめかみの血管が浮き立つ。
好きとか嫌いとか今は『そういう話をする時』ではない。
「……ッ」
余りの屈辱で奥歯をかみしめた。
そもそも自身が放ったセリフとて『信用』で指定されたもので別に自分の本心からの言葉ではない。
それに対しこの場において自分の目指す会話とは全く違う内容で諭され、屈辱で鈴木の目が血走る。
しかし今自分が感じている思いを率直に示す言葉が見当たらず鈴木が唇を真一文字に結んでいると、そのような鈴木の気持ちを斟酌せず「それと」と史郎は話し続けるのだ。
「確かにお前の個別能力『信用』は強いな。確かに『聖剣霊奥隊』を倒しイギリアを支配し、世界のバランスを崩すほど。でもな、『信用』よりも俺達の方が強かったていうわけだ。『赤き光』第九ナンバー九ノ枝史郎とその彼女の、雛櫛メイの力の方がな」
と。
つまりそれもまた先程の『信用』の前で史郎達の絆の力を否定した鈴木の言葉に対する反論だった。
しかしその反論も、鈴木からすれば、血塗られた生きるか死ぬかという血の赤と硝煙の黒の世界に、上から恋愛話のバラ色やルージュを塗りたくるような屈辱的で受け入れられないものであり、大恥をかかされたと思う鈴木が青筋を立てながら凶暴なその口を開こうとした時だ、
史郎はメイと手を取り合い、二人揃って強調する様に言ったのだ。
「これが俺達の力だ!!」
「これが私達の力よ!!」
と。
そしてこれが『トドメ』だった。
次の瞬間、
「……ッ」
余りの衝撃で鈴木は目を見開いた。
鈴木の『信用』が展開する『視界』が完全に『青く染まった』のだ。
それはつまり世界中の同胞の中に一時は生きずきかけた鈴木の『信用』が、たった今の言葉で完全に打ち砕かれたという事であり
(…………ッ!)
それは鈴木の計画の甚だの失敗を意味する。
命を懸けて臨んだ鈴木の最終計画を、この二人の言葉があっさりを粉みじんにしてしまったのだ。
それはまさに先程史郎の放った
『でもな、『信用』よりも俺達の方が強かったていうわけだ。『赤き光』第九ナンバー九ノ枝史郎とその彼女の、雛櫛メイの力の方がな』
という言葉を追承認するものであり、自身の有する『信用』に何よりのプライドを持つ鈴木には容認できないものだった。
だからこそ鈴木は、
もうこうなったら仕方がない。
何が何でも状況を好転させてやる、と
「クッ、ウオオオオオオ!!!!」
怒りをみなぎらしながら『信用』に負荷をかけ現状を打破すべくテレキネシスを起動。
何とか史郎達を倒しこの空気を打開しようとしたのだが
「テレキネシスで俺に敵う訳ねーだろ」
史郎の冷徹な一言で鈴木の操る瓦礫は全て史郎にジャックされ空中で制止させられ
「クッ」
そのテレキネシスにおける圧倒的な実力差に鈴木が息を飲んでいる隙に史郎は鈴木の下に爆ぜり寄り言うのだ。
「――ぶっ飛べ――」
手に圧倒的な光を貯めて、
『信用』を有する鈴木が口を開け何かを言う、その前にーー
「極光ッ!!!!!!」
そしてそれはこれまでの長かった戦いを終止符を打つものであり
史郎から莫大な光の奔流が放たれた瞬間、
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
半分残っていたケイエス大聖堂を消し去る目も眩むような光の大瀑布に飲まれ
鈴木は断末魔の叫びを上げながら光の渦の中に掻き消えた。
それが今回の戦いの終結で有り
その瞬間を全世界中の人々は様々な思いを胸に目に焼き付けるのだった。
そして戦いが終わってみると史郎の周囲は史郎の放った極光で嵐の後のような破壊されつくされた状態になっていたのだが
そんな中史郎は
建物が完全に消え去り更地となったケイエス大聖堂の中、
小鳥の舞うどこまでも青い空の下、めちゃくちゃになった世界を表すかのような瓦礫の山の上で
「帰ろうか雛櫛」
メイと手を取るのだ。
そして瓦礫の山の中に立つ二人の少年少女はまさしく新たな世界の象徴であり、その姿を多くの人間が考え深げに眺めている中、史郎は手を取り言う。
「帰ろう雛櫛、俺たちの世界へと」
力強くその手を握りながら
「作ろう雛櫛。俺たちの世界を」
対しメイは優しげな笑みを作ると
「えぇ」
力強くそう言うのだった。
それこそがこの戦いの真の終結であった。
◆◆◆
そしてその映像を遠方の東京で見ていた鷲崎は作戦の成功を確認しながら呆れながら尋ねていた。
「それにしても一ノ瀬。貴様の隊の九ノ枝、ちと強すぎないか?」
と。対し『赤き光』の隊長たる一ノ瀬は誇らしげに胸を張った。
「当然ですよ鷲崎さん。鷲崎さんは我々『赤き光』の存在理由をご存じない」
「フッ、知っておるよ」
言いながら鷲崎は『赤き光』のモットーも思い出す。
この世の中はしがらみや悪意に満ちている。
そしてそのような世界において自身の正義を成すのは困難で、それを成す場合『圧倒的な力』がいる。
だからこそ力を蓄え、自分たちの正義を成す。
世界中に潜む悪人たちの脳裏に灯る『赤い警告』
それこそが『赤き光』の存在理由。
「はっ、だからこそあの程度の力があるのは当然、か」
鷲崎はその後も映像の中で破格の力を奮う史郎やナナ、マドカに頭を掻いた。
全く、規格外な連中だ、と。
次話は明日(8/19)21時過ぎに投稿する予定です。(多少遅れるかも)
宜しくお願いします!