第10話 『記憶』
本日は2話投稿します。この話は1話目です。
宜しくお願いします。
『記憶操作』の達人、シスリーネ・フォウンガード。
能力社会に数少なく存在する相手の思いを操作する『心理操作者』の中でも特段『記憶』の操作に長けた能力者である。
その威力は史上最大級とも言われており、木嶋の記憶封鎖を知り多くの人間が彼女の影を思った。
しかし言い換えると彼女は『記憶の操作』、しか出来ない。
こと『記憶の抹消・操作』に関しては絶大な出力を誇り裏社会を暗躍していた彼女だが、洗脳・偽装など用途の広い『心理操作者』に比べると応用性に欠ける。
だからこそ『無差別能力覚醒犯』などを用意する組織はもっと他の応用範囲の広い『心理能力者』を雇っているはずだ。
そう考え黒幕候補の一人から消えた少女である。
だが結局鈴木康彦との繫がり、姫川アイの隠匿からその存在が知られた少女であり
「手なんか抜くわけないでしょグレイ」
グレイに指図されると
史郎達の背後に現れたシスリーネは髪をかき上げながら叫んだ。
「この男と女がヤスヒコの計画の邪魔してんだし、普通に殺すわッ!」
そういってシスリーネが駆けて来て史郎は息を飲んだ。
『記憶の最果て』、シスリーネ・フォウンガード。
彼女の戦闘スタイルは
――相手の記憶を奪った上で徹底的にボコるというものである。
ヒトの思考は記憶の上に成り立っている。
今その瞬間、その人間がどう考えるかはその者が辿ってきた人生の記憶より構成される。
だからこそ彼女が行うことは単純だ。
まずなぜここにいるか、という戦闘動機を忘れさせる。
そして次に動機を忘れ動きの鈍った敵から能力による『肉体強化』の仕方を忘れさせる。
そして最後には『能力者である』という記憶さえ消し飛ばし、その後、徹底的に『肉体強化』でボコる。
それが『記憶の最果て』、シスリーネ・フォウンガードの常勝戦術で有り、ある意味で凶悪さにおいて他を遥かに抜きん出ていた。
そのような戦闘スタイルを主にしているからこそ、彼女は有する個別能力『記憶操作』以外のパラメーターは極端に低い。
ただただ個別能力『記憶操作』に特化したピーキーな能力者なのだ。
しかし、それは酷く効率的であり、彼女の凶悪さを増す結果になっており――
そのような凶悪な能力者がこちらに向かって来て史郎が息を飲んだ瞬間だ
予想外の出来事が起きる。
「私が行くわ、九ノ枝君!」
そう言ってメイが史郎のそばからシスリーネに向かい駆け出したのだ。
「おい雛櫛!?」
想像だにしていないメイの行動に史郎が目を丸くする。
そしてテレキネシスで砂を操作しメイを取り戻しにかかるが
「余所見をする暇があるのか」
「く!」
向かいからグレイが光線を飛ばしてきて、必死にテレキネシス操作の瓦礫でそれをガード。
それによりメイに待ったをかけられない。
おかげで瞬時に二人は距離を詰め、史郎はメイの危機を思い、目を剥いた。
だが史郎に心配されるメイとて駆け出したのにも理由があり、
「あなたでしょ!! 九ノ枝君を苦しめた原因の一人は!!」
駆けながらメイはそう叫んでいた。
それがメイがシスリーネに向かい駆けだした理由である。
この木嶋の記憶を消し、姫川アイの記憶の消したシスリーネ・フォウンガードは明確に今回の事件の黒幕である。だからこそ
「あなたは絶対許さないわ!!」
シスリーネは何としても許せない人間の一人だったのだ。
だからメイは駆け出し
一方でシスリーネも目を眇めた。
実力で劣る『人工』能力者の分際で自分に盾突いてきたことは、まあいい。
今まで何度も自分の実力を見下し分不相応に自分を狙ってきた者はいた。
そのグレードが極端に落ちただけだ。
だから、そこまで気にならない。
気に食わない点があるとすれば、この女が自身の尊敬し愛する鈴木の計画を台無しにした者の一人である点だ。
そしてその一点だけで、万死に値する。
だからこそメイがシスリーネに敵意を向ける一方で、シスリーネもまたメイに強烈な敵意を抱いており、駆けるメイを見てシスリーネは考える。
この女の能力はここに来る寸前チラと見た感じだと、奥にいる仇敵・九ノ枝史郎の思いと連動し何かを生み出すもののようだ、と。
それほどまでにこの女と九ノ枝は深く繋がっているのだ、と。
ベルカイラとの戦いの映像を見ても分かる。
きっとこの二人は両想いだ、と。
この女は史郎にとって、女にとって九ノ枝史郎は、この世で最も大事な存在なのだろう、と。
そしてこの女がこんな危険極まりない場所にいるのも九ノ枝史郎が原因だろう、と。
だからこそ走るメイの奥で、自分に目を剥く史郎を見て、
そして自分に決死の覚悟で向かってくる女を見てシスリーネは、ニヤリと口の端を吊り上げた。
ならば、その大切な『記憶』を奪ってやろうと
そう考え、シスリーネは叫んだ。
「なら消えなさい!! あなたの中の九ノ枝史郎の中の記憶を抹消する!! 『記憶消去』!! 発動ッ!!!」
瞬間、シスリーネから淡い光が瞬き、その光にメイは突っ込んだ。
そしてその光景を見た史郎は
「……ッ」
息を飲んでしまっていた。
最悪、自分との記憶が消えるのは『良い』。
これまでの記憶が無くなるのはとても辛いが、忘れたのならやり直せばいい。
だから雛櫛メイが無事ならそれで良かったのだが――
光が消えた後広がっていたのは予想外の光景だった。
「なに!?」
シスリーネが叫ぶ。
光の渦を越えた後もメイはまっすぐシスリーネに向かい駆けていたのだ。
メイが今もこの場に残っていたのも、シスリーネに立ち向かっていたのも史郎が原因だ。
だからこそ史郎の記憶を失えば戦闘理由を失い、その足は止まるかのろまるのが道理だというのにだ。
だというのにメイは速度を遅めるどころかギアを上げるように高速でシスリーネに迫っていて
その光景は驚愕の意味を秘めていた。
シスリーネが目を見開いた。
「あなたまさか九ノ枝の記憶をッ!?」
そうそれは、メイが史上最強の『記憶操作』の使い手、シスリーネ・フォウンガードの『記憶消去』に耐え切ったという意味であり、事実『記憶消去』に耐え切り史郎の記憶を『保持した』メイは叫んだ。
「私が九ノ枝君の記憶を――」
拳を深く握りこみ
「失うわけないでしょう!!」
「ブッ!」
瞬間、メイの拳がシスリーネに深く突き刺さった。
その予想外の光景に史郎も、グレイでさえも、攻撃を止め、固唾を飲んでしまっていた。
恐らくこれまでシスリーネの『記憶消去』を耐えきった者はいない。
だというのにメイは耐えたのだ。
つまりそれはそれほど強くメイが史郎のことを思っているという事であり
「嘘でしょ……そんなこと有り得ないでしょ……」
シスリーネが地面に横たわったまま声を絞り出すと、メイは毅然と言うのだった。
「有り得なくないわ」
と。
「全然あり得なくなんか無いわ」
上がった息で。
「だって九ノ枝君は、九ノ枝君との記憶は私の最も大切な記憶だものッ!」
決然とした表情で言い切ったのだ。
「そんな記憶をッ、この世で一番大事な人の記憶を、失う訳なんて無いでしょう!!」
「……ッ」
その想像を遥かに超えた雛櫛メイの思いの深さに驚くと同時、メイの拳を受けたシスリーネは気絶した。
その光景に史郎もグレイも固まってしまっていた。
実はメイも勝機も無く駆け出したのではない。
作戦会議で聞いたシスリーネの戦闘スタイルを聞いて、これなら自分でも倒せる、そう思ったのだ。
今回の史郎を救うという側面もある作戦を、目的を、自分が忘れる『わけがない』。
そう思っていたからメイは真正面から向かって行ったのだ。
だがメイが行った行為はシスリーネだけではない、
史郎初めグレイという能力社会最上級の実力者も驚愕させる結末で有り
ぶっ倒れるシスリーネと立つメイの姿に息をするのを忘れていると、ふと思った。
そのような戦いを見せられて、黙っているわけにはいかない、と。
相性が悪いだなんて弱音を吐くわけにはいかない、と。
「九ノ枝君……!」
と気絶するシスリーネと史郎を交互に見て慌てるメイに史郎は言った。
「雛櫛はそのまま奥に待機していてくれ。この男は絶対に俺が倒す」
そう、能力の相性なんて関係ない。
この男を、鈴木康彦の右腕・グレイ・ハーヴェストを絶対に倒そう。
驚異的な想いの深さを見せたメイに、そう思った。
対するグレイはやられたシスリーネに深い息を吐き出した。
「シスリーネ、最後まで愚かな女だった。だがッ」
瞬間、圧が吹き荒れる。
「俺は奴のように軽くはやられんぞ、九ノ枝史郎」
それは今回の事件の首謀者、鈴木康彦の右腕の本領。
「『極光』のグレイ・ハーヴェストがお相手しよう……!」
『極光』のグレイ・ハーヴェスト
能力社会最強の光学操作能力者である。
後程本日の2話目を投稿します!
それとようやく第2章の改稿が完了しました!(これをするのに半年かかった)
大筋は変えず読者の皆様からヘイトを稼がぬよう単語などを色々と調節!おかげで出来映えはぐっと良くなったはずです!ようやく第2章があるべき形になった感(半年ぶり)
お暇がありましたら是非!