第9話 『拒絶』
本日は2話投稿する予定です。これは2話目。
ここに至る前。
作戦会議で上がった、『ここ最近姿が見えない』凶悪な能力者。
その名簿の中にその名はあった。
『拒絶』のアリアドネ・ブルーフラワー。
二つ名『不沈天使』の名を冠する個別能力『拒絶』の保有者。
金髪碧眼。絹のように艶やかな金髪と整った顔立ち。
その誰しもを魅了するような外見からは想像もつかない凶悪な能力『拒絶』で、
『悪意を囀る小鳥』同様、単体で『リスク』指定されるほどの能力者。
そしてベルカイラ・ラーゼフォルン同様、能力社会の最強の一角。
ただベルカイラと違いがあるとすれば彼女が能力『視点侵略』と彼女自身が有する驚異的な戦闘センス・加えていっそ能力と言っても差し支えのない程の『反射神経』の連携でその座に上り詰めたのに対しアリアドネは有する強力無比な個別能力『拒絶』単体だけで上り詰めた点。
そしてその『個別』の真相は――
「全ての物体を拒絶する!」
「クッ!!」
史郎は自身が操作する瓦礫がアリアドネに衝突すると、アリアドネの皮膚表面に展開する青い膜でもって逸らされるのを見て顔を歪めた。
そう、これが『拒絶』のアリアドネの本領。
自身の皮膚表面に全ての物体を逸らす青い膜を張る。
それによりこの世の全ての物体を『拒絶』する。
それこそが彼女の有する『拒絶』の真相。
彼女はその能力でこれまで全ての攻撃を逸らしただただ自身は防御を無視し攻撃するだけで圧倒してきた。
だからこそ沈まぬ天使、『不沈天使』、そう呼ばれた。
そしてその力が
「ホラホラどうした九ノ枝!! このままじゃそこの小娘達を守り切れんぞ!!!」
「そんなんさせるわけねーだろ!!」
容赦なく猛威を奮っていた。
史郎が操るいかなる物体も『拒絶』は弾き続ける。
史郎が操るいかなる瓦礫も青い膜の前には無効。
全てが逸らされ弾かれる。
そして彼女はいかなる物体も逸らすという確信があるからこそ
「フン、映像操作と『悪霊』の連携。まるでこの世の物体全てを操るような能力コンボは確かに凶悪だが」
アリアドネは笑いながら言う。
「そもそもこの世のいかなる物体も私には干渉出来ないから意味がないな」
と。
「くそ!!」
映像で生み出した仮想の瓦礫。
その後『悪霊』で実体を宿した瓦礫がアリアドネに弾かれ史郎は悪態をついた。
そう、史郎の光操作で生み出した光景を例え本物だと思ったところで関係が無いのだ。
そもそも物質の干渉を丸ごと防げるのだから。
だからこそ彼女は史郎の映像をじゃんじゃん受け入れ物質化しつつもなお
「ホラホラどうだどうだ! この程度かお前は!!」
史郎を攻め立てていた。
一方で史郎も負けてはいない。
顔を歪めながら、メイや姫川を狙おうとするアリアドネのテレキネシスを『ジャック』
強制的に動作権を奪い取ったり、
「ほう、なかなかやるな」
空間全体の映像操作でメイ達と距離を開けて見せ、実際に空間を開けてみたりとメイ達への攻撃は許さない。
しかし、その一方で攻め手に欠けるのも事実。
アリアドネを攻撃することが出来ないのだ。
だがしばらくしてアリアドネの攻撃のリズムを掴みだすと、史郎も攻勢に転じた。
「ッ!」
瞬間、史郎から放たれる圧で攻撃を予感したアリアドネが目を見開く。
そして次の瞬間には腕が切り飛ばされた。
しかし――
「映像だろ?? 私の『拒絶』が起動していない。物体の干渉が無い証拠だ」
アリアドネは表情を崩さない。
しかしこんなこと史郎とて予想済み。
即座に今度は映像操作で姿を隠した不可視の刃がアリアドネを襲った。
だがこれも
「利かん。私の認識を超えて能力は発動する。たった今貴様が放った不可視の攻撃は逸れてったぞ」
アリアドネは余裕の笑み。
青い膜を発動させ不可視の刃を弾いて見せた。
見当違いの方向に飛んでいくのを感じ史郎も即座に映像操作を解除。
カランカランと乾いた音を立てて西洋刀が床に転がった。
だがここまでもまた、作戦通り。
というより今ほどの攻撃はむしろ囮であり、準備完了。
史郎は口角を吊り上げた。
そして次の瞬間、
「ナッ……」
アリアドネが片膝をつく。
アリアドネは青い顔をしながら言った。
「貴様、一酸化炭素を」
と。
対し
「あぁ……苦しいだろ」
史郎はコクリと頷いた。
普段は余り使わないが、気体操作の応用である。
気体の一酸化炭素を集めアリアドネの周囲に撒き中毒症状を狙ったのだ。
その意図は明白で
「おめーは確かに全ての物体を拒絶するという触れ込みだが、何も本当に『全て』じゃない。死なないために空気を吸う必要もあるし飯を食う必要もある。だからこそ、本来お前を毒殺したり窒息死させたりすることも可能のはずだ。で、今俺がしたのは後者。気体の操作。お前は、お前の『拒絶』は気体は拒絶対象外のはずだ。窒息しちまうからな。ならば」
史郎は決まりだとばかり言い切った。
「こうして中毒症状を誘発することも可能だ」
しかし後から思えばアリアドネもまた、ここまでは予想の範囲内の様だったのだ。
なんと、
「フフフフフフフ」
と笑い出したのだ。
そして史郎が笑うアリアドネに目を見開いていると言った。
「想像通りだ」と。
「なに……!?」
予想外の言葉に史郎が目を見開いた瞬間だ、一気にアリアドネは駆けてきた。
本来ならば身動きすら取れないはずなのに、だ。
驚愕の光景に史郎が対応に遅れているとアリアドネは口角を吊り上げた。
「確かにその通りだ史郎! 私を毒殺することも窒息死させることも中毒死させることも本来可能だ! しかしどうしてだと思う!? そんな私が『今も生きているのは』!? 答えは単純!! そんなものとっくに対策済みだからだ!!」
そして予想以上に早く、鋭く動き出したアリアドネに史郎は対応しきれない。
瞬間、『閾値超え』し淡く輝く拳が史郎を捕らえた。
「九ノ枝君ッ!?」
その光景を見てメイは悲鳴を上げる。
そしてふっ飛ばされ地面に転がる史郎に向かいアリアドネは言うのだった。
「確かに過去にも同じ方法で私を倒そうとする高位テレキネシストはいた。おかげで対策は済んでいる。気体操作は私の十八番だ。しかし流石だ史郎。お前は誰よりも早くそれを実行した。おかげで多少中毒症状が出た。そう言った意味でお前は私の期待通りだ。そして」
アリアドネの瞳がむくりと起き上がった史郎を捕らえる。
「ここからが本領だ、九ノ枝史郎……」
「く!!」
駆けると同時、アリアドネは叫んだ。
「私を失望させるなよ!!」
『閾値超え』したアリアドネの蹴りが史郎を捕らえた。
そこからは防戦一方だった。
確かに史郎は『光の操作』と『悪霊』であらゆる物体を生み出す術を手に入れた。
しかしアリアドネはその物質干渉を丸ごと防ぐのだ。
メイや姫川アイに近づくことは映像操作で距離を引き延ばしたり、『ジャック』や映像操作による物体の作成で完封できるが、とにかくアリアドネを攻撃することが出来ないのである。
そして史郎の攻撃が効かないと分かるとアリアドネは猛攻を仕掛けてきたのである。
周囲の瓦礫が史郎に襲い掛かる。
それらを史郎は『ジャック』し防御。
まるごと防ぎ、そのままアリアドネを狙うが
「フン」
アリアドネは一つ笑い『拒絶』でそれを防いで見せる。
また史郎が瓦礫を映像操作で隠し襲うも
「何か攻撃してくれているようだが無駄だと言っているだろう」
自動で『拒絶』を発動させ、防ぎ、
また史郎が不可視の刀を振るうも
「何やら折れたぞ」と余裕の笑み。
また史郎が、テレキネシスと気体操作の応用、酸素と可燃物質をアリアドネの周囲に撒きバチッとテレキネシスで静電気を発生。
ゴアッ!と爆炎を生み出しアリアドネを焼き払いにかかるが
「多少は熱い」
とアリアドネは無傷。
ならば地面との接触を許す足元ならどうだと、地中に刃を走らせ霜柱のように地中から刃を剣山のように突き出し攻撃するも
「足裏もオートで起動する」
とアリアドネは平気の表情。
そんなアリアドネは攻撃に専念することが出来、
「ホラホラどうしたどうした!!」
と史郎に拳を、テレキネシスを見舞うのだ。
そのどの攻撃も史郎はジャックで防いだり、身体技術で防ぐわけだが、防御不要のため余りに苛烈。
ベルカイラとは違い肉体強化は史郎の方が上の様だ。
だからこそ本来ならばダメージは少ないはずなのだが、『拒絶』が上乗せされている関係だろうか、拳を受けるとそこそこのダメージを受ける。
おかげで数分も打ち合うと史郎はだいぶ疲弊しており、そんな様子を見てアリアドネは言うのだった。
「おいおいこれじゃそこの女を守り切れんぞ!! 大切なんだろ!!? その女を見て見ろ! 心配で怯えているぞ!!」
と。
そしてその瞬間、史郎はつられてメイを見た。
そしてその表情を見て息を飲んだ。
戦闘の邪魔にならないように奥に控えさせているメイ。
その表情が決意に満ちていたからだ。
メイは史郎の表情を見ただけで史郎の大体の意図を察することが出来る。
そう、史郎もまたメイと同じ域に辿り着いたという訳だ。
確かにその表情は張り詰めている。
それをアリアドネは『怯えている』、そう取ったようだが、史郎の受け取ったメッセージは違った。
『自身もこの戦いに参加したい』
そう目で訴えているのを明確に感じ取ったのだ。
案の定、史郎と目が合うと
「九ノ枝君、私もッ!」
と言って史郎が周囲に浮かばせていた防御用の瓦礫を超えこちらに駆け寄って来る。
そしてその光景を見て、『メイが激戦地帯の中心に近づいてくる』、その危険な光景を遅くなった時間の中で眺めながら史郎は思い出していた。
これまでのことを。
これまで史郎は何度となくメイに窮地を救われてきた。
このメイなら、この状況を打破できるかもしれない。
そして何よりメイは『同行者』
史郎の望むものを生み出す。
そのどこまでも史郎と付随する異能を手にしているのだ。
このメイの力があれば打破できるのではないか
そう史郎は思考を巡らせた瞬間、
ふと思いついた。
このアリアドネを倒す方法を。
そして問題はその内容をどうメイに伝えるかだったが、
「!!」
即座に史郎を見て内容を悟ったメイは『同行者』を起動した。
それによって生み出されたのは『一本のナイフ』で
「でかした!!」
空中に放たれたそれを掴むと、史郎は
「行くぞ!!」
一気にアリアドネへ駆け出した。
対しアリアドネが叫んだ。
「それで何が出来る!!」と。
だが出来るのだ。このナイフがあれば、アリアドネを倒す、そのことが。
駆けながら史郎の中にアリアドネの言葉が蘇ってくる。
『映像だろ?? 私の『拒絶』が起動していない。物体の干渉が無い証拠だ』
そうアリアドネは不可視にしていても『拒絶』の起動を感知でき
『たった今貴様が放った不可視の攻撃は逸れてったぞ』
『なにやら折れたぞ』
恐らくその物体が破壊されたのかも、逸れたのかも感知可能だ。
ならば――
数瞬後、史郎はアリアドネの胸にそのナイフを突き刺した。
そして史郎の体が僅か離れ、自身の胸が露わになった瞬間、アリアドネは目を見開く。
史郎の刺したナイフが深々と自身に突き刺さり、そこから赤い血が吹き出始めているからだ。
だが、アリアドネは目を見張る。
自身の『拒絶』は起動している。
確かに先ほどこのナイフは自身に接触した。
だからこそナイフは折れるか、逸れるかしているはず。
だが『拒絶』はそれを感知しておらず、その『逸らし』も『壊し』もしていないナイフの束が自身の胸に深々と突き刺さっている。
その事実はつまり――
「まさか――」
アリアドネは目を剥く。
自身の胸に、このナイフの束の先が深々と突き刺さっているということである。
そして『自分の胸にナイフが突き刺さっている』、そう思ってしまった瞬間、マジックナイフで刃が収納された束の先に、アリアドネの幻想で出来た刃が像を結ぶ。
「ッ!?」
瞬間、本当に『拒絶』の膜を超えて幻想の刃がアリアドネの胸に突き刺さり、アリアドネは目を見開いた。
だがそれよりも早く、アリアドネが事の真実に気が付くよりも早く、
「終わりだ」
アリアドネの思いにより作られた幻想の刃を横に滑らし
「クッ……!!」
アリアドネ・ブルーフラワー。
『不沈天使』の名を冠する能力社会の一つのリスクを殺害した。
「流石だ、史郎……」
世界のリスクたる彼女が最後に残した言葉はそんなものだった。
アリアドネを倒した史郎は浅い息を吐いていた。
史郎がしたことは単純だ。
史郎とメイが生み出したのはパーティーグッズでよくある刃が束に収納されあたかも物に刺したように見えるマジックナイフ。
アリアドネは物体の干渉を感知できる。そしてそれがどちらの方向に逸れたかもまた破壊されたかも感知できる。
だからこそ能力が起動したにもかかわらずどこにも逸れず、また壊れてもいないナイフの束が自身の胸に当たる様を見て、アリアドネは自身の胸に突き刺さる刃を想像してしまったのだ。
それにより『悪霊』が起動。
絶対防御、『拒絶』の膜を超え幻想の刃が出現。
アリアドネを切り裂いたというわけだ。
「ありがとう雛櫛!!」
「ううん、そんなことない。大丈夫、九ノ枝君……?」
そう二人が声を掛け合っているとそこに巨大な空間の両サイドから新たな『二人』の死角が現れた。
というよりも現れたのは完全な今回の黒幕達で
「あらあら、ようやく会えましたね」
史郎達の背後から現れたのは
『記憶の最果て』
木嶋の記憶を消し、かつ姫川の記憶を関わった全ての人間の記憶から消し去った超級の実力者。
『記憶操作者』
金髪で巻き髪を詰めた少女。
頭に王冠のような装飾を施したドレスを着た少女。
シスリーネ・フォウンガード。
世界最強の記憶操作能力者である。
そして史郎達の前方から現れたのは
「遊ぶんじゃないぞシスリーネ……」
金髪の美青年。
今回の事件の黒幕、鈴木康彦の最側近。
『極光』のグレイ・ハーヴェスト。
敵サイドにいる数ある世界最強クラス能力者の一人であり
現れたグレイに史郎は目を剥いた。
恐らく、『この世の王』でこの世の物体のほぼ全てを操作できるようになった史郎にとって、『拒絶』のアリアドネ同様かそれ以上に相性が悪い
世界最強の光操作の能力者である。
出来れば会いたくなかった、
『極光』の名を冠する敵サイドの中で最も相性の悪い相手の登場に史郎は臍を噛んだ。
だがそんな史郎の内心など斟酌せずグレイは言う。
「ここで九ノ枝を殺し姫川を奪い取るんだからな」
史郎とメイ達に最強の刺客が迫る。