第6話 旧題
◆◆◆
「とは言っても、現状、我々は完全に敗北していると言える……」
11月某日。
史郎がメイの作戦参加を知る少し前のことだ。
木枯らしの吹き始める肌寒さが一層強くなった秋ごろ、新平和組織の隊長室に、リツと一ノ瀬はいた。
モニターの先には死なない悪意『悪意を囀る小鳥』パトリシア・ベアードの銃殺遺体が表示され、コメンテーターが得意げに持論を述べていた。
世間で寒風が吹くのと同じくして能力社会と一般社会にも寒風が吹き始めていた。
「確かに作戦は上々だ。『致命加護』も無事完成しこれだけの戦力差があるのだ。どう考えても我々の勝利は確実だ。これならば政府からのゴーサインも出るだろう。だが現状はどうだ」
隊長席につく鷲崎はモニターを顎しゃくった。
「奴の殺害遺体を公開することで明確に奴は世界に自身の意思を投げ込んだ。まさか我々から攫ったパトリシア・ベアードをこのように利用するとは」
モニター上ではパトリシアの銃殺遺体がモザイクで公開され、その意味について非能力者の識者たちが憶測を述べていた。
これにより融和に動き出していた能力社会と一般社会の間に再び不穏な空気が流れ始めていた。
それは能力社会も予想もしていなかった展開であり、鷲崎は唸る。
「これでようやく奴の目的が判明した。というより奴は既に自身の目的を完遂している。奴の目的は自身の考えの完全周知。一般人は悪意を送るべくも無い下等な管理対象生物。その考えを、彼の意思を、能力社会の連中に、そして世界中の国民に送り込む、それが奴の目的だった。そして奴は『悪意を囀る小鳥』を殺害することでそれを明確に示した。情報にはインパクトが重要だ。『不死の殺害』のインパクトはそれほどまでに強力だ。そして――」
『それはつまり我々は豚と同様の管理対象だと!?』
『いや、私がそう言っているわけではないですよ? ただその可能性があると』
『だとしたらそれは許せませんね!?』
「この空気では能力社会の連中も奴の意思に染まりかねん。このままでは第二第三の鈴木が出てくることは時間の問題だ。だからこそ鈴木は既に自身の目的を達成していて、この点において我々は完全に敗北していると言えるのだが……」
鷲崎はじろりと自身の前に立つ一ノ瀬とリツを見た。
「この現状を打開する方法があると。それは本当か?」
「えぇ、あります」
対し一ノ瀬は即答した。
一ノ瀬とリツはこの空気を打破する策があるからこそ、ここに来たのだ。
ただ鈴木を倒すだけではない。
既に鈴木が作り出したこの空気、この不穏な空気を打破する、そんな、自身の考えを広めるという目的を果たした鈴木の勝利を覆す、史郎サイドの人間の完全勝利に導く策があるのでやってきたのだ。
「そしてこの作戦ならば、問題だった『他国からの協力』も得られます」
「聞こう……」
前かがみになる一ノ瀬に鷲崎は手を前に組み頷いた。
一ノ瀬は先に『致命加護』を利用する策を立てた経歴がある。
そうでなくとも何かと頼りにしている人材だ。
彼らの助言には耳を傾けざるを得なかった。
そうして彼らが何を言うかと待っていると、一ノ瀬の横に控え直立の姿勢を崩していなかったリツが口を開いた。
「突然ですが鷲崎殿。『致命加護』で生徒の安全を図る本作戦ですが、実は一名『致命加護』を同行させないと思われる生徒がいます」
「どういうことだ?」
鷲崎は耳を疑った。
◆◆◆
「な、なぜ……」
時と場所は変わり、イギリア。
ケイエス大聖堂の最深部。
姫川アイ救出作戦の最中、メイが転移せず史郎は目を剥いていた。
そして史郎が信じられないものを見るようにメイを見ていると、その反応から自分のしたことの重大さがようやく理解できて来たからかメイは目に涙を溜めた。
「ごめんなさい九ノ枝君……。実は私、『致命加護』用の小石に自分の髪を巻きつけなかったの……」
「な、なぜ……!?」
『致命加護』は所定の水瓶に自身の髪を巻きつけた小石を入れておくことで発動する。
しかしそれをしないという事は『致命加護』が発動しないということである。
それはつまり、これまでの道中、実は雛櫛メイは死のリスクがあったということなのだが
「だって……」
史郎が問うと、メイは目に涙を溜めながら言った。
「だって、私がいなかったら九ノ枝君が死んじゃうかもしれないじゃないッ……!」
「……ッ!」
予想外の言葉に史郎は言葉を失った。
そして、確かにそうなのだ。
史郎は作戦を思い出す。
今回の作戦、確かに人工能力者のメイは死なない。
『致命加護』によるサポートがあるからだ。
しかし史郎達、既存能力者は違う。
既存能力者は既存能力者と戦うことを求められているため、『致命加護』など帯同させない。
そしてだからこそ、何かの拍子に自身を護衛する人工能力者が『致命加護』で緊急離脱してしまった場合、その後『能力無効化』が展開した瞬間、彼らは普通に死ぬ可能性がある。
だからこそ当初史郎はなぜこのような危険な作戦に各国は優秀な能力者を送るのだろうと眉を潜めたのだ。
だがそんなことはもう、作戦参加能力者は百も承知で本作戦に参加しているのだが
「それが嫌だから……! 私は、私は……! 致命加護を帯同させなかったのよ……!」
メイは涙ながらにそう言った。
メイにメイの言葉で明確に自身の意図を言われ、史郎は息を呑んだ。
そう、今回生徒を守る『致命加護』だが発動閾値は作戦参加能力者中でも最弱の防御力の生徒でも耐えられるレベルに設定されている。
だがメイの防御力はそれよりもずっと高い。
だからメイの場合、『まだ耐えられるのにみすみす緊急離脱してしまう』という可能性がある。そしてそれは史郎の死のリスクが急激に高まることを意味していて――
それがメイは嫌で、だからこそメイは致命加護を利用しなかったのだ。
史郎が自分を守ってくれることを『信じて』
メイは命を懸けたのだ。懸けていたのだ。
ただ一つ。
『あの……お願いがあるの。『致命加護』があるのも分かるんだけど、あの……』
『いざって時は私を守って欲しいの……』
そう史郎に言うだけで、ここまでの道中、
『行くぜぇ!』『死に晒せぇ!!』『死ねぇ!!』
様々な死の危険に身を投げ打っていたのである。
史郎を守る、ただそのためだけに……!
「でも……なぜ……」
メイの行動が信じられずその言葉は自然と出た。
対しメイはこれまで命を懸けていたことの反動だろうか。
目に涙を溜めながら史郎をキッと見上げ声を震わした。
「だって、私は九ノ枝君の力を信じているもの……!九ノ枝君なら私が言えば、例え死なないと分かっていても絶対に助けてくれるって、そんなことこれまで何度も話しているから分かるもの……! それに」
これだけでは止まらない。
「九ノ枝君が死んじゃうくらいなら私が死ぬもの……! 九ノ枝君がいない世界なんて考えられないから……! だから私はそうしたの……! 」
泣きじゃくりながらそう訴えた。
そして史郎がメイの言葉に感動しているとメイは言いきったのだ。
「だって私は――」
自分の想い、その全てを。
「九ノ枝君のことが好きなんだもの……!」
◆◆◆
時は遡り、再び隊長室。
リツの説明を受け、鷲崎は唸った。
「なるほど、話は分かった。だがどうするんだ。そんなの明確にミスじゃないか。止めるのか?」
「いえそんなことをするわけがありません」
対し一ノ瀬は何を言っているんだと肩を竦めた。
「それこそが今回我々に必要なものなんですから」
「なに……?」
額に皺を寄せる鷲崎に言う。
「その愛こそが今回必要なものなんですよ鷲崎さん」
鷲崎は眉間に皺を寄せていると控えていたリツが直立のまま話し始めた。
「つまりです鷲崎殿。今回奴らは『死なない悪意』を殺すことで世界に自身の意思を広めて見せました。そしてそんな彼に勝つには、その意思を『上書き』するしかないじゃないですか?」
リツが一呼吸置くと、今度は一ノ瀬が話し出す。
「つまり今回の強襲作戦、その映像をネット上に『流出』させるんですよ鷲崎さん。丁度良いことに彼らは『戦闘万華鏡』というお誂え向きな能力を有している。これを使えばケイエス大聖堂、その突入作戦の映像を同時にネット上に流すことは可能です。
で、その中で、ですよ」
大詰めだ、一ノ瀬は鷲崎ににじり寄った。
「自身の身を投げ打ち想いの人を守る姿は彼らにどう映るでしょうか?」
一ノ瀬がそう言うと鷲崎はふむと考え込んだ。
そして
「大変なインパクトになるな……」
つまりリツたちの考えたその作戦とは――
鷲崎にリツは明朗に告げる。
「そうでしょう隊長殿。つまり作戦はこうです。かつて飢えた少女が鷲に食われそうになっている写真が世界を変えたように、欧州の海岸に打ち寄せられた子供の遺体が世界を変えたように、鈴木が『死なない悪意』を殺し世界を変えたように、我々も『象徴』を作り出し世界を変えるのです。そしてそのキーとなるのが、『象徴』になるのが――」
リツがテーブルの上の写真を示す。
「九ノ枝史郎と雛櫛メイの二人なのです」
写真には仲むつましげに話す二人が写っていた。
◆◆◆
だからこそ現在、史郎とメイの戦闘映像を眺める人間は世界中に大量にいて
そんなことメイも百も承知なのだが
そんな中、メイは言ったのだ。
「九ノ枝君のことが好きなんだもの……!」
と。
「……ッ!?」
メイの告白を受け、史郎が目を見開いた。
そうして史郎が言葉を失っている隙にメイは一気にまくし立てた。
「私は九ノ枝君のことが世界で一番好き……! もうずっと前からそうだった! 誰にも渡したくない失いたくない誰よりも大切な憧れの人! それが九ノ枝君なのよ……! だから私は」
世界中の人間が見ていることを承知で言い切ったのだ。
「九ノ枝君を守るために命を懸けたの……!」
「……ッ!?」
一方で史郎はメイの言葉に驚くのと同時ようやく全体像が見えて来て目を剥いていた。
つまり『ここまで含めて』作戦なのだ。
大聖堂襲撃の映像が流れることは事前の作戦会議で知っていた。
だからこそ
『で、どうしてここまで各国が協力的なんだ?』
世界中から優秀な能力者が集まってきて史郎が尋ねるとリツは
『どの国もやらざるを得ない事情って奴がある。どの国も綺麗な心根のもと参加している訳じゃないのさ。しっかり打算した下、参加することを選んでいる。だから安心していい。彼らは作戦中裏切ったりもしないし、作戦の成功を史郎と同じように願っているよ』
と言っていた。
あの時はリツの言っている意味が分からなかったがその理由はもう分かっている。
ケイエス大聖堂に突入する映像を公開する。ネット上に流出させる。
両社会の不和の原因となっている『鈴木』を倒す作戦に自国からも能力者を派遣したという看板は自国の両社会の和平に都合が良い。
だからこそ各国は、この作戦に優秀な能力者を送っており、それが『象徴』になると言っていたが――
そんなの嘘だったのだ。
いや、正確には、それが全容では無かった。
史郎は目を見開く。
このメイが史郎を守るために命を懸けることまでがセットで策だったのだ。
それが真実、『答え』である。
だから
『雛櫛じゃないとだめなんだ』
メイが作戦に参加しなければならないとリツは言っていたのだ。
そしてメイが致命加護を利用しないことが分かっていたから
『私からお前に言えることは一つだ。何があっても、雛櫛を守れ。それだけだ』
リツはそう言っていたのだ。
そしてなぜ史郎を象徴にするかにも理由がある。
なぜなら――
◆◆◆
「話は分かった。確かに雛櫛という少女が九ノ枝を守るために命を懸けることはインパクトがあるな。だがそれだけで『象徴』に成り得るのか?」
時は遡り、11月。
鷲崎が問うと、一ノ瀬は自信ありげに頷いた。
「なりますよ。なぜなら相手が『史郎だから』です」
その言葉に鷲崎が眉間に皺を寄せると一ノ瀬はこれまでを振り返った。
「なぜならですよ、史郎はかつて『ArmS』と戦い生徒を守り、鈴木を倒す、姫川を取り戻すと『宣言しています』。そして彼は実際に生徒を狙う敵達、とりわけベルカイラ・ラーゼフォルンと死闘を繰り広げそこで勝利しており、その時の映像は『全世界的に有名です』。その彼が実際にイギリアに赴き、元非能力者だった雛櫛と手を取り合い、姫川を救う、鈴木を倒すというのはとてもインパクトがあるのではないでしょうか」
それが今回の作戦だったのだ。
実際に史郎はかつて敵対する『ArmS』に対し
『俺は彼らをこんな状態に追い込んだ鈴木を許しはしない! 何があっても鈴木を倒し、そして、俺の不手際で能力者になって攫われた、姫川アイをイギリアから救出する!!』
そう言っていて、
『――ぶっ飛べ』
ベルカイラ・ラーゼフォルンを倒した映像は全世界的に有名だ。
そんな史郎がメイと手を取り合い敵を倒す姿は周囲の人間にどう映るだろうか。
大変なインパクトがあるのではないか。
史郎はかつて思い、実行していた。
言葉は『誰が言うかが』重要だ、と思い、
これまで学園を何度も救ってきた史郎が『ArmS』を倒し『何があっても生徒を守る』そう宣言することで、生徒達のモチベーションを改善して見せた。
それを知るリツや一ノ瀬は、その手を全世界的に利用したのである。
それが今回の作戦の全容で――
◆◆◆
(そういうことか――!!)
作戦の全容を知った史郎は目を見開いていた。
まんまと嵌められたことに怒りを覚えないことも無い。
だがそれ以上に事件は現在進行形で、メイがこの危険な現場に命綱なしに残るという状況で進行しており
「ひ、雛櫛……」
史郎はメイの腕を掴むと
「ありがとう……」
自身の気持ちを吐露した。
「俺も雛櫛のことが好きだ……!」
全世界の人の前でメイに愛の告白をしたのだ。
そして
「……ッ!」
その史郎の言葉、自身が前から欲しかった言葉が届きメイが目を見開いているうちに捲し立てた。
「俺もずっと雛櫛のことが好きだった……! これからずっと雛櫛と一緒に居たいってずっと前から思っていた……! だから雛櫛、まずはここから出よう……! まずは生きて帰って、これから一緒に色んなところに行こう! 動物園とか水族館とか遊園地とか芸術館とか雛櫛と行きたい場所が沢山ある……! 特別な場所だけじゃない……! 雛櫛とずっと穏やか日々を過ごしたい……! 俺は雛櫛と過ごす世界が欲しい……! だからそうだよ雛櫛、まずはここから出ようよ。生きて帰って、色んなことを一緒にしようよ……!」
そう史郎が言うと、
「私もよ、九ノ枝君……!」
メイは流れる涙を拭き
「私もこれからずっと九ノ枝君と一緒に居たい……!」
そしてその言葉を聞くと史郎の目にも涙が満ち
「これからずっと、いつまでも一緒にいよう雛櫛……!」
「うん……!」
二人はどちらからでもない、自然と抱き合い、
その涙を流す華奢な体を包み込むと史郎は自分の中で今までにない大きな力が沸き起こってくるのを感じた。
今までにない、とてつもなく大きな力だ。
そしてそれを感じて、史郎はリツたちの敷いた作戦を思った。
恐らくリツたちの策は全世界が見守る中史郎とメイをくっつけ、その後史郎に『無双』させることである。
だがそうなると――
「問題が出て来るな」
時は11月。鷲崎は唸った。
「確かに雛櫛はこれまでは一般人だった、今や人工能力者の、我々既存能力者にも、一般人にも属さぬ新人類だ。そのような者と既存能力者の史郎が愛を結び、手を取り合い、鈴木を倒すというのは非常にインパクトがあるな。しかし」
鷲崎はこめかみをもんだ。
「九ノ枝はそれだけ強いのか。雛櫛を守り生き延びられるのか?」
それが問題であった。
しかし疑問有り気な鷲崎に対し
「大丈夫ですよ、鷲崎さん。なぜならうちの史郎は――」
そうだ。
メイを抱き、自身の奥底から湧き上がってくる『力』を認識しながら史郎は思った。
そう、問題はここから無事逃げ出せるかどうか、だがそんなことは問題ない。
なぜなら――
(――雛櫛を手に入れた俺は――)
冷たい室内で一ノ瀬は言う。
「雛櫛を手に入れた奴は――」
(死ぬほど強い……!!)
「死ぬほど強い……」
(そしてそんな俺が無双することは――)
「そしてそのような史郎が、雛櫛メイと愛を確認した後、史郎が無双することは――」
(象徴に成る……!)
「象徴に成りえるのです」
「不死の能力者を殺害することよりも、『遥かに』ね」
室内で一ノ瀬はそう言うのだった。
それが今回の作戦の全容。
生徒達は『致命加護』で死なない。それを突き敵を一機に掃討するが
メイは史郎を守るためにそれをかけない。
そのことで史郎を瞠目させ、その拍子で
全世界の人間の前で史郎とメイに愛を結ばせ、そんな史郎に『無双』させることで『平和の象徴』にさせる。
それが今回の作戦で
「ハハハハ……、やってくれたな……ッ」
全てに辿り着いた史郎はメイを抱いたまま悔しそうに笑った。
「うん?」
そんな史郎をメイは不思議気に見上げた。
そして疑問がるメイに口を開こうとした時だ、
現場に動きがあった。
「あそこだああああああ!!」
「姫川もいるぞぉぉぉ!!」
ようやく史郎の元まで無数の敵能力者が追い付いたのだ。
「!?」
その殺意漲る相手にメイは身を強張らせるが、そんなメイを安心させるために史郎は優しく言うのだった。
「安心してくれ雛櫛。これから大聖堂から脱出するけど、絶対に君は死なせはしない。そしてどうか、引かないで欲しい。なぜなら――」
大きく息を呑んで言い切った。
「君を手に入れた俺は今までよりも遥かに強いから!!」
瞬間、廊下を駆けていた能力者が史郎の操る瓦礫を喰らい吹っ飛ばされた。
そしてその光景に目を丸くするメイに史郎は言う。
「始めよう雛櫛、俺達の物語を……!」
言いながら、史郎は自身を鼓舞した。
「帰ろう、俺たちの世界へ……!」
そう、戦いを始めよう。
なぜならこれは――
俺が通う高校の生徒が能力に目覚め、先輩能力者の俺が無双する話、なのだから。
第9章 第6話 旧題 終




