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第10話 不戦敗

二回戦が終わると一時間の休憩が与えられた。


すでに時刻は三時過ぎである。

四時から決勝トーナメントを開始し、優勝者を決める手筈となっていた。


史郎が射手瞬太の試合をすっぽかすことになる一時間ほど前。


史郎は校舎の屋上にいた。


「どれどれどれどれ」


史郎は持ち込んでいたPCにビデオカメラをつなぎ映像を解析していた。


期末能力試験大会の映像である。


史郎は体育館の天井付近に数台のビデオカメラをテレキネシスで浮かし戦闘万華鏡の映像を撮影していたのだ。

見逃しがある可能性や、史郎が試合に参加していた試合やその前の試合などは観戦できなかったので、念の為、皆が保有する能力を解析していたのだ。


「楢崎の保有するのは『ムカデ使い』、か……」


史郎は映像を早送りで流しながら、多くの生徒の能力を頭に叩き込み、内通者の可能性のある能力者を探し出していた。


ナナの言っていた通りで、確かにこの大会は生徒の能力解析に大きく役立った。


先ほどまでの史郎のように能力を一切出さない生徒もいたが、不明だった316名のうち、277名の生徒の能力解析が進んでいた。


内通者の個別能力は『空間転移』だと思われる。


ナナは言っていた。


『アンタは気合入れて『肉体強化能力者』と『テレキネシス能力者』を見つけるのよ! そいつが内通者だからね!』


と。


史郎もナナの推測は正しいと考えている。


内通者である『空間転移能力者』は、史郎がこれまで解析した生徒の中でも『肉体強化能力者』及び『肉体強化能力者』の中に紛れている。

もしそうでなければ、いまだに能力の片りんを見せない39人の中そいつはいる。


これは大きな成果だ。

史郎がこれまで行ってきた解析をたった半日で大きく前に進めることが出来た。


だからこそ史郎は今日のうちにみっちり映像を解析する必要はない。

数日後、調査結果として提出すればよいだけだ。

だが史郎がなぜわずかな時間すら使い解析に勤しむかと言えば、ちょっとした義務感からだろう。


そして機嫌よく鼻歌を吹きながら映像を解析していた時だ


「え?」


異様な光景を発見したのだ。


あり得ないものが映りこんだのを見つけた瞬間、怖気が走った。

映りこんではならない、亡霊を見た気分だった。


動揺で目の焦点が一瞬定まらなくなる。


しかし史郎は震える手でPCのボタンを押しわずかに巻き戻し、映像を再度確認する。


その映像は史郎の見間違えではなかった。


心臓が未だかつてないほどの速さで鼓動を打った。


間違いない。

今史郎が見る映像、まさに今、そこに映っている人物こそ、『内通者』である。


内通者の名前は――


木嶋きじま義人よしと


二年A組に所属する男だった。


そこで史郎の携帯にメールが届いた。


決勝トーナメントの組み合わせ表だった。

それを見て史郎は驚いた。

自分が会長である射手と戦うことになっていたことにも驚いたが、木嶋義人の名前が決勝トーナメント一回戦最終試合に組み込まれていたからだ。


木嶋義人は予選を突破していたのだ。

しかし史郎の中で強烈な疑問が発生する。


(なぜ木嶋は逃げていないんだ……)


木嶋のミスは致命的であり、史郎が木嶋の立場なら即高校から立ち去るような代物だ。

敵が能力開放派、つまりは改革派の差し金なら、保守派の命で何者かが内通者を探していることも察知しているはず。

史郎がダイレクトに指示を受けていると思わずとも、何者かの敵の存在は認識しているはずである。


だというのに、なぜ『逃げない』???


「……罠、なのか……」


史郎はその場で繰り返し映し出される証拠映像の前で身動きが取れなくなってしまった。


そして史郎が史郎が熟考している合間に時間は飛ぶように過ぎ去り――


◆◆◆


観客席たる体育館はついに始まる決勝トーナメントで大いに盛り上がっていた。


学園前のコンビニで買いこんできた炭酸を飲み、菓子を食い少年少女はこれから始まる学園の頂上決戦を今か今かと楽しみにしていた。


会場をミイコの伸びのある声が切り裂く。


『それでは!!! 決勝トーナメントを開催します!!!!!』


『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』』』


観客が地鳴りのような歓声を上げる。


『では決勝トーナメント第一回戦を開始します!! カードは……!!』


戦闘万華鏡に大文字のテロップが表示された。


『射手瞬太くんVS九ノ枝史郎くんです!!』


待ちに待った試合の開始に観客の歓声が最高潮に達した。


『出場選手はすでに校庭に待機しています!! では映像!』


フウカの指示で戦闘万華鏡の映像が切り替わり、校庭が映し出される。


そして映し出された映像に生徒たちは、一転、愕然とした。


なぜならそこには


たった一人。

金髪の美少年。

射手瞬太しか映し出されていなかったからだ。

射手瞬太が広い校庭でポツンと立っているだけで、対戦相手である史郎がいなかったのだ。

そして、いないならば試合をすることが出来ない。


ミイコは言葉を詰まらせながらマイクを握った。


『……く、九ノ枝くんがいません。これはどうなってしまうんでしょうか』

『今、パンフレットで調べてみます! 少々お待ちください!』


思わぬ事態にフウカとミイコは取り乱しつつも、場を落ち着かせるべく、直ちに進行方法を確認する。

裏方でも放送部の部員が何事かあわただしく話し合いつつ、パンフレットを捲っていた。

しかし、結果、何の記載もない。

当然である。これは学生達が即興で開いた催しなのだから。


『結果が上がってきました……。決勝トーナメントに間に合わなかった場合のルールは記載されていないようです……。大会実行委員に確認に言っているところで……す。あ、その返事も今きました』


無線に入った指示をミイコは震える声で繰り返した。


『九ノ枝くんは辞退とし、射手会長を自動的に繰り上がりにするようです。つまり今この瞬間に射手会長の決勝トーナメント一回戦突破が確定――』


『――九ノ枝史郎君の敗退が確定しました』


観客席はまさかの展開に静まり返った。


そんな中メイは史郎不在の校庭を示す映像を張り詰めた表情で見つめていた。


「……どうしたの、九ノ枝くん」


誰にでもなく呟いた言葉は体育館という巨大な空間で誰かに聞かれる前に消えた。






「…………………………………………」


そして、画面にはせっかくの舞台を無下にされた射手の姿が映し出されていた。


射手の前髪が風で怪しく揺れる。


◆◆◆


「……よし」


しばらくして史郎は意を決していた。

罠かどうかは不明だが、とにかくまず敵が今もこの学園にいるか確認するべきである。

もしかするとこの段になり作戦失敗に気が付き脱出している可能性がある。


史郎は気を取り直し、PCなどを隠し、体育館に向かい駆けだした。

途中、校庭を見やる。


「あ゛……」


その段になりようやく自身の失態に気が付く。

校庭では決勝リーグ一回戦が行われており、今校庭で火花を散らす二人を見る限り決勝リーグ一回戦第三試合。

すでに史郎の第一試合は終わってしまっていることになる。

おそらく史郎は不戦敗という扱いになった、はず。


「きまず……」


史郎はポツリとつぶやくと体育館へ走った。





そしてその気まずさから、身を縮こまらせながら体育館の扉から体育館の中を覗き見ていると


『あああああああああああああ!!! 九ノ枝くん!!』


なんて目が良いのだろう。解説のミイコに数秒で見つかった。


ザワワワワ。


「……うお!」


ミイコの声で会場中の視線が史郎に注がれる。


史郎に向けられる目・目・目。

その多くが非難の色合いを帯びており思わずたじろぐ。

そして痛感する。

これからミイコに告げられるであろう質問に慎重に答えないと社会的に死ぬ。

すでに死んでいるからそこまで気にしないが、だがわざわざ事態をこれ以上いたずらに悪くする必要はないだろう。


史郎は身を固くしながらミイコの次の言葉を待った。


かくして言葉は告げられた。


『九ノ枝くん!? なぜ試合に参加しなかったんですか!?!?』


なるほど、やはりそういった質問か。

史郎は心の中で首肯する。

ならばどういった返事をするのがベストなのだろうか。


素直に考え事をしていたと答えたらどうか。

きっと反感を買うに違いない。


ならばどういった理由なら彼らの神経を逆撫でないのだろうか。

そして史郎の中で妙案が浮かんだ時だ、好都合な質問が投げかけられた。



『たとえ九ノ枝くんでもさすがに射手会長は厳しいと判断したんですか!?』


史郎は気が付いたのだ。

どういう返事をすれば相手を怒らせないかではなく、どういう返事をすれば彼らを喜ばせるか考えれば良いのだ。

ようはリップサービスをすればいいのである。

さすればおのずと史郎が言うべき言葉は限られてくる。

史郎が言うべき言葉はすぐに浮かんだ。


『たとえ九ノ枝くんでもさすがに射手会長は厳しいと判断したんですか!?』


そう、彼らは射手が最強だと信じて疑わない。

突如現れた史郎という存在は正直気に食わなかったに違いない。

彼らは史郎が射手にやられる姿を望んだに違いない。

だからこそ、今ここで史郎が言うべき言葉は決まっていた。


「あぁ……」


史郎は震える声で答えた。


「……射手会長、はさすがに強いからな」


その一言で十分だった。

史郎の発言はマイクで拾われ、全校生徒に史郎の意図は知れ渡った。


『史郎は射手には勝てないと判断して自分から試合を降りた』


この認識が生徒の中に一つの事実になったのだ。


そしてこれは本来ならば褒められた所業じゃないだろう。

勝手に勝てないと決めて試合をする前に試合を降りたのだ。

糾弾されてしかるべき不道徳な行いだ。

しかし、史郎は多くの生徒がどこか安堵しているのを鋭敏に感じ取った。


『……ははは、それは、、無いですよぉ! 私たち解説も困っちゃうじゃないですかー。ハハハ』


証拠にミイコの声色からもどこか安堵の色があった。

多くの生徒はさしもの史郎も一人の人間。

射手には敵わない。という認識に胸を撫で下ろしていた。


それほど射手という存在は絶大で

突如現れた史郎の存在はストレスだっということだ。



史郎は多くの視線が再び戦闘万華鏡に向くのを見計らうと、体育館の隅々まで視線を走らせた。


そして見つける。


体育館の隅で今も誰ともしゃべらず壇上の映像を食い入るように見つめる長い髪をした少年を。


陰鬱な空気を周囲に醸し出す木嶋義人は遅れて入ってきた史郎にさして関心を示さずこれからの対戦相手になり得る選手の試合を観察していた。


(――どういうことだ?)


史郎の中に疑問が浮かぶ。


本当に彼は決勝リーグに出場する気なのだろうか。


史郎はまるで木嶋が本気でこの場を楽しんでいるように感じられた。


史郎には木嶋の意図が、裏が、全く読み取れなかった。

しかし今この時が、木嶋を捉える格好の機会であることは事実であった。

裏に何があろうと、今、行動を起こすことがベストに違いない。


史郎は表情を固くして、ごくりと生唾を飲み込んだ。


作戦決行は決勝リーグ一回戦に木嶋が出場する直前。

体育館を離れ待機場に向かう道すがらを狙う。


◆◆◆


かくして作戦は決行された。


「お前、『オリジナル』だろ?」


物陰に潜んでいた史郎が待機場に向かう木嶋の背に向かって声をかける。


黒いぺったりした髪をした木嶋はゆっくり振り返った。

木嶋は信じられない者を見るような瞳で史郎を見つめていた。


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