第1話 Xデー
『史郎!! 目標が晴嵐高校に出現したわ!!』
「おい! 高校周辺には警備がいるはずだろう!!」
話が違う。思わず史郎はインカムに怒鳴り返してしまっていた。
『目標が突如消失!! 次の瞬間には高校の敷地内! とにかく史郎! 高校に急いで!!』
「言われなくてももう向かってる!!」
史郎はすでに矢のような速度で家々の屋根を飛び跳ね現場に直行していた。
「なにあれ~」
道端の幼女が史郎を指さすのも構わない。
「クソ……!!」
史郎は苦虫を噛み潰したように頬を歪めた。
史郎は現場に急行する最中、事の経緯を思い出していた。
世の中の人間を分ける方法は幾つかある。
男か女か。内向的か外交的か。金持ちか貧乏か。エトセトラ。
そしてその中に一つある。
能力者か、非能力者か。
そう、世界中の殆どの人間が知らないことだが、この世界にはまるで漫画に出てくるような異能力を有する人間がいる。
そして高校生、九ノ枝史郎もまた能力者の一人であった。
非能力者で構成される社会生活に馴染めない史郎は、能力組織『赤き光』に所属し、その活動に多くの時間を費やしていた。
高校では浮いた奴。変わった奴と思われ、放課後は厄介な能力者と一目置かれる。
そんな二重生活を長いこと続けていたとき、その情報は入ってきた。
無差別に非能力者を能力者に『覚醒』させて回っている能力者が日本に出没しているというのだ。
小学校、中学校、高等学校。
ターゲットとした学校の全校生徒を能力者に覚醒させてしまう。
現環境を破壊しかねない能力者はこう呼ばれた。
『無差別能力覚醒犯』
と。
「また無差別能力覚醒犯が出たらしいわね」
「そう」
『赤き光』の活動中何度も出たその名だが、史郎にしてみれば他人事だった。
どこの誰が能力者になろうと知ったことではない。
「ふーん、それが雛櫛メイちゃんの写真?」
「お、おい! やめろ!!」
なぜなら史郎は今、高校の同級生、雛櫛メイに初恋真っ最中だからだ。
「お! 可愛いじゃない! でも史郎やめといたほうが良いわよ怪我するわ? だってアンタ高校じゃ友達いないんでしょ?」
史郎がふと眺めていた写真部から買ったメイの写真を取り上げ厭らしい笑みを浮かべる同僚。
当然、眉間にしわが寄るが、確かに同僚の言う通りで史郎は肩を落とした。
確かに史郎のような高校で空気のような人間が学園のアイドルのメイに好いてもらえるわけがない。
能力者からは一目置かれる史郎だが、能力を引いてしまえば何の特徴もない一般人だ。
加えて内向的と来ている。絶望的だ。
そんなわけで史郎にとっては『無差別能力覚醒犯』など全くの他人事であった。
「史郎! また『無差別能力覚醒犯』が出たわよ! ターゲットは都立晴嵐高校!!」
そう。
「史郎の通う学校よ!」
史郎が今も通う、片思い中の雛櫛メイがいる晴嵐高校がターゲットになる前までは。
そして上記に戻る。
予告状を叩き付けられた晴嵐高校の周囲には幾人もの腕の立つ能力者が配備された。
しかしそれらをいとも容易く突破し『覚醒犯』は高校に出現した。
一般人に見られているのも構わず史郎は走る。
このままでは晴嵐高校に全校生徒が能力者にされてしまう。
雛櫛メイまで能力者になってしまう。
彼女まで、この血みどろの社会に足を踏み込んでしまう。
それはならない。
史郎は渾身の力を振り絞り駆け、最速で高校に到着した。
「対象は!?」
高校に一番先に到着した隊も今来たばかりのようだ。
息せき切って尋ねると隊員も焦ったように怒鳴り返してきた。
「すでに体育館に向かった! 我々も向かう!」
「了解!!」
おりしも高校では次期生徒会長を決める全校集会が行われていた。
駆ける史郎をはじめとする能力者。
一分もしないうちに体育館の前に到達し、その鉄製のドアを開けた。
『フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ』
「あ――」
しかし、遅かった。
カーテンが引かれうす暗い体育館。
壇上のみライトが当てられ輝く。
そこに十二単のような服を纏った黒髪の女が宙に浮き、ニタリと笑っていた。
突如ドアを蹴破られ背後を振り返る幾人かの生徒。
しかし多くの生徒は壇上の女にくぎ付けだった。
その時、女の目が赤く光った。
「ようこそ、子羊たち」
それが合図だった。
体育館中を赤黄緑紫青などの光の奔流が踊り狂い
「!!」
史郎もまたその光を受け意識を喪失した。
これがXデーの結末。
史郎が守りたかったものを守れなかった日。
この日をもって、晴嵐高校の全校生徒は晴れて非能力者から能力者に生まれ変わった。
そしてそれは九ノ枝史郎の一般社会と能力社会の垣根が取り払われた瞬間であった。
これは能力を手に入れた高校生たちの日常と事件の物語である。