百話目の物語
人物・背景などは想像力全開フル回転でお楽しみください。
怪談を百話語り終えると、本物の怪が現れるとされる『百物語』。
夏休みの最後に、町内会が肝試しとして『百物語』を企画した。
普段から霊が見える友人が、私を無理やり肝試しの会場へ連れて行った。
この会場は地元で最も古いお堂で八畳ほどの広さがある。
片田舎としては、当時としても大きい方だったと思う。
私と友人、町内会の役員(1名)を含めても、集まった人数は僅か5名。
ただいま夕方の4時ちょうど……まだまだ明るい時間帯。
百物語には不向きな明るさだからなぁ思っていたら「定員10名になったら始めます」と役員が言った。
夜7時を過ぎると辺りは真っ暗になった。
部屋の4隅にある質素な蝋燭立てには、薄暗くボウッと揺れるオレンジ色の火。
明かりに誘われた虫がジュッと音をたてて燃え落ちた。
1つしかない扉は開けっ放し。
私と友人は扉の近くで座っていたので、夜風が直接当たり少し腰が冷える。
この頃になると倍の人数が集まっていた。
静まり返る周囲に気遣い、私は友人にひそひそ声で話した。
「ね、凄い本格的な雰囲気になってきたね! あの人達はお化け役?」
お堂の中央に、数名が輪になって正座している。
誰もが青白い顔でうつむいていた。
「……アレ、本物だよ」
友人は何を今更と言わんばかりに答えた。
私は「えっ!」と声を出しそうになった。
町内会の役員や先に集まった人達が、張り切ってスタンバイしているようにしか見えない。
私は友人の言葉に半信半疑だった。
なぜなら、霊というものを一度も見た事が無い。
友人が雰囲気を盛り上げて私を恐がらせようとしているのだ……と、この時は思っていた。
私達が手招きされるまま輪に加わると、さっそく『怪談 百物語』が始まった。
1人1話ずつ順繰りに話すのかと思いきや、役員が先に合計90話分を一気に話した。
1話1話が程よく短くて怖い。
とても楽しめて、あっと言うまに90話分を聞き終わった。
「ねぇねぇ! あの人、話しが上手だねぇ」
私は耳元で友人に言った。
でも友人は無表情のまま、うつむいていて返事をしない。
役員は私を睨みつけて軽く咳ばらいした。
たった一言だが、ずいぶんと気に障ったらしい。
役員は参加者全員に告げた。
「それでは、皆さん自身の事を話して下さい。 そして百話目に達したら……」
『……え? 何?』
私は最後の言葉を聞き取れなかった。
聞き返す間も無く、すぐに怪談話しが始まった。
老若男女……どの人の話も骨の髄から寒気を感じる。
でも唯一救われたのは、怪談話しの全てが完全な”死”では無く、”助かる余地”が残されている事。
正座している足の痺れを忘れるほど夢中になって聞いているうちに、とうとう友人の番になった。
さぁ! どんな怖い話をするのか?
私のワクワク度は最高点に達した。
なぜなら、友人が百話目を話すのだから!
誰もが暗く俯き視線を床に落としている中、私だけが目をキラキラさせて友人を見る。
一言たりとも聞き逃すまいと精神を集中させて耳を澄ました。
友人は俯いて床を凝視したまま静かに口を開いた。
そして消えかかりそうな声でボソボソと話し始めた。
「……私は隣にいる友人と町内会の肝試しに行きました。
新しいサンダルで行ったのですが、足元の段差でバランスを崩して道路側へ倒れました。
そこへ調度、車が走ってきたのです……なので、私は……」
「あ!!」
私は思わず声をあげた。
なぜなら、夢から覚めたように今さっきの出来事を思い出したから。
と同時に恐ろしい現状を悟り仮説を立てた。
この役員は『死神』だ!
百話目に達したら、参加者の命を完全に絶つ気だ!
私は、話し続ける友人の口を手で塞ぎ、彼女の代わりに続けた。
「走ってくる車の前に倒れた友人を助けようと、私は車道へ飛び出したんです。そして……」
私は脳みそをフル回転させ、慎重に言葉を選んだ。
ここにいる人達全員が無事に元の生活に戻るには、どんな話で百話目を終わらせれば良いのか?
国語が苦手で支離滅裂な読書感想文を書く私だけど……。
出来が悪くても構わない! この空間から脱出しなければ!
「……そして、私は無事に友人を助け、
更にこの百物語に参加した私を含む全員が無事にこの空間から逃れ、
更にこの全員がいつもの生活に戻って、いつまでも家内安全・安泰で暮らしていますとさ!」
出来の悪い文で変な終わり方をしたが、助かれば良いのさ……と気にしない。
突如、バキッと割れる音がして目の前の空間に亀裂が入った。
「逃げろ!!」
誰かの叫びで、皆が一斉に扉から飛び出す。
境内の外へ向かって一目散に走っていると黒い影が頭上を覆った気がした。
振り返ると、後ろから真っ黒い塊に変貌した役員が、逃げる私達に襲い掛かってきていた。
「走れ!走れ!」
誰かが叫び続ける。
死ぬ思いで鳥居を潜り道路へ出た瞬間、たくさんの騒音が耳の中に一気に押し寄せた。
「馬鹿ヤローッ!気をつけろ!!」
どこかの中年男に私達は怒鳴られた。
私と友人の眼前に、少し凹んだバンパーがあった。
友人が段差にコケて道路へ倒れた直後だった。
恐る恐る私は後ろを振り返った。
するとそこには鳥居はなく、代わりに目に飛び込んだのは多くの人だかり。
ざわめく大勢の声と心配そうに見守る視線が私を現実に引き戻す。
空を見上げると、まだ明るい夕焼け色だ。
彼女は気絶していたが命に別状は無さそうだった。
私は生まれて初めて霊体験をした。
もしも友人が、あのまま百話目を完結させていたら……。