第八十六話 鋼鉄の騎士と雷鳴の騎士
突き立てられた刃の数々は、甲冑の隙間を狙って刺しこまれたはずである。しかし、バウザナックスはそれを物ともせずに立ち上がった。そして右手に握る魔鉱剣へと魔力を込めながら、呪文を唱えたのである。
「断罪の矛槍!」
美しい輝きを纏った武器は、光を纏って形状を変えた。それはハルバードと呼ばれる槍と戦斧が一体となった武器の事である。柄を両手で握り締めると、身体を捻りながら周囲の敵を一気に薙ぎ払う。
「ぐぅああっ!」
「ぎゃあああああっ!」
「ひえああぁあっ!」
死に逝く者達には、この騎士の身体に何が起こったのかさえ分からなかっただろう。だが、最初の一撃を辛うじて免れた傭兵達の目には、驚くべき騎士の姿が映っていた。それは目の前の男の皮膚が変色し、硬化していたからである。
鋼鉄の騎士の称号を持つアルディン・バウザナックスは、己の肉体を鋼鉄に変える事が出来る。
馬から投出され、空に浮いていた僅かな時間。その間にすでに呪文を唱え、己の皮膚を硬化していたのだ。
突き立てられた刃の全ては、バウザナックスの鋼の皮膚が全てを受け止めていた。
「うぉらぁぁぁっ!断撃斬!」
両手に握るハルバードを華麗に回転させる。そして、力一杯に振り下ろす。ぶち当たった頭蓋骨を叩き割る。鉄の兜毎斬られた男は、額に入った割れ目から血を噴出した。それを引き抜くと、次の敵へと目掛けて武器を振るう。その間も四方八方から、剣や槍がバウザナックスへと突き立てられていく。しかし、打ち当たった刃は金属音を発しながら、鋼の皮膚に弾かれた。
槍と戦斧が組み合わさったこの武器は、扱いが非常に難しい。槍の穂先に斧が付いているという特殊な形状故に、使いこなすためには長い修練が必要となる。しかしこの武器を手足の如く扱える者は、まさに戦場での脅威的な存在となるのだ。
襲いかかってくる敵を、時には叩き殺し、時には斬り殺す。そして隙を狙っては槍の先端を相手へと、刺し込むのだ。血が飛び散り、悲鳴が上がる。
己の魔法特性を存分に生かしたバウザナックスの戦い方は、敵陣へと単身突撃して切り崩す。それのみに特化していた。不器用な男の、不器用なりの戦い方である。それを止められる者は、傭兵達の中にはいない。どんな修羅場でも、このバウザナックスは必ず無傷で生き残る。それがこの男の鋼鉄の騎士と呼ばれる由縁であるのだ。
そして、全ては予め話し合われた上での算段だった。バウザナックスは町へと入る前に、すでにニールスへと指示を出していた。それはもし敵が待ち伏せをしていた場合には、己が単騎突撃を駆けて注意を引くというものである。
そして、切り崩した頃合を見図って味方の兵士は散開し、騎士は追い討ちをかけるために突撃する。
「今だ!いくぞっ!」
矢が降り注ぐ中、ニールスは騎士達へ合図を出した。狭い通路を二十頭の馬が一気に駆け出す。互いを光の鎧で包み込み、身体を迸る魔力を高める。そして衝突した。
「ウアアアアアアアツ!」
騎士達は叫んだ。さほど広くはない道が、傭兵達に逃げ場をなくしたのだ。突撃した騎馬の勢いは、剣で斬りつけるような行動を必要としない。凄まじい速度で只、ぶつかるだけでいいのだ。馬の躯体に衝突した人間は、あまりの衝撃に内臓を損傷する。骨は砕けて、身体は後方へと吹き飛ばされる。
「一気に広場まで押し込めぇっ!」
その勢いに傭兵達は思わず後ずさりした。
「引くなっ!持ち応えるのだっ!」
ヴァルダートが声を荒げた。傭兵達は次々と倒されていく。しだいに押され始め、士気が落ちてきた。
「む、無理だっ。やっぱり王国騎士になんて適う訳がねえんだっ!」
傭兵達の中から、ついに武器を捨てる者が出始めた。しかし、ヴァルダートはそれを許さなかった。この先の広場へは、何がなんでも進ませる訳にはいかなかったからだ。
「屑共が...虹石が欲しくはないのかっ!」
鋭い眼で味方を睨み付けるが、所詮は烏合の衆だったのである。
「そんなもんいらねぇっ。命のほうが大事だっ!ぐふっ...!?なっ、何をするっ...」
ヴァルダートは、いの一番に降伏しようとした男へと剣を振りかざした。そしてその男の喉を切り裂いたのである。
「使えない奴等め......ならば私がお前らを上手く使うまでだ......」
血に染まった顔は狂気に包まれていた。ヴァルダートは魔鉱剣で味方の一人を斬り殺すと、その先端を傭兵達へと向けた。
「見苦しいぞ、ヴァルヴァロス!負けを認めろっ!」
バウザナックスはそう言いながら、歩を前へと進めた。
「我はナセテム・ハイドラ・ラミナント様を守護する者。雷鳴の騎士、ヴァルヴァロス・ヴァルダートなり!何があろうとも、最後の最後まで戦う。雷の舞!愚者よ。我の意志に従え!」
ヴァルダートは眼を見開くと、呪文を唱えた。するとその身体に青紫色の電流が走ったのである。そしてその電流は周囲へと放電されると、傭兵へと襲いかかった。まるで雷が意志を持っているかのように、次々と男達を貫いていったのである。
「ぐぅぅぅわあぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
悲鳴。高圧の電流が流れた肉体は、脳からの電気信号を遮った。神経の伝達により、人間は体を動かす事ができる。しかし、それを外部からの強い電気信号で強制的に遮断し、奪い取ったのだ。
ヴァルダートの体は、雷を放つ雷雲のようだった。轟音を上げながら、電流が走っている。しかしその電流を受けた傭兵達はすでに死んでいるようだった。白めを向き、口からは泡を吹いているのだ。だが武器を構えて立っているのは、明らかに異様で不気味な光景であった。
「この命に代えても、ナセテム様は守り通す。飛電の剣」
ヴァルダートは不適な笑みを見せた。狼の目の瞳は見開いており、頭皮の刺青は青き光を放ち蛍光していた。まるでそれは、サングイワの飛電鳥が山の頂で大きな翼を広げ、雷をその身に纏うときの姿そのものである。
目の前へと魔鉱剣を突き出すと、魔力を込めて呪文を唱えたのである。すると雷を纏った剣は、形状を変えた。
薄い刀身は厚みを帯び、金の装飾が施された鍔は鳥が飛び立つ時の翼のように広がった。そしてその刃は青紫色に光輝いていた。
「そうまでして守りたい何かが、この先にあるのだな。己の主...か!一気に押し込むぞっ!」
バウザナックスは馬に跨る騎士達へと言った。指示を受けたニールスは馬の胴体を蹴り込んだ。それに続くように騎士達も、再度突撃をかけるべく馬を駆けさせる。
「いかせるかっ!疾風迅雷!」
ヴァルダートは動いた。その場から目にも留まらぬ速さで移動すると、騎士達の跨る馬を次々と大地へと切伏せていったのである。雷を纏いながら、轟音を放ち、放電をしていた。その電流に触れた馬は、体の自由を奪い取られるのだ。
肉体を貫いた電気によって操られている傭兵達も、同時に動いた。武器を携えたまま、バウザナックスへと襲い掛かったのである。その速度は、ヴァルダートの動きの速度に匹敵する速さであった。
「うぉぉぉぉっ!」
バウザナックスは武器を構え、迫ってくる敵へと向き直る。大地を力強く蹴り込むと、素早い身のこなしと卓越した武器さばきで敵を薙ぎ倒していく。
光の鎧を纏うこの男もまた、高速で動く事は可能なのである。しかし皮膚を鋼へと変えている今、魔力の消費速度は通常の倍以上であるはず。
ヴァルダートの目的は広場で救援を待つナセテムとデュオが、町を脱出するまで騎士達をここで食い止める事にあった。そのために他の騎士とデュオの守護騎士は、彼らの守りのために置いて来たのだ。
いや、雷電を纏うヴァルダートにとって、味方の存在は邪魔でしかなかったのかも知れない。
「破迅突!」
バウザナックスは強靭な足腰へ魔力を込めると、ヴァルダートへ飛び掛った。鋭い槍の穂先を向けて、敵の喉下へと突き立てる。
「紫電一閃!」
体内から電気を一気に放電しながら、飛電の剣で敵の槍を受けとめた。きらめく一瞬の光が、剣の刃から放たれる。断罪の矛槍と、飛電の剣がぶつかり合う。互いの魔力の衝突と言ってもいいだろう。
「ヴァルヴァロス!大人しく剣を引けぇっ!無駄死にする気かっ!?」
「アルディン!それが守護騎士である私に向かって言う言葉かっ!雷撃破!」
ヴァルダートは、喉元まで迫り来る槍の先端をぎりぎりの所で止めきった。全身からる流れでる電流を飛電の剣へと伝えると、バウザナックスへと流し込んだ。
相手を感電させようようとしたのだ。しかし、鋼鉄の皮膚で身体を覆いつくした男には効かなかった。
「貴様の電流は外皮を流れるだけだ!私には効かん!」
バウザナックスは武器へ力を込めると、相手へと一気に押し込んだ。だが、ヴァルダートはそれを受け流す。隙を狙って空いた腹部へと、すかさず斬り込む。雷電を纏う剣は、銀の甲冑をいとも簡単に切断する。しかしその下の鋼鉄の皮膚で、刃は止まってしまった。
バウザナックスはハルバードの柄を手の中で滑らせると、戦斧の刃を手繰り寄せる。そしてその刃を、相手へと向けて振りかざしたのである。しかしその時だった。
斬り込まれた右側面の腹部に、にぶい痛みが走る。それは鉄壁の守りであるはずの鋼鉄の皮膚に、傷がついていたからであった。飛電の剣は雷電を纏って、鋭い切れ味となる。それが、鋼鉄の皮膚を切り裂いていたのだ。
「確かに電流は効かないようだ。しかしこの剣は、その身体を持ってしても防ぐ事はできないようだな」
ヴァルダートは刃を挟んだ反対側にいる男へ、得意げな顔つきで言った。砂利の地面にはバウザナックスの腹部から流れ出た血が、たれ落ちていた。
「この程度の傷など、如何って事はない!そんな生ぬるい攻撃では、私はやられんぞっ!」
バウザナックスは声を張り上げると、敵の身体を突き飛ばした。凄まじい腕力である。巨大な武器を軽々と扱うこの男は、肉体の強化に優れていたのだ。そして追い討ちをかけるように、すぐさまヴァルダートへと向けて走り出す。
「うおらぁぁっ!」
振り上げられた戦斧は、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられた。石と砂が飛び散る。砂煙が立ち、視界を奪う。
「雷迅斬!」
相手の攻撃を雷光の如き速さで回避したヴァルダートは、砂煙に紛れてバウザナックスの背後へと回り込んでいた。そして雷電を纏う刃を、振り下ろしたのである。
「ぐはっ!」
ナウザナックスの全身に激痛が走った。鋼鉄の皮膚に、確かな損傷が与えられたのである。あまりの痛みに膝を大地へと落としかけたが、すぐに体をひねりながらハルバードで振り払う。だが相手はそれを余裕を持って回避した。そして、一度相手と距離をとる。
「確かに硬いが...無敵の守りとはいかないようだな。無駄な足掻きは辞めろ。私はお前よりも遥かに速い。万に一つも、お前のハルバードの刃が私の肉体へと届く事は無いだろう」
ヴァルダートは確かな手ごたえを感じている。それは相手の悲痛な面持ちをみれば一目瞭然であったのだ。上半身の鎧は剥がれ落ち、鋼の皮膚が露になっていたからである。
「はぁ...はぁ...ぐぅぅ、まだ勝負は決してはいないぞ。戦場では最後まで、何が起こるか分からないのだからなぁ...」
バウザナックスは顔を歪めながらも、何とか言葉を吐き出した。守護騎士と王国騎士の差なのであろうか。埋められない実力の壁。それとも相性の悪さ。どれをとっても、今のこの男には気休めにもならない。そしてその時、夜空からけたたましいうなり声が聞こえてきたのである。
ふと空を見上げる二人。そこには恐るべき生物が、巨大な翼を広げて飛んでいた。




