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第八十五話 交渉決裂

 アンタルンへと辿り着いた追撃部隊は、ゆっくりと町の中を進んでいた。

 馬速を緩めて、周囲を見渡す。バウザナックスは先頭で茶色の馬に跨っている。銀の甲冑を身に纏い、腰には魔鉱剣を下げている。ブラウンの瞳は渋みのある顔の中に、どっしりとした存在感で佇んでいる。ブラウンの髪はやや長く、後ろに向かって流していた。


 小石が所々に転がる道。さほど道幅は広くはないが、馬の三頭が横一列になって進める程度はある。王国騎士のバウザナックス率いる百名の兵士達は、町の中心部へと向かって馬を進めた。


 宿屋が立ち並ぶ表通りは、閑散としていた。多くの商人や出稼ぎ労働者達で、賑わいを見せている町であるはず。しかし、客を呼び込む宿屋の人々の活気に包まれた声は、何処からも聞こえてはこない。すれ違うはずの人の姿も、まったく見当たらなかった。


「妙だな......」


 眉間にしわを寄せながら、バウザナックスは言った。辺りを注意深く観察しながら、馬を進めていく。


 通りを挟み込むように建っている石造りの家々からは、明りが漏れているのだ。それは人が居る証なのであろうが、姿が見えないのである。戸締りをし、入り口を硬く閉ざしている家までもあった。人々が寝入る時間にしては、まだ早すぎる。


「隊長、どうしますか?」 


 一人の若い男が問いかけてきた。バウザナックス隊と統合されるまでは、五十人の部隊を任されていた騎士である。銀の甲冑を着込み、腰には魔鉱剣を下げている。


「ニールス、捜索隊を編成しろ。ナセテム王子とデュオ王子を探し出せ。一軒一軒虱潰しらみつぶしに当たってでも、必ず見つけ出すのだ」


 バウザナックスは若い騎士へと言った。

 ニールス・バインズは、三十代の騎士である。バウザナックスと共に、普段はウィリシスの部下として城へ常勤している。童顔な顔つきを隠すためにか、綺麗に整った口髭を生やしていた。


「その必要はないぞ」


 ニールスへと指示を出すために、視線を前から外した時であった。十メートルほど先に、家の影から一人の男が姿を現したのである。宿屋の看板にかかる鉱石灯の明りが、その男を照らし出した。


「貴様は...ヴァルヴァロス・ヴァルダートか。王子の守護騎士である男が、一人で姿を現すとはな。何か裏がありそうだ」


 バウザナックスは右手に握り拳を作ると、それを自分の横に突き出した。その合図に、後方から付き従う兵士達は馬の脚をすぐに止めた。

 目の前の男は、革の軽鎧の上に毛皮のコートを羽織っている。綺麗に剃りこまれた頭には、青い墨で飛電鳥が羽を広げた神々しい姿が彫りこまれていた。


「アルディン・バウザナックス。まさかお前が追撃部隊を指揮しているとは...王国騎士としての突出した力がありながらも、決して守護騎士には成れなかった男。非運の騎士とでも言おうか?」


 ヴァルダートは、茶馬に跨るバウザナックスへと向かって言った。二人は共に四十代前半である。若かりし頃は、互いに切磋琢磨せっさたくましあった仲間である。しかしそれも過去の話であった。


 ヴァルダートはその実力が王家に認められ、守護騎士へと任命された。だが、バウザナックスは常に二番手にいた。日の目を浴びる事はなかったのである。


 第二王子のナセテムの守護騎士を選出する際に、当初はヴァルダートとバウザナックスの二人の名前が挙がっていたのだ。それは勿論、剣と魔法の腕が一定以上にある事は最低限である。それは二人共に認められていたのだ。だがしかし王子の性格を加味し、相性を考えての結論が出された時には、ヴァルダートが最適だとされたのである。


 第五王子のシュバイクの守護騎士を選出する際には、バウザナックスがすでに内定していた。しかし、瞬く間に頭角を現し、若くして騎士の称号を得たウィリシス・ウェイカーによってそれは奪われてしまったのだった。

 彼は人一倍ラミナント王家への忠誠心が高かった。そんな男が経験した二度の屈辱は、簡単に忘れられるものではなかったのである。


「黙れ、ヴァルヴァロス!何が言いたいっ!」


 バウザナックスは怒りをあらわにした。今のこの男は、百人の部下を従える部隊長なのである。彼らの前で恥をかかされるのには、我慢ならなかったのだ。


「やはり根に持っていたか。そんなお前に良い提案があるのだ」


 ヴァルダートは、その顔に邪心を浮かべた。


「提案だと?貴様、自分の立場が分かって言っているのか?提案をするのは私の方だ。ナセテム王子とデュオ王子を、捕らえに来た。大人しく二人を渡せば、貴様の命は救ってやらんでもない」


 バウザナックスは相手の言葉に飲み込まれそうになっていた自分を、すぐに律した。そして優位に立つべく、提案を持ちかけたのだ。しかしその提案を、ヴァルダートはさらなる提案で返してきた。


「ふふ。まぁ聞け。守護騎士を目指し、数十年という月日をラミナント王家に捧げて来たお前が...ついに認められる機会に恵まれたのだ。シュバイク王子の元を離れ、我等につけ!ナセテム様に忠誠を誓えば、お前を王国守備隊長へと任命すると仰った。これは口約束などではないぞ。契約と誓いの両方をもって、お前との約束を結ぶと言っておられるのだ!どうするっ?」


 ヴァルダートの言葉には嘘がなかった。命を懸けた交渉場で、相手を騙すような愚かな男ではない。その事をバウザナックスも判っていた。


「それは......確かにいい提案だ。十年前の私ならば、その申し出に乗っていたかも知れんな。しかし今は違う。私は自分自身と向き合い、己の非運を受け入れたのだ。いや、実力とでも言おうか。結局の所私には、さらなる上を目指す実力がなかったと言う事。だからこそ、まっとうな行いで私は王家に尽くし、認められるまで諦めずに努力をし続ける。それこそが真の忠誠と言うものだ。その意味が分かるか?」


 バウザナックスのブラウン色の瞳は、確固たる決意の元に見開かれていた。歳を重ねてあまたを経験してきた男。荒波にもまれながらも、王国騎士としての誇りを胸に抱いていたのだ。そして、それを捨て去る事は決してしなかった。


「交渉は決裂......と言う事だな。ふっ、相変わらず不器用な男だ」


 ヴァルダートは笑った。普段、その顔を緩める事などしない男が、笑みを見せたのである。そして肩から羽織る毛皮のコートを取り払うと、腰にかかる魔鉱剣を抜き去った。すると、それを確認したのか周囲の家々の影から、次々と人が出てきたのである。


 それはこの町へと滞在し、金になる仕事を探していた荒くれ物や傭兵の類でった。彼らはヴァルダートの背後に現れた。手には剣や斧、槍を持っている。革の鎧や鋼の鎧を身に着けており、人によって様々である。殆どの者が無精ひげを生やしており、その身なりは小奇麗とは言い難いものであった。


 しかしその数は五十人以上は居るであろう。そして気が付けば、周りに立ち並ぶ家々の屋根や窓からも、弓を構えた男達が姿を現していた。バウザナックス達は取り囲まれていたのである。


「こ、これはっ!?」


 ニールスは動揺した。後ろで待機する騎士や兵士達も、慌てはじめた。ざっと見渡しただけでも、家々の屋根にいる敵は三十から、四十はいるのだ。戦闘となれば明らかに、高所を押えている敵の方が有利である。


「うろたえるなっ!その場しのぎの雑魚をいくら集めたとしても、クレムナント王国に仕える我等が負ける道理はない!騎士は魔力ハールを高めろ!光の鎧で味方を包むのだ!光の鎧エンライト・ミィ・ティーアス!ハァッ!イエェァツ!」


 バウザナックスは魔鉱剣を抜き去ると、馬の胴体を蹴り込んだ。そしてヴァルダートへと目掛けて、一気に駆け出したのである。


「矢をはなてぇっ!容赦はするなっ!いくぞっ!光の鎧エンライト・ミィ・ティーアス!」


 ヴァルダートの合図で無数の矢が次々と放たれた。その矢は無残にも、兵士やその跨る馬へと突き刺さっていく。


 バウザナックスの部下である騎士達は、光の鎧を纏った。互いの力を高め合う。光は味方全体を満遍まんべんなく包み込んだ。その光は傷ついた兵士を癒し、肉体の力を底上げしたのである。


 剣と盾を構えると、襲い掛かってくる敵との交戦状態に入った。だが大して広くもない道幅に馬を進めてしまった誤算ごさんは、兵士達を苦しめる。尻や胴体に突き刺さった矢の痛みが、馬を暴れさせたのだ。


「馬から降りるんだ!騎士は応戦しろ!動ける者はすぐに負傷者を守り、矢の届かぬ路地裏へと運び入れるんだ!」 


 ニールスは突撃してしまったバウザナックスの変わりに、隊へと指示を出した。混乱に包まれた兵士達は慌てふためている。その間も、次々と矢が繰り出されてくる。そんな部隊からと突出した一頭の馬の背には、バウザナックスが乗っていた。


 迫る敵にヴァルダートは、逃げも隠れもしなかった。剣をその場で構えると、向かって来る馬を前に静かに呼吸を整えている。その横からは傭兵達が武器を携えて、次々に走り過ぎていく。


「ハァァァァッ!オラアァッ!」


 バウザナックスは、眼前へと現れる敵を馬上から瞬く間に切り殺していく。そしてそのままヴァルダートへと迫っていった。


「ヴァルダートォォッ!」


 只一人の敵を瞳に捉えていた。馬が駆ける速度にのった剣速は、目にも留まらぬ速さとなる。相手の首元へと迫る刃は七色の輝きを放っている。そしてバウザナックスは鋭い魔鉱剣の切っ先を、敵の首へと目掛けて寸分の狂いもなく振り抜いた。

 剣が、ヴァルダートの首をはねる直前であった。体内の魔力ハールを瞬時に開放すると、目にも留まらぬ速さで動いたのである。


紫電一閃シデンイッセン!」

 

 身をねじらせて腰を落す。相手の剣を僅差で回避したかと思うと同時に、己の魔鉱剣を馬の脚目掛けて振り払ったのである。


ヒヒィィィィィィィィィン!


 悲痛な鳴き声と共に、馬は地面へと倒れ込んだ。四本の脚の片側二本は、無残にも切断されている。鞍に座っていたはずの男は、そのまま空中へと投げ出された。そして敵の真っ只中へと放り込まれたのである。


「ぐっ!」


 勢いよく地面へと倒れこんだ騎士へ向けて、無数の刃は容赦なく襲い掛かった。体勢を崩したバウザナックスは、突き立てられた剣や槍の餌食になってしまった。

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