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第八十四話 アンタルンの町

 アンタルンの町。

 山の斜面に段々を作り、そこへ器用に家々を建てている。家の土台は木の太い丸太が四本ほど伸びており、大地へと突き刺さっている。それが支えとなっているのだ。


 石造りの家もあるが、その殆どは比較的傾斜が緩やかな場所に建っているもののみである。恐らく、後から付け足されるように次々と建ったのが、木造の家なのであろう。その殆どが、旅人や商人等が泊まる宿屋であった。


 元々は山の木々を伐採して生計を立てていた木こりの町である。しかし、ザイザナック王がアバイトの手によって倒れた事で、この町の住民の暮らしは一変した。


 誰しもにクレムナント王国で採掘師になる権利が認められたのである。それに伴い、掘り当てた鉱石の原価十パーセントが収入として入るようになった。これによって、他国から多くの出稼ぎ労働者達が大挙として押し寄せた。


 クレムナント王国と旧オルフェリアン精霊国を繋ぐ街道は、ザイザナック王時代には想像もつかない程の人々が行き交うようになったのである。木こりの町として知られていたアンタルンは、そんな街道沿いにある町の一つだ。


 王国と精霊国の間にそびえる山々は、街道を進む人々の体力を否応なしに奪い取っていく。標高が三千メートルを優に超えるも山あり、平地と比べると真冬のような寒さが一年中続く。そのような起伏きふくにとんだ激しい地形を歩き進むのには、相応の装備と食料がいるのである。それらを提供し、疲れた身体を休める寝床を貸し出したのが、この町が宿場として生まれ変わるきっかけであった。


 寡黙かもくで職人気質の住民が多く住んでいたこの町は、時代の流れと共にその姿を変えたのである。


 町は活気に包まれている。長い道のりを超えて、やっと最終目的地であるラミナント城の城下町が目前となるのだ。町の中を歩き行く人々の顔は、どこか開放感に満ちている。


 城を脱出した第二王子のナセテムと第四王子のデュオは、数人の騎士達を引き連れていた。しかしその格好から、彼らがクレムナント王国の王子であるとは誰も思わないだろう。


 二人はジレの上から黒のマントを羽織っており、高貴な者の井出達には見えなかった。数人の従者らしき男達がつき従う様子も、護衛を雇っている商人だと思われているのだ。長い道程では、盗賊を恐れる商人や貴族等が護衛を雇う事も頻繁にある。それらと何ら変わらないように見えたのだ。


 夜の闇の中で、煌々と明かりを放つ町。山の斜面の一角は、城下町の酒場通りや宿屋街によく似た雰囲気である。

 アンタルンの町へとやって来たナセテム達は水と食料に加え、防寒着を買い揃えた。


「準備が出来たらすぐに出発するぞ。敵は恐らく、すぐ近くまで来ているはずだ」


 路地裏で、ひっそりと固まる一団。彼らは手に入れた食料を頬張ほおばると、水で流し込んだ。パンと肉の燻製だけである。クレムナント王国の王子が食べるには、あまりにも粗末な食事であった。


 しかし、文句は等は無かった。ラミナント城を脱出してから十時間近く、飲まず食わずで歩いてきたのである。すきっ腹に放り込めるなら、もう何でも良かったのであろう。


 彼らは急いで支度を整えた。薄暗い路地の一角で、買い揃えた防寒着を着込んだのである。クレムナンント王国には短い夏が訪れているが、標高の高い山々を登るには、今までの格好ではありにも寒さに無力だった。


「ナセテム様。馬を手に入れてきました。町の出口に繋いで待機させております。しかし、一つ問題が発生しました」


 細い路地裏へと足早に入り込んできた男が言った。革の軽鎧の上に獣の皮で出来たコートを身に着けている。主の命により、馬を調達にしに出ていたのだ。


「問題だと?何の事だ」


 よくよく見ると、騎士の男は血相を変えていた。買い揃えた防寒着で顔の一部を覆っていたために、それに気づかなかったのだ。男は口元を包んでいた布を下げた。


「ラミナント城からの緊急通達により、町が一時的に完全な封鎖をされたようです。出口の門も閉ざされ、断崖に囲まれたこの町から出る手立てがありません」


 それを聞いたデュオや、他の騎士達は顔を見合わせた。切り立った崖に囲まれるこの町は、二つの出入り口のみが外に出る唯一の手段なのである。


「そ、そんな...兄上!ど、どうしますか?」


 デュオはまん丸とした顔をひくつかせながら、ナセテムへと問いかけた。周りの騎士達もその答えを待っているようだった。


「先手を打たれたか。戦いは避けられぬな...仕方ない。予定外だが、この町を合流地点にする。魔光弾を空に放て!スウィフランド兵へと合図を出すのだ!迎えが来るまで、何としても生き延びるぞ!」


 ナセテムの顔つきは、一気に引き締まった。浅黒い肌に赤茶色アガトの眼。燃えるような緋色ひいろの坊主頭。不気味なほどに落ち着き払っている男は、周りの騎士達へと迅速に指示を出し始めた。


「ナセテム様、敵は恐らく数十人規模の部隊で御座います。我等だけでは結末も見えているかと」


 ヴァルダートはナセテムの前へと歩み出た。すると、己の主へと進言したのである。

 頭髪は綺麗に剃られており、頭皮には刺青が彫りこまれている。騎士とは言えないような見た目が、異様な雰囲気を醸し出していた。


「分かっている。だが、やらねばならん。このまま黙ってシュバイクに玉座を譲る訳にはいかないのだ」


 赤茶色アガトの瞳が鋭く光った。自分の守護騎士であるヴァルダートを、睨み付ける。


「ここはクレムナント王国から西へと進むための最初の町で御座います。ならば、荒くれ者や傭兵等も多くいるはず。彼らを雇って、一時的な戦力としてはいかがでしょうか?幸い我等には、城を脱出する際に持ってきた虹石にじせきが御座います。それで金に目が眩んだ者達を焚きつければ......」


 ヴァルダートの言葉に、ナセテムは一縷いちるの希望を見出した。そして、すぐに部下の騎士達へと指示を出し、宿屋や酒場を回らせたのである。


 商人達は、高価な品物を持って他国へとおもむく事がある。しかし、そんな彼らの一番の敵は、山道や街道で待ち構える盗賊の類であった。そのため自分の財産を守るべく、こうした町で私兵を雇うのが一般的であった。それをナセテムは、自分達の戦力にしようと言うのだ。


 相手が王国騎士率いる正規軍である以上、どこまで通用するかは分からない。戦いが始まる前に、味方が逃げ出す可能性さえあるのだ。しかし、時間を稼ぐ事が出来るかもしれない。その僅かな希望に懸ける事にしたのだ。


 大地を叩くひづめの音と、それと同時に起こる振動が周囲へと伝わっていく。第二王子と第四王子を追うバウザナックスは、猛烈な勢いで馬を駆けさせていた。


 後ろには九十人以上の兵士達が、馬に跨り猛然と続いていく。街道を突き進み、夜の闇を切り裂く。地下通路から森を進み、痕跡をたどって追跡をしていた者達も、すでに合流している。百人となった部隊は今、ナセテムとデュオの首を狙っていた。


 彼らがその眼に、アルタイルの町の家々から漏れる明かりを目にした時であった。一筋の赤い光線が、夜空へと向かって一直線に放たれたのだ。


「バウザナックス隊長!あれはっ!」


 その光を目にした騎士の一人が、馬の背から声を上げた。


魔光弾まこうだんが上がったか。やはりナセテム王子とデュオ王子は、この先の町にいる。援軍を呼び寄せる前に片をつけるぞ!ハァツ!イエァッ!」


 山肌を進むを明かりの数々。馬の蔵へと括り付けられた鉱石ランプの無数の灯は、アルタイルの町へと近づいていく。


 しかしこの時、打ち上げられた魔光弾を、遥か西の上空から視認していた者達がいた。夜空を舞う巨大な生物は、数百本と生え並ぶ鋭い牙の奥から灼熱の息を吐き出していた。


 真紅の瞳は闇の中で輝き、鋼鉄の鱗は艶かしく月夜の下で輝いている。邪悪な漆黒の翼をはためかせ、背中には黒き鎧を身に纏う男達の姿があった。

 彼らは、鎧と一体化した僅かなかぶとの隙間から、赤い光を目にしていたのだ。それが何を意味するのか、すぐに理解したのである。


 そしてついに、十数もの漆黒の影は、赤い光の放たれた場所へと向けて高度を下げ始めた。雲の層を抜けると、山々の頂をかすっていくかのように谷間へと入り込む。突風を周囲へと巻き起こして、山肌の石や砂を飛び散らせていく。


「十三騎士団団長セルシディオン・オーリュターブより、全団員へと告ぐ。ナセテム・ハイドラ・ラミナントとデュオ・ハイドラ・ラミナントの確保を最優先にしろ。それ以外の者達は......皆殺しだ」


 禍々しい黒き鎧に身を包む男は、一際巨大な生物の背中から声を発した。その声は交信魔法により、周囲の味方へと直接語りかける。人の意識を魔法で繋いでいるのだ。戦場下での指揮系統をより強固なものとするべく、開発された魔法の一種である。


 水中都市国家が誇る最強の戦闘部隊である十三騎士団は、十数頭の謎の生物の背に乗り、アルタイルの町へと向かって進んでいた。そしてついにその視界に、山の斜面へと灯る光の数々を収めたのだ。

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