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第八十三話 王子達の行方

 山肌にはごつごつとした岩が目立つ。そこは山岳地帯と呼ばれる場所であった。

 山のふもとにある洞窟から、数人の男達が姿を現した。ラミナント城から直線距離で十五キロ程。緑の絨毯が敷き詰められている平原から、林を越えた南西にそこはあった。


 辺りには人気がなく、夜のとばりが降りていた。頭上を見上げれば、散りばめられた星々ほしぼしの中に、三日月がぽっかりと浮かんでいる。うすい雲が時折、その姿を隠した。

 

「はぁ...はぁ...やっと外かっ!疲れた、もう無理だ。ここで休憩するぞ!」


 ジレと呼ばれる品位の高い物が着こなす上着に、膝丈ほどのキュロットと革のブーツを履いている男。その場には決して似つかわしくない服装である。その男が深呼吸をしながら、夜空を仰いだ。


「レンデス様、ここで足を止めている訳にはいきませぬ。ディキッシュ家の領地へは、ここから西へ四十キロほどです。急ぎましょう」


 一際巨躯の大男。十人ほどの男達の中で、頭一つ、いや、二つ分以上飛びぬけている。

 白銀の鎧を身にまとう筋肉質の身体。がっちりと骨格を四角い顔を、雄々おおしいダークブラウンの髪と髭が覆っている。それはまるで獅子のたてがみのようであった。


「守護騎士のお前が、主である俺に指図をするなっ。俺はこの国の第一王子だぞっ」


 第一王子のレンデスは、自分の守護騎士である男へと向かって言った。鋭いパープルの瞳は、切れ長で鋭い。品位を感じられる顔立ちだが、顔の中心に目鼻口が集まっているのが特徴的だ。


「ハギャン殿、僕も少し疲れてしまいました。少しだけ休息をとる事にしませんか?」


 レンデスの隣にいた男が口を開いた。兄よりも幾分かは温厚な性格で、その顔つきは柔らかい。


「ううむ...しかし、ラミナント城で何が起こったのかが解らぬ以上、少しでも早く安全な場所へと避難するべきだと思いまする。それにこのような明け広げた土地では、山賊や盗賊の類のいい的ですぞ」


 ハギャンは、サイリスへと向かって言った。

 辺りは岩肌が目立つ山岳地帯である。背の高い木々はなく、草木が砂利の大地の所々に生えているだけであったのだ。見通しがいい、しかしそれは相手にも同じなのであろう。それをハギャンは、気にかけているのだ。


「ハギャン。とりあえず城からは離れる事が出来たんだ。城下町に残してきた部下から、連絡を待つ間だけでも少し休息をとらないか?すぐにこちらの位置を使い魔で知らせれば、向こうから報告が来るはずだ」


 サイリスの守護騎士シュルイムが言った。ブラウンの髪を後ろに流しており、ハギャンと同じように白銀の鎧に身を包んでいる。

 騎士になるべく、幼き頃から寄宿舎で共に育った二人なのであった。そのため、泣く子も黙るハギャン・オルガナウスに、レイノルフ・シュルイムだけは互いに気兼ねなく友のように話しかけるのであった。


「どうする、ハギャン。三対一だぞ。これでもまだ、先を急ぐと言うか?」


 レンデスの鋭い瞳が、ハギャンを睨み付けた。周りにる騎士達は重苦しい空気を感じてか、息を潜めてその存在を消し去っている。彼らは皆、鉱石ランプを右手に持っており、そこから放たれる明かりが辺りを照らす唯一の光となっていた。


「分かりました......では、部下からの報告を待つ間だけです。少し休息を取りましょう」


 ハギャンは仕方なく、と言った顔つきで渋々と休息を取る事を了承したのである。その言葉を聞いたレンデスは、一番嬉しそうであったのは言うまでもない。近くの岩へと腰を下ろすと、付き従う騎士達へと飲み物と食料を要求した。サイリスもその横へと腰を下ろして、手渡された筒に口を付けた。


「ハギャン、何をそんなに心配しているのだ?無事に城を脱出できたんだぞ」


 不満げな顔つきで辺りを見渡す男へ、シュルイムが話しかけた。


「嫌な予感がしてたまらんのだ。お前も、おかしいとは思わなかったのか?あのハルムート将軍が、何者かの手によって命を落としたのだぞ。クレムナント王国一の騎士と言われた男が、賊の手にかかるとは...今でも信じられん」


 ハギャンは思案しあんを駆け巡らせていた。頭を使い、策略を巡らせるタイプではない。しかし、幾度となく戦場を生き抜いてきた騎士としての直感が、何かを感じさせていたのだ。


「確かに太陽の騎士サン・オブ・ザ・ナイトと呼ばれたハルムート様は強かった。しかしそれは、もう過去の話だ。すでに七十を超えていた体では、まともに戦う事もできなかったのだろう。ここ数年は、剣を握る姿も見た事はなかったしな」


 シュルイムは、ハギャンの不安を取り払うかのように言った。


「ううむ...それでも、何かが引っかかるのだ。とりあえず、城と城下町へと残してきた部下達へ、こちらの位置を使いばとで知らせるのだ。それと同時に、周囲へと偵察用のふくろうを飛ばせ。騎士達には警戒を怠るなと伝えておくのだ。私も、レンデス様とサイリス様が休息している間は、ここで見張りにたっておく」


 ハギャンはシュルイムへと指示を出した。お互いに守護騎士ではあるが、総隊長という肩書きを持つこの男の方が、騎士団の中では上の立場にあるのだ。


「心配しすぎだぞ、ハギャン。指示通りにはするが、私はここまで来れば安全だと思っている。だから、少しはお前も体を休めておけよ。この先、まだ長いのだからな」


 シュルイムはそう言うと、ハギャンの元から去っていった。そして、部下の騎士達へと指示を出し、使い魔を次々に召喚させたのである。


 伝令を届けるのは、鳩の姿をした使い魔である。鳩は、体内に方向磁石の代わりとなる器官を備えており、どんなに離れた距離でも家となる場所へ帰る事が出来るのだ。その特性を生かし、戦場での伝令役としてよく使われていた。


 そして、偵察用となるふくろうは、主に夜間に使用される使い魔である。目と耳が聞くために、数キロ離れた小動物の位置も正確に把握する事が出来る。この特性を利用して、敵との交戦を有利に進めるたためによく放たれるのだ。必要不可欠な使い魔の内の一つであった。


 魔法とは、自然敵な力を生み出し、操るものが一般的である。自然界には人間よりも優れた器官や、特性を持つものが多種多様に存在している。それらの力を上手く取り込むことで、魔法という分野は常に進歩し続けてきたのだ。

 夜の闇へと放たれた無数の鳩と梟は、翼をはためかせて夜空へと消えていった。


 城下町の南門から出発した百名の部隊は、レンデス達の居る山岳地帯から十キロほど南にある林の中を進んでいた。百頭の馬にまたがる騎士と兵士達。

 彼らは真っ直ぐに、城から繋がる地下通路の出口へと向かっていたのだ。それは、数時間かけて臭気の漂う道を進んだレンデス達よりも、遥かに早い速度である。


 そして、北門から出発したナセテム達を捕らえる百名の部隊は、ついに地下通路の出口へと辿り着いていた。うっそうと生い茂る草木を振り払いながら、つたと雑草に囲まれた損傷の激しい墓石の前まで足を進める。何のための、誰の墓かさえも解らないものであった。


 何故、そのような場所に墓があるのか。それは、押し上げられ、倒れた墓石の下に続く、地下階段の存在を知るもののみが解る事である。


「やはりすでに、地下通路を脱出して森を抜けたか......」


 数名の騎士と十人ほどの兵士が、その場を取り囲んでいた。立ち並ぶ木々は、頭上をふさぎ、縦横無尽じゅうおうむじんに伸びる雑草は足元を覆いつくしていた。


「バウザナックス隊長、如何しますか?」


 騎士の一人が男へと問いかけた。銀の鎧に身を包むその男は、腰に魔鉱剣を下げている。


「この森なら、ナセテム様とデュオ様の足取りを追うもの簡単だろう。周辺の草木を調べ、踏み倒された場所を探すのだ。見つけ次第、部隊を整えて直に追跡を開始する」


 アルディン・バウザナックスは、守護騎士であるウィリシス・ウェイカーより、百名の部隊を預かった者である。シュバイク直々の配下の騎士であり、グレフォード邸へと共に襲撃した内の一人でもあった。


 城を離れる事の出来ないウィリシスが、四部隊で編成された内の一つを、バウザナックスに任せたのである。その四つの部隊も、今は二つに統合されている。ナセテムとデュオを追う百名の部隊の一方は、このバウザナックスが取り仕切っていた。


 彼は四十代半ばの騎士で、実直な男である。ウィリシスの倍以上の年齢だが、そんな事を一切気にする素振りも見せずに、与えられた職務を日々こなしていた。


 政治や策謀等と言った世界には足を踏み入れずに、只管ひたすらに、主のためにと尽くして来たのだ。しかしその内心には勿論、野心も野望あった。


 今回与えられた任務で成果を挙げれば、シュバイクが玉座へとついた時に、それ相応の出世が見込めるからだ。そのためにも、何が何でも今回の任務を成功させなければいけなかった。


「ありました!何者かが草木を切り分けて進んだ痕跡こんせきです!」


 薄暗い森の中で、鉱石ランプを片手に周囲を探る兵士達。その内の一人が、声を上げた。

 バウザナックスはその場所へと歩み進めると、踏み倒された雑草へとへと視線をやった。すると、確かに、木々が生い茂る闇の向こうへとその痕跡は続いていたのである。


「なるほど。この方角ならば、山道へと出たに違いないな......よし、騎士三名と兵士十名は、そのまま奴等の残した跡を辿っていけ!残りは街道に待機させている部隊と合流し、私と共に街道を進むぞ!」


 バウザナックスが指示を出すと、騎士の三名は鉱石ランプを片手に森の中へと消えていった。後に続くように、残りの兵士達も次々と森の奥深くへと入っていく。

 その場に残った数名の騎士とバウザナックスは、森へと入ってきた際の道を戻っていった。そして、街道で待機していた八十名程の兵士達と合流したのである。


 ナセテムとデュオは、バウザナックスの読み通りの動きを見せていた。森を抜け出ると、山道を進んだのである。その先数キロには街道との合流路があり、さらにその先には小さな町があった。


 他国へと続く道の途上には、クレムナント王国へとやって来る旅人や商人、そして出稼ぎ目的の労働者へ向けた村や町がいくつかあった。食料や水、そして寝床などを提供する事で、大きな収益を得ていたのだ。


 こうした町が街道沿いにはいくつかある。そしてそこへ辿り着いたナセテム達は、食料と水、そして馬を手に入れるために町の中心部へと向かって歩いていった。

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