表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/194

第七十九話 嘘と偽り

「...分かりました。でも、その前に聞きたいことがある」


 ウィリシスがそう言った時の表情は、何処か少しだけ違和感があった。


「ん?何だい、ウィリシス」


 シュバイクは足を止めた。


「今のシュバイク様は...私の知っている君じゃない気がする...何と言えばいいのかわからないが...何かが違うんだ。それに、どうしてあのような行動に出たのかを、説明してくれる約束だ」


 ウィリシスの銀褐色の瞳は、シュバイクを真っ直ぐに見ていた。庭園の豊かな緑が、二人を囲んでいる。鳥が囀り、頭上には太陽が輝いていた。時折、頬を摩っていく風は心地よい。


「今...じゃないと駄目ですか?」


 シュバイクの顔は儚く消え入りそうだった。


「今、説明してくれ。時間がないのは分かっている。でも、これ以上、疑問を抱えたまま君の命令を聞く事はできない」


 ウィリシスの顔つきは真剣だった。鋭い目で相手を見たのは、威嚇や威圧のためではない。信頼している人間だからこそ、全てを話して欲しいと思ったのだ。そんな気持ちの現れである。

 シュバイクは暫く黙っていた。躊躇ちゅうちょしたのだ。真実を伝えるべきなのか。それを伝えるとしたら、どう相手へ言えばいいのか。それすらも解らなかった。

 緊迫した状況が差し迫る中で、決断を迫られていた。そして、シュバイクは口を開く。


「知ってしまったんだ。アーク・ウィードが、水中都市国家スウィフランドの手先だったと言う事を。そして、ダゼス・エデン・グレフォードはラミナント王家を転覆させ、政権を奪い取りろうとしていたと言う事を。さらにはガウル・アヴァン・ハルムートは、病で衰弱し意識を失っている父の身代わりを立てて、影で政権を操っていたと......」


 シュバイクの言葉に、ウィリシスは驚いたのは言うまでもない。


「そ、そんな......何故、それを知ったのですか?」


 全うな問いかけだった。ウィリシスでさえ知らないような事を、何故、シュバイクが知っているのか。常にその傍らを離れずに、命を守り、付き従っていたはずである。シュバイクが知ったのなら、自分も同じタイミングで知りえた情報のはずなのだ。


「王家の力に目覚めたんだ。その力によって、僕は未来を視て来た。だから、最悪な結果になる前に、手を打った」


 シュバイクの心は、罪悪感に包まれていた。王家の力に目覚めたという事以外、ウィリシスに与えた情報は全て真実の断片にしか過ぎない。相手を守りたいが一心で、事実を捻じ曲げた。そして、本当に伝えなければいけない事柄を、覆い隠したのである。

 全てを知るこという事が、必ずしもその人のためになるとは限らない。そう知ったシュバイクだからこそ、出した結論だった。全てを自分一人で背負い込むことにしたのだ。それが悲惨な結末からウィリシス・ウェイカーを守る、唯一の手だと思ったからである。


「シュバイクが王家の力に!?そ、そんな......」


 ウィリシスは只、戸惑っていた。信じられない事ばかりである。王国守備隊長である男が同盟国の手先だったのだ。しかも、グレフォード家はラミナント王家の転覆を図り、ハルムートはアバイト王の身代わりを立てて影で政権を操っていたのだと言う。


「だから、僕を信じて欲しい。全てはこの国ウィリシスのためなんだ」


 たった一つの言葉。その言葉の裏側に隠された意味。それを読み取る事が出来ていれば、この先に起こる悲劇を防げたのかも知れない。だがこの時点では、それは到底適わないことだったのだろう。


「分かった。君を信じる。俺はどんな事があろうとも、シュバイクの味方だ。それだけは絶対に忘れないでくれ」


 すぐには相手の言った事を信用出来なかった。あまりにもクレムナント王国を根底から覆すような、大きな衝撃ばかりだったからである。

 だが、シュバイクは人を騙し、欺くような人間ではない。誰よりもそれを知っていたからこそ、ウィリシスは心に抱いた僅かな不信を振り払ったのだ。

 しかし、目の前にいるその少年はすでに、守護騎士の青年が知る純真無垢な王子ではなかった。もっとも信頼し尊敬する男を手にかけ、悲壮な決意を胸に未来から舞い戻って来たのだ。

 そんな事を知るはずもないこの青年は、シュバイクの想いが何処に向かって進んでいるのかさえも解ってはいなかっただろう。

 

 ウィリシスはそう言うと、受けた命令を部下へと伝えるべく、シュバイクの下から駆け去っていった。

 待機させていた追撃部隊はついに動き出す。

 第一王子レンデスと第三王子サイリスを追う部隊は百名。第二王子ナセテムと第四王子デュオを追う部隊も百名で、計二百名である。四部隊に分かれており、一人の王子に対して五十人の計算である。一部隊に騎士が十人程度含まれており、残りは王国兵であった。

 緊急下でラミナント城を脱出した王子達には、十分すぎる兵力であろう。彼らが味方と合流しない限りは、部隊の手にかかると考えるのが普通である。

 しかし、時は刻一刻と争うように進んでいる。ナセテムとデュオは、すでにクレムナント王国の北の山のふもとへとたどり着き、水中都市国家スウィフランドへと救援信号を魔法で飛ばしていた。

 レンデスとサイリスは、南の山のふもとへ繋がる出口を目指して、地下道を進んでいた。二人はグレフォード家の遠い親戚に当たる、ディキッシュ家の領地へと向かおうとしていたのである。

 各地では、シュバイクの遣わせた使者が、貴族達の治める領地へと到着していた。そして王国で起きた一件を知らせていたのである。

 彼からの伝言を受け取った貴族達は、今後どのような動きがあるのかを予見しながら、一族の生き残りをかけて、誰につくのかを決断しなければいけなかった。

 貴族達がシュバイクからの伝言を受けていた頃、西の同盟国スウィフランドにも、クレムナント王国で起きた事件の報告がもたらされていた。それと同時に、第二王子のナセテムと第四王子のデュオからの信号を受けたのである。

 国家元首ガルバゼン・ハイドラは、自分の孫を守るために、もっとも信頼を置く部下へと命令を下した。その命令を受けたセルシディオン・オーリュターブは、数十名の部下を率いて、直接、ナセテムとデュオの救出へと向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ