加筆 4 夢の奥へ②
クレムナント王国の城下町の外は、緑の草原に囲まれている。緩やかに蛇行していく一本道。雲一つない青空。その下を駆け抜け一地団。壮大に聳え立つ山々へと向かって疾駆する。
先頭を駆けるのは、クレムナント王国の五人の王子達。そしてそれに付き従う守護騎士の面々である。
王子達は白獣ガルディオンに跨っており、研磨された煌びやかな輝きを放つ鎧を纏っていた。ラミナント王家の威光を存分に示す、金の鎧の鎧である。その後ろに続くのは、主と死命を共にする守護騎士達。彼らは白銀の鎧を着衣しており、鋭い眼光で前方を見つめている。
さらにその後ろに位置するのは二百五十名の騎士達。彼らは皆、各王子直属の王宮騎士であり、五十名づつが守護騎士を隊長とする部隊に組み込まれている。王子の下に任務を遂行し、戦果を上げるのが彼らの役目である。命令系統は王子から守護騎士へ、そして五十名の配下の王宮騎士へと伝わるのである。
そして一際異彩を放つのが、黒のローブを纏う者達である。各隊に二十名ほど加えられた彼らは、魔道議会より派遣された導師達である。
本来ならば、これに王国騎士と王国兵も加えた戦力で戦場へと向かうのはずである。しかし王子達が指揮を執る権利を与えられた兵力は、直属の配下の騎士部隊のみである。それに二十名の魔道師が加えられた、計二百七十名であった。
限られた戦力で事態を解決する様にと、王自らが命を下したのである。その真意に誰しもが気づいていた。この戦いは次の王位継承者を決めるための、大きな要因になり得るという事に。
「ハァッ!ハァッ!イェエァッ!」
先頭を駆ける第一妃の長兄レンデスは、焦る心を御しきれずにいた。その横へ、黒馬に跨る巨体の男が馬を並走させてきた。
「レンデス様!後方の部隊との差が開いてきております!速度を落として下さいませ!」
「黙れ、ハギャンっ!!貴様には父上が意図した事が分からぬのかっ!?ここで功を上げれば王位は我がものぞっ!ならば弟達より先んじて鉱山へと到着し、俺の部隊のみで敵を殲滅する!」
レンデスの守護を務める王族守護隊長ハギャンは、獣の様な鋭い眼つきにがっしりとした骨格をしている。ライトブラウンの逆立つ髪は、まるで獅子の如く後ろへと広がっていた。
クレムナント王国内で、レンデスに意見を言う事の出来る数少ない人物である。
「分かっておりますが、今は邪念を取り払うのですっ。敵の数も出方も分からぬ以上、慎重に事をお運びになる冷静さを忘れてはなりませぬぞっ!」
鼓膜を震わせる野太い声。レンデスは明らかな嫌悪を表情に浮かべた。しかし馬の速度は緩むことなかった。眼前に迫る小山へと向かって、猛然とかけて行く。
この時点ですでに、レンデスの率いる部隊と、後方の部隊には大きく差が開いていた。突出しする兄の先頭部隊に追いつくために、何とか食らいついてきていたのは実弟のサイリスの部隊のみである。
そしてこの遥か後方七百メートルに、第二集団が馬を駆けさせていた。この集団の先頭を行くのは、第二王子のナセテムが率いる部隊である。そこには守護騎士であるヴァルヴァロス・ヴァルダートの姿もあった。
ナセテムの実弟であるデュオもまた、守護騎士のコーウェルを引き連れて、ナセテムの部隊と共に進んでいた。
そして最後にやや遅れて、第五王子であるシュバイクが率いる部隊がいた。
「ウィリシスッ!前方を走るレンデス兄さんの部隊と、距離が開きすぎではないですかっ!?」
空と見紛うほどの美しいスカイブルーの髪を靡かせながら、並行して魔獣を駆けさせるウィリシスへと問いかけた。シュバイクがもっとも信頼を置く人物である。
「確かに!これでは先頭集団と、後方部隊の差が開くばかり!奇襲攻撃でも受けたら、隊列は分断され危険ですっ」
ウィリシスの返答を聞くなり、シュバイクは白獣の脇腹を足で挟むように強く蹴った。
「シュバイク様っ!お待ち下さいっ!」
第五王子が跨るガルディオンは鼻息を荒くしながら、第二集団の後方から一気に駆け上がった。そして、先頭を駆けるナセテムの隣までやって来たのだ。
「ナセテム兄さんっ!前方のレンデス兄さんの部隊が心配ですっ!先に行ってもよろしいでしょうか?」
舞台役者の様な異様な目力。シュバイクへほんの一瞬だけ見ると、一言だけ呟く様に言った。
「好きにしろ」
それを聞くなり、ガルディオンの横腹をさらに目一杯蹴り込んだ。すると、芯の通った野太い声で鳴きながら、全身のしなやかな筋肉を躍動させた。全速力で駆け出した魔獣は、瞬く間に第一集団へと迫って行く。
「シュバイクッ!くっ、まったく!」
短髪で切り揃えられたライトイエローの頭髪が、ナセテムの横を通り過ぎて行った。
「宜しいので?」
第二集団から抜け出した二騎。それに視線をやりながら、ナセテムは変らぬ速度で魔獣を駆けさせていた。だがそれに疑問を感じたのは、守護騎士のヴァルヴァロス・ヴァルダートである。
髪を全て綺麗に剃っており、雷鳴の化身と言われるサングイワの飛電鳥の姿を頭に刻み込んでいる。あまりにも異質な見た目が印象的な者であった。
「たった二人に何が出来るか...。鼻につく弟よ。恐らく敵は第一集団を待ち伏せて攻撃するだろうしな。馬鹿な兄と共に心中でもすれば良い。そうなれば労せずして、王位を争う者が減るのだ。願ってもない事よ」
ナセテムはそう言うと、徐に左手を上げた。
「進軍やめぇい!これより我々は後方の第三部隊と合流し、西の迂回ルートを進む!敵が占拠している鉱山を回り込んで強襲するぞ!皆の者、私に続けぇっ!」
ライトアンドラ山脈に連なる壮大な山々。そこでは、一般生活に欠かせない必需品ともなっている汎用鉱石が多く採れる。しかし、そこは遥か昔から鉱石資源を狙う人々の争いの種となり、数多の罪無き者の血が流れてきた場所でもあるのだ。これは十三代国王であるアバイトが抱える、問題の一つでもあった。
クレムナント王国は山脈に囲まれる広大な土地である。しかしその山々の奥地には無数の独立部族が集落を築き、独自の文化と発展を遂げていた。
彼らはクレムナント王国の礎を築いた初代国王であるドゥーク・ラミナントが、この地に誕生するよりも早く、この地に生きていたのである。そして、山脈から採れる鉱石を、生活の一部としてすでに利用していた。鉱石資源を神からの贈物として、必要最低限の数しか採掘しなかった者達である。日々の生活の糧して使って来たのは、私利私欲のためではないのだ。
だがしかし、己が欲のために膨大な量の鉱石を採掘し続けるクレムナント王国の民とは、争いの火種が絶える事はなかった。王国の建国から数百年たった現在でも、それは変る事無はなかった。世代を超え、憎悪の連鎖はより大きなものとなって国を蝕んでいたのである。
ナセテム率いる第二集団は、鉱山強襲のために西側からの迂回ルートを進むべく、進軍方向を変えた。シュバイクの配下である五十名の騎士達は、言葉巧みにナセテムが操り、自分の隊へと統合してしまったのである。
その頃。第一集団のレンデス率いる部隊は、クレムナント城の周りに広がる広大な草原から、鉱山が聳える砂岩地帯へと入っていた。
草原を抜けるとそこは盆地になっており、今までの景色とは一変した。岩肌が至る所で剥き出しになり、山々が悠然と聳え立つ土と砂利の大地が広がっているのだ。
かつては草花が咲き乱れる美しい野原がだったが、鉱石の採掘を無作為に行なって来た過去の爪跡が、消える事なくその姿を残していたのである。
第二集団から抜け出たシュバイクは、ウィリシスと共についにレンデス部隊に追いつこうとしていた。
「シュバイク様、危険です!せめて部下を待ってから、レンデス様に合流を!たった二騎では何も出来ません!」
白銀の鎧を身に纏う男は、スカイブルーの美しい髪の少年へと必死に語りかけていた。
「危険なのは分かっている!たった二騎では、何も出来ない事も!でも、このまま前方の部隊を見殺しに出来ないんだ!ナセテム兄さんは恐らく、レンデス兄さん達を囮に使う。そんな気がするんだ!悪い胸騒ぎがして、堪らない!」
脆く崩れ落ちそうな顔を、ウィリシスへ向けた。絞りだした言葉に、精一杯の力を込めながら答えたのである。それは王位継承候補者として、そして万人の上に立つ者として乗り越えなければならない大きな壁であった。
ウィリシスはこの時、シュバイクの抱える複雑な心境を汲み取っていた。
兄を案じる弟としての私的な感情と、王位を争う相手よりもこの戦いで功を上げなければならないという義務感。その狭間で揺れ動く心は、苦しみに満ちていたのだ。胸が締め付けられる想いだったはずである。
例え自分を普段から虐め、貶めるような相手であろうとも、自らを犠牲にしてでも相手を助けようとする。殺したいほど憎いと思った事もあるはず。しかし、結局は相手を思いやる心が勝ってしまうのだ。
矛盾した気持ちを抱えたまま、それに気づかずに生きている。そしてその感情を心の奥にしまい込んだまま、戦場へと赴こうとしているのだ。それがどれだけ危険な事か、ウィリシスには分かっていたのである。
雲一つない青空が、紅く透き通った色に染まりつつあった。
二人の男の影を、緑のカーテンへと映し出す。
シュバイクとウィリシスはついに、レンデス率いる部隊の最後尾を瞳に捉えた。しかし、目前に迫る小山を下ったためか、その姿はすぐに消えてしまった。
砂岩地帯は盆地となっており、平原から続く小高い山を越えた先にあるのだ。
「ウィリシス兄さんっ!急ごう!」
胸の奥を締め付ける、嫌な気持ち。それが一層にシュバイクを焦らせた。魔獣の速度をさらに上げると、瞬く間に小山の斜面を駆け上がっていった。
ブオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン......!
重低音の笛の音が、突如として木霊した。その音は、砂岩地帯を別ルートから迂回して進むナセテムの部隊にも届いていた。
「兄上、この音は何でしょうか?」
魔獣に跨り先頭を駆けるナセテムへ、弟のデュオが問いかけた。辺りを見回しその顔は、不安げな表情である。
「ふん。やはりか。これはハドゥン族が全軍へ攻撃を命ずる合図だ。大方、盆地へと侵入したレンデスの部隊へと、奇襲攻撃を仕掛けるのだろう」
そう答えたナセテムは、デュオとは対照的に、表情に一切の変化はなく落ち着き払っていた。
「た、助けに行かなくていいのですか?」
その言葉を聞いた瞬間である。眼光から凄まじいほどの殺気を放ったナセテムは、鬼の形相でデュオを睨み付けた。
一馬身後ろを駆ける守護隊長のヴァルダートは、この殺気を肌で感じていた。しかし、恐ろしいまでの殺意の篭る眼光の先にいるデュオは、まるで事の重大さを分かってはいないようであった。
「愚かな弟よ。この状況が分からぬとは、何と哀れだ。父上が他の兄弟よりも、人一倍心配するのも頷ける言うもの。行きたければ一人で行くがいい。しかし、お前の部隊は置いていって貰うぞ。そしてもし、レンデス達を助けに行くのであれば、お前も私の王位継承を阻む敵と見なす」
この時やっと、底知れぬ恐怖と冷たさを含むナセテムの視線に気がついたのである。それは全身を締めつけ、鋭く突き刺し、呼吸をするのでさえ困難に思わせるほどのものであった。
「い、いえ。あっ、兄上にっ!し、従いますっ!」
やっとの想いで出た言葉が、ナセテムの殺意を消した。
デュオの返答次第では、血なまぐさい惨劇の場と化した事はかも知れない。守護騎士のヴァルダートとコーウェルは、ナセテムの右手が魔鉱剣から離れるのを確認した。すると、二人の手も柄からゆっくりと離れていった。
己の主が生命の危機に瀕するならば、守護騎士は相手が誰であろうとも躊躇なく剣を抜く。それが同じ釜の飯を食べてきた、守護騎士同士であってもだ。