第七十七話 罪の重さ
「はっはっはっ。シュバイク王子。貴方は本当に、世の道理というものを知らないのじゃな。だから、そのような狂行にでたのじゃろうが...どのような者達かも知らぬからそう言えるのじゃろう。奴らは只の獣じゃぞ。それにクレムナント王国と繰り広げてきたこれまでの戦いは、貴方の兄弟間に広がる溝よりも、遥かに深い隔たりがある。それを知らずして、何を言うかっ」
ベルハンムは怒りを露にした。世間知らずの子供が、大の大人に刃向かっている。その程度にしか、今の状況を捉えてないのだろう。だが、シュバイクには、全て予想していた結果だった。
そもそも、魔道議会を簡単に説得できていれば、ザーチェア等生かして捕らえなくともよかったのである。
「だったらそんなもの、僕の代で断ち切ってやる。彼らを人として認めないから、隔たりは深まる一方なんだ。元を辿れば、彼らの住まうこの土地を奪い取ったラミナント王家に非があるはず!ならば、貴方達が避けてきたものと僕が向き合うまでだっ!」
シュバイクは大声で言い放った。その気迫と迫力は、ほんの一瞬だけだが、五人の老師を圧倒したのだ。
「ふざけおって...何も知らぬが故の無知と言うものじゃ。そんな考えに、誰が賛同するか。シュバイク王子、諦めよ。御主には力は貸せん」
アベンテインは、シュバイクの言葉を一蹴した。だが、それで引き下がる訳にはいかなかったのだ。
「老師達はそうやって、新たな可能性をいつも潰して来たのではないですか?そうやって過去にしがみ付き、何を守ろうとしているのですか?僕には理解できませんね」
シュバイクとアベンテインの間に、張り詰めた空気が満ちた。二人の視線は重なり合い、激しい火花を生み出しているようだった。
「私は...シュバイク王子の考えに賛成する」
その時だった。老師グラホォーゼンは、突然に口を開いたのである。その一言は、他の老師達を驚かせるものだった。
「な、なんじゃと?正気か、グラホォーゼンよ。お前なら分かるじゃろう。クレムナント王国と、山間部の部族がどれだけ憎しみ合っているのかを。現実はそう上手くはいかんのだぞ」
アベンテインの鋭い瞳は、グラホォーゼンへと向いた。
「結果は火を見るよりも明らか...かも知れませな。しかし、それでも尚、シュバイク王子が彼らを味方につけると言うならば...その結果を待ってからでも遅くはないだろう。もし、本当に山間部の部族達を仲間に出来たのなら、我等もシュバイク王子の味方につく...と言うのはどうだろう?」
予想だにしない事だった。シュバイクにとって、孤立無援の状況と思われたが、一人の老師が口を開いた事で状況は一変したのだ。
「いいかも知れないわね...私も賛成よ」
次に口を開いたのは、アルンドゥーだった。長い長髪の老婆は、グラホォーゼンの意見に賛同したのだ。
「アル!お前まで、何を言うのじゃ!あんな戯言を信じると言うのか!?」
アベンテインは思わず椅子から立ち上がった。予想だにしない言葉の連続に、我を失いかけていた。
「まぁ、落ち着け。アベンテイン。考えてもみよ。あのハルムートが、シュバイク王子に殺されたのじゃ。誰よりも強かったはずの男が、だ。きっと何か、あ奴なりの思惑があったのじゃろう。それで、シュバイク様の手にかかったのだと、考えるべきだ。それに、今のこの状況、アバイトがザイザナック王に反旗を翻した時と似ておらんか?まるでハルムートが、態と、ワシ等に過ちを正そうとさせているような...そんな気さえしてくるわい......」
ベルハンムは、アベンテインを諌めながら言った。いつも反りの合わない二人である。それが今日は一段と拍車をかけるのであった。
「ふざけるな!人を殺しまくって、何が協力しろだ!こんな男を王にでもしてみろ!ザイザナック王の時のように、強権を振りかざして民を苦しめるぞ!何があろうと、絶対に反対だ!」
アベンテインは頬を紅潮させて、声を荒げた。
「私も反対よ。絶対に認めないわ」
ベルンドゥーは鋭い目つきでシュバイクを見ながら、アベンテインの意見に同調した。
「ワシは賛成だ。だから、三対二。シュバイク王子が、山間部の部族達を味方に付けれれば、我等、魔道議会も味方につく。そう結論づけてええな?」
ベルハンムは、他の四人の顔を順番にゆっくりと見ていった。アベンテインだけはそれに何か言いたそうな顔をしていた。しかし、魔道議会の最高導師であるこの五人が、何かを決める時には絶対なる規則があったのだ。それは、意見が対立した時は、多数決にて決める事。
これを絶対の規則として、物事を進めてきた。だかこそ、この場はアベンテインも黙るしかなかったのである。
「と、いう事だ。シュバイク王子よ。御主が我等を味方につけたくば、その言葉通りに山間部の部族達を仲間にしてみろ。そうなれば、我等も考えと態度を改めよう」
ベルハンムがそう言うと、シュバイクは頷いた。結果としては、シュバイクのほぼ予想していた流れだった。議会の対立を煽り、多数決へと持ち込む。それさえ出来れば、後は、運に身を任せる。そう決めていたのである。
「分かりました。必ず、部族達を仲間にして見せます。その時には、魔道議会も僕の味方になって貰います。それをお忘れなく」
そう言うと、シュバイクは室内を後にした。次に部屋を出て行ったのは、禿げ頭の老人のベルハンムである。彼は頭に血を上らせたまま、不機嫌な顔つきで出た。
地下聖堂から地上へと向かって暗い道を進むシュバイクを、密かに追いかける者がいた。そして、誰の目もない場所で、その背中へと声をかけたのだ。
「シュバイク王子。待ちなさい」
その言葉を耳にした時、シュバイクはすぐに後ろを振り向いた。
「ん?あ、貴方は...アルンドゥー様?」
シュバイクの問いかけに、相手は静かに頷いた。長い白髪を腰あたりまで伸ばしている老婆だった。
「教えて。ハルムートは、どのようにして死んだの?」
その瞳は、悲しみに包まれていた。シュバイクはそんな相手の感情をすぐに読み取ったのか、俯きながら答えた。
「失血死です。死を自ら望んでいるようでした。僕が斬りつけた傷を、治癒魔法で癒す事もなく...そのまま......」
シュバイクは消え入りそうな言葉で言った。
「そう...じゃあやっぱり、自ら死を選んだのね...あの男らしいわ」
老婆がそう言うと、その瞳からは涙が零れ落ちた。
「許してください。とは、言いません。恨んでもらってもけっこうです。それだけの事を、僕はしたのですから......」
シュバイクはそう言うと、前へと向き直った。しかし、それを止めるように、老婆は言った。
「待ちなさい。山間部の部族達は、私達とは違う言語で喋るわ。貴方が彼らと意思の疎通を図ろうとしても、それは無理なの。今から通訳を探そうとしても、きっと時間と手間がかかるわ。だから、私の弟子で言語学に優れた導師を、シュバイク王子の元へと送ります。その者と一緒に、彼らに会いに行きなさい」
老婆の言葉は、シュバイクを驚かせると同時に、困惑させた。何か裏があるのではないか。そう思って振り向いた時、そんな考えの全ては吹き飛んだ。
零れ落ちる涙は大量で、その顔は悲しみに包まれていた。それでも、どこか救われた顔つきであったのは、確かである。だから、その申し出を受ける事にしたのだった。
「...分かりました。有難うございます。三日以内には出発するつもりです。それまでに、王宮へと遣わさせて下さい」
そう言うと、シュバイクは歩き出した。その姿が見えなくなった時、老婆の佇む場所にある大きな柱の影から一人の導師が出てきた。それは、同じ顔をしたそっくりな老婆である。
「ベル。何も私の振りをして、シュバイク王子に話しかけなくてもよかったのに」
姿を現したのは、白髪を腰あたりまで綺麗に流すアルンドゥーだった。そして、その場で涙を流していたのは、ベルンドゥーだったのである。団子状にした髪を解き、シュバイクにアルンドゥーだと思わせたのだ。
「敵意を向けた私では、あの子から...本音を引き出せないと思ったのよ...ごめんなさいね...アル」
ベルンドゥーは涙をローブの袖で拭いながら言った。
「きっと...あの子は気づいていたんじゃないかしら...貴方が私ではないと言う事に。だから、あんな言葉を残したんじゃない?」
アルンドゥーが指している言葉は、「許してください。とは、言いません。恨んでもらってもけっこうです。それだけの事を、僕はしたのですから......」と言うものだった。
それを聞いたベルンドゥーは、少し驚いた顔つきになった。
「そう...だから、私の申し出も快く受けたのかしら...はぁ...根はいい子なのね。あんな子が人を殺めるなんて...やっぱり、私達のしてきた行いは間違いだったという事かしら......」
ベルンドゥーの瞳は、アルンドゥーの瞳を見ていた。悲しみの中に、救いと助けを求めるようだった。
「出来る事をしましょう。それがきっと償いになるわ」
二人は会話を終えると、静かにその場から立ち去った。大きなうねりと時代の流れが、シュバイク・ハイデン・ラミナントと言う男を中心にして、動き出そうとしていた。




