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第七十四話 真実の裏側

 夜の闇の中を進む灯り。その灯りは二人の男を照らしていた。


「はあっ!はあっ!ひぃっ!ひぃっ...!む、無理だ!もう走れんっ!」


 グレフォード家の邸宅の敷地は、広大である。富裕区パルティフランツァの三分の一程もあるのだ。そこは手入れが行き届いた綺麗な緑の芝生が敷かれ、木々が立ち並んでいる。庭師だけでも五十人ほどを雇い入れており、毎日、欠かさずそれらの緑を維持するために人々が働いているのだ。

 この広大な敷地こそが、グレフォード家がクレムナント王国内で権威を誇る何よりもの証拠であった。しかし、邸内へと何者かが侵入して来て、命からがら逃げ出したこの男達は、今だけはその敷地の広さを恨んでいた。


「はぁ...はぁ...義父上、頑張ってください!ラミナント城へと逃げ込み、王家に庇護ひごを求めねば!」


 中年の男が言った。右手には鋼で出来た剣を握り締め、左手には鉱石ランプを持っている。

 灯りに照らし出された男の顔は、品のいい紳士といった所だ。肌は白く、ブラウンの瞳。髪はダークブラウンの中に、白髪が目立っていた。そんな男が、白いシャツだけを身に纏っている。シャツと言っても、膝丈まである長いものである。恐らく、寝巻きなのだろう。そんな格好のまま、外へと駆け出してきたのだ。


「うるさいっ!黙れ、ザーチェアッ!そんな事、お前に言われなくとも分かっておるわっ!この愚図がっ!使えない奴め!大体、何故、このような事になったのだ!私は、大貴族グレフォード家の当主だぞ!どうなっているんだっ!」


 金髪の長い髪を振り乱しながら、芝生へと両手を付いている老齢の男はわめきちらしている。どうにもならない今の状況に怒りを抱き、それを近くにいる男にむやみやたらにぶつけているようであった。

 八十を優に超えている身体には、いささかきついものだったのだろう。邸宅から走り出して、数百メートルほどで息を切らせてしまったようだ。

 その格好は、やはり長いシャツを身に纏っている。その上に黒のコートを羽織っており、手には杖らしきものが握られているだけであった。


「そ、それは私にも分かりません。敵が誰なのか、一体何の目的で邸宅へと押し入ってきたのかなど...それよりも今は、逃げなくては!」


 グレフォード家の婿養子であるザーチェアは、頼りなさそうな顔つきであった。しかし、必死に義父であるダゼスを説得し、歩かせようとしている。それは無論、自分も死にたくはなかったからであろう。

 だが、そんな二人へと目掛けて、一筋の強烈な光が、邸宅から真っ直ぐに向かってきたのだ。それが何なのかを理解するよりも早く、ザーチェアは呪文を唱えた。


結界陣ラウリング・ゼガノス!」


 ザーチェアの首にはペンダントのような飾り物が掛かっていた。その飾りが光を放つと、二人を取り囲むように古代文字が描かれた光の円柱が現れたのである。貴族でありながら、ザーチェアは魔法を多少なりとも扱える腕があったのだ。


「ダゼス・エデン・グレフォードォォォォォッ!」


 シュバイクは光の鎧に身を包みながら、高速で駆け抜けた。そしてついに、殺すべき相手を完全に瞳で捉えたのだ。闇の中を猛然と進む光。それは、一直線にダゼスへと向かう。そして、シュバイクは構えた魔鉱剣を、一気に振り抜いた。


「ウラァァァァッ!」


 凄まじい閃光と衝撃波が巻き起こった。周囲に広がった魔力ハールは、芝生を捲り上げ、土の地面を露にした。ダゼスとザーチェアが居る場所を中心にして、半径二十メートルほどの芝が全て吹き飛んだのだ。

 だが、土煙の中に姿を現した二人は、結界陣に守られて無傷のままだった。シュバイクの魔鉱剣は光と音を発しながら、古代文字が浮き上がる光の壁に阻まれて止まっている。


「くそぉぉぉぉぉぉっ!何だこれはっ!」


 シュバイクは怒りをむき出しにしながら、目の前に居る男を壁越しににらみ付けた。そのブラウンの瞳の奥には、金色こんじきの輝きが見て取れた。すでに、今までの温厚な少年ではない。憎しみと怒りを抱きかかえたまなこは、手の付けられない猛獣のようである。


「き、貴様はっ!シュ、シュバイク・ハイデンかっ!?」


 ダゼスは腰を抜かせていた。あまりの相手の迫力に、身を後ろへと引きながら言ったほどである。普段から歯に衣着せぬ物の言い方で、他人を萎縮させる男なのだ。それが、今、十七歳の少年の姿に、恐怖を抱いていた。


「ああ!そうだ!僕はお前を殺すために、ここに来たっ!」


 シュバイクは剣を引くと、目の前に張られた結界に視線を流した。白い古代文字が浮かび上がり、それが二人を取り囲みながら天高く聳え立っているのだ。魔鉱剣でも歯が立たないとなれば、相当に強力な魔法である。それを打ち破るには、一つしか方法はなかった。


「何をやっても無駄だぞっ!ザーチェアは私が雇い入れた魔導師から、結界魔法を伝授されたのだからな!貴様のような小童には、手も足もでまいっ!ハハハハハハッ!まさか、お前のような子供が、私の命を狙っていたとはっ!このまま助けが来るまで結界の中にいれば、それで済む事ではないか!そうだ!何も城まで逃げる事はなかったのだっ!」


 ダゼスは相手の剣が自分へと届かないと見るや否や、突然、その言葉に勢いを増した。だが、ザーチェアはその横で、静かにシュバイクの動きを見ていた。


「調子に乗るなよ...お前は絶対に殺す!蒼空の翼シュバイク・ミィ・ウィグノス!」


 シュバイクの左手に填まる指輪リングが輝きを放った。そして、その背中に小さな白き翼が二本、生えたのである。純白の光によって包まれているが、それでもまだ魔力を込め続けた。

 顔も見たこともない父を想い、その腕に一度しか抱かれた事のない母の温もりを感じ取ろうとしていた。自分から全てを奪った男。それが今、目の前にいるのである。


「まだだ...!もっと...もっと力を!天よ!父よ!母よ!僕の翼に蒼空の煌きをっ!うあああああっ!」


 限界を超えても尚、魔力を高め、そして力を欲した。両手を開き、天を仰ぐ。

 すると、雲が裂け、亀裂が空に走る。雷鳴が轟き、シュバイクの翼に雷が幾本も落ちた。その度に、白き翼はさらに大きさを増し、力も増していく。シュバイクの瞳はブラウンから、金色へと変わっていた。


「なっ、何なんだっ!お前は一体、何者なんだっ!ザ、ザーチェア!この結果陣は、大丈夫なんだろうなっ!?どんな力でも防ぐはずだよなっ!?」


 ダゼスは目の前で起こる光景に、呆気にとられていた。しかし、すぐに自分の身の不安を感じたのだろう。恐怖に引きつる顔で、隣に立つザーチェアへと問いかけた。


「わ、わかりませぬっ!如何なる魔法も防ぐ結界であるのは確かです!しかし...この世に完璧な物等存在しない。魔道に精通する者ならば、皆が知っている言葉です!その言葉を、今、考えざる負えませぬ!」


 ザーチェア酷く引きつった顔で、言った。多少なりとも魔法を使えるようになったからこそ、シュバイクの放つ魔力の凄まじさを実感しているのだ。

 だが、それは突然起こった。白き翼が形を失い、空に羽根が舞ったのだ。まるで内部から弾けと飛ぶようだった。


「うっ!くっ...何故だっ!やっとここまで来たんだ!力をっ!」


 シュバイクの魔力は、底を尽きてしまったのだ。一日に数回にも渡って、大きな力を使い、魔力を消費し続けた反動だった。最後の最後で、蒼空の翼は消え去ってしまった。


「な...何だ!?何が起こった!」


 ダゼスは訳もわからずにいた。しかし、ザーチェアは感じ取っていた。シュバイクの魔法が解かれた事を。


「義父上、ど、どうやら...シュバイク王子は、魔力ハールを使いすぎて...魔法を維持出来なくなったようです」


 ザーチェアの言葉に、ダゼスは歓喜した。


「何だって!?や、やったぞ!やはり天は私に味方したのだ!エデンの名を継ぐ者を甘く見るなよ!シュバイク・ハイデン・ラミナントっ!お前を必ず追い詰め、殺してやるからな!覚えていろ!」


 ダゼスは立ち上がると、逆に地面へと膝をついたシュバイクへと言い放った。まるで立場が逆転したような状態である。尚も二人を包む結界陣は、空へと向かって聳え立っていた。


「はぁ...はぁ...はぁ...くそっ...ここまで来て...」


 シュバイクは力なく顔を上げると、目の前のダゼスを見た。その瞳はブラウンに戻っていた。


「シュバイク王子、何故、貴方が義父上を殺そうとするのですか?」


 ザーチェアはシュバイクへと問いかけた。


「はぁ...はぁ...ダゼスは...僕の父であるギルバート・ラミナントを殺した...」


 シュバイクの言葉に驚いたのは、ダゼスであった。


「何だと!?お、お前がギルバートの息子だと...?」


 ダゼスはパープルの瞳を見開いて、シュバイクを見た。


「はぁ...はぁ...僕の父はギルバートだ。そして母は...ミリアン・ハイデンだ!はぁ...はぁ...お前に父が囚われた時にはすでに、お腹に僕がいたのさ...僕の存在を隠すために...妹のレリアンが王宮に入ったんだ...!お前が僕の大事な人達全てを、傷つけたんだっ!」


「そ、そんな事が......」


 その話を聞いたザーチェアは、寝耳に水のようだった。まるで初めて聞いた話を耳にしたようで、ただただ驚いていた。


「なるほどな。それで全てに納得がいったぞ。あの、ガウル・アヴァン・ハルムートの企みか!あの男、やはり食えない奴だ。アイツさえいなければ、上手く収まったというのに!シュバイク・ハイデン。お前を殺した後は、あの男も追い込んでやる。お前達はこの王国にいてはならない存在なのだ!」


 ダゼスはいつもの様子に戻っていた。


「ハルムートはもういない。僕が殺した。だから次死ぬのは、お前じゃないといけないんだ!」


 シュバイクはそう言いながら、膝に力を入れて立ち上がった。だが、それだけで精一杯のようだった。


「何だと?ハルムートを殺しただと!?はっはっはっはっ!馬鹿な奴だ!手間が省けるとは、この事だ!アイツがお前を守るために、どれだけの犠牲を払ったか判っているのか?」


「犠牲?何の事だ!」


「あいつの払った犠牲は、その身全てだ。王宮へと第三妃レリアンをねじ込んだために、水中都市国家の元首ガルバゼン・ハイドラは同盟条約を破棄し、この国に攻め込もうとしたのだ。だがそれをいち早く察知した奴は、ハイドラに裏で取引を持ちかけた」


「取引だと?」


「ああ。それはな......シュバイク・ハイデン、お前が十八歳の誕生日を迎えた暁には、自分の首を差し出すという契約だ!あの男がいなくなれば、クレムナント王国など如何様にも出来る。だから、ハイドラはそれを了承した。たかだが一人の王子のために、何故、そこまでするのかが判らなかったが...今なら納得できる。全てはギルバートの子供であるお前を...守るためだったのだな。それを自らの手で殺すとは愚かな奴だ!はっはっはっはっはっ!」


 ダゼスが高笑いをする。シュバイクはそれを聞きながら、自分の犯した罪を知る。


「そんな...まさか...ハルムート将軍が......」


 シュバイクもまた、全てを理解したのだった。何故、ハルムートが己の存在そのものを、邪魔になると言ったのか。そして、何故、治癒魔法をかけずに、あえて死を選んだのか。きっとあの男は、それらの真実を隠すために、自ら死を選んだのである。

 全ては、シュバイクを守るためだったのである。きっと知らぬままでいい真実もまた、この世には存在するのだろう。

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