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第七十二話 不思議な絵画

 青いブリオーを血に染めている少年。スカイブルーの長い髪は、アーク・ウィードを殺した時についた血でべったりとれていた。


「くっ!ダゼスはどこ何だっ!」


 シュバイクは焦りを抑え切れずにいた。

 グレフォード家の邸宅へと攻め入ったものの、ダゼス・エデン・グレフォードの首が取れなければ、まるでこの行動には意味がないのだ。それ以上に、シュバイクの王子としての立場が危うくなる。そのためにも、何としてもダゼスを殺し、ザーチェアを捕まえなければいけなかったのだ。

 一階の捜索を終え、二階へと続く螺旋らせん階段を上る。後ろには皮の鎧を身に纏う三人の騎士達が随伴ずいはんしていた。


「手分けして探すぞ!一人一部屋、虱潰しらみつぶしに探すんだ!」


「はっ!」


 廊下の幅は四、五メートルと言った所であろうか。天井には等間隔に配置された鉱石灯が輝き、床には紅い絨毯が延々と続いている。

 壁は木目調で、暗いブラウンである。そこには風景画が飾ってある。美しい山々を照らす夕日。海辺の島。壮麗そうれいな屋敷の邸宅の絵。そして、グレフォード家の歴代当主達の肖像画。これらが金縁きんぶちの額に取り付けられている。それらの絵の中には何故だか、屈強な兵士の男達が勇ましく武器を構えている絵がいくつかあった。

 シュバイクはそれらを横目で見やりながら、廊下を進んでいく。扉を開け勢いよく放ち、部屋の中を確認していく。


「ダゼス・エデン・グレフォード!何処だ!出て来いっ!」


 シュバイクは大声で叫びながら、次々と室内の捜索を終えていく。そして、廊下から繋がる部屋の半分を探し終えた時であった。妙な違和感に、シュバイクは気づいたのだ。廊下で立ち止まると、左右へと首を動かして何かを確認していた。


「どうされました?」


 騎士の男が問いかけてきた。その後ろには、扉から出てきた他の二人の騎士達も合流した。


「おかしい...絵が.....気のせいだろうか...」


 シュバイクはブラウンの瞳で辺りを見渡す。すると、風景画の中に描かれていた兵士と思わしき男達が、姿を消しているように思えたのだ。


「絵?絵が如何されましたか...?」


 騎士の男が口を開いた時だった。シュバイクの後ろで、何かが倒れる音がしたのだ。それにすぐさま反応し、振り返る。するとそこには三人の騎士達が血を流して倒れていたのである。

 だが、明らかにそこには誰もいない。シュバイクの視線の先には、今まで歩いてきた廊下があるだけである。その先は螺旋らせん階段となっており、一階から上がってきた場所なのだ。


「ん?何だ!?」


 シュバイクは騎士へと駆け寄ると、その一人の頭を抱え込んだ。皮の鎧の隙間からは大量の血が流れ出ている。今にも息を引き取りそうな男へと、必死に問いかける。すると、微かに聞こえる声で言ったのである。


「う...うしろっ」


 シュバイクは振り向いた。そこには、まさに絵画の中から上半身を乗り出して、槍を突き刺そうとしている兵士の姿があったのだ。それは信じられない光景だった。何かの魔法のたぐいなのは、間違いない。

 槍の穂先ほさきが青のブリオーをかすった。シュバイクは前へと転がり込むようにして、何とか攻撃を回避した。しかし、突き出された槍は騎士の男の胸を貫き、そのまま床へと刺さった。


「がっ!」


 騎士はそのまま絶命した。絵画から飛び出してきた兵士達は、間髪かんぱついれずに、槍をシュバイクへと目掛けてさらに突き刺してきた。それを紙一重で回避しながら、近くの扉を開けて中へと入り込む。


「はぁっ。はぁっ。今のは何だっ!?」


 シュバイクは木製の扉を背中で押さえつけるようにして、立っていた。肩を揺らして、息を吸っては、吐いている。しかし、次の瞬間である。自分の耳の横を、研磨された鋼鉄の刃が突き抜けた。


「なっ!?」


 すぐさま扉から離れると、部屋の中央で魔鉱剣まこうけんを抜き去った。その瞳に写っていたのは、何本も次から次へと扉を突き破る槍の数々である。そのまま扉の前へと居れば、あの槍の餌食えじきとなっていただろう。それを思うと、シュバイクはぞっとした。


「来るなら、来い...!」


 槍の攻撃の嵐が収まると、扉の反対側に居るであろう者達へと向かって言ったのだ。しかし、彼らは刺さった槍を抜き去ると、その部屋へと入ってくる事はなかった。


「何だ...?こないのか?僕を倒す事より...時間稼ぎが目的なのか...?だから、攻め入っては来ないと言う事か......ならばっ......!」


 シュバイクは相手の動きから、その目的を読み取ろうとしていた。そして、それがもし、時間稼ぎならば、ここで足止めを食らっている暇はなかった。だから、呪文を唱えたのであろう。


蒼空の翼シュバイク・ミィ・ウィグノス!我に力をっ!」


 室内に備え付けられていた窓から、外へと強烈な光が漏れ出した。そして、美しい白い羽根を舞い散らせながら、シュバイクの背には二本の翼が生えたのである。その翼は、昼間にレンデスと戦った時よりも、ほんの少しだけ大きくなっている。

 翼の直径は四、五十センチ程度だ。昼間は三十センチあったかどうかくらいである。そして、その翼は純白の光によって輝いていた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 シュバイクはその翼へと、己の魔力を一気に込めた。そして、さらにもう一つ、魔法を重ねたのである。


光の鎧エンライト・ミィ・ティーアス!」


 その呪文は、肉体の力を強化するための魔法である。光の鎧に包まれた身体は、神経系や細胞が活性化されるのだ。シュバイクがこれらの魔法を重ねがけし、とった行動は只一つ。腰を深く落とし、走り出しの構えを取ると、扉へと向かって駆け出した。


「テェェアァァァァァッ!」


 凄まじい突風を生み出しながら、瞬く間に廊下を駆け抜けた。その風によって、壁にかかっていた絵画はあまりの風力に舞い上がり、そして床へと次々に落ちていく。そして、廊下の突き当たりで手前で踏ん張りを利かせると、靴底から煙を放ちながら、何とかぎりぎりで停止した。紅い絨毯は、五メートルほど前から焼け焦げたあとがついている。

 使い手の魔力ハールを存分に吸収した刀身は、七色の輝きを放っていた。シュバイクはそのままの体勢から、魔鉱剣を振り下す。そして、空間を断裂だんれつする魔力ハールの斬撃を飛ばした。


烈空斬レックウザン!」

 

 凄まじい風きり音と共に放たれた魔力の刃は、床へと落ちた絵画を次から次へと切り裂いていった。そして反対側の壁まで到達すると、その壁事かべごと、外へと吹き飛ばしたのである。

 建物の一部が破壊される衝撃は、邸内全体へ震い渡った。


「はぁ...はぁ...はぁ...」


 シュバイクの攻撃によって、全ての絵は切り裂かれた。その絵画からはうめき声が聞こえたかと思うと、そこら中が血の海と化したのである。その血は、どうやら絵そのものから止め処なく流れ出てきているようだった。あまりにも、不気味な光景である。


 二つの魔法を重ねがけしたために、シュバイクは相当の魔力を消費していた。まだ慣れない魔法であるのだ。使いこなすほどの時間もなく、今日一日で二回も蒼空の翼を発動してしまったのである。残りの魔力はもう、僅かであった。 


 しかし、シュバイクにとっては、悪い事ばかりではない。自分の能力について、少しづつ理解をし始めていたのは間違いない。

 

 風の属性にるいする、空の力。そして、それによって生まれる背中の翼。恐らくこの翼は、単純に風を操る事もできるが、敵の魔法の効力を打ち消す力もあるのだ。

 それはレンデスとの戦いで、相手の深遠の衣ヴェルガノット・ミィ・ルーザをかき消した時に感じたものだ。もしかしたら、翼が生み出す突風が、敵の魔力そのものを吹き飛ばしているのかも知れない。

 それは、考え方によってはあまりにも強力な力である。相手の魔法をかき消し、吹き飛ばす事で無力化できるなら、それは恐ろしいほどに絶大な封殺魔法ふうさつまほうであるからだ。

 封殺魔法とは、己の魔力ハールを持って他者の魔力ハールを抑え付けるものである。これは覇者の力とも言われており、極限られた者しか扱う事の出来ない、未だに謎の多い魔法と言われていた。シュバイクの性格と特性から、あまりにもかけ離れた能力である。それが何を意味するのか。今は、まだ分からなかったのである。


 シュバイクが駆け抜けてきた廊下は、魔力の斬撃ざんげきによってひどい有様となっていた。床には一直線に続く無数の線が、爪跡つめあととして残っている。天井の鉱石灯も真っ二つに割れ落ちていた。

 敵が出てこないのを確認すると、剣の構えを解いた。そして、ふと、後ろへと視線を流した時であった。その背後は壁に窓が付いており、さっきの風の衝撃でガラスが全て吹き飛んでいたのだ。そこから入り込んだ微かな夜風が、スカイブルーの髪を摩っていった。その心地よさに、目線を移動させたのである。

 そして、その視線の先に見たのは、夜の闇の中を進んでいく鉱石ランプの灯りだった。シュバイクはその灯りに焦点しょうてんを合わせると、目を細めて正体を探った。すると、二人の男が駆けていくのが分かったのだ。それは紛れもなく、ダゼス公爵こうしゃくとザーチェア侯爵こうしゃくだったのである。

 兵士達を邸宅で戦わせている間に、自分達は逃げ出していたのだ。しかし、それを瞳で捉えたシュバイクは、すでに獲物の姿を見つけた狩人の眼であった。そのガラス窓から身を乗り出すと、そのまま窓枠へと足をかけて跳躍ちょうやくした。

 勢いよく飛びだし、地面へと着地する。そして、光の鎧を発動させると、一気に二人へと向かって駆け出したのだ。


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