第六十九話 駆け抜ける刃
ラミナント城の入り口にて待機する騎士達の前に、シュバイクがその姿を見せた。だが、その場にいた殆どの者が自分の目を疑っただろう。
それは、青のブリオーに膝丈のキュロット。そして、黒い皮のブーツを履いている王子が、全身を血に染めていたのだ。互いが互いに横にいる者と顔を見合わせ、己の中で浮かび上がる疑問への答えを、何とか導き出そうとしているようであった。
「シュバイク様っ!配下の騎士三十名全て召集しました。いつでも出発できます。こちらにお乗り下さい」
宮内から繋がる通路を歩いてきたシュバイクへと、ウィリシスが寄ってきた。魔獣の背に跨っており、その手にはもう一頭の魔獣の手綱が握られている。それはシュバイク専用の獣馬である。
「ありがとう」
シュバイクはウィリシスが連れて来た魔獣ガルディオンの背へと飛び乗ると、巧みな手綱捌きで騎士達の前へと歩み出た。
その魔獣は白い鱗で全身が覆われており、額からはとぐろを巻いた角が二本生えている。一見すると馬のようでもあるが、その姿は似て非なるものだ。馬よりも二倍ほど躯体が大きく、その瞳は夜の闇の中で紅く輝いていた。牙は鋭く、肉食の猛獣である。
クレムナント王国の山岳地帯に生息するこの魔獣は、大地に眠る魔鉱石の放つ力に影響を受けた生物である。全身に魔力を宿しているために、その身体能力は通常の獣を遥かに凌ぐのだ。戦いになれば、兵器や武器といった類として利用される事もあるが、気性が荒く凶暴なため、その扱いは危険を伴うのである。
グルルルルルルルル......
時折、喉を鳴らすような唸りを声を上げながら、魔獣同士が威嚇しあっているのがわかる。本来ならば、同じ場所に数頭の魔獣がいるだけで、殺し合いが始まるであろう。しかし、主人となる騎士達が、その抑制効果となっているのだ。
魔獣は通常の人間では扱えない。自分を主人と認めさせるだけの強い魔力を放っている事が、これらの凶暴な生物を扱うための最低条件であるからだ。野生の生き物ゆえに、己より強い力を持つ者には従順な態度をとるのである。
シュバイクは騎士達の前に出ると、彼らの方を向いて口を開いた。その中には勿論、ウィリシス・ウェイカーの姿もある。
「皆、聞いてくれ!これからグレフォード邸へと向かう!そしてダゼス・エデン・グレフォードの首を取るんだ!」
王子の言葉に、騎士達は目を見開いて、互いの顔を見合わせていた。
「シュバイク様、せめて!何故、そのような事をするのか...それだけでもご説明下さい!」
ウィリシスが、シュバイクへと問いかけた。
「ダゼス公爵は、僕の父の敵だ。僕の父はアバイト・ラミナントではない!僕の父は、ダゼス・エデン・グレフォードによって殺された、ギルバート・ラミナントだ!これは、始まりにしか過ぎない!この時、今をもって、僕はこの国の玉座を取りに行く!僕に付いて来たくなければ、ここで魔獣から降りるがいい!この先は引く事の出来ない修羅の道だ!それでも、付いて来る覚悟のあるものだけ僕に続けぇっ!」
シュバイクはそう言うと、相手の反応を見るよりも早く、魔獣の胴体を蹴り込んだ。それと同時に、一気に初速から最高速度でラミナント城の門を駆け抜けたのである。
シュバイクの放った言葉に、ウィリシスは衝撃を受けたのは言うまでもない。しかし、すでに身体は動いていた。何があろうとも、彼と共に生き、そして死ぬ覚悟を当の昔にしていたからである。それは、ウィリシスがシュバイクの守護騎士として、任命される以前からであった。
「ハッ!イェァッ!ハッ!」
守護騎士であるウィリシスが、シュバイクに続くように即座に魔獣を動かす。すると、それに続くかのように、次々と騎士達が動き出した。一人も躊躇する事なく、魔獣の胴体を蹴り込んだのである。
王子と守護騎士、そして三十人の騎士達は、城下町の大通り目指して猛然と突き進んだ。大地を飛ぶように駆ける。ガルディオンは躍動する肉体から、漲る魔力を迸らせ、凄まじい速度で駆け抜けていく。
夜の城下町は静かである。しかし、その日は違った。魔獣の蹄が石畳の地を叩き、風を切る音、そして騎士達の掛け声が響いていた。
「わっ!?な、なんだっ!」
夜の大通りは人が疎らである。路上市の客は酒場に流れ、店主たちは次の日に備えて店を畳んで帰ってしまうからだ。だが、そこを歩いている人々は確かに見たのだ。目の前を突風のごとく過ぎ去っていく、白き獣の数々を。そして、その背には王国騎士である男達が跨っていたのを。
石造りの家々が多い。その中を縫うように進む。大通りを駆け抜けたシュバイク達は、グレフォード邸がある富裕区へと向かって脇道に入っていた。脇道といっても、道幅は五メートルほどある。そこを二列になった魔獣が、駆けていくのだ。目の前に迫る障害物があると、空へと飛び上がり、そのまま前方で着地する。その速度は一切緩まる事がない。
そしてやがて、富裕区へと繋がる巨大な鉄の門が見えてきた。そこには常に、数人の王国守備兵が駐在しており、不審な者を警戒して周囲へと目を光らせているのだ。
「ん?な、何だ!?何か来るぞっ!」
門の前に立っていた一人の兵士が、前方の異変に気づいた。鎖帷子と長い槍を装備している。その者が周りにいた仲間達へと向かって、注意を促した。
六人の兵士が門の前へと即座に走り出ると、彼らは槍の穂先を前へと向けた構えたのである。
「光の鎧っ!」
シュバイクは、富裕区へと続く門の手前二十メートルで、呪文を唱えた。それはクレムナント王国の騎士達が、戦闘状態に入るための合図となる魔法でもあった。
「光の鎧っ!」
主であるシュバイクが呪文を唱えた事で、即座にウィリシスも反応した。すると、それに続くかのように、次々と後方から駆けてくる騎士達も呪文を唱えたのだ。騎士達の身体から放たれる輝きが重なりあい、ひとつの大きな光となった。
「どけぇぇぇぇっ!」
シュバイクは叫んだ。その声が、門を守る兵士達に聞こえたかはわからない。しかし、そのあまりの迫力に、ついに彼らは身を引いたのだ。そして、次の瞬間であった。魔獣が額を前方へと向けると、その勢いを持って門へ向かって突進したのである。
凄まじい衝撃と轟音の後、鉄の巨大な扉は空へと飛んだ。まるで紙切れのように、軽々と押し開け、そして破壊したのだ。これこそ、鍛えぬかれ、統率された騎士達の成せる技である。彼らの光の鎧は、互いの魔法と相まって、さらにその効果を増幅させたのだ。
「ハァッ!ハァッ!セイヤァッ!」
スカイブルーの髪をはためかせながら、シュバイクはさらに魔獣の胴体を蹴り込んだ。そして、あっと言う間に、富裕区の中央通りを抜けると、遂にグレフォード家の敷地を区切る門と壁が見えてきた。
ダゼス・エデン・グレフォードは、狡猾な男である。陰謀、策謀、謀略を駆使し、邪魔な者を排除してきたのだ。アバイト王の父であるザイザナックの時代には、まだ大貴族と言われる名家が、多く存在した。
しかし、内乱の混乱に乗じて、何人かの貴族を暗殺していた。そんな男だからこそ、自分が命を狙われる事を誰よりも恐れていた。そのために、百人程度の私兵を常に敷地内で巡回させ、数十人の魔導師まで雇い入れていた。
シュバイクはそれを知っていたからこそ、配下の騎士三十名を集めたのだ。これは、命を懸けた本当の戦いなのである。
「ん?あれは...?まさかっ!」
グレフォード邸を守る私兵が、門へと近づいてくる者達に気がついたようである。巨大な光の塊となっていたシュバイク達を視認するのは、それほど難しいものではない。むしろ、この闇の中では、目立っていただろう。そして、その光が何を意味するのか、すぐに兵士達は気づいたようである。
「あれは、王国騎士だっ!光の鎧を纏っているぞ!これは、只事ではない!至急、邸宅へと合図を出せ!緊急事態だっ!」
黒色に塗られた鎖帷子に身を包む男は、部下である兵士に指示を出した。すると、門の横に取り付けられた鐘を鳴らしのである。これは特殊な効果をもつ鉱石で出来ている。
それは共鳴石と言い、同じ原石から取れた別の石に、音を反響させる特殊な鉱石であった。これを鳴らすと、門から離れた邸内に取り付けられている別の共鳴石の鐘を、振動させて音を鳴らす事が出来る。
グレフォード邸の門は、鉄と魔鉱石を織り交ぜられたものである。その門は高さ十メートル以上もあり、柵もまた、同じ高さを誇る。その高さは、魔獣ガルディオンが跳躍しても、飛び越えられない絶妙な作りになっていた。さらに、門には常に魔導師が一名、駐在していた。
「インドル導師!魔防壁を展開してくだされ!」
門の横に設営されている小さな建物は、兵士と魔導師が二十四時間体制で見張りを行えるようにと、生活空間が確保された場所になっている。その建物へと入った兵士は、一人の魔導師を呼び起こした。
木製のベッドへと横になっていたその男は、眠気眼で起き上がった。
「なんだ、うるさいなぁ。まだ夜じゃあないか」
五十代後半の熟練した魔導師である。やせ細っているが、目つきは鋭い。無精ひげが目立つ。ブラウン色の瞳に、長い髪を後ろで束ねていた。
「敵が迫っております!魔防壁の展開を!」
その言葉に、すぐさま目を覚ましたようだ。
「何だと!?分かった。邸宅へは知らせたのか!?」
魔道師は、ベッドの横にかけられた黒のローブを羽織りながら聞いた。
「はい!すぐに応援が来ると思います!それまでは、なんとしても耐えなければ!」
兵士がそう言うと、魔導師のインドルはすぐさま建物から出た。そして、門の前へと、内側から立つと呪文を唱えたのである。
「魔防壁展開ッ!」
男が呪文を唱えると、邸宅の周りを取り込む鋼鉄の柵から青白い光が放たれた。それはドーム状の壁となって、敷地全てを覆い包んだ。
それを見た時である。先頭で駆けるシュバイクへと、ウィリシスが近づいて来た。
「シュバイク様っ!奴等に感づかれたようですっ!ここは私に先頭を行かせてくださいっ」
シュバイクはほんの少しだけ魔獣の速度を緩めた。
先頭へと躍り出たウィリシスは、眼前へと迫る魔法の壁を前に魔鉱剣を抜き去ったのである。そして、呪文を唱えた。
「神速の豪槍!」
ウィリシスの魔法が発動すると、その右手に持つ剣は金色の何かへと形を変えた。それは眩しいほどの輝きを放つ、一本の槍であった。持ち手は短く、傘状の鍔から繋がる刃は三角錘状になっている。これは馬上で使う槍と言われる武器である。
これに獣馬の突進力を槍に乗せて、突撃するのだ。しかし、ウィリシスの場合は、これでは終わらない。そこにさらに、魔法を重ねがけしたのである。それは、輝きの騎士と言われる、ウィリシス・ウェイカーがもっとも得意とする攻撃方法であった。
「輝け!我に力をっ!閃光の如く!」
その身体は黄金の輝きに包まれた。そして、右手に持つ槍を構えた次の瞬間であった。シュバイクの視界から、ウィリシスの姿が消えた。




