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第六十七話 自我の解放

※今回の話の中には、残虐な表現と描写が含まれます。

※ご注意下さい。

 高速で繰り出される斬撃。暗闇の中で二人の男は命を懸けて鎬を削る。至る所で芝生が捲れ、土が飛ぶ。風きり音と金属音が広場から響き渡る。

 ウィードは素早い動きで相手の死角へと周り込むが、シュバイクは紙一重で全ての攻撃に自分の剣を合わせていく。そして次の瞬間には、火花が散るのだ。

 シュバイクは合えて隙を作り、そこに相手の攻撃を誘発させているようにも思える。そして、自分の間合いへと入ってきたウィードへと寸分野狂いもなく反撃を食らわせるのだ。だが、ウィードもその反撃に剣の軌道を即座に変える事で、見事な対応をしている。

 一秒間に二発。一分で百八十発の斬撃がぶつかり合う。互いが互いに一歩も引かず、敵の命を奪うという一心で動いているのだ。


 ウィリシスが十年という長い月日を、シュバイクが封印されていた閣玉を持ち歩いていたのには意味がある。あの玉は所持者の魔力をつねに吸収し、中へと封印されている肉体へ送り続けていたのだ。そのため、未来のウィリシスの魔力は、シュバイクが殆ど取り込んでいた。それ故の、強さである。

 ウィリシスの得意とする魔法特性は、光である。光とは火に属する特性であり、もっとも得意とするのはその速さである。どの属性よりもずば抜けた速さを誇る光魔法は、肉体を音速を超えた光速で動かす事も可能なのだ。しかし、肉体を包む魔力が弱まると、己の肉体が摩擦から生じる熱で燃える。

 そのため、風や音といった魔法に比べれれば、その魔力の消費速度は倍以上になるのだ。燃費が悪いと言えばそれまでだが、相手が反応するよりも速く動く事で、反撃さえも与える事なく、仕留めることが出来るのだ。

 そして、ウィリシスの魔力を十年という長い歳月の中で、吸収しつづけたシュバイクは、二つの属性を兼ね備えた力を発揮したのだ。


閃空光センクウコウッ!」


 シュバイクがウィードの攻撃を避けた時、魔鉱剣から一筋の光が放たれた。それはウィードの姿を照らしだし、次の瞬間には光が胴体を貫いた。


「がはっ!」


 ウィードは高速で動いていたために、芝生へと転がり込むようにして倒れた。何が起こったかは、わかっていないだろう。


「うっ...何だ...これは...」


 口から血を吐き出しながら、何とか立ち上がろうとする。しかし、胴体を貫かれた時に損傷した背骨は、神経を切断し、下半身の感覚を全て奪っていた。そして、その背後にはすでにシュバイクが立っていた。


「魔鉱剣から放出した魔力に光と空の特性を組みあせた。その刃は、実物の剣では防ぐことは出来ない。だから、お前は今、そうして大地に手をついているんだ」


 闇の中に立つ男は、静かに言った。それは、すでに人の命を奪うために、覚悟を決めた顔である。ブラウンの瞳から放たれるそれは、冷酷なものだった。


「くっ......まさか、私が...シュバイク王子に負けるとは...な...」


 ウィードの本音だった。この男は、五人の王子の中で、シュバイクが一番取るに足らない人物だと思っていたのだ。


「止めるんだっ!シュバイクッ!」


 広場へと着地したウィリシスは、声を張り上げた。だが、その声がウィードを救う事はなかった。

 肉を切り、骨を断つ生々しい音。ライトグリーンの長い髪をした男の首が、空に飛んだ。そして、無残にも芝生へと落ちる。


「もう、迷わない。全部、僕が変えてやる......」


 シュバイクは呟いた。駆け寄ってくるウィリシスにさえ、聞こえない小さな声で。


「なっ!?ど、どうした!?シュバイクっ!何故、このような事をっ!」


 ウィリシスの顔は悲しみと苦しみの上に、困惑した表情を作っていた。全てを知らないこの男は、シュバイクの行為が、どのような思いの上に成り立っているのか分からないのである。


「今は、全てを説明している時間はないんだ。ウィリシス。僕は王子として、お前に命ずる。直属の配下である王国騎士三十人を集めるんだ」


 シュバイクの美しい顔には、ウィードの首からあふれ出た真紅の血がついていた。しかし、それを平然と右手の袖で拭うと、ウィリシスへと指示を出したのだ。


「部下である王国騎士を集めろと!?どういう事だ!説明してくれっ、シュバイク!一体、君に何が起こったんだっ!」


 ウィリシスはシュバイクの両肩へと手を当てると、相手の体を揺らすようにして、勢いよく問いかけたのだ。


「今からグレフォード邸へと向かう。そのためには、僕の配下となる王国騎士達が必要なんだ。今すぐに、集めてくれ」


 シュバイクの顔は真剣だった。そのあまりの言葉に、ウィリシスは背筋を凍らせたほどである。

 守護騎士とは、五人の王子に一人づつついている者達の事である。彼らの主は、アバイト王ではなく、自分の守護する王子であるのだ。そして、その守護騎士の下には、三十人の王国騎士がついていた。彼らは、王子の命令よって動く、直属の部隊である。

 この部隊を指揮し、有事の際は戦うのだ。そのさらに下には、一般兵がつく事もあるが、それは将軍によってその戦いの都度、割り当てられる兵力である。


「グレフォード邸へ?何故だ!?何をするのか教えてくれ!」


 ウィリシスは必死だった。シュバイクを冷静にさせようとしたのだ。しかし、平静を保っているのは、むしろシュバイクで、取り乱しているのはウィリシスに見える。


「どうせこのまま待っていても戦いになるんだ......ならば、その前に全ての膿を出しつくす!ダゼス・エデン・グレフォードの首を取りにいく!」


 シュバイクはついに、ウィリシスへと言い切った。その顔は、もう、今ままでの少年ではない。覚悟を決めた、男の顔である。


「ダゼス公爵の首をっ!?そんな事をしたら、内乱になります!君は戦争でも始める気なのかっ!?分かるように、ちゃんと説明してくれ!何でこんな事になったんだ!シュバイクッ!」


 ウィリシスはさらに必死に問いかけた。こんな事をして、只で事が済む訳がないのだ。シュバイクの行動は、明らかにその後の結果を考えたものではなかったからだ。


「これは命令だ!守護騎士ウィリシス・ウェイカー!今すぐに騎士を集めろ!」


 シュバイクはついに、王子として命令を下したのである。これによって、ウィリシスには全ての拒否権はなくなった。


「くっ......では、至急、配下の騎士三十名を城の入り口へと集めます。だが、約束してくれシュバイク。全てが終わった時に、ちゃんと説明すると。そして、何があって君をそんな行動に駆り立てたのかを」


 ウィリシスも、ついに折れた。シュバイクが何を思い、何を考え、そのような行動にでるのか、今だに理解できなかった。しかし、それを超える強い意志が感じられたからこそ、騎士としての立場に準じたのである。


「勿論、そのつもりだ。でも、今は僕を信じて指示に従ってくれ」


 シュバイクの言葉には、迷いがなかった。何をするにも人の目ばかりを気にし、自分の欲求を心の奥底に抑え込んでいた少年は、ついに自我を解放させたのだ。


「分かりました......」


 ウィリシスは王国騎士を招集するために、寄宿舎へと向かって駆け出していった。そして、その背中を瞳に収めながら、シュバイクは王宮区画へときびすを返して歩き出したのだ。それは、自分が招いた甘さによって、最後の一撃を加え損ねたハルムートに、ケリをつけるためだったのである。


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