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第六十四話 今、出来ること

 訓練を終え、汗を水で流したシュバイクは、青のブリオーに着替えていた。下には白のズボンを履いており、その丈は黒い皮で出来たブーツの中に入れている。訓練の時に比べれば、正装に近い服装である。

 

 長いスカイブルーの髪は後ろで縛ってまとめていた。自室からでたシュバイクは長い廊下を歩き、下の階へと続く階段を下りていく。床には赤い絨毯が敷き詰められており、天井には立派な鉱石灯が吊り下がっている。金で出来た枠組みに、陽光石ようこうせきを取り囲むようにして宝石がちりばめられているのだ。それが等間隔に配置されてあるのものだから、夜の闇が姿を現した時間でも王宮区画は燦々さんさんと輝いていた。

 

 目的地へと着いたのか、シュバイクは両開きの扉を開け放った。すると、そこには長い白テーブルが置かれており、その上には豪華な食事が並んでいた。十個以上並んでいる椅子に座っているのは、母であるレリアンだけであった。

 毎晩、夕食の時間になると、ここで二人は食事を取るのだ。同じような部屋がこの階にはいくつか存在する。そのため、他の王子と妃、そして三人の姉である姫達は別の部屋で食事を取っているのだ。

 家族と言えども、その希薄きはくな関係性は他人同然のようなものであった。


「すみません、母上。遅れてしまいました」


 部屋へと入るなり、シュバイクは席に座っているレリアンへと謝った。しかし、そんな息子の態度に、優しい笑顔を向けて言ったのだ。


「いいの、気にしないで。さぁ、食べましょうか。今日は、私が作った料理なのよ!特にスープはオススメだからね。残さず食べなさい」


 シュバイクが席に着くと、二人は向かい合った。

 レリアンはシンプルな水色のドレスを着ていた。長いスカイブルーの髪は束ねて、後ろで結んでいた。後ろ姿だけを見れば、とても似ている親子である。香水もつけていなければ、無駄に化粧を重ねてもいない。昔から、レリアンはそんな女性だった。

 

 貴族や王族の女性達の中で、流行するのは衣服や香水ばかり。そんな話題には興味を示さなかったレリアンは、いつも殆どの時間を一人で過ごしていた。

 用意されたフォークへ、レリアンが手を伸ばした時だった。それを止める様に、シュバイクは口を開いたのである。


「母上。今日は、実は食事に呼んでいる人がいるのです。よかったら、その人が来るまで少し待ちませんか?」


 突然の事だった。普段、二人だけで夕食を取っているのだ。しかしそれに、シュバイクが人を呼んだのだと言う。レリアンにとっては、予想もしていない事だった。


「あら、そうなの?なら待ちましょうか。誰が来るのかしら...?」


 不思議そうにシュバイクを見ながら言ったのだが、その問いには答えなかった。


「それは、来てからのお楽しみです」


 そう言うと、シュバイクは黙ってしまった。そして数分後、部屋の扉が開いた。


「も、申し訳ありません!慣れない事で、ちょっと服装を整えるのに時間がかかってしまいましてっ」


 そこから入って来たのは、ライトイエローの短髪に、銀褐色ぎんかっしょくの瞳の青年だった。上には薄茶色のジレを着ており、開けた胸元からは下に着ているシルクのシャツが見えた。

 ジレとはチョッキのような上着の事である。シルクのシャツの襟元えりもとからは長い布のような物が伸びている。それを首に巻いて締めると、ネクタイのようになるのだ。

 普段、騎士として鎖帷子くさりかたびら甲冑かっちゅうばかり着ているウィリシスにとっては、あまり慣れない服装である。貴族や王族など、位の高いもの達が普段好んで着ている服だった。


「いえいえ、突然誘ってごめんなさい。ウィリシス兄さん、その服、似合ってますよ」


 シュバイクはあせり顔で入ってきたウィリシスを招き入れると、自分の隣の椅子を引いた。そこへ腰を下ろした。


「す、すみません...シュバイク様に椅子を引かせてしまうなど...」


 ウィリシスはさらに焦った顔つきで言った。シュバイクと二人だけならまだしも、その母親であるレリアンまでいるのだ。王の妃であるレリアンの前では、ウィリシスはシュバイクへ、礼儀正しく接しなければいけなかったからである。


「まぁ、ウィリシスを誘っていたのね。嬉しいわ。じゃあ三人で食べましょうか」


 レリアンは笑顔で言うと、シュバイクは頷いた。

 普段、この三人が食事を一緒に取ることなど滅多になかった。いや、一度もなかったかも知れない。それほどまでに、王族とその他の人間とは、高い壁のへだたりを挟んだ存在なのである。

 

 ウィリシスは、いきなりシュバイクに食事に誘われた事に驚いていた。今まで、そのような事はなかったからである。いかに兄弟のような仲と言えども、騎士が王宮で食事を取るなどとは考えられる事ではなかったのだ。

 

 三人の前には、スープにパン、そして肉料理が置いてあった。本来ならば、侍女じじょが順番に運んでくる料理であるのだが、レリアンはそれを嫌ったのだ。そのため、自らの手で作った料理を、自分でその部屋に運んできていたのだ。

 元は酒場の娘である。慣れた手つきで厨房にたつと、料理人顔負けの腕であっという間に食事を作ってしまった。何でも人任せにするのが苦手なようで、自分でしっかりと最初から最後までやり通す事にこだわっていたのである。


「お、美味しい......」


 ウィリシスは初めて口にしたそのスープの虜になっていた。銀のスプーンで、半透明の液体をすくうと、ほのかな甘い香りが鼻を包んだ。そして、それを口にいれると、僅かな酸味、そして絶妙な塩気が広がったのである。


「そう?嬉しいわ。それは、ポッタルナスープって言うんだけどね。お口に合ったのなら、良かったわ」


 レリアンは満面の笑みを浮かべて言った。

 シュバイクは料理を口に運びながら、静かに二人の会話を見守っていた。


「そうなんですか。こんなに美味しい料理がクレムナント王国にあったなんて...」


 ウィリシスはスープを口に運びながら、レリアンへと問いかけた。


「なんかね、今日、珍しくシュバイクが、そのスープと、パンと、お肉料理を指定して、作ってほしいって言ってきたのよ。私が昔から得意にしている料理なの。だから、美味しいと言ってくれるなら腕を振るって作った甲斐かいがあったわ」


 レリアンがそう言うと、ウィリシスは驚いていた。王妃が態々わざわざ、自分の手で料理を作ったと言うのだ。そんな料理を、美味しいなどと言う言葉の一つで済ませてしまった事に、軽い後悔こうかいの念を抱いていた。


「そ、そうだったんですか...そうとは知らずに、失礼な事ばかりを言ってしまい...」


 手に持っていたスプーンを、皿に置くと、ウィリシスは相手へと向かって頭を下げた。


「もう、いいのよ。ウィリシス。王妃とか、騎士とか気にしないで。楽しんで、ご飯を食べましょう。ね?」


 レリアンがそう言うと、相手は静かに頷いた。

 シュバイクは、そんな二人のやり取りを見ていると嬉しかった。ウィリシスの父と母が出会った時に、初めて出された料理。それを覚えていたのだ。

 だから、二人の時間を作るため、シュバイクはあえてこの場を用意した。二人が親子である。それは紛れもない事実。ウィリシスとレリアンの間にある時間は、遥か昔に止まってしまったのだ。だから、今度こそは、その二人の時間を動かしてあげたかったのである。

 そして何よりも、ウィリシスが息を引き取る直前に言った言葉が、頭から離れなかったのだ。


《俺は...自分の母と...父を...この手にかけてしまったんだ......だから、それを...絶対に...止めて...くれ......たの...む......》


 シュバイクは、どうすれば止められるのか。それを自分なりに考えた結果が、今日の夕食にウィリシスを招くという行動に至ったのだ。この夕食で何か未来が変わるかは分からない。しかし、何かせずにはいられなかったのだ。


「母上。すみません、今日はお先に失礼します。今日の訓練で少し疲れてしまい、早めに休みたいと思います」


 シュバイクがそう言うと、ウィリシスとレリアンは驚いていた。


「あ、そ、それなら私もこれで......」


 シュバイクが席を立った事で、大して料理を口にしていないウィリシスも席を立とうとした。しかし、それを止めるようにウィリシスの肩へと手を乗せたのである。


「ウィリシス兄さん、せっかく母上が手作りしてくれた料理なので...僕のかわりに、最後まで食べて上げてください。お願いします」


 ウィリシスにだけ聞こえる声で、耳元で言った。その言葉で何かを察したのか、浮かせていた腰を背もたれへと沈めた。


「あら、せっかく作ったのに残念ね...でも仕方ないわね。じゃあウィリシスだけでも、料理を食べていって」


 レリアンの言葉に、ウィリシスは頷いた。それを確認すると、シュバイクは部屋を後にした。

 親と子の時間を作ってあげたかったのだろう。不器用な方法ではあるが、シュバイクなりの配慮はいりょだったのだ。

 それにどれだけの効果があったかは分からない。しかし、やる事に意味がある。そう、思いたかったのである。


 自室へと戻ったシュバイクは、扉窓を開け放ち、テラスへと出た。夜風が心地いい。城下町には光が点々と灯っている。その奥には城壁を越えて平原が広がり、さらに奥には山脈が続いているのだ。見慣れた光景のはずであるのが、今はそうは思えなかった。

 自分が知っている未来は、この平和に感じる王国に悲惨ひさんな結末しか用意していないのだ。それを自分一人の力で、どこまで変えていけるのか。それが、分からなかったからである。

 未来を知っているからこそ、いつもの風景の全てが新しいものへと感じたのだ。


「はぁぁっ......」


 テラスの石で出来た柵に手をつけながら、大きく息を吐いた。十七歳の少年にとって、今背負っているものは、あまりにも重過ぎたのかも知れない。

 実の両親が二人とも死んでしまったと知った今は、突然押し寄せてきた孤独感がシュバイクの心を暗く包んでいた。

 すると、その時である。部屋の扉を叩く音が聞こえたのだ。


「はい?」


 シュバイクは室内へと戻ると、扉を中から開けた。


「夜分遅くに、申し訳ありませんな。少し、お話をしたいのですが、中に入っても宜しいですか?」


 そこに立っていたのは、驚くべき人物だった。

 左頬ひだりほおには、人の目を引く大きな切り傷がある。瞳は黄土色おうどいろで、髪は後ろに流しており、ダークブラウンの中に白髪しらがが目立っていた。その年齢にはそぐわない筋肉質の身体に、覇獣はじゅうガウディスの皮で出来た胴衣ダブレット。そして、その上に着込む漆黒のガウン。

 そこに居たのは、この国の将軍、ガウル・アヴァン・ハルムートだったのである。


 本来なら、ハギャンと戦い、傷を負ったシュバイクの部屋へと足を運んできたのは、父であるアバイトだったはずなのである。しかし、そこに現れたのは、シュバイクが最も憎むべき者の一人だった。

 長男のレンデスと戦った事で、シュバイクの知っているものとは違う未来へと進んでいた。


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