第六十三話 レンデス対シュバイク
「はぁぁっ!」
シュバイクの初動に、レンデスの反応が僅かに遅れる。
「くっ!」
魔鉱剣の刃がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。柄を握る手から全身へと衝撃が走った。
七色の輝きを放つ剣を眼前に交えて、互いが睨み合う。
「シュバイクッ!俺に殺されたいのかっ!?」
レンデスは目の前に迫る刃を押し返すと同時に、シュバイクの剣を弾く。そしてそのまま踏み込んだ。胴体へと目掛けて繰り出した刺突が、皮膚を掠っていく。
しかし、体を引きながら回避したシュバイクは、突き出された腕へと目掛けて剣を振り下ろした。だが、レンデスはそのまま横に剣を振りきる。互いの剣が打ち当たり、激しい火花が散った。
「人を手にかけた事のないレンデス兄さんに、その言葉の持つ意味が分かるのですかっ!?」
そこからは目にも留まらぬ速さの斬撃の応酬であった。互いが互いに一歩も引かずに剣を振り抜く。魔鉱剣の刀身が打ち当たる度に、耳を劈くような甲高い高音が宮内の建物にまで届く。
「くそっ!何故、お前が俺の動きについてこられるんだっ!」
シュバイクと刃を交わす度に、レンデスの心の中に焦りが生じていた。本来ならば、多くても三手、もしくは四手先には相手を制していたはずである。それほどの実力差があったはずなのだ。
しかし、剣を振り、攻撃を加えれば加えるほど、シュバイクの動きには切れが増していく。そして、僅かだが、レンデスが押されはじめた。
堪り兼ねたレンデスは後方へと飛び、シュバイクと一度距離をとった。そして、左手に填める指輪へと魔力を注ぐと、呪文を唱えたのである。
「深淵より現われし、死神の鎌っ!」
指輪から湧き出た黒い瘴気は魔鉱剣全体を多いこんだ。すると、その形が変化したのである。レンデスの百八十センチ近い身長を優に超えるほどの巨大な鎌であった。
それを両手で持つと、頭上で回転させ始めた。
「レ、レンデス様っ!それはやり過ぎですぞっ!」
二人の戦いを眺めていた守護隊長のハギャンが声を張り上げた。自分の主であるレンデスが、怒りに身を任せて強力な魔法を使ってしまったからである。
「黙れぇぇぇぇっ!コイツは殺すっ!」
すでに聞く耳を持たなかった。巨大な鎌を回転させながら、シュバイクへと狙いを定めたのである。周囲の芝は、鎌から放たれる風によって空へ舞い上がっていた。
それをブラウンの瞳で捉えていたシュバイクは、レンデスの持つ鎌に不気味なほどの邪悪な魔力を感じ取っていた。だからこそ、一瞬の気の迷いも見せる事無く、静かに構えていたのだ。
出来る事ならば、先に動き、攻撃を仕掛けたいところではある。だが、不用意にその間合いに入り込むのは得策ではないと判断したのだ。
「おらあぁぁぁっ!」
レンデスが声を上げると同時に、鎌を一気に振り下ろした。
それは一瞬の出来事である。何かが大地を駈け抜け、そしてシュバイクの遥か後方にそびえる壁に当たったのだ。思わず後ろへと視線を流す。
すると、頑丈にできているはずの高さ五メートルほどの石壁に、一筋の亀裂が走ったのである。そして次の瞬間には、音を立てて崩れ落ちた。
「お前達っ!魔防壁で、シュバイク様とレンデス様を取り囲むぞっ!このままで大惨事になるっ!」
ハギャンが広場にいる四人の騎士達へと向かって言った。彼らにはそれが何を意味するのか、すぐに分かったようである。ウィリシスを含む、守護騎士達は二人を囲むように立つと、呪文を唱えた。
「魔防壁ッ!」
左右の手を大きく横に広げると、五人の騎士達は同時に坊壁を召喚した。それは青白い光の壁のようだった。互いの魔坊壁を繋ぐように、ドーム状に魔法を展開したのだ。そして、シュバイクとレンデスを囲ったのである。
「死旋斬ッ!」
巨大な鎌の旋風から繰り出される斬撃は、次々とシュバイクへ襲い掛かった。大地を切り裂き、眼前のもの全てを切断する。その勢いは留まる事がない。
シュバイクは心を落ち着かせていた。空のように青い空間が、己の中を満たしていたのだ。そして、新たな呪文を唱えた。
「我が剣に空の力をっ!蒼空の大剣ッ!」
魔鉱剣の刀身を左手で撫でると、背中に生えた二本の翼は光を放って消え去った。そして、大量の羽根が空へと舞う。羽根の一本一本から放たれる純白の光が、シュバイクの握る魔鉱剣へと再び集まる。そして、その剣はレンデスの鎌のように、大きく形状を変えたのである。
「な、何だあれは......」
ウィリシスは坊壁を展開しながら、眼前で起こる光景に目を奪われた。細身の刀身は、巨大な大剣へと瞬く間に変化したのである。それはシュバイクの百七十八センチほどの身長と同じ程か、それ以上の長さである。にも関わらず、本人は軽々と右手一本でを持ち上げているのだ。
刃は白く輝き、刀身全体には古代の文字らしきものが刻まれていた。鍔には白い羽根を思わせる黄金の飾りがついていおり、壮麗な印象を見る者に与えた。
シュバイクはその大剣を構える。次々と飛んでくる魔力の刃目掛けて、剣を振りぬいた。すると、凄まじい衝撃波が放たれた。ぶつかり合った斬撃が、互いの攻撃を相殺した。
放射状についている線は、無数の切れ目となり芝生に刻み込まれている。レンデスが攻撃を放つ度に、新たな線が地面へと描かれる。しかし、その全てをシュバイクは己の剣で防いでいた。
「何故だっ!?何故だぁっ!何故、俺の攻撃が効かないっ!ふざけるなぁっ!」
レンデスは縦に回転させていた鎌を止めた。すると弧を描く刃を、背後へと回したのである。そしてそのまま、前方へと向かって駆け出した。
それに気づいたシュバイクは柄を両手で握ると、剣を横に構えた。そして、自分へと目掛けて走ってくるレンデスに、合えて突進したのである。
「ここで負ける訳にはいかないんだぁぁぁぁぁぁっ!」
シュバイクが声を上げた。そして、次の瞬間、二人の刃が交差した。一瞬の事であった。互いの位置は入れ替わり、相手へと背を向けている。そして、勝負は決した。
巨大な鎌の持ち手が真っ二つに割れて、折れた刃が芝生へと突き刺さったのである。
「くっ...何故だ......俺が...シュバイク何かに...負けるとは......」
レンデスは己が負けた事を悟った。刃を交わした瞬間に気づいたのだ。自分の魔力が、相手の魔力によって撃ち砕かれたという事を。
その形を維持出来なくなった鎌は、光を放ちながら魔鉱剣へと戻った。その七色の刀身は途中で折れ、半分が芝生へと刺さっている。
シュバイクは横に振りぬいていた大剣を下ろした。すると、その剣は白く美しい羽根を周囲へと散らせながら、元の形へと戻ったのである。そして後ろへと振り返ると、口を開いた。その呼吸は魔力を大きく消費したためか、レンデス以上に息が上がっていた。
「はぁ...はぁ...レンデス兄さん、僕が貴方に勝てたのは...兄さんの心に迷いと動揺があったからだ。僕は戦う前から、すでに覚悟を決めていた。それが僕の魔力を一層強くしたんだ。でも、兄さんの魔力は揺らいでいた。自分の行いを正当化するために、虚勢を重ね続けた結果だったと思います。はぁ...はぁ...だから...次は何時でも、その覚悟を決めて、僕に正々堂々と挑んで来て下さい。その時は、きっとレンデス兄さんの本当の力が発揮されるはず......」
シュバイクはそう言うと、剣を鞘へと収めた。
「餓鬼の癖して、偉そうな事をウダウダと並べやがって...!覚えていろ、シュバイク。俺はお前に受けた恥辱を決して忘れはしないぞ。何が虚勢だ。何が本当の力だ。知った風な口を聞くな!俺は...俺は...レンデス・エデン・ラミナントだぞ!この国の大貴族の血を引く、王家の長男だ!俺には失敗も負けも決して許されないのだっ!必ず思い知らせてやる......今日受けたこの思いを、お前にも絶対に味あわせてやるからな!」
レンデスは怒りを煮えたぎらせ、感情を爆発させた。
だがその言葉の中に混じっていた僅かな本心は、この男の性格を歪めてしまった原因そのものだったのかも知れない。しかし、本人がそれに気づく事はなかった。
剣を投げ捨てると、レンデスはそのまま広場から立ち去ってしまった。その背を見ながら、周囲で見物していた侍女や貴族達はあらぬ陰口を叩いていた。敗者に向けられる冷やかな視線と言葉の数々は、聞くに堪えないものだったのだ。
この一件が、レンデスという男の評価を大きく下げる事になるのは、すでに避けられないのだろう。
そんな光景を作り出してしまったシュバイク本人は、心の中に生まれた罪悪感を必死に握りつぶそうとした。もっと恐ろしい光景を頭に描き、この先、それを実践しようとしているのだ。こんな所で、躓いている訳にはいかないのである。
しかし、シュバイクもまた気づいてはいなかった。その罪悪感が自分の中に生まれたという事は、強い決心の元にした覚悟が、早くも揺らぎ始めているのだと言う事に。
「シュバイク様!大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
少年の元に、ライトイエローの短髪の青年が駆け寄ってきた。心配そうな顔つきでシュバイクを見ている。
「うん。大丈夫」
笑顔を見せながら、ウィリシスへと答えた。その返事を聞くと、気を落ち着かせる事ができたようである。そして、もっとも気になっていたであろう事を、問いかけたのだ。
「あの力...どうしたのですか?あのような魔法、いつの間に?」
恐らく、その場にいた者が皆抱えていた疑問である。何故、基礎となる光魔法しか習得していないはずのシュバイクが、自分の特性に合った力を発揮する事が出来たのか。それを聞いたのだ。
本来なら長い時間をかけ、自分と向き合う事で導き出せる力なのだ。それが魔法と剣術を組み合わせた、魔剣技といわれるものなのである。
「説明するのは、難しいんだ...ただ、一つ言えるのは、ウィリシス兄さんが、僕に必要な事を教えてくれたからです。そのお陰で使えるようになった力なのです」
そう言った時のシュバイクの顔は、どこか穏やかだった。今まで、そんな顔を見せた事が無かったのである。自分の目の前にいる少年は、すでに自分が知っている人間ではないようにさえ思ったほどである。
だが、それを言葉で言い表せるほどには、確かなものはウィリシスに何もなかった。だから、言ったのである。
「そうですか...私がシュバイク様の力になれたのなら、それはそれで良かったです。しかし、これだけは忘れないで下さい。今日、レンデス様へと牙を向いた事で、シュバイク様の周りの人々は敵と味方にはっきりと別れるでしょう。それが、どういう意味だかお分かりになりますね?」
ウィリシスは神妙な面持ちだった。戦いに勝ったはずであるシュバイクに対して言った言葉は、相手を褒めるようなものではなかった。
「分かっています。レンデス兄さんを王位へと推す者達が、僕を貶めようとするのですね」
シュバイクは軽く頷きながら言った。
「彼らは自分の利益のために、自分の望む者を次の王にしようと必死なのです。その邪魔をしたシュバイク様は、目の敵にされるかも知れません」
そう言ったウィリシスの顔は、真剣だった。銀褐色の瞳が、真っ直ぐにシュバイクのブラウンの瞳を見ていた。王位継承候補者として、戦わねばならない相手が、この一件を気に、姿形を現す事になるのだ。その相手達と、戦う覚悟があるのかと聞いてきたのだ。
そして、そんな問いに、シュバイクは迷うことなき顔つきで答えた。
「もちろん、分かっています。それを分かった上で、僕はレンデス兄さんと戦ったのです」
シュバイクの言葉を聞いたウィリシスは、少し後悔したような顔つきだった。
「そうですか。それならば良いのです。余計な心配だったかも知れませんね。お許し下さい」
それに首を横に振りながら、シュバイクは答えた。
「心配してくれてありがとう。これからは敵も多くなるかけるかも知れないけど、僕は誰よりもウィリシス兄さんを信頼しています。だから、どんな事でも、言ってください。それが僕のためにもなるんです」
自分を心の底から心配してくれている者の言葉に、シュバイクは感謝した。ここまで感謝の気持ちを深く持てるのも、十年と言う長き時を越えて再び会うことの出来た、あの時のウィリシスが居たからである。
「今日の訓練はこれにて終わりに致します!言っておきますが、今日起きた事は他言無用で御座いますぞ!それを破った者の元には、王国守備隊の兵士達が向かうと心してくだされ!」
ハギャンが広場の中心で声を上げると、宮内の外廊下から眺めていた人々は瞬く間に散って行った。
第一王子の守護騎士であるこの男は、自分の主であるレンデスのためを思って言った事であるのだが、最終的にはやはり人の口には戸は閉てられなかったのであった。
こうして、この日の訓練は終わりを告げた。気づけば、太陽は西の山に向かって落ち始めていた。ラミナント城の内壁についた大きな皹の隙間から夕日の光が差し込んでいた。
この一件を気に、シュバイクとレンデスの関係は急激に悪化していく事となったのである。




