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第六十話 新たなる目的

 転送陣てんそうじんによってハルムートが飛ばされると、ハイドラは足元に横たわる男へと視線を向けた。そこには力なく床へと倒れているリディオ・ウェイカーの姿があった。全身に重度の火傷を負っており、その状態を一通り確認すると、ハイドラは口を開いた。


「やはりもう手遅れか...仕方ない。導師達っ!私の元へと集まれっ!」


 その場に居た真紅しんくのローブを身にまとう魔道師達を、自分の元へと呼び寄せたのである。彼らは皆、目深まぶかにフードをかぶっており、その顔をうかがい見る事は出来ない。

 八人の導師達がハイドラの命令によってリディオの周りへと集まった。すると、その者達へと向けて、さらに言葉を続けたのである。


「全員フードを取り払い、私に顔を見せろ!今すぐにだ!」


 そう言ったハイドラの顔つきは、いたって真剣しんけんである。ハルムートの斬撃ざんげきを受け止めた時の謎のうろこは、もうすでに顔から綺麗に無くなっていた。浅黒あさぐろい肌ではあるが、普通の人間の肌である。

 国家元首こっかげんしゅの指示によって、全員が目深まぶかかぶっていたフードを取り払った。その顔つきは年齢も様々さまざまで、八人の導師の中には二人ほど女性もふくまれていた。それらの顔をまじまじと見ていく。

 すると、一人の男に視線をやった時、ハイドラの瞳の動きは止まった。その容姿ようしは違えど、年齢や体格がその八人の中でリディオ・ウェイカーに一番近いように見える。


貴様きさま、名はなんと言う?」


 その男は、顔の血色けっしょくが悪く、色白であった。目は細く鋭くつり上がり、狐のような顔つきである。髪はブラウン色で、全体的に短めでるのだが、年齢にそぐわない白髪しらがが目立った。前髪は中央で半分に分けているが、半分以上が目にかかっていた。そのせいでか、内向的ないこうてきな性格の持ち主のように思える。


「わ、私の名は、セルシディオン・オーリュターブと申します...」


 ハイドラに問いかけられた事で、男は動揺どうようしたようである。言葉をつっかえながらも、聞かれた事に答えたのだ。すると、そんな男へ、さらに質問を重ねた。


「オーリュターブ...お前には、この国の犠牲ぎせいとなる覚悟かくごがあるか?」


 ハイドラの赤茶色アガトの不気味な瞳が、男の灰黒色ダークグレーの瞳の奥をのぞき込んだ。全身を締め付けられるかのような、圧倒的あっとうてき威圧感いあつかんである。


「も、勿論もちろん御座ございますっ。我等われら、スウィフランドの民は元より、ハイドラ様に全てをささげる覚悟をしております!ハイドラ家に光を!ハイドラ家に勝利を!ハイドラ家に栄光えいこうを!」


 国家元首こっかげんしゅであるハイドラからの問いかけは、男の覚悟をためすものだったのだ。そして、僅かに尻込しりごみしていた自分を、ふるい立たせるように叫んだのだ。その問いに、自分の覚悟かくご決断けつだんしめすために。

 すると、それに続くようにして、次々と周りの導師達も口を揃えて同じ言葉を言い始めたのである。


 「ハイドラ家に光を!ハイドラ家に勝利を!ハイドラ家に栄光えいこうを!」


 ガルバゼン・ハイドラは狂気きょうきに近づくその空間内で、オーリュターブと言う男の意志いしを確認した。


「良くぞ、言った。では、リディオ・ウェイカーと並び、床へ横になるのだ」


 元首の指示によってオーリュターブと言う男は、リディオの横に身体を寝かせた。ハイドラは腰を落とすと、二人のひたいの上へと、両の手を片方づつ乗せたのである。その指全てには、色合いの違う十個の指輪リングが一個づつまっていた。そして、ゆっくりと呪文を唱えはじめる。すると、その指輪リング全部が、美しく輝き始めたのである。


「オーリュターブよ、お前の生命力アルガは永遠に私の中で輝き続ける。その犠牲、決して忘れはせんぞ。神より賜いしハイドラ・ウルク・覇者の力ウィーディ・アル・ヌーバこの者の魂をサウルズ・ヴィ・ティ我が肉体へと移し・ロウ・イェ・フェルイ新たなる宿主を・ザイメナス・ジ・ドゥール迎え入れよ・ガイナサ・ロガツ・ニーア......!」


 ハイドラが長い呪文を全て唱え終えた時、その場の空間を満たすほどの強い光が、リディオとオーリュターブの身体から放たれたのである。その輝きはひたいへと乗せられている手へ吸い込まれていく。そして、ハイドラの肉体を通ると、一瞬の内にそれが交差した。


「うぐっ!がっ!はっ.....」


 声を発する事もなかったリディオが、その光が入れ替わったと同時に、苦しそうに息を吐き出したのである。そして、銀褐色ぎんかっしょくの充血した瞳は見開き、目に宿やどる命の輝きは消えていった。

 ハイドラはそれを冷やかな眼差まなざしで視認しにんすると、オーリュターブの顔を見た。そして、問いかけたのである。


「気分はどうだ...?」


 色白の顔は、先ほどよりも血色が良くなっているように見えるのは気のせいではないだろう。灰黒色ダークグレーの瞳をゆっくりと開きながら、男は声をらした。 


「う...うぅ......俺は...一体......ここは...何処だ......」


 オーリュターブの顔はまるで別人のようであった。自分が今居た場所さえも分からずに、困惑こんわくしているような言葉つきである。しかし、ハイドラはそんな男の戸惑とまどいを見抜いていたかのようだった。


「お前はガウル・アヴァン・ハルムートから受けた魔法攻撃により、死に掛けていた。だから、その命を私が救ったのだ。一人の男の命を犠牲にしてな...」


 不意にかけられた声。それは、自分が直接顔も合わせた事のない、国家元首こっかげんしゅのものであった。

 目の前に突如とつじょとして現れたハイドラの顔を逆さにながめながら、リディオは己に何が起こったのかさえ理解できずにいた。記憶の断片だんぺんを探すと、ラミナント城の城下町を出てから、懸命けんめいに馬を駆けさせていた所までしか思い出せなかったからだ。


「あ、あなたは、ハイドラさま...!?新たなる...肉体...!?ど、どう言う事なのですか...!?」


 リディオはゆっくりと、その身体を起こした。そして、自分の全身をまじまじと見つめたのだ。すると、着ていたであろう服とは、まったくその形も色も違う物を身にまとっている事に気がついた。そしてその手を見ると、肌は白く、指は細かった。採掘師として生きてきた数十年の間にできたタコなど、一つも見当たらなかったのである。

 ハイドラは立ち上がると、そんな困惑こんわくする男へ言った。


「リディオ・ウェイカー、お前は新たなる肉体を手にしたのだ。その肉体の前の持ち主は、セルシディオン・オーリュターブ。お前は今日から、そのオーリュターブとなって生きろ。それがお前の目的、お前の生きる希望、お前の望む物全てへとつながる唯一の道となるだろう。それが理解出来たら、今日得た情報を報告しに私の執務室しつむしつへと来い」


 ハイドラはそう言うと、鉄の扉から出て行ってしまった。リディオはしばらくの間、自分の身に何が起こり、どうしてこのような結果になったのかを理解しする事が出来なかった。そして、受け入れる事も当然の如く、出来なかったのだ。

 だが、心にちかった最後の想い。それが、彼を新たなる人間としての出発を後押しした。全ては愛する者を取り戻すため。そして、全てはそれを奪った者達へ、復讐ふくしゅうするため。それが、リディオ・ウェイカーの、いな、セルシディオン・オーリュターブの新たな生きる目的となったのである。


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