第五十七話 気づかれた殺意
王の間。
そこは、限られた者しか足を踏み入れる事が許されない場所である。
歩を進めた十人は、まさに驚嘆した。十数メートルはあろうかと言う高い天井には、ラミナント王家の象徴である白いペガサスが真紅の生地に大きく描かれている。
玉座へと向かって赤の絨毯が続き、床は漆黒の鉱石が敷き詰められていた。絨毯の両脇に、数十人の騎士達が銀の鎧を身に纏って立っている。彼らは皆、腰に魔鉱剣を差しており、その顔は歴戦の猛者そのものであった。
広大な広間となっているその場所は、美しい白い柱が、何本も等間隔に配置されており、天井を支えているように見える。
そんな中をゆっくりと歩き進む一団は、身が引き締まる思いだっただろう。騎士達から向けられる鋭い視線の中を抜けると、やっとの思いで辿り着いた先は階段の様になっていた。
そしてその上に、金で出来た椅子へと腰を下ろすアバイト・ラミナント王がいたのである。その横には、三人の妃が座っている椅子があり、さらにその後ろには五人の王子達が椅子に腰を下ろしていた。
「アバイト王。この者達が同盟国スウィフランドよりやって来た、採掘師の一団で御座います」
ハルムートは王の前へと歩みでると、膝を落としながら言った。それに続くように、採掘師の一団も膝を落として床へと付けた。
「そうか、ご苦労だった。長い旅だっただろう。疲れてはおらぬか?」
アバイトは頭の上に金で出来た冠を乗せ、紺のブリオーの上に真紅のガウンを羽織っていた。王が玉座から問いかけると、一団の中にいた男が答えた。
「いえ、滅相も御座いません。国で採掘師として生きている我等にとって、この旅は良い経験となりました。今日はこのようなお時間を頂、真に有難御座います。我が国で採れた希少鉱石を国家元首ガルバゼン・ハイドラ様の命により、アバイト王へとお届けに参りました。これは、第五子であるシュバイク・ハイデン・ラミナント様の、四歳になる誕生のお祝いの品として、お受け取り下さいませ......」
そう言うと、男は金と銀の上に宝石が散りばめられている箱を、懐から取り出した。それを、側にいたハルムートへと手渡す。受け取った男は、箱を一度あけ中身を確かめると、段を上がり、玉座へと腰をおろすアバイトの元へと持っていった。
シュバイクはこの数週間前に、四歳の誕生日を迎えていたのである。
「ほお、シュバイクの誕生祝いに、この様なこの美しい鉱石を頂けるとわ。これはなんの鉱石だ?」
ハルムートが開いた箱の中身を、まじまじと見ながらアバイトは言った。その箱の中には透き通るような蒼い鉱石が入っていたのである。
「はっ、それは魔鉱石の一種で覇空石と言われるもので御座います。我等、採掘師の中でもその鉱石を掘り当てられる者は運のよい一握りしかおりません。魔鉱石であるが故、魔力指輪の素材として使う事も可能です。しかし、光を吸収すると、中から青白い輝きを放つという珍しい特性と持つ故、室内の装飾品として用いるのもお勧めで御座います。それは我等が国から運んできた鉱石の一部です。城門に止めてある荷馬車には、覇空石を満載させておりますので、それも一緒にお受け取り下さい」
男が言葉を述べると、アバイト王はそれに応えるかのように頷いた。
「うむ、それは在り難い。このような美しい鉱石を部屋に飾ったら、それはさぞ美しかろうな。して、元首であるガルバゼン・ハイドラ殿はお元気か?私の妃であるペアネクンも、父が変わりなく過ごしているかと心配しているようでな」
アバイトがそう言うと、横の椅子に座る第一妃のペアネクンは不安げな顔つきで男達を見ていた。父ハイドラとは、ラミナント王家へと嫁いでから一度も会っていないのである。
「はっ、変わりない日々を過ごしておられます。娘であるペアネクン王妃と、孫であるナセテム王子とデュオ王子を気になされていました。出来れば、近い内に顔を見に来られればと仰っておりました...」
男が恭しく言うと、アバイトの表情は明るくなった。その横にいるペアネクンの顔つきは、それ以上に嬉しそうである。
「そうかそうか。それはぜひ、いらして貰いたい。ペアネクンも、ナセテムも、デュオも喜ぶだろう。もし我が国に来るのであれば、国を上げてお迎えする。だから、ハイドラ殿にもお伝えしてくれ。私は貴方と会えるのを楽しみにしていると」
アバイトがそう言うと、男は深く頭を下げた。そして最後の締めの言葉を言おうとした時、その後ろから思いもしない者が口を開いたのである。
「アバイト王。もしお許しになられるなら、この場を借りて、ぜひシュバイク・ハイデン・ラミナント様に直接、四歳の誕生日を祝う言葉を述べさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか」
膝を付き、下へと顔を向ける男の中からライトイエローの髪の者が言った。その言葉を聞いた時、レリアンは思わず耳を疑った。それは、もう五年以上も聞いていなかった、自分の愛する者の声だったからである。
「うむ、いいだろう。申せ」
アバイトは快諾した。それを確認したリディオは立ち上がると、一歩前へと進み出た。そして、玉座の横に座るレリアンを見ながら言ったのである。それは旗から見れば、その奥に居るシュバイクへと向けて言っている言葉に思えただろう。しかし、本人には分かっていた。その視線は自分へと向けられているであろう事が。
「シュバイク・ハイデン・ラミナント王子、この度は四歳のお誕生日おめでとう御座います。我等、スウィフランドの民一同も、心よりお祝い申し上げます。そして...レリアン妃様、お子様の成長と共に日々、新しい発見があると思います。その発見と成長を楽しみ、王子様との一日一日を大切にしてあげて下さいませ」
リディオがそう言うと、レリアンの顔は驚きから不安、そして苦しみの表情へと変わったように見えた。しかし、誰もそんな僅かな心の変化に気づいてはいないだろう。リディオともう二人を除いて。
その一人は、玉座の下から王妃の顔を注意深く見ていた男であった。それは、ガウル・アヴァン・ハルムートである。彼はその採掘師の男の顔と、レリアンの顔を交互に見ながら、何か得も言えぬ奇妙な違和感を感じ取っていた。
しかし、それが何かを言葉で表せるほどには、違和感の正体を掴みきれてはいなかったのである。
「シュバイクよ、態々、お前に向けて祝いの言葉を述べてくださったのだ。お礼を言いなさい」
アバイトは斜め後ろへと首を傾けると、そこに座っているであろう自分の息子へと問いかけた。すると、椅子から立ち上がったシュバイクは、小さな足を前に踏み出して、その姿を前へと見せた。まだ四歳で小さいが、十分に王家の血を継いでいると言える気品さが見て取れた。
髪は肩ほどまであるスカイブルーで、その瞳はブラウン色の眼が力強く輝いている。青のブリオーを着ているその王子は、堂々とした態度で口を開いた。
「お祝いのおことば、たしかにうけとりました。ありがとうございます!」
シュバイクは短いながらも、公式の場で、しっかりとした受け答えを見せた。その顔つきは四歳の子供ではなく、一国の王子そのものであったのだ。
無論それは、人前で上手く話せるようにと、母であるレリアンと密かに特訓していた成果の一つでもあったのだ。これに一番驚いたのは、まわりの王妃や王子、そして何よりも父であるアバイトである。息子がここまで成長を見せたという一念に置いて、それは何よりも嬉しい一番の祝いだっただろう。
だがそんな中で、レリアンだけは唇に右手の指を当てながら、顔を何処か下へと向けていた。リディオの瞳から視線を外して、その居た堪れない気持ちを押隠しているようにも見える。だが、そんなレリアンの心を知るのは、リディオ・ウェイカーただ一人だけであった。
「うむ、よくぞ言えたな。偉いぞ、シュバイク」
アバイトは、思わず息子を褒めた。それが、シュバイクにとっては何よりも嬉しかったのだ。しかし、椅子から座っている時に、確かに見えた自分の母親の表情が気になっていた。今まで見たこともないような、驚きに包まれている顔。その後、悲しげで苦しそうな面持ちを浮かべたのである。
しかしそれが何を意味し、何を表していたのか、子供であったシュバイクには到底理解できるものではなかった。
「では、我等はこれで失礼致します。今日はこの様な場を用意して頂き、有難う御座いました......」
王子への祝いの言葉が終わったのを確認すると、採掘師の一団を代表する男がお礼を述べた。
「うむ。そうだ。今日の夜、宮廷で交流会が開かれる。我が王家の者や、国の貴族達が集まる会だ。ぜひ、そこへ参加してくれ。王家からのせめてものもてなしをしたい。迎えは馬車をやるので、それに乗ってきて頂けるだけでよい。よいな、ハルムート?」
アバイトが夜に開かれる交流会へと、一団を招待したのだ。その手はずをハルムートへと確認すると、将軍は静かに頷いた。
こうして、スウィフランドの採掘師の一団は、ラミナント城を後にした。しかし、彼らが城を去ってから、少しすると、ガウル・アヴァン・ハルムートの元へと一人の王宮兵がやって来た。
自分の執務室で書類仕事をこなしていた最中、扉を叩く音が聞こえたのである。それにハルムートが応えると、中へと入ってきた兵士は口を開いた。
その部屋は王宮区画の一室にある。王家の者以外で、この区画に部屋を持つのは将軍であるハルムートトだけなのだ。室内は極めて質素なものである。大きな机に、椅子が一つ。そして、小物の置かれた台座が部屋の隅に一個だけ置かれているだけだった。
ハルムートの座る椅子の裏には、テラスへと続く扉窓があり、時折、仕事に息を詰まらせたこの男が、そこへ出て城下町を眺める程度のものである。
「何だ?どうしたのだ」
ハルムートの目は鋭く、相手へ機先を制した。只でさえ、日々の雑務に忙殺されているのだ。最低限の報告さえも、短い時間で済ませ、次の仕事へと取り掛かる。この男は、無駄に自分の時間を割く事を極度に嫌っていた。
「お、お忙しい所、申し訳ありません。王宮内を巡回していた所、奇妙な物を見つけたので、報告をしておこうかと思いまして......」
四十代半ばの兵士である。鎖帷子を着込んでおり、顔つきも精強で兵としても熟練した者であるのは間違いない。そんな男が、態々、ハルムートの部屋へとやってきて、ある物を見せたのである。
「ん、何だそれは...?」
それは、小さな刃がついたナイフのようだった。そして、その鉄の刃は濡れており、何かが付いているように思えた。
「投げナイフ......のようにも見えるのですが、一応、ハルムート様の意見もお聞きせねばと思いまして...ちなみに、このようなナイフは我等兵士は誰一人として携帯しておりません」
そう言いながら、ハルムートの机の上へと差し出した。それを剣ダコが出来た、ごつごつしい手で受け取ったのである。
「ふぅむ...たしかに形状と、この大きさを見る限り、投げナイフのようだな......しかも、この刃には何かが付着しているようにも見えるな......」
ハルムートはそう言いながら、研磨され鋭さをもつその刃を眺めた。三角のような形は、斬るというよりは、突く、というような攻撃に特化しているように思える。それに鼻を近づけた。そして、その匂いを嗅いだのである。すると、刃が濡れている原因を理解したようだ。
「これは......ヤギリ草の毒か!?何故、このような物が王宮に......どこに落ちていた?」
ハルムートには謎だった。王宮区画は厳重に管理された、もっとも部外者が侵入するには厳しい場所である。隅々まで、巡回している数十人の王宮兵が、常に目を光らせている。
彼らはよく訓練されており、日常の中の些細な変化も見逃さない。それこそが、一番大事な事であるからだと教えられている。
そしてヤギリ草とは、数ミリほどの毒が身体へと入り込んだだけで心臓を麻痺させ、息の根を止める猛毒であるのだ。これが王宮内へと持ち込まれたと言うのは、一大事である。
「やはり、それは毒でしたか......私もそう思ったのですが、どういった経緯で落ちたものなのかが判らず......」
兵士は困惑した顔つきで答えた。
「今からそこに案内しろ」
ハルムートはナイフを手に、椅子から立ち上がった。そして、その刃物が落ちていた場所へと案内させたのである。
そこは宮内から王宮へと繋がる、小さな庭が一体となった通路だった。石畳が続き、そこから室内へと繋がる扉を抜けると、大理石の床が一面に広がっているのだ。
ハルムートはそのナイフの落ちていた石畳の一角に立つと、辺りを見渡した。しかし、そこには特に変わったものは何もない。人が誰か争ったような形跡も無く、部外者が侵入したような痕跡もない。
すでに太陽は西の山へと向かって落ち始めており、心地よい風が時折吹き抜けるのみであった。
「うーむ......」
珍しく、この男は頭を悩ませていた。思案に耽るハルムートは、自分の左頬にある大きな傷を無意識に指でなぞっていた。これは、この男の癖である。
過去の大きな過ちによって付いたこの傷に触れていると、自分の気持ちが引き締められる思いだったのである。そして徐に、石畳が続くその先へと視線を走らせ、やがて扉にあたり、そこから壁を這うようにして上へと向いた時であった。
ちょうどその場所の頭上に位置する部屋には、テラスが備わっていたのである。そしてそこは、スウィフランドからやって来た採掘師の一団が、つい先ほど、王の間へ入る前に待機していた場所だった。
すると、ある男が持っていた筒のような形の、ナイフカバーの存在を思い出したのである。そして、それが幸か不幸か、あのライトイエローの髪の男へと返すのを忘れて、まだハルムートの懐にあったのである。
「まさかな......」
ハルムートは、一言呟いた。自分の考えている事が、的中するとは思いもしなかったからである。それはほぼ無意識に近い状態であった。
取り出したその筒へと、左手に持つ小さなナイフの先をあてがったのだ。するとそれはまさに寸分の狂いもなく、ぴったりと刃が筒へと収まったのである。
この時、ハルムートの顔は、まさに鬼の形相そのものであった。近くで待機していた兵士が、あまりの迫力にたじろいだほどである。
「あの男......もしや......!」
ハルムートの頭の中で、全てのつっかかりが取れた。ライトイエローの髪の男の体を検査した時の、ぎこちない態度。その男が、祝いの言葉を述べた時のレリアンの表情。それら全てが、このナイフと重なったのである。
「おい!守備隊長のトーマスを呼べぃ!至急だっ!」
声を荒げると、王国兵の男は返事をするのも忘れて一目散に駆け出した。
ハルムートには分かったのだ。あの時テラスに居た男が、手に持っていたナイフを咄嗟に柵の隙間から落としたという事を。そしてそれを帰りに回収しようとしていたであろうはずが、巡回中の王国兵が先に見つけてしまったという事を。さらにはレリアン・ハイデンの息子であるウィリシス・ウェイカーと、あの男の髪とその瞳が見事に一致すると言う事を。
全てを悟った時、ハルムートの眼は殺意に満ちていた。そしてその顔は、昔、酒場で見せた冷酷な表情そのものへと、変わりつつあったのである。




