第五十一話 真実の果てに見えるもの
「お姉ちゃん、ちゃんと説明して!何があったの!?」
泣きじゃくるミリアンへと、妹のレリアンは問いかけた。相手の表情を見るに、それはもう只事ではないのは明白なのである。
「私とギルバートがクレムナント王国から逃げてから...うぅ...私達は小さな村で三年ほどは、静かに...そして幸せにひっそりと生活してたわ...田畑を耕し、作物を育て...それはお城にいた頃の生き方とはまったく違うもの...王子であったあの人も、そんな人生に満足してた...でもある日...うぅ......」
ミリアンは泣きながら、さらに言葉を続けた。
「私達の家に、兵士がやってきたの...それは...王子であったギルバートを探しにきた奴等だった...部屋へと押し入ってきて、力ずくで私達を連れ去ろうとしたわ...でも、あの人が必死に戦って、何とか私だけを逃がしてくれた....」
鼻を啜り、涙を袖で拭う。テーブルの上へは、拭いきれながった大量の雫が落ちている。レリアンは相手の顔をみながら、その話に耳を傾けた。
「私は隣の村に知り合いがいて、何とかその家に匿ってもらえた......でも、数日後、他の人から聞いた話によると...ギルバートは、そいつ等に殺されたというの!そして、私を探して兵士がまだ村々を家捜ししてるって.......!」
ミリアンの話は衝撃だった。一国の王子であったギルバート・ラミナントが、何者かに殺されたというのだ。しかし、その話には気になる点がいくつも浮かび上がっていた。そして、レリアンはそれを、ここまできたら聞かざる負えなかった。
「その兵士って、誰の手下だったの?誰がそんな酷い事を......?」
その問いに、ミリアンは泣きながら答えたが、その顔は怒りと憎悪に包まれていた。
「クレムナント王国の大貴族、グレフォード家よ!奴等、アバイト王の政策が気に食わなくて、ギルバートを使って政権をもう一度奪い取ろうとしたの!あの人は...そんなアイツの要求なんて呑まなかった。王にしてやると、あの偉そうな男は言っていた。でも、もうギルバートは、ラミナントの名を捨てた身......陰謀と思惑が渦巻く、城の中の生活には決して戻りたくないと言った!それで、結局、自分の裏切りの発覚を恐れて......あの人を殺すしかなかったのよ......そして、次はきっと私を......」
ミリアンのやつれた顔の理由が、やっとレリアンにも理解できたのである。愛する者を殺され、今は、自分までもがその命を狙われていると言うのだ。さらに、もし、この話が真実であるならば、今、王国で一番と言っていいほど権力を持つ貴族、グレフォード家は王家の裏切り者なのである。
「そ、そんな...じゃ、じゃあそれを王家に...そう、例えばあのアバイト王の側近である、ハルムート将軍に言って助けて貰えれば......!」
レリアンは自分の頭を働かせて、姉を救う手立てを考えた。何とか出来るはず。そう思ったからである。
「いやよ。ガウル・アヴァン・ハルムート将軍......アイツは、信用できないわ。ギルバートと恋仲になった時、真っ先に私を殺そうとしたのはあの男なのよ!アイツ私にこう言ったは『お前は必ず、この国の火種になる。だから、今、この場で殺しておくのがきっと最善の策なのだ』と...でも、アバイト王がそれを止めてくれた。そして、彼はこう言ってくれた『兄と幸せになってください』と......」
ミリアンは、自分の過去を思い出しながら、妹であるレリアンへと訴えた。
「そ、それなら王に直接言えば!アバイト王なら!」
レリアンも必死だった。姉を救いたい。その一心からである。
「今、この国を動かしているのは、あのハルムートなんでしょ。きっとアバイト王になんか合う前に、殺されるに違いないわ。どうせこのままでも...グレフォードに殺される......もう......どうしたらいいのか......私......うぅぅぅぅぅぅぅ!」
腕をテーブルに載せると、その中でミリアンは大声で泣き始めた。店内にはその声だけが響く。レリアンは何とか、姉を救いたいと考えるが、答えが見つかるはずも事もなかった。そして、唯一、今言える言葉は、一つしかなかったのである。
「お姉ちゃん、もう泣かないで...ここにいればいいじゃない。外にでず、うちの二階で暮らせば、きっと見つからずに済むわ...ね?」
家族である。見捨てられるはずが無かったのは、当たり前だろう。しかし、この選択は、のちに悲劇を生む事になるのだ。
「ありがとう...レリー......それともう一つ、言っておかなければいけない事があるの......」
ミリアンはそう言いながら、しゃべりかけた口をつぐんだ。もう、これ以上の驚きなど、無いに等しいと思っていたのである。だから、レリアンは問いかけたのだ。
「何?言って。もう、これ以上、隠す事も何もないでしょ」と。
そして、それに答えたミリアンの言葉は、今まで以上の衝撃だった。
「私のお腹の中には、ギルバートとの子供がいるの......でも、これを奴等に知られたら...この子はどうなるのかしら......」
それにレリアンが答えられるほどの言葉を持ち合わせているはずもなかった。ギルバートとの子供と言うのは、王家の血を継ぐ者なのだ。それが一体、どれほどの事を意味をもつのかを考えずにはいられなかった。
こうして、ミリアンは暫く、実家であるハイデン家の酒場の二階で暮らす事となった。二人の父親であるラゼロには、真実を述べなかった。それはレリアンの言い出した事で、心配をかけたくないからと言うものであったのだ。それに姉であるミリアンも、同意した。
表面上は、三人はまた家族となって共に暮らしたのだ。酒場で働いているレリアンと父親の代わりに、ミリアンはウィリシスの面倒を見ていた。ウィリシスもまた、優しい母に似たこの女性を好いていたのは間違いない。だが、グレフォードとハルムートの魔の手は、互いが競い合うようにして、静かにミリアンとそのお腹の子へと迫っていた。
奇しくもこの年、オルフェリア精霊国へと帰郷していたリディオは、西の小国スウィフランドが攻めてきた事によって、クレムナント王国へと戻る事が出来なくなっていた。
時代はこうして進み、最悪の結末へと一歩一歩、近づいていったのである。




