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加筆 1 夢

 深い眠りにつくシュバイクはさらに夢を見続けていた。


 クレムナント城の王宮区画の一室では、五人の王子と王妃三人が、国王であるアバイトを待っていた。


 その部屋は豪華な金銀細工の装飾で彩られている。室内には至る所に芳醇な香りが漂っている。それはオリガブルティッラと言われる、鬼竜ガルディバルドの息の匂いである。南方の国で咲く花オリガブルを食したガルディバルドは、甘い息で獲物を誘い込む事で有名である。


 この鬼竜の息は、獲物を魅惑の底に引き落とす、甘美なる極上の吐息を放つのだ。その息から採れる成分を使用した香水は、肉体の疲れを癒し、食欲を増進させると言われている。この息から生成された香水で、小さな街一つを買い取ってしまえるほど高価である。


 ちょうど部屋の真ん中にある長方形のテーブルには、海、山、川、池、などで採れる最高級食材を使用した料理がずらっと並べられている。毎週一回、家族として全員で昼食をとる様に決めたアバイトにより、王妃と王子全員が集まるのである。この日、三人の姫は、男性貴族に御呼ばれした昼食に何食わぬ顔で行ってしまった。

 

 テーブルの左側の席には、入り口方向から奥に向かって、第五王子のシュバイク、第四王子のデュオ、第三王子のナセテム、第二王子のサイリス、第一王子のレンデスが座っている。

 右側面には奥に向かって第三妃のレリアン、第二妃のヨークウェル、第一妃のペアネクンが席に着いていた。そして、一番奥にある豪華な造りの赤と金の椅子には、まだ座るべき人物が来ていない。


 五人の王子達は皆、普段着ている服とは違う正装で座っていた。式典や儀礼式などの特別な場で着るセルプールと言われるものである。

 このセルプールはクレムナント王国で代々王家に伝わる儀典様の正装である。ツナギの様な服で下半身と上半身が一体となっており、前面の喉下から下腹部あたりまで鉱石で造られたボタンで留められている。


 全身が絹の光沢ある質感を最大限に生かした、本しゅす織りで造られた生地を使用している。この絹の特別な所は、ある特定地域でしか採れない黄金色の絹を使用している事であった。そのため、王子達の着るセルプールからは美しく輝く絹が王家の威光を現しているようだった。


 王妃の服装も、王子達に引けを取らないほど華やかで豪華なものである。第一妃のペアネクンは、クレムナント王国で採れる希少鉱石のうちの一つ、瑠憐石ルリンセキを各所に散りばめた紅いドレスを着こなしている。


 第二妃のヨークウェルは腰元から胸元にかけて天空を舞い昇龍をイメージした、薄き緑のドレスを着こなしていた。


 第三妃であるレリアンだけは、普段と変らない白と水色の混ざったシンプルなドレスを着ている。


 ペアネクンとヨークウェルは、最近貴族や王族の間で流行っている香水や、服飾の話に華を咲かせている。しかしレリアンだけは、二人の会話に積極的には入らずとも、終始聞き手に回り、二人の話を笑顔で繋いでいた。


 王子達も最近の他国との情勢や、毎日の日課である実技訓練などの話をしながら、父である国王が来るのを待っていた。しかし、第五王子であるシュバイクだけは、手元のグラスに視線を落とし何処か所在無さげであった。


 王子達の中で一番年齢が若いシュバイクは兄達の会話に上手く馴染む事が出来ずにいたのである。だが、それが理由だけでもなかったのは言うまでもない。シュバイクの持つ整った顔立ちに、自分達との毛並みの違いを感じた兄達から疎まれていたからである。


 シュバイクは冷水が入り外気との温度差で水滴が溜まったグラスのふちを、人差し指でなぞりながら思案にふけっていた。なぜならば、週に一度催されるこの昼食会が嫌いで堪らなかったからだ。

 自分とは似ても似つかわしくない兄達と、その母。そしてあまり顔も合わせる事のない父との食卓での会話。そのために、いつも気が重くなる自分をなんとか紛らわしながら席に着くのだった。

 だが一番シュバイクを憂鬱ゆううつにさせるのは、まだ父であるアバイトが自分を認めてくれていないと言う劣等感を抱えていたからである。それは、男児である誰もが抱える極普通の悩みと変らないのだ。


 シュバイクはまだ、父であるアバイトに王位継承候補者としては正式には認められていない。

 それは十七歳という年齢もある。しかしまだ肉体的にも精神的にも成長過程の息子を、貴族達との政治的な駆け引きが渦巻く世界に巻き込みたくなかったと言うのが本音だ。だがそんな父の想いなど知らぬシュバイクは、自分が兄達に比べて未熟だと思われている。そう感じていたのである。


 そんな事を考えていた時であった。先ほどまで耳に響いていた二人の妃の甲高いの話声が、消えたのである。


「国王様がいらっしゃいます」


 室内の扉が開き、入って来た従者の者が全員の視線を集めた。王子と王妃はすっと立ち上がった。そして、姿勢と身なりを正す。部屋に漂う空気そのものに、一本の糸が張った。するとそこへ、ずんぐりした体型に、ぐりっとした目付きで室内を見渡しながら、クレムナント王国の王アバイトが入って来た。


「お前達、待たせてしまってすまない」


 アバイトが奥の一際豪華な椅子に座ると、それを見計らった様に各王子と王妃もゆっくりと腰を下ろした。席に着いたアバイトは手元に置かれているグラスに右手を添え、左手で支えるようにした。同様に王子と王妃もグラスに手を添えると、皆一様にそれを口元辺りまで上げている。


 シュバイク以外のグラスには紅色の液体が注がれており、それが芳醇な香りを室内へと漂わせていた。これこそが室内に漂うオルガブルティッラの臭そのものであった。


 厳密に言うと、鬼竜バルディガルドの血液を特殊な菌で醗酵させたものである。本来であるならば生きた個体が巣くう地域で吐息を採取して生成されるものなのだ。それは鬼竜自体が自然災害と同様程度の危険生物であるため、殺す事や捕獲する事が困難であるからなのである。


 しかし、極稀に生きた個体が何らかの状況下で死に至り、その血肉が手に入った時のみ流通する超希少物が鬼竜酒なのである。それをクレムナント王国の王家では、先祖代々から儀典や祭典など特別な場での飲食に使ってきていた。しかしまだ酒宴の席につく歳に満たないシュバイクには、冷水をあてが割られているのだ。


「では、食べる前に礼賛らいさんの言葉を。シュバイク、お前が言いなさい」


 アバイトがそう言うと、シュバイクは油断により思わず反応が遅れてしまい、その動揺がグラスの冷水へと伝わり水面に波紋を作った。それは他の兄弟達や、王妃、そして母であるレリアンも不意を突かれ動揺し驚いた。


「え?はっ...はい!」


 思わずシュバイクは息を飲んだ。全身に鳥肌が立ち、グラスを握る手が急に湿りだす。それは礼賛の言葉を任されると言う事が、自身を一人の大人として、父であるアバイトが息子を認めた事を意味するからであった。


 あまりに突然の出来事に、シュバイクは平静を取り戻す事が出来ないでいた。そしてその視線が無意識に自分の直線状に座る母レリアンに流れた。


 シュバイクの揺らめくダークブラックの瞳に、レリアンは力強い眼差しと包みこむ様な微笑みで返した。すると、いつの間にか自分の中で揺れ動く精神が、平静を取り戻していくのを感じたのである。

 シュバイクは呼吸を整えた。全員の視線が一挙に集まる中、ゆっくりと口を開く。


「私に生を与えてくれた父と母に感謝します。私に苦楽を分かち合う喜びを与えてくれた兄に感謝します。私に兄を与えてくれた王妃に感謝します。私に生きる意味を与えてくれたクレムナント王国に感謝します。私に生きる意味を与えてくれたクレムナント王国を建国したドゥーク・ラミナント様に感謝します。その感謝の証に、私の全てをクレムナント王国とその国民に捧げる事をここに誓います」


 シュバイクは礼賛の言葉を言い終えると、一度グラスを頭上に掲げた。そしてそのまま口元へ運ぶと冷水を一気に胃へ流し込み、その後に続く様に全員が同じ動作を行い、胃へ鬼竜酒を流し込んだ。


「シュバイク。良い礼賛の言葉であったぞ」


 一時の沈黙の後、アバイトが徐に口を開いた。締りの悪く、歯と歯の隙間から今にも腐臭と唾液が飛び出しそうな口を、いつもと違った調子で軽く開きながら言った。それは本人なりにも多少他への気遣いからなのであろうかは、察するしかないものである。


「はい。有り難う御座います」


 軽く一礼する様にアバイトへ、頭を下げた。すると耳に掛けていた美しいスカイブルーの髪の一部が、すだれのようになって顔の側面を覆い込んだ。


「今この時だけは父と子の関係だけで良い。頭を上げなさい」


シュバイクはゆっくりと頭を上げると、父としてのアバイトの顔がこちらへ向いているのが分かった。


「シュバイク。明日から交流会サランカーティスに出る事を許す。王位継承候補者として、恥じない生き方をするのだぞ」


 思わずその言葉を聞いたシュバイクの口元は綻び、喜びが漏れ出した。


「はっ、はい!有難う御座います!」


 稀に見せる歳相応の元気の良い表情だった。そんな息子の顔を見たアバイトは、笑みを浮かべながら頷いた。

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