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第四十九話 出発の朝

「まさか母上に.....いや、レリアン...様と言えばいいのかな......ウィリシスの父親とそんな出会いをしていたなんて......」


 シュバイクは先ほどより、気を落ち着かせていた。焚き火の前へと再び腰を下ろして、相手の話に引き込まれるように聞き入っていたからだ。


「シュバイク、気にするな。君にとってはレリアンは母だ。実の親以上の愛情を与えてくれたのは、間違いない事実。だから俺の前でもきにせずに、母、と言えばいい」


 ウィリシスはシュバイクの顔を見ながら穏やかな顔で言った。そこにどんな真意があったかは分からない、きっと十年以上もの長い時をて、今の境地きょうちに至ったのだろうからである。


「う、うん...何か、真実を知った今、変な感じなんだ。ウィリシスが僕の従兄弟いとこであると知ったと同時に、母上が母ではなかったと知った。最初は受け入れられなかった。いや、きっと今も受け入れてはいないのかも知れない......けど、何でそんな出会いをした二人が引き裂かれ、母上は僕を自分の子供として育てる事にまでなったのですか?それに僕の本当の父と母はどういう人達なんですか?」


 夜もけ、周囲には虫の羽音はおとと、ふくろうの鳴き声がときまた響く程度だった。焚き火からは枝が燃える音が聞こえ、その炎のらめきを見ていると、何故か不思議と心が落ち着いていく。

 ウィリシスはシュバイクの問いかけに、少しだけ間を置いた。そして、また語り始めたのである。レリアン・ハイデンとリディオン・ウェイカーの物語を......。



 二人の出会いから、時は数年ほど進む。

 あれから恋に落ちたレリアンとリディオは、短いながらも幸せな時間を過ごしていた。彼らの愛の形は出会いから二年後、ウィリシスとして誕生たんじょうする事になる。そしてその子供も二歳を過ぎようとしていた。

 

 リディオは、クレムナント王国のはるか西に位置する大国、フェリア精霊国せいれいこくの生まれであった。国のはずれにある小さな村で、親兄弟と共に暮らしていたのである。下には三人の弟と小さな妹がいた。父は数年前から体をこわし、一家をやしなっていたのはリディオであった。

 そのため、レリアンとの間に子供ができてからも、一年の半分以上は自分の国へと帰り、家族の面倒を見ていたのである。ハイデン家は酒場を経営けいえいしていため、リディオの収入を頼りにしなくとも、何とかやっていけたのがさいわいである。

 彼の家の実情じつじょうを理解していたからこそ、レリアンは、毎年、リディオンを笑顔で送り出したのだ。


 クレムナント王国の酒場がひしめく裏通り。そこに立ち並ぶ一軒に、酒豪のハイデンの酒場はあった。酒場の親父も未だに現役げんえきばりばりで、娘と共にその店を二人で切り盛りしていたのである。

 まだ開店時間には程遠い朝。男が身支度みじたくととのえて、店から出ようとしていた。


「リディ、ご両親にもよろしくお伝えくださいね。いつか必ず、ウィリシスを連れてご挨拶にいきますと」


 レリアンは大きな袋の荷物を背負せおい込もうとしている男へと、歩み寄った。そしてその袋を後ろから押し上げた。その顔はもうすでに、母の顔である。まだ若いが、二人が出会った頃のあどけなさは消えかかっていた。

 ブルーの瞳に、スカイブルーの長い髪は後ろでまとめている。布の服に茶色のスカートをいており、首からは白いエプロンを着けている。


「ああ、分かった。でも、そこまで無理に気にする必要はないさ。俺の家族も理解してくれている。レリーは俺の居ない間、ウィリシスを頼んだぞ」


 上に高くかさなった荷物を背負い込み、男は言った。ぼさぼさのライトイエローの髪は、癖毛くせげが多く目立つ。上下は麻の肌着に布の服を重ね着しており、されにその上から黒のマントを羽織っている。マントといっても、寒さをしのぐもので、ローブのような全身を包見込むものだ。

 いたる所に布がり付けられ、内側から補強ほきょうされている。きっと妻であるレリアンが、昔から愛用しているそのマントを何度も手直してくれたのだろう。


「とーとっ!」


 リディオが身支度みじたくを終え、店をでようとした正にその時。薄暗い店内の奥から、一人の子供が歩き出てきた。まだ足元が覚束おぼつかないが、一生懸命、その相手へと目指して歩いてくる。


「ウィリシスっ!何だ?起きちゃったのか?」


 自分の足元までやってきたその子を、リディオは抱きかかえた。目はくりっとして大きく、その瞳は父親譲ちちおやゆずりの銀褐色ぎんかっしょくである。短い髪の毛もライトイエローであるが、癖毛くせげではないのは救いだろうか。


「とーと、いっちゃいや!」


 抱きかかえられた子供は、まだ二歳ほどである。言葉を覚えて、多少のコミュニケーションを取れるようになっている。そして、怒り口調で、父へと向かって言った。


「必ず帰ってくるからな。また戻ったら、いっぱいあそぼうな」


 リディオンは自分の子供とはなれる辛い気持ちを何とか表情に出さないよう、努力しているようだった。そして、できる限り息子の不安を和らげるよう、笑顔で言ったのだった。


「すまんな。寝ていたと思ったんだが、どうやらお前達がベッドに居ない事に気がついて起きちまったらしい」


 店の奥から一人の男が出てきた。それはこの酒場の二階を住居として、娘夫婦と共に暮らしているレリアンの親父である。うでぷしも強く、その体つきはたくましい。もとは採掘師だっただけに、なかなか豪快ごうかいな性格の持ち主であった。

 しかし、寝巻ねまきき姿のためか、まだ顔には眠気ねむけが残っているように感じる。


「お義父とうさん、すみません。起こしてしまいましたか。いつも迷惑めいわくばかりかけてしまって。どうか俺が居ない間も、レリアンとウィリシスをよろしくお願いします」


 リディオはそう言いながら、レリアンの父へと頭を下げた。いつもなら明け方に閉めた酒場の店主は、次の日にそなえてぐっすりと眠っている時間なのだ。


「しゃらくせいぞ、リディオ。俺のことはラザロでいいって言ってんだろ。それにお前に迷惑かけられたなんて、俺はこれっぽっちも思っちゃいねぇぜ。まぁ、お前が居ない間は心配せず、任せておけ」


 そう言いながら、レリアンの父親であるラザロは言った。


「ありがとうございます。よし、じゃあウィリシス、父さんは出かけるな。母さんの言う事ちゃんと聞いて、いい子にしているんだぞ!」


 ウィリシスの小さな頭をでると、そのままレリアンへと預けるように息子を渡した。父から離れまいと、必死にその服へとしがみ付く。そんな様子が、リディオンには一層辛いっそうつらかったのは事実である。

 

「気をつけてね」


 リリアンは扉から出て行こうとするリディオへと、最後の言葉をかけた。それに頷くようにすると、妻の腕の中で泣き叫ぶ息子の姿を瞳に写しながら、そのまま出て行った。

 

 クレムナント王国の短い夏が終わり、肌寒さを感じる秋に入っていた。冬になると他国へと繋がる山道に豪雪ごうせつもり、国から出て行くのが難しくなるのだ。だから、旅人や商人達はその前に、出発するのであった。


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