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第四十六話 始まりの出会い

「ちょっと待ってください!ウィードがウィリシスに言った言葉...それは本当の事なんですか?ウィリシスが母上の子供だと言うのは...それはもしかして、僕とウィリシスは兄弟だと?」


 ウィリシスが焚き火に枝を投げ込みながら、話の続きをしようと思っていた矢先である。


 シュバイクは動揺した顔つきで急に立ち上がった。


「どうなんですか!教えてよ、ウィリシス!」


 ウィリシスは静かに炎の中へ視線を投げ込んでいるだけであった。


 ボロ布を顔に巻きつけている男の顔は、燃え上がる焚き火の炎によって悲しく照らされていた。

 

 すでに雨脚は遠のいている。周りの木々から滴る雫が、岩場へと落ちる程度。

 散々降り注いだ雨により、土はぬかるみ、泥とかしていた。夜の闇の中からは、時折、獣の遠吠えが聞こえてきていた。

 しかし、その声からするに、そんなに距離は近くはないのだろう。


「全て真実だ。しかし、俺と君は兄弟ではない.....同じ母方の家系を持つ...従兄弟だ」


 シュバイクの動揺は、困惑へと変わっていた。まるでそれは、大海原で指針を失った船に乗っているかのようであったからだ。

 話の行方がどこにいくかも分からず、その先を予想する事さえも困難な状態に陥っていたのである。


 その場で立ち尽つくすシュバイク。やがてウィリシスへへと問いかけた。


「従兄弟?どういう事なんですか?従兄弟という事は...僕は母上の子ではないと?じゃあ一体、僕は誰の子供なんだ!僕は一体何者なんだ!?教えてくれ、ウィリシス!」


 突如として押し付けられた現実が、自分の中では処理しきれずにシュバイクを苦しめていた。

 そしてそれは次第に怒りとなり、矛先は目の前にいる男へとぶつかった。


「シュバイク、君の母親はレリアンの姉、ミリアン・ハイデン様だ。そして、父はアバイト王の腹違いの兄に当たる、ギルバート・ラミナント様なんだ......」


 ウィリシスが真実を告げると、シュバイクはその場に崩れた。 


 十七歳の少年の心を壊すのに、十分すぎるほどの辛い事実だったかも知れない。しかし、残酷な真実というものは、さらにその裏に隠れていた。


 それこそが、アバイト王をはじめ、ハルムート将軍、そしてダゼス公爵、はたまた魔道議会までもが、長き時に渡りひた隠しにしていた王国の秘密だったのである。


「ミリアン?ギルバート...?誰だよそれ......そんな人、名前も聞いた事ない......僕はじゃあ、皆に騙されていたのか。ウィリシス兄さんも、親の記憶がないなんて...それも嘘だったってことなの......?」


 シュバイクは地面を見つめながら、呟いた。


 瞳からは薄っすらと涙のようなものが、零れ落ちようとしていた。


 自分の今までの人生が、全て偽りだったのかも知れない。そう思った時、目の前の男でさえも信用できなくなりそうだったのである。


「親の記憶が無いと言ったのは、本当の事だ。実の親がレリアンとオーリュターブと言う男だと知ったのも、あのウィードの言葉がきっかけだった。俺は、シュバイク、お前を守るために親に捨てられたんだ。実の両親との記憶まで消されてな......」


 ウィリシスの顔は、ほんの少しだけ歪んだ。


 忌まわしい記憶を呼び覚まし、怒りと憎しみを再び味わっているかのようだ。


「記憶を消された?どういう事なんですか?僕を守るために?」


 シュバイクが顔を上げると、そんなウィリシスを見た。そして、本当に知らなければいけない真実へと、向き直ろうとしたのだ。


「ああ、記憶を消されてたんだ。君を守るためにな......その話を先にしてもいいが、今よりももっと辛い思いをするかも知れないぞ。それでも、真実を知りたいと思うのか?シュバイク、君は残酷な現実と向き合うだけの覚悟があるのか?」


 ウィリシスが焚き火から視線を外すと、顔を上げた。そして、その場に立ち尽くすシュバイクの瞳を見ながら、言ったのである。


「はい...教えてください。自分の事を...知りたいんです!」


 その言葉を聞くと、ウィリシスは暫くの沈黙の間、相手の目を見ていた。その決心を確かめようとしたのだ。


 生易しい覚悟では、決して耐えられないような現実に、立ち向かえる力があるのかどうか。それを見極めようとしているようだった。


 シュバイクのブラウン色の瞳の奥には、黄金の輝きが見て取れた。それこそが、シュバイクの中に眠る力の根源であるようにウィリシスは感じていた。


 生命力が放つ美しい魔力は、蒼空のようであったのである。


「分かった...君がそこまで言うなら、教えよう。ある男の物語を。そして、その男から紡がれる...シュバイク...君と俺の人生の始まりを......」





 時は遥かに遡る。

 ウィリシス・ウェイカーが生まれる前の話である。


 クレムナント王国は、ザイザナック王からアバイト王へと政権が交代し、内乱の傷跡がまだ残る時代だった。


 だが、暴君と言われたザイザナックが玉座から退いた事で、民は一縷の希望を抱いていた。


 アバイトは民の声に応えるように、次々と新たな政策を施行し、前政権下で猛威を振るっていた階級支配制度を緩和させたのである。

 

 撤廃まで至らなかったのは、ザイザナックと対立した折に、味方となってくれた貴族達への立場上の配慮があったからである。


 しかし、一般階級民と呼ばれる民衆の権利は、無きに等しかった時代から、大きく変化し、個人の権利と利益が認められるようになっていた。


 城下町では、今まで禁止されていたながらも、路地裏などで細々と開かれていた出店が公に認められた。

 

 そして、大通りアルベリオンで誰しもが自由に店を構える事が許されたのである。


 さらに、今までは奴隷のような扱いで、半強制的に鉱山での採掘を強いられていた者達が開放された。

 

 しかも、鉱山で採掘をするため国に登録された者は、自分の掘り起こした鉱石の原価十パーセントを与えるというアバイト法が施行されたのである。


 これにより、多くの者達が自ら進んで採掘師となった。さらには諸外国からも出稼ぎにやってくる旅人や、それを買い付けにくる商人達が一挙に到来し始めた。


 活気のなかったクレムナント王国の城下町は、こうしてアバイト王の時代へとなってから、僅か数年たらずで開かれた国となったのである。


 そんな中、とある国から採掘道具を買い付けにやってきた青年がいた。


 彼の名は、リディオ・ウェイカー。ぼさぼさのライトイエローの髪に、銀褐色の瞳が印象的な二十三歳の男である。


 彼は遠い国から一週間ほどかけ、わざわざこの国へと道具を買いにきていた。


 質がよく、それを尚且つ安値で仕入れる事が出来たため、長い道のりだったが、それだけの労力に見合う価値があったのである。


 小さな村で採掘師として働いていたこの男は、毎年、父と一緒にその道具を買いにきていたのだ。

 しかし、その父が病に倒れたため、今年は初めて自分一人でクレムナント王国へとやって来ていたのである。

 


 薄茶色の布服に、その上から黒のマントを羽織っている。肩からは麻の袋を掛けており、数日分の衣服を入れているだけであった。


 腰元には全財産である自国の硬貨が入っている、小さな袋を結び付けていた。


 服は少し汚れが目立つ。マントも至る所で糸がほどけ、端から大きな裂け目が出来ていたほどである。


 彼は南門からクレムナント王国の城下町へと入ると、大通りアルベリオンへと向かい、とりあえず腹ごしらえをするために歩いていった。


 人々が行き交い、活気に溢れている。至るところから、店を並べている主人達が客を呼び込もうと、様々さまざまなうたい文句で商品の魅力みりょくを叫んでいる。


 それは武器から、採掘道具、そして食べ物まで、ありとあらゆる店があった。


 小さな店先にびっしりと並べられているのは、青魚と、さらには扇状おうぎじょうの貝等である。どの魚も鱗に光沢があり、綺麗に日の光を反射させて美しく輝いている。


 貝はまだ生きているのか、その殻の隙間から、にゅるっとでた水管が微かに動いているように見えた。


 その水管というのは、一目見たとき男性の性器せいきのような形をしていたため、その男は思わず二度見してしまったほどである。


「へい、らっしゃいらっしゃい!今日、海の街から運ばれてきたばかりの新鮮しんせんな魚に貝!これらを超格安で売りやっせー!売りやっせー!パチメアジは7ドゥークから!青ら貝は4ドゥーク!|物々交換なら、肉に野菜、もしくは陽光石で取引するよぉー!」


 山育ちだったためか、海の食材は珍しかったのだ。


 そして次に目がいったのは、様々な武器を並べている店だった。その武器を実際に二人の男が手に持って、斬りあいのような動きをしている。

 まさに一進一退の攻防のように思えたが、それは客を満足させるための芸の一つなのだ。


「ぉい!そこのアンタぁ!鍛冶屋ニテツが腕を振るい叩き込まれた鉄の斧!さらには、剣に槍に盾まで!こんなご時勢だから、自分の身は自分でまもらにゃあいけんねぇ!さぁ、みてっておくれぇ!うちの若い衆による実演販売を行っているぜぇ!さぁ、ぜひこの機会にみてっておくれぇい!」


 どの店の店主達も、自分の商品を売るために、あの手この手で客を引き込もうとしているのだ。慣れていない旅人なら、そんな店の売り込みに気がとられ、一日たらずでどれだけの商品を買わされてしまう事だろうか。


 そんな気持ちで歩いていると、次は鼻腔を刺激する、いい匂いが立ち込めてきた。


 態々わざわざ、その空腹を思い出させるかのように、人々が行き交う通りへと燻製にした肉の香りを団扇で扇いで飛ばしているのだ。

 匂いにつられるように、人ごみを掻き分けて一直線に進んでいた時のことである。


「きゃっ!」


「うおっ!?」


 リディオは、一人の女とぶつかってしまった。相手の方が体格も小さかったためか、押し後してしまったのである。


 何と地面へと両手をつき、それ以上の接触を免れた。だが、目の前には尻餅を付かせて倒れた女の顔が、自分の鼻先に迫っていた。


 目は透き通るようなブルーの瞳に、それに合わせたかのような美しいスカイブルーの髪。肌は雪のように白く、着ている服はシンプルな薄茶色のドレス状のものだったが、リディオの目には輝いて見えた。


 正常な男なら、その女を目にした時、誰しもが自然と視線を流して姿を追ってしまうだろう。そう思わせるほどに、綺麗だった。


 まだ十代の後半であろうか、決して派手な井出達ではないが、その中に深みのある可憐さと奥ゆかしさを感じた。


「す、すまない。大丈夫ですか?」


 ふと、リディオは我に返った。自分がその場をどかなければ、相手が起き上がれないと言う事に気が付いたからであった。


 そんな男の態度が少し、可笑しく思えたのか、笑みを作りながら女は答えた。


「ふふ、はい、私は大丈夫です。前を見ずに歩いていた私が悪いのですから、気にしないでください」


 若い娘はそう言うと、地面へと散らばっている、じゃが芋と人参、そして玉葱をかき集め始めた。


 そしてそれを木のかごへと入れていったのである。リディオはそれに気づくと、すぐに拾うのを手伝った。自分が原因でせっかく買った食材を、失くしてしまったら申し訳がたたないと思ったのだ。


「ありがとうございます!」


 娘はそう言うと、カゴ一杯に入った野菜の山を両手で掴み上げた。だが、転んだ時に足首を捻っていたのだろう。すぐにその痛みに気づいて、地面へと落としてしまった。


「大丈夫ですか?よかったら、俺にそれを運ばせてくれませんか?歩くのが辛ければ、肩も使ってください」


 リディオは罪悪感に苛まれたのだろう。申し訳なさそうな顔つきでその娘へと言うと、相手も申し訳なさそうに了解りょうかいした。


「す、すみません...じゃ、じゃあお言葉に甘えて......」


 そう言うと、娘はカゴをリディオへと渡した。そして、黒の布のマントが掛かるその肩へと手を当てると、二人はゆっくりと大通りアルベリオンから歩き去っていった。 


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