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第四十五話 対峙

 封印の間。

 黒燐石で出来た床と壁は明度の高い僅かな赤みのある黒で、烏羽色からすばいろと言われるものである。その上に白の塗料で六芒星が描かれており、円状に取り囲むようさらに呪文が刻まれていた。


 床の上を、ウィードは一歩一歩進んでいく。そして、左目の激痛に苛まれながらも、何とか立ち上がろうとしているウィリシスの前へやって来た。


「貴様の四肢を斬り落とし、達磨だるまにしてから、その目の前でシュバイク王子を殺してやる。その後で、泣いて懇願してくれよ?『早く俺を殺せぇっ!』とかな。じゃないと、楽には死なせてやらないぞ」


 長細い顎に、高い鼻、そして切れ長の目は、不気味な雰囲気をかもし出している。思慮深く、人を信用しない顔のように思えるのは、本性を曝け出した後だからそう感じるのかもしれない。

 そんな男が、ウィリシスの眼前で立ち止まると、薄みの刀身を血に染めて、魔鉱剣を振り上げた。


「ぐぅ...くそっ...俺にもっと力があれば...」


 ウィリシスは相手の顔を見上げながら搾り出した最後の言葉は、無念な結果へと終わる自分への戒めだった。

 左の目は切り裂かれ、紅血こうけつを滴らせている。顔面は酷く腫れ上がり、右の瞳は床へと叩きつけられた衝撃で真っ赤に充血していた。


 ウィードが剣を振り下ろそうとした時、それは起こった。突然、鉄の扉が勢いよく開け放たれ、一陣の風が吹き込んだ。ウィリシスの体は、背後からの風の圧により、微かに押された。


「!?」


 鼓膜を突き破るかのような金属音が、室内に響く。ウィードの剣は別の剣と打ち当たり、ウィリシスの眼前で止まっていた。


「ハアァァッ!」


 老齢の男は、力の篭った声を上げた。すると、そのまま敵の剣を押し込み、相手の身体事後方へと弾き飛ばした。

 大きく後ろに飛ばされたウィードは、ライトグリーンの長髪を靡かせながら、何とか足を踏み込んでその勢いを殺した。しかし、元いた場所から、十メートル近くは移動しているだろう。広い室内でなければ、壁に叩きつられていたかも知れない。そう思わせるほどの、威力である。


「ハルムート、何故、貴様がここにいる!?城下町に潜入した敵の密偵の対処に追われていたはずだっ!」


 体勢を立て直したウィードの直線状にいたのは、クレムナント王国の将軍ガウル・アヴァン・ハルムートであった。

  覇獣はじゅうガウディスの皮で出来た黒い胴衣の上に、くるぶし辺りまである長い漆黒のコートを羽織っている。

 全身黒ずくめのその井出達は、歴戦の猛者そのものであり、一切の隙を感じさせない。

 左頬にある大きな切り傷が印象的だが、それよりも今は黄土色の瞳から発せられる凄まじい殺気が相手を圧倒していた。


「そっちは魔道議会の者に任せてある。儂は部下の裏切りにケジメを付けなければいけんかったからな」


 ハルムートはそう言いながら、右手に持つ紅き剣を振りかざした。すると、微かな熱気が室内全体へと広がった。

 剣は幅広で魔鉱剣には変わりが無いが、刃全体が灼熱を放っている。刀身が紅く染まり、古代文字が彫りこんである特殊な剣であった。


「魔道議会だと!?ハルムート、貴様はあれほど魔道師達を恨み、そして憎んでいたはず!それを奴等に任せただと!」


 ウィードは困惑していた。

 ここに来るはずのない男が、今、確かに目の前にいるからである。老齢)の男であるが、その剣の腕は王国随一と謳われ、若き頃には騎士でありながら魔道議会の五大老師を勤めた。異例の経歴の持ち主あった。

 しかし、前政権下で自分の守護するアバイトが、父であるザイザナック王と対立した折、意見の相違で袂を分かったのである。

 それ以降は敵対関係とまでは言わなくとも、魔道議会との間に深い溝が出来ていた。


「餓鬼のあんたにゃあ、分からん事なのよ。長い付き合いの果てに生まれる気心ってもんがさ」


 ハルムートの後方から、老婆の声が聞こえてきた。

 開け放たれた鉄の扉から、何者かが入ってきたのである。そしてそれは、魔道議会の最高導師と言われる者達であった。


「ちっ、五大導師達までも来やがったか......」


 ウィードは苦虫を噛むかのような表情で言った。

 いくら己の剣の腕に自身があり、魔法に優れていようとも、ハルムートと五大導師を相手にするのは無謀であるというものだ。


「ったく、なんてこったい。議会の優秀な導師達をよくもなぁこないに殺しおって...」


 黒のローブに身を包む、五人の老人達がとぼとぼと、ハルムートの後ろから歩き出てきた。老婆が二人と翁が二人、そして体格のよい魔導師とは思えない井出達の男が一人である。

 老婆は白髪を頭の上で団子にして纏めている者と、白い長髪を腰辺りまで流している者である。しかし、この二人は顔がそっくりで、まるでその見分けのつかない。顔で相手に誤認させないため、髪型を互いに変えているようであった。

 

 二人の翁の内、一人は頭皮に一切の髪がない。揉み上げとそこからがる長く白い髭が印象的である。

 もう一人は頭髪がふさふさで、眉毛が長い。髭は短めに切りそろえられており、それら全ては真っ白である。

 老婆も爺翁も、齢八十は優に超えているだろう。

 

 そして、最後の男は少し井出達が違った。

 鼻が大きく顔の中心地にどんと居座っており、ブラウンの短髪と図太い眉が眼の力強さを後押ししている。

 魔道士と言うよりは、騎士と言った方がしっくりくる筋肉質な身体に精強な面構え。五十代後半といった年齢であろうか、他の四人に比べると一段と若い。


「ウィリシス・ウェイカー。こんなになるまで痛めつけられて。今、傷を癒してあげるわね。癒しの魔法ヴィ・レッシセーラ


 老婆の二人が、床へと膝を落とす男の所へと歩み寄った。そして呪文を唱えると、その両手には淡い光が宿った。それを顔の傷へと押し当てると、みるみる内に傷は治癒していった。

 この魔法は高等魔法に分類され、長い呪文を唱えずとも発動できる短縮呪文によって発動されていた。


「べ、ベルンドゥー様に、アルンドゥー様...申し訳ありません...」


 ウィリシスは二人の老婆へと礼を述べた。その顔はほぼ、攻撃を受ける前の状態にまで戻っている。しかし、抉り取られた左目だけは、治す事ができなかった。


「ごめんなさいね。私達の魔法でも、貴方の目までは再生できないの」


 頭の上に髪の団子を乗せるベルンドゥーが言った。

 相手の心境を推し量るかのようで、どこかその顔つきは自愛に満ちている。


「いえ、いいのです...この傷は私自身への戒めとします...それよりも、あの男を放っておく訳には!」


 そう言いながら立ち上がると、部屋の奥でこちらを注視しているライトグリーンの長髪の男を見た。


「あの者は、ハルムートが何とかしますよ。貴方は私達と来なさい。別の部屋でシュバイク様を閣玉かくぎょくへと封印するための儀式を行います。それにはウィリシス、貴方が立ち会うの。二人の武器と、シュバイク様の服はこちらで用意してきたから、今からすぐに移動して始めるわよ」


 白髪の長い髪を腰まで流すアルンドゥーが、相手をなだめるように言った。それは小さな子供を諭すかのような、優しい言葉遣いだったのである。そんな言葉を聴くと、荒れていたウィリシスの心は不思議と落ち着きを取り戻し始めていた。


「分かりました...」


 ウィリシスが頷きながら答えたのを確認すると、アルンドゥーは大柄の男へと言った。


「グラフォーゼン、シュバイク様を運んでおくれ。老体の私達にはとてもじゃないけど、持ち上げられないよ」


 黒い布のローブからでも、その筋肉質の身体は見て取るように分かる。グラフォーゼンと呼ばれた男は、アルンドゥーの問いかけに一つ返事で答えた。


「ああ、分かった」


そして、床に横になっているシュバイクを軽々と持ち上げると、その肩にのせて部屋を出て行った。それに続くように、他の老師達も歩き去っていく。

 最後に部屋から出てゆく禿頭の老人は、ハルムートの背中へと向けて口を開いた。その目つきは鋭く、しわだらけの顔の中には容易に怒りが見て取れた。


「ハルムートよ、あんまりそ奴を楽に殺してやるなよ。魔道議会の導師達が九人も殺されたんじゃからのぉ。本来ならワシが自ら、地獄の苦しみを与えてやりたいところなのだ」


 扉の前で立ち止まった老人がそう言うと、ハルムートは振り返る事もなく答えた。


「アベンティン殿、分かっております。ウィードには、生きていた事を後悔させるくらいの重苦を味あわせる事をお約束致しますぞ」


 相手の言葉を聴き終えると、それに納得したのか、アベンティンという老人は封印の間を後にした。


「ふっ、俺も舐められたものだな。齢七十を超えた老人が、その身体に鞭を打ち剣を握った所で結果は目に見えているだろう」


 そう言いながら、ウィードは剣を構えた。左手の中指にはエメラルドグリーンの指輪リングが光輝いている。


「舐められたのは、こちらの方だ。お前如きのために、このわしが剣を握らねばならんとはな」


 ハルムートが強い口調で言い放つと、二人の間の空気は一気に凍りついた。そして、激しい火花散る戦いが、始まったのであった。

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