第四十三話 暗殺者
シュバイクは謎の力を放つと、そのまま床へと倒れてしまった。
突如として巻き起こった突風。外では地面へと押し倒された人々がうめき声をあげている。
ウィリシスは最悪の事態に陥った事をすぐに理解した。
「グレッグさん!シュバイクを抱えて、その子と共に裏口から脱出してくれ!早く!」
「な!?ど、どういうことだ!脱出!?裏口から!?」
グレッグは慌てた様子でウィリシスへと尋ねた。
「シュバイク様は命を狙われている!だから早く逃げるんだ!」
押し重なるように倒れていた人々の中から、何人かが起き上がる。その者達は剣を手に持っており、ゆっくりと店へと向かって歩いてきた。
「何だよそりゃあ!くそうっ、いくぞ小僧!ついてこいっ!」
グレッグは全てを理解して動いた訳ではない。
ウィリシスの普通ではない態度に、何かを察したのであろう。薄汚いぼろ布を身に纏う子供を引き連れ、シュバイクを抱えたまま裏口から出て行った。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……」
十人まで確認はしたようである。しかしそれ以上は数えるのを止めた。
ウィリシスは腰に掛かる剣を抜き去ろうとした。しかしそこにあるはずの剣はない。
ガラス張りの飾り棚があった場所へと立つと、襲い来る者へと向けて呪文を唱えた。
「敵を食い止める光の壁よ!耀けっ!閃光壁っ!」
まばゆい光を放つ壁が目の現れ、店内へと繋がるガラス張りの飾り棚を塞ぐ。
「ぐっ!何だこれはっ!?」
男の一人が叫んだ。目を開けていられない程の強烈な閃光が光の壁から放たれている。
目を瞑り、腕をもって光を遮断する。だがあまりに強い刺激に足が止まる。
しかしこれも一時的な時間稼ぎにしかならない事が、ウィリシスには分かっていた。
この何者かも分からぬ敵が先ほどの王国兵のように、簡単に倒すことのできる者達ではないことを見抜いたからである。
全身から魔力がみなぎり、指には魔力指輪らしき物が輝いている。そして徐々にだが、店へと一歩一歩近付いて来ていたからだ。
ウィリシスはこの時、己の身をていしてでも、敵を止めなければと決心した。
拳を作り力を込める。光の壁を収束させ、敵へと向かって走り出そうとした時、不意に背後から呼び止められた。
「お待ちください、ウェイカー様!ここは我々が対処します故、貴方様はシュバイク様を追いかけて下さい。三ノ五ノ六番地にある家の扉を開いていただければ、魔道議会の地下聖堂へと続く地下通路へと入れます。何とかそこまでたどり着いてください。貴方がいなければ、シュバイク様は殺されてしまいます!」
後ろへと振り向くと、どこから現れたのか、黒のローブを身にまとう魔道師が一人立っていた。その背後からさらに数人の魔道師達が、床から浮き上がるようにして姿を現した。
「な!?いつの間にっ。わ、分かった。じゃあ後は頼む!」
ウィリシスはそう言うと、裏口へと向かって駆け出した。
魔道師達は呪文を唱え始めると、両手に炎の剣を創出した。そして武器を構えると、敵との交戦状態に入ったのである。
裏口を出て細い路地裏をウィリシスは、先に脱出したグレッグ達に追い付くため全力で駆け抜けていく。
すぐにその姿を視界に収める事ができたが、武器を携えた男達がグレッグへとすでに襲いかかっていた。
「うぉぉぉ!てめぇらにはシュバイク様の命はやらねぇぞぉっ!」
何とかそれに身体一つで応戦しているが、至る所を刺され血だらけであった。敵の剣がグレッグの命を奪い取ろうと時、一筋の強烈な閃光が眼前を走る。
「ぐぅっ...な、何だ...!?」
腹部から染み出る血を押さえながら、グレッグは膝をついた。気がつけば目の前の敵は地面へと突っ伏し、頭からは血が流れ出ていた。
「はぁ……はぁ……」
ウィリシスが一瞬にして、三人の敵を倒したのである。強く握られた右手の拳には、べっとりと血がついていた。
「ウィリシス……すまんなぁ。俺はもういけそうにない。二人を連れていってくれ……」
グレッグの腹部からは止めどなく血が流れ出ており、そのまま力無く地面へと座り込んでしまった。
「聖なる光りよ、傷つき苦しむ者を癒す力となれ……」
眩い光がウィリシスの手から放たれると、グレッグの傷を塞いだ。
しかし失われた血液は魔法でもってしても、補うことはできない。止血するのが精一杯なのである。それを分かっていて、ウィリシスは言った。
「グレッグさん、あんたが居ないとシュバイク様を連れて逃げるのは無理だ。頼む!頑張ってくれ!」
ウィリシスは手を伸ばした。グレッグはその手を取ると、力を振り絞って立ち上がった。
「ぐっ!うおおおおおっ!」
地面へと横になるシュバイクの身体を抱き上げると、肩に乗せて再び歩き出した。
ウィリシス・ウェイカーは輝きの騎士と呼ばれている。それは王国騎士が得意とする光魔法を極めた唯一無二のそんざいだからである。
戦闘状態になると、ウィリシスは自分の身体を光の特性を持つ魔力で覆い、肉体を光速で動かすための力へと変換することが出来るのだ。
そのウィリシスが放つ光を見た敵は、己に何が起こったかさえ分からずに地面へと倒されるのであった。
「聖なる光よ!我の肉体に力を!輝け!閃光と共に!」
ウィリシスが呪文を唱えると、まばゆいばかりの輝きに全身が包まれる。前方からやって来る敵めがけて、一気に駆け出した。
光の如き速さで敵へと走りこむと、五人の敵を一瞬で叩きのめした。
「はぁ……はぁ……何人いるんだ。こいつら……」
武器を構えた敵は、次から次へとやってくる。
「ぐうっ……」
ウィリシスの後に続くように、シュバイクを抱えたグレッグと子供が前進してくる。
グレッグの顔は真っ青で、今にも倒れそうであった。しかし気力を絞り、何とか目的地までたどり着こうとする一念のみで歩いていた。
ウィリシスはすでに、己の魔力の半分以上を失っていた。
魔力とは肉体の持つ生命力そのものである。それを半分以上も消費すると言う事は、いずれは命に関わるという事なのである。
「グレッグさん、あと少しだ。魔道議会の地下聖堂へと続く入り口が、この先の家の扉らしい。だからなんとしてもそこまでは耐えてくれ!」
そう言うと、さらに前方から迫ってくる敵めがけてウィリシスは疾走した。
「あの後、そんな事があったなんて……その暗殺者達は何者だったんですか?」
シュバイクはウィリシスへと問いかけた。
降り注ぐ雨はその足を緩めてはいるが、まだ完全に止む気配はなかった。
空気は冷たく、身体の熱を奪うような肌寒さである。
「後に分かったのはクレムナント王国の東に位置する大国、オルシアン帝国が放っていた密偵だったと言う事です。予め与えられた命令で動いていたようでした。あたかもそうなる事が分かっていたかのように……」
ウィリシスは淡々と答えた。それを聞くシュバイクは、さらなる疑問を抱いた。
「帝国とは友好的な関係を結んでいたはずでは?」
「表面上だけだったのです。昔から奴等は王国の保有する鉱山を狙っていましたからね。それが帝王リゼリアン・ローゼスが政権を握ってからは、方針が変わったかのように思えたのです。しかしそれも奴の作戦に過ぎなかったのかも知れません」
「そうだったのですか。それでその後はどうなったのですか?」
シュバイクはウィリシスへと尋ねた。
「グレッグは聖堂に辿りつくと倒れこんでしまいました。そしてそのまま息を……」
ウィリシスは神妙なな面持ちで答えた。
「そんな……僕のせいで……」
シュバイクは悔いていた。
初対面の男か自分を守るために命を落としたという事実だけが、重くのし掛かっていた。
「でもあの子供は無事だった。それだけが救いだったかもしれまない。しかし問題はそれだけではなかった」
焚き火の炎を眺めるウィリシスの横顔が、僅かに曇った。
「何があったのですか?」
シュバイクがそう問いかけると、ウィリシスはまた話の続きを始めた。




