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第四十二話 耐え難い現実

 激しさを増す雨は、大地を叩くように降り注ぐ。


 酒場街を後にしたウィリシスとシュバイクは、街道から外れて林の中へと入り込んでいた。そして岩場の影で雨宿りをしていた。

 小枝を集め焚き火を炊くと、二人は腰を下ろした。

 

 目の前に突如として現れたシュバイクに、宿屋の女主人が気を動転させて喚き散らした。そのため野宿をする事になってしまったのだ。


「ウィリシス兄さん。僕が眠りについている間に何があったんですか?教えてください」


 街を出てからと言うもの、ウィリシスはまともに口を利かなかった。シュバイクは何度か話しかけたものの、返ってくる返事はどれも本当に知りたい事に答えるようなものではなかったのだ。


「何から話せばいいのか…そして、この耐え難い現実を君に話してもいいものなのか…」


 ウィリシスは、音を立てて燃え上がる炎に視線を落としていた。そこからゆっくりと、反対側に座るシュバイクへ向ける。


 スカイブルーの美しい髪に、白い肌。若々しい顔つきは、最後に見た十年前の姿と一切何も変わらない。


 上半身には布の服を着ており、下半身は革ののズボンとブーツ。そして腰には魔鉱剣を差しており、左の指には指輪リングを填めていた。


 その格好自体が紛れも無く、ウィリシスが最後に見たシュバイクの服装そのままだったのである。それ以外には、雨を凌ぐために与えた黒のマントを羽織っているくらいだ。


「教えてください。何があったのですか?国は?母は?父は?兄たちは?どうなったんですか?そしてここは何処なのですか?」


 シュバイクの疑問は尽きなかった。


 何故、ウィリシスが十年もの歳を重ねているのか。そして自分が眠りについてから何が起こり、どう今に至ったのか。


 次々に投げかけられる疑問に対して、ウィリシスは答えあぐねているようだ。


「シュバイク、まず聞かせてくれ。君が最後に覚えている光景は何だ?」


 ウィリシスは炎の中へと枝を投げ入れた。

 火に照らされた横顔は傷だらけで目は虚ろである。


「たしかウィリシス兄さんと城下町へと散策にでて…路上市で食べ物を買って…富裕区(パルティフランツァ)に向かったはず…」


 薄れていた記憶を懸命に探り出し、眠りにつく前に見た最後の光景を思い出そうとしていた。

 しかし鈍い痛みを伴う頭痛に苛まれ、容易な事では無かった。


 だがそれでも諦めずに、僅かな記憶の糸を手繰り寄せる。すると次第に失われていた過去が姿を現し始めた。


「そうだ…!たしか少年が一人居たんだ。兵士達に捕まり痛めつけられていた所を助け、二人でグレッグさんの店まで運んだ…そうだよね?」


 シュバイクはそう言いながら、ウィリシスの顔を見た。しかし相手と視線が合う事はなかった。

 銀褐色の瞳は炎の中へと投げ込まれていたままだったからである。


「ああ…そうだ。そこまで思い出せたか」


 呟いた。雨の音でかき消されそうな言葉は、辛うじてシュバイクが聞き取れるほどのものだ。


「その後…何か判らないが…不思議な力が沸いてきた…あの子を助けたいと思った…その想いがあの力に変わった気がする…」


 シュバイクは自分の両手の平へと視線を落とした。

 確かにあの時感じた力は、普通ではなかったのだ。身体から発する魔力ハールとは、まったく別物の何かだったのである。それを本人も感じていたのだ。


「そうだ。君はあの時、王家の力に覚醒したんだ…でもそれは不完全だった。だから…だから…あんな事に…俺が…俺がいけないんだ!俺が君を止めるべきだったのに!それが俺に与えられた騎士としての役目だったのに……!うぅ……うぅ……」


 ウィリシスは膝と膝の間へと、顔を埋めてしまった。


 強い男だったはずである。どんな事があろうとも、シュバイクを正しい道へと導いた。そんな男が今はただ、後悔と自責の念によって苦しんでいた。


「ウィリシス兄さん……」


 シュバイクはそれ以上、声をかける事ができなかった。ウィリシスの心が落ち着きを取り戻すまで、待つしかなかったのである。


 小一時間ほど経っただろうか。雨足も勢いを緩めていた。


「すまないな、シュバイク。感傷的になってしまって…情けない所を見せてばっかりだ」


 ウィリシスが口を開いた。

 その顔は先ほどよりも少しだけ、表情が和らいでいる。

 抑え込んでいた負の感情を多少なりとも、外へ発散する事ができたのかも知れない。


「いや、いいんです。気にしないでください。それだけ僕は、ウィリシス兄さんに迷惑をかけたんですね。きっと取り返しのつかないほどの……」


 シュバイクはそう言いながら、視線を地面へと落とした。ウィリシスの普通とは思えない様子に、さすがに事の重大さを感じ取り始めていたのだ。


「違うんだ。君は正しい事をした。命を救ったんだ。それが間違いだった訳ではない。だが正しい行いが必ずしも、良い結果に繋がるとは限らないんだ……それを分かっていたはずの俺が、何も出来なかった。いや、何もしなかった。俺が騎士として、君の守護についたのには大きな理由があったのに……それを忘れていたはずではなかったのに……」


 ウィリシスは拳を力強く握りつけていた。その手は微かに震えているようにも見える。


「教えてください。何があったのですか?覚悟は出来ています」


 その表情には、確かな強い意志が感じられる。

 この時やっとウィリシスは、シュバイクの瞳と視線を交わしたのである。


「分かった。ではシュバイクがあの力を放った直後から、何が起こったのかを順を追って話そう……」

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