第三十四話 死闘のはてに
熱を帯びたドゥナスの斧が、ケイオスの顔面へと向かって振り下ろされる。後ろでに縛られた長い髪の先が、ドゥナスの斧から放たれた熱で焦げつく。
空を切った右手の斧は、屋根へと突き刺さる。屋根板の一部を燃やすのみに留まった。
敵の動きを見計らっていたかのように、ケイオスは飛んだ。
回転しながら頭上を華麗に飛び越え、その背後へと着地したのである。そして、両手の魔鉱剣を交差するように勢いよく振り払った。
「甘いわっ!」
ドゥナスは空いていた左手の斧を、振り向きざまに剣と剣の間へと挟み込む。鉄と鉄がぶつかり合うような、高音が響き渡る。
ケイオスの剣を止めたドゥナスは、右手の斧でそのまま相手へと斬りかかった。しかし身体を横に転がせ、見事にその斧をケイオスは回避する。
一進一退の攻防は続く。ドゥナスは止まる事の無い暴走した闘牛のように、ケイオスへと左右の斧を休み無く振り下しながら、逃げ場のない屋根の隅へと追い込んでいく。
敵の攻撃を軽やかな身のこなしで避けているケイナスだが、その後ろにはもう二歩分ほどの屋根しかない。
最後の一歩へと差し掛かった時、ドゥナスは屋根板へ斧を叩きつけた。その最後の足場毎、ケイオスを落下させようとしたのだ。
ほんの一瞬だが、板へと刺さった斧の動きが止まる。それをケイオスは見逃さなかった。
斧の刃へと足を乗せ、力強く一歩踏み込んだ。かと思うと、そのまま飛び上がった。振り上げた両手の剣。相手の腕めがけて、斬撃を叩き込む。
「うがあああああああああああああああああああっっっ」
野太い二本の腕が床へと落ちる。
舞い上がる血。
倒れるドゥナス。
ケイオスの剣は、敵の腕を切断した。
「ぐふっ…なぜだ…なぜワシの斧にふれても、お前は燃えないんだ……」
顔から血の気が引いていく。腕の断面からは、とめどなく血が流れ出ていた。
「この白金の鎧は熱を吸収し、燃焼を抑える。貴様にとって俺は、相性が悪かった。ただ、それだけの事だ」
屋根の上に横たわるドゥナスの顔を、冷たい眼で眺めていた。
「最後に何か、言い残す事はあるか?」
ケイオスのは、ドゥナスに問いかけた。
「楽しかったぜ…糞野郎……」
ドゥナスが振り絞るように言った最後の後に、ケイオスはその首を斬り落とした。
ケイオスの足はドゥナスの斧の刃に触れても、燃える事がなかった。それは白金の鎧が、森の民と言われるシェルフの技術によって鋳造されたものだからである。
森の民シェルフにとって、その住処を一瞬で灰にしてしまう炎がもっとも恐れるべき対象(なのだ。
そのため、彼らの技術の発展は自ずと、火へ強い物を作る事へと進んでいった。
白金の鎧には熱を分解し、燃焼を抑える水淵石というものが混ぜ合わされているのだ。
だから、ドゥナスの斧が放つ爆炎が、ケイオスを焼くことは無かったのである。
二人の戦いを固唾を呑んで見守っていたのは、屋根から伸びる太い柱の上にいたコウマである。彼は自分に戦闘能力が無い事を誰よりも理解(していた。
そのため、鐘の影へと身を潜め、その存在を消していたのだ。
「ケ、ケイオス殿っ!だ、大丈夫かっ?そ、その大男は死んだのか?」
下を覗き込むように、コウマは言った。帝国の攻撃が始まってから大分時間が経過し、濃霧から靄へと変わりつつあった。
「ああ。何とかな。この男は死んだ。敵もそれを知れば、帝国の士気を下げられるだろう」
「どうやってそれを相手に知らせるんだ?」
コウマは、ケイオスへと尋ねた。
「残酷な方法だが、昔ながらのやり方でやるしかないな」
ケイオスはそう言うと、屋根板の一部をもぎ取った。そしてそこへ、ドゥナスの生首を突き刺したのである。
それを見ていたコウマは、思わず吐きそうになった。指揮官としての経験は十分にあったが、前線へでて、その手で人を殺したことは無かったのである。
そして何よりも、コウマ自身が、人の死に対しての苦手意識を克服できずにいた。
それに対して、ケイオスはあまりにも人の死に慣れすぎていた。命を亡くしたその肉体を、ただの物として扱っているようだったからだ。
コウマにとっては、その姿が何よりもの衝撃だったのである。
街の中心部近くまで入ってきた敵の兵士達は、その勢いを増しつつあった。家々の屋上に配備されたラウラファの兵は、次々と切り殺され、町の大部分が制圧されていったのである。
何よりも猛威を振るっていたのは、ドゥナスの率いる旋風隊である。彼らは皆が斧を武器とし、魔力によって、その肉体を強化出来る戦士であったからだ。
ドゥナスほどの使い手じゃないにしろ、魔力を扱う事の出来る者に対して、それ以の弱者はあまりにも無力であった。
クレムナント王国では、魔鉱剣を扱える者は、その力が百人の兵士にも匹敵すると言われている。これと同じ事で、魔力を扱える者とそうでない者とは、力の差が歴然なのである。
しかし、ケイオスの率いてきた千人の兵士の中には、直属の部下である騎士が百人ほど混ざっていた。
彼らも魔力と魔鉱を扱える者である。ただ、ラウラファの街を要塞化するという作戦上、分散してその兵力を配置しなければならなかった。
いかに騎士と言えども、集団で襲い掛かってくる戦士達を前にしては、苦しい戦いを強いられざる負えなかったのである。




