第三十三話 一騎打ち
魔力。
それは肉体に宿る生命力そのものである。
魔法使いや魔導師と呼ばれる者達は、この魔力を体外へと放出する術に優れている。
放出した魔力を自然的な事象へ変換したり、それを操ったり、生み出すことが魔法と呼ばれる由縁であるからだ。
一方、魔法を扱えずとも、その源となる魔力を扱える者はいる。それが戦士と呼ばれる者達である。
彼らは身体の中で魔力を消費ることによって、その肉体を強化する事が出来るのだ。それにより普通の人間では考えられない身体能力を発揮する。
騎士は、魔法を扱う事もでき、さらには肉体を強化する術を併せ持つ者達である。
彼らは魔法を扱う事も出来るのだが、その上限と範囲には、魔導師や魔法使いといった者と比べると大きな差がある。
どちらかと言えば、肉体の強化をしつつ、魔法でそれを補うといったものだ。
先ほどのケイオスの放った矢も、肉体の強化をしつつ、魔法で精度を補ったのである。これにより一キロ以上も先の標的へと、その矢を見事命中さた。
「な、何だっ!?」
下からよじ登って来る敵へと向けて、弓矢を放つラウラファの兵の背後へ巨大な影が降り立った。
影はその場で独楽の如く身体を回転させた。
「ウラァァァァッ!旋風撃ぃぃぃぃっ!」
斧とは、叩き斬るための武器である。しかしその刃に触れた敵は、炎に包まれて灰と化す。
「うわぁぁぁぎゃぁぁぁぁぁっっっ!」
「ひぇああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
ドゥナスは一瞬にして、五人の兵士を殺した。その斧の刃は、熱せられた鉄のように赤く輝いている。
この斧には爆炎石と熱傷石が仕込まれており、斬られた敵は身をよじらせるような炎に焼かれるのだ。
「くっそぉぉぉっ!」
突如として現れた敵に、兵士の一人が襲い掛かる。鉄の剣を抜き去り、ドゥナスの巨体へとめがけて突進したのだ。
「しゃらくせぇいっっ!邪魔だぁっ!」
頭上高くから振り下ろした斧は、男の肉体を真っ二つにした。そして粉塵とへと変えたのである。
「ひぃぃっ!ば、化け物だぁっ!」
に残った敵は四人。我先にと逃げ出だそうと、武器を捨てて屋上から身を乗り出した。しかしそこへ下からよじ登ってきた帝国兵が、剣を突き出す。
無残にも胴体を貫かれた男は、赤き血潮を噴出しながら水面へと落下していく。
「よし。お前達、屋上から次の屋上へと梯子をかけて制圧していけ。奴等、対した腕も無し。数も無し。一つづつ潰していけば恐るるに足らん」
味方の兵が屋上へと上がって来ると、その者達へ向けて指示を出した。
兵士達は艦に搭載されている梯子を手渡しで運び出し、次々と家の屋上へ掛けていく。
「ワシは先に進んでおるから、お前達はゆっくりと確実に敵を倒していけ。いいな?」
「はっ!」
味方の兵がそう答えると、ドゥナスは次の建物へと助走もつけずに跳躍した。百五十キロはあろうその身体が、空へと飛び上がるのは圧巻である。
「猛虎双炎撃ぃぃぃぃぃっ!」
えびぞりの状態から振り下ろした斧が、容赦なく敵の身体を引き裂いた。と同時に、着地したドゥナスは、そのまま斧を縦横無尽に振り回す。襲い掛かってくる残りの兵士を、あっという間に消し炭へと変えてしまった。
「がっはっはっはっ!戦いとはこうでなくちゃあなぁ!」
肉が焦げ、鼻を覆いたくなるような臭い。しかしその元凶となる男は、そんな状況を楽しんでいるかのようであった。
「おっしゃっ!次っ!」
ドゥナスは次の建物へと向けて、一気に飛び上がる。
凄まじい速度で家々を制圧していく敵を前に、静かに弓を構えて狙いを定める男がいた。それは協会の屋根に立って戦況を確認していた、フラガナン・エンリュ・ケイオスである。
引き絞られた弦から、指を離す。すると鋼鉄の矢は瞬く間に敵めがけて飛んでいく。
「んっ!?」
完全に相手の意表を突いたのは間違いない。屋上で斧を振りかざし、ラウラファの兵士を滅多切りにしていた最中であるのだ。
目の前の敵に意識を向けていたにも関わらず、濃霧の中から飛んできた一本の矢を叩き落したのである。
「なにっ!?」
それに驚いたのは狙われたドゥナスよりも、矢を放ったケイオスであった。完全に敵の動きを捉え、その反応さえも出来ないほどの速度をもって矢を撃ち出したはずなのだ。
「この霧の中で、よくこのワシへと狙いを定め、正確に矢を放ってきたものだ。対した兵がいるようじゃな。こちらの方角へいけば、そいつとやり合える……」
ドゥナスがにやりと笑いを浮かべた時、すでにケイオスの居る協会の方角へと向かっていた。屋根を飛び越え、着地する。敵を殺して、次の屋根へと向かう。
そのまま足を止める事無く、流れるような動作で全ての動きをこなす。眼前の敵を粉塵に変えながら、猛然と矢の飛んできた方へと向かっていく。
しかし、ケイオスはそれをただ見ているだけでは無かった。ドゥナスめがけて、矢を放ち続けたのである。
だが、飛んでくる矢を見事なまでの斧捌き防いでいく。その間も足を止める事は無く、ラウラファの兵を斬殺していくのだから、戦士としてのその能力は認めざるはおえない。
一秒間に一本。
全部で二百三十五本もの矢をケイオスが撃ち終えた時、ドゥナスは最後の建物から飛び上がり、ついに協会の屋根へと到達した。
騎士と戦士。二人が向かい合う。すると、ドゥナスが口を開いた。
「がっはっはっはっ!お前、なかなかの腕じゃのうぉ!この霧の中、せわしくなく動くワシを正確に捉え、狙ってくるとは対したもんじゃ!名を教えろ。死に逝くお前の最後を、ワシが覚えといてやる!」
二メートル近くある大男である。ケイオスも百九十近くあるのだが、その身体は細身であるため、男と女ほどの体格差があるように思える。
「サラナイファ連合公国、バゥレンシア騎士団のフラガナン・エンリュ・ケイオスだ」
そう言いながら、手に持っている弓を背中へと仕舞った。そして、両の腰のベルトへと掛かる二本の剣を抜き去ったのである。
美しい輝きを放つその剣は、魔鉱石によって造られたものだ。
「ほぉ、お前があの弓の名手と名高い、バゥレンシア騎士団のケイオスか。こりゃあ嬉しいことだ。まさかこんな所で、お前のような手練と戦えるとはな!」
豪快な口ぶりでドゥナスは言った。首を左右に動かしながら、腕を回し、身体を解しているように見える。
「貴様の名は?」
ケイオスは相対する男へ、問いかけた。その目は鋭く、口調は刺々しい。
「ワシか?帝国軍、戦士団の旋風隊隊長を務めるドゥナス・ガルドット・ディ・ジャッカスじゃ。死に逝くお前が、ワシの名を聞いてどうする」
「ふっ。一騎打ちで殺す相手の名くらい、覚えておいてやらんと失礼だろ」
ケイオスが相手へとそう言い放つと、二人の間の空気は一瞬にして凍り付いた。そして、ドゥナスが先に動いた。




