第三十二話 帝国の反撃
そーーーえいっ!そーーーえいっ!そーーーえいっ!――――――
ドゥケスが指揮する三番艦の船底では、屈強な肉体の男たちが声を合わせてオールを漕いでいた。
その速度は通常の大型艦の約二倍ほどである。水面を力強く進み、一直線にラウラファの街へと向かっていく。
「コウマ中尉!敵の大型艦が一隻、真っ直ぐに街へと向かってくるぞ!」
そんな光景を教会の屋根の上から見ていた男は、すぐさま指揮官であるコウマ・レックウへと伝えた。
「ついに来たか。ケイオス殿!ここからは恐らく敵の兵との乱戦になる!俺は最後の合図を全兵士へと送るから、ここからは戦況を見て己の判断で動いてくれ!」
コウマが鐘楼から下へ向かって大声を放つと、ケイオスは短い返事の一つで答えた。
「分かった!なら此処からは、私のやり方で戦わせて貰うか……」
ケイオスはそう言うと、背中に装備する魔鉱弓を手に取った。七色の輝きを放つその弓は、表面が美しく研磨されている。
持ち手から緩やかな山を描くように伸びており、両端を繋ぐ太い弦が張られていた。
そして弓の下に隠れていた矢筒から、一本の矢を右手で取り出すと呪文を唱え始めた。
「風の精霊ポルクよ。我が放つ矢を敵まで送届けよ」
呪文を唱え終えると、先端の鏃から尾羽まで、流すように息を吹きかけたのである。するとその矢は淡い緑色の光を放ち始めた。
『キャハハハハハハ!ケイオスさぁまぁ~♪ついについについに!私の出番ですねぇ♪』
その光の形が変化する。四本の羽を生やす、人型の精霊になったのである
身長、約十五センチほどであろうか。艶かしい擬態は、女性そのものである。
しかし目は白く、肌は緑である。全身は葉っぱで出来たかのようなドレスを身に纏っており、頭は花の蕾のようであった。
「距離、千三百二メートル。風…なし。ポルク、いけるか?」
ケイオスは、その美しい精霊へと問いかけた。
『もっちろん♪ケイオスさまぁのために、やってやりまっせぇ♪』
ポルクは戦場では似つかわしくない笑顔で応えると、その矢へとしがみ付いたのである。
それを弓へとつがえると、ケイオスは弦を目一杯引き絞った。そして空気を叩くような破裂音を鳴らすと、矢は濃霧の中へと飛び去っていったのである。
秒速、約百メートル。これは矢が撃ちだされてから、一秒間に進む距離である。
初速からその速度を落とす事なく、標的へと目掛けて飛んでいく。恐らく十三秒後には、矢が目標物へと到達するのだ。
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』
空を切り、尾羽が羽音を立てている。
ラウラファの街の上を飛翔する物体に、精霊ポルクはしがみ付いていた。僅かな角度の調整を時折加えていく。
そして矢は、帝国軍の艦が鎮座する湖へと真っ直ぐに向かっていった。
艦を停泊させ、甲板の上で様子を伺っていたメアーズは、霧の中に煌く一筋の光を見た気がしたのだ。そして次の瞬間には、驚くべき事が起こった。
「うっ!」
瞳が何かを捉えた時。メアーズの身体はすでに後方へと、大きく吹き飛ばされていたのだ。その勢いのまま、床へと倒れ込む。
「メアーズ中隊長っ!」
あまりに突然の出来事だった。まわりにいた部下の何人かは、突如として後ろへと転がり込んだメアーズに、何が起こったのかさえも判らなかったのだ。
それは無論、メアーズ本人もである。だが左肩の鎧の隙間に突き刺さる一本の矢を見たとき、、全てを理解したのだ。
駆け寄る部下の数人は、そのまま壁を作るようにして、負傷したメアーズを取り囲んだ。
「ぐっ!だ、大丈夫だっ。急所は外れている……はぁ……はぁ……」
おびただしい血が流れ出ると、甲板を染めた。しかし心臓をそれた矢は、敵の息の根を止めるには至らなかったのだ。
部下の手によって、ゆっくりと矢が引き抜かれた。
「ぐうぅぅぅぅっ!」
奥歯を噛み締めながら、何とかその激痛に耐える。
『あちゃぁ~。だめだったかぁ。ごめんなさい、ケイオスさまぁ~』
メアーズの肉体から離れた引き抜かれた矢は、光を失っていった。精霊ポルクの残念そうな言葉が、霧の中へと消えていく。
そんな光景を教会の屋根から見ていたケイオスは、悔しそうに舌を鳴らした。
「ちっ、仕留め切れなかったか……」
矢筒から取り出した次の矢を、弓へとあてがおうとした。しかしその時である。大地が揺れる大きな地震が起こったかと思うと、前方から波が押し寄せてきたのだ。
それは街の入り口にある建物へと、ドゥケス率いる三番艦が衝突した事によって起こった地鳴のような響きであった。
コウマはこれに合わせるかのように、教会の鐘を何度も鳴らし続けた。最後の戦い。兵と兵の接近戦が始まる、命を懸けた戦いの合図であったのだ。
「いけぇぇぇぇぇい!全ての建物をしらみつぶしてでも、敵の大将を探しだせぇ!そしてその首をとるのだぁっ!」
石とレンガで出来た家々のいくつかは、軍艦が突撃した時の衝撃で倒壊していた。
街へと入り込んだ艦は、その船首を激しく損傷させながらも前進続け、やがて広場の手前五百メートルほどで止まったのである。
三番艦から、兵士達は次々と周りの建物へと鉤鎌を投げ込んでいく。そしてその縄を伝い、家々へとよじ登り始めた。
しかしそれを、黙って見ているラウラファの兵ではなかった。壁を登ってくる敵めがけて、次々と石を落としていく。
しかし一つの家には多くとも十人程の守備兵しか、待機していないのだ。兵力を分散させて配置せざる負えなかったこの作戦の、唯一の弱点といっても言いだろう。それをドゥケスが見抜いていたかは判らない。
しかし緻密な計算と練りこまれた戦術は、時として、力技によってねじ伏せられる事が多々あるのだ。
倒壊した建物にも、ラウラファの兵が潜んでいたはずである。無残にも倒壊した建物を見ると、決して生き残ってはいないだろう。
「よっしゃぁ。ワシもいくかぁ!」
ドゥケスは背中に装備する巨大な二本の斧を取り出すと、両手で力強く握った。
そして全身に漲る魔力を脚へと集約させると、一気に建物の屋上へとめがけて飛んだのである。




