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第三十一話 開戦の音

 帝国軍のメアーズ率いる艦隊が、ゆっくりと前進していく。


 オールを船体の横から突き出し、船内ではそれを握る数十人の漕ぎ手が、合図に合わせて引いては押してを繰り返しているのだ。そうする事で、風のない湖の上でも移動する事が可能なのである。


 やがて霧の中に、うっすらとラウラファの街が姿を現し始めた。


 船団は斥候船せっこうせん十隻を先頭として、その後方に軍艦ぐんかんが続いていく。


 陣形は傘を開いたかのような形で、先頭の船から一段づつ下がるかのように斜めになって広がっている。

 そしてその傘の内部に、五隻の大型艦が鎮座ちんざしているのだ。


 街がその形と姿をくっきりと現すと、メアーズは驚愕した。それは、建物の一階から二階にあたる半分までが、完全に水の中へと水没していたからである。


 顔を出しているのは、その残りの二階の半分と、三階部分のみであった。多くの家々がそのような状態となっており、これは帝国軍にとって大きな精神的打撃となったのである。

 

 帝国の作戦は、ラウラファの街を拠点として、バゥレンシアの首都へと進攻するものだったのだ。しかしこの街の状態を見るに、到底、万を超える軍の陣営を設置できる場所ではない。


 それがどれだけの意味を持つのか、部隊を指揮するメアーズ含め、その他の兵士には分かっていた。


 コウマ・レックウの作戦の一段階目は、見事な成功を収めていたのだ。


「全艦停止!斥候船十隻は、ラウラファの街内部へとそのまま侵入しろ!五隻の艦は、赤馬せきばを引き卸し、各艦から二百名づつ街へと向かわせろ!」


 メアーズは甲板かんぱんから声を張り上げると、全船を全て停止させた。そして五隻の艦全てから、赤馬と言われる小型の手漕ぎ舟を降ろさせたのである。


 次々と水へ投げ込まれる小船に、兵士達は武器を携えて乗り込んでいく。一つの船に十名は乗っているであろう。

 それが、艦一隻につき、二十艘じゅっそうほど出発していくのだ。


 その光景を霧の中から捉えていたケイオスは、教会の屋根から鐘楼しょうろうへと移動したコウマへと伝えた。


「コウマ中尉!敵の艦隊が街の手前十メートルほどで停止した!斥候船十隻は、そのままラウラファの内部へと侵入!五隻の艦からは、赤馬せきばと思われえる百ほどの船が出船したぞ!」


 ケイオスは美しい金髪の髪を風になびかせながら、屋根の上高くへと続く柱の天辺に向かって言った。


「分かった!では、斥候船が街の中央へと辿り着いたら教えてくれ!そしたら、作戦開始だ!」


 コウマは、鐘楼を支える柱を必死に手で掴んでいた。あまりの高さに、足がすくんでいたのである。

 だが幸か不幸か、霧によって眼下が塞がれていたため、その恐怖心は和らぎつつあった。


 帝国軍の先方として前を進む斥候船は、水に沈んだ街の内部へと入り込んでいた。赤馬と言われる手漕ぎぶねよりも、船体が大きい。そのた船は、時折、家の壁にオールをぶつけながらゆっくりと進んでいく。


 船に乗り込んでいる兵士達は鎖帷子を着込んでおり、鉄の剣と盾を装備している。


 あたりを見渡すと、不気味なほどの静けさに包まれているのだ。家々は廃墟と化しているかのように思える。

 

 水質が綺麗な湖とは違い、街の中の水は泥が交じり合い、薄茶色に変色していた。

 家と家の間に紐が下がっており、普段は洗濯物を干すのに使われているのだ。この紐へ衣服を吊り下げて、乾かしているのだという事が容易に推測できる。


 数本の道に別れて進んでいた斥候船が、やがて街の中央に位置する広場へと辿り着いた。するとラウラファ全体に鐘の音が鳴り響いた。


 それは教会上で、全軍へと合図を送るためにコウマが鐘楼を鳴らしていたからである。


「何だ!?」


 斥候船へと乗り込んでいた兵士達は、突然聞こえてきたその音に驚いて周囲を見渡した。そして次の瞬間であった。


 頭上から直径三十センチはあろうかという、石の塊が降り注いだのである。次から次へと兵士目掛けて飛んでくるそれは、明らかに人の手によって狙いが定められたものだ。


「うわぁぁぁぁっ!」


「ぐはっっ!」


 その石が頭へと直撃して、船内で倒れる者。回避しようとして、そのままバランスを崩して水へと落下していく者など様々である。


 そして最後の極めつけと言わんばかりに、液体の入った瓶が次々と放り込まれた。それを全身に浴びた兵士達が、液体の正体に気づくよりも早く、爆炎石によって吹き飛んだ。

 

 爆炎石ばくえんせきとは、火薬となるマグネシウムとフッ素を多く含む鉱石であり、比較的にどの地域でも多く採掘できるものである。

 そしてこの鉱石の特徴は、強い衝撃を与えると、内部から炎を放ちながら爆発するというものであった。


 これを投げ込まれた斥候船の多くは、轟音を放ちながら船体に大きな穴を開けたのだ。そして投げ込まれた液体は油であり、炎が飛び火すると一気に燃え始めた。


「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 火達磨ひだるまになる兵。それに巻き込まれまいと、必死に水の中へと飛び込む者達。まさにその光景は、地獄絵図そのものである。しかし本当の地獄は、それだけではなかったのだ。


 兵士の重量は、鉄の剣と盾、そして身体を守るための鎖帷子を合わせると五十キロ近くになる。それらを身に着けた状態で水に飛び込むと、彼らは自分の行動が過ちだった事に気づいた。

 

 水深約三メートル。これは人が水の中で溺れ死ぬのに、十分な深さである。足のつかない水の中に、放り込まれたも同然である。

 身体にまとまりつく服は水を吸い込み、その動きを制限する。もがけばもがくほど、体力は地上の比ではない速度で消耗されるのだ。


 そして戦場ではその命を守るはずの武器と装備の数々が、兵士達の命を奪おうとしていた。


 中には武器と盾を捨て去り、何とか死ぬ思いで水面へと浮上した者達もいる。だがそんな者へと向けて、次の一撃は放たれた。


 廃墟と化していたと思われている、家々。この屋上には、ラウラファの兵が息を潜めていたのである。


 彼らは鐘の音にあわせ、その全てと思われる家の屋根から、一斉に投石を繰り出した。そして瓶につめられた油を放り込み、最後の仕上げに爆炎石を投げ込んだのである。


 そして水面へと浮上してくるであろう敵の兵士達を、弓を構えて待っていたのだ。そこからはただの虐殺である。


 必死の思いで水面へと浮上した男の顔に、無数の矢が突き刺さる。次から次へと放たれる矢は、確実に兵士達の命を奪い取っていく。


「何だ!何が起こっている!?誰か状況を説明できる者はいないのか!」


 ラウラファから響く鐘の音と、轟音。それは街の手前数十メートルほど手前に陣取っていた、メアーズ達の艦にまで届いていた。


 部下へと鬼の形相で問いかけるも、濃霧の中で起こっている事を説明できる者は誰一人いなかった。

 

 斥候船の後に続くように、ラウラファの街へと侵入した百あまりの赤馬せきば。延べ、千人の兵士達。彼らは前方から聞こえてきた音にたじろぎ、恐怖に駆られた。


 その時、周囲の家々の屋上からラウラファ兵が次々と石を放り込み、あっという間に船をひっくり返していく。


 殆どの者は、何が起こっているのかさえ理解できずに落水したはずである。反撃しようにも、家の壁は石とレンガで出来ており、とてもじゃないが登ることなど出来ない。だから我先にと、来た道を戻ろうとしたのだ。


 狭い道の中でひしめきあった舟は、行き場を無くしたも同然であった。そこへ油の入った瓶が投げ込まれ、爆炎石ばくえんせきが火をつけると、混乱と恐怖が入り混じり、敵の兵士は瞬く間に総崩れとなったのである。


「メアーズ中隊長っ!」


 後方で待機する艦の上で、メアーズの名を呼ぶものがいた。


 次の手を模索しながら、さらに増援を送るべきか。それとも味方が戻るのを待ち、その報告を受けた上で、次の手を決めるかで悩んでいたのである。


「ん?ドゥナス殿、どうされた」


 声をかけてきたのは、猛将と名高いドゥナス・ジャッカス戦士団長である。


 メアーズが、将軍ロックガードから部隊の指揮を任された時、自分の隊へと加えてくれるように頼んだのだ。それがこの男である。

 

 帝国軍随一ずいいちの猛将は、背中に装備する二つの巨大な斧で戦場を生き抜いてきた。

 鋼鉄の鎧を身に纏い、太い二の腕は剥き出しになっている。腰には魔獣の毛皮と思わしき物を巻きつけており、ももすねを保護する鉄の板が、取り付けてあった。


 顔は傷だらけで、肌は浅黒い。山賊か海賊とでもいった方が早いような顔つきで、坊主頭にジグザグの剃り込みを入れている。


「我等の隊に艦を一隻預けてくれませぬか。部下百名と兵士五百を引きつれ、敵の大将の首をとってきてやりますわいっ」


 豪快な口ぶりで、ドゥナスは言った。メアーズはその言葉に一瞬だけ迷いを見せたかのように思えた。

 

 だがこの男への全幅の信頼が、そんな迷いを一気に振り払った。


「分かった。では三番艦を持っていけ。頼んだぞ」


 ドゥナスはにやりと笑うと、自分の直属の部下百名を引き連れて艦を移った。

 帝国軍の第二陣が、ラウラファの街へと襲い掛かろうとしていた。

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